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金貨の好きなねずみ3


行方を眩ませた俺は、一週間経った頃、新聞に事件のことが書かれているのを目にした。

「ヘーゲル処刑場事件――真実は血の海の中」

その下には生き残りがいるだのなんだの書かれているようであった。恐らく逃げた犯人――俺のことだろう。それ以上読む気にはならず、新聞を捨てた。事件のことは、近くの町ではしばらく騒ぎになったようだが、何年も経つと恐ろしい噂として語られるだけになった。

俺はと言うと、手に入れた金を元手に商人になった。身綺麗にして、立派な服を着込めば、誰も俺を「ねずみ」だなんて思わない。

第一「ねずみ」を知る奴らは、俺がすべて葬ったのだ。

「海賊の残した呪われた財宝」そんな物を探して彷徨った時期もあった。だが所詮は夢物語。財宝の在処なんて知ることもできず、それよりも(あきな)いをしようと考えるようになった。

商人となってから、俺は自分の隠された才能に気づいた。取引など金の話をする時、俺の口は非常にうまく回るのだ。その口のうまさで安く商品を仕入れ、高く貴族に売りつける。食べ物や資材を扱うこともあったが、特に貴金属の売買を得意とした。それまで他人とあまり接しなかったことを、勿体ないと思うほどだった。

俺は更なる金を求めて日々を生きていた。国のあちこちを点々とし、ある時一人の紳士と出会った。名をフレドリックという。彼は仮面をつけていて、どう見ても訳ありだった。

彼は俺の商品を良い値段で買ってくれた。彼のふるまいは貴族のそれで、財産は無尽蔵にあるようにすら思えた。

「君はいつも良い品物を届けてくれるね。助かるよ」

「それが仕事ですから」

「――ねえ、君、人には言えない過去があるんだろう。僕には分かるんだ」

そう言うフレドリックを、俺はちろりと見やった。

「まあ否定はしませんが。お互い様ではありませんか?」

「そうだね。君と僕は似ている。――良ければ僕を、君の後援者(パトロン)にならせてくれないかい?」

俺は一つ瞬きした。それからにっと口の端を上げた。

「光栄です」

こいつは上客だ。そう思った。


俺の野望が尽きることはなかった。どんなに頑張ったところで、出自は変えられない。商人となったところで、俺は貴族じゃないのだ。

生まれながらに恵まれた貴族が憎らしいと思った。フレドリックが俺を友のように信頼している裏で、俺は彼からどうやって財産を引き出すか打算していた。

彼はやがて、「姫君に宝物を捧げたい、その仲介をしてくれ」と俺に言って寄越した。

彼の目的は領土と爵位の取得であった。フレドリックは顔や名前を表に出したがらないのだ。匿名の男の申し出ということで、俺が王女に取り次ぎに行った訳だが、彼が誠意を込めて書いたらしい手紙と美しい贈り物に王女は感嘆し、領土と伯爵の地位を与えたのだ。


もしも俺に身に余るほどの財宝があれば、同じことをしただろう。だが彼の持つような見事な宝など俺は持ち合わせていなかった。俺の全財産であった金貨の山は、フレドリックの財宝に比べればちっぽけなものでしかない。一体彼の財産がどこから出てきているのか、気になってしょうがなかった。


その一方で、俺はもう一人別の男に目をつけていた。ジルウェスター・キーリングという貴族だ。こいつも伯爵で、フレドリックと似たような金の使い方をしていた。つまりは王女に宝物を捧げ、得た土地で好きなように屋敷を建てていたのだ。

こいつにも大きな財産があるに違いない。客は一人でも多い方がいい。

俺は舞踏会でジルウェスターに近づくことにした。まあそううまくはいかなかったのだが。

その後、都合のいいことに主人が彼に興味を持ってくれたために、屋敷へ招待することができたのだ。


彼を部屋に案内した後、俺は去ったふりをして、扉の影から盗み聞きをした。

そして秘密を知ってしまった。ジルウェスターは女で、あの二人は兄妹なのだと。殺されたはずのメリーウェザー家。その生き残りなのだと。

メリーウェザー家の話なんて、噂でしか聞いたことがない。

その時、妹の方が不思議なことを口にした。「賢者の石」についてだ。あれはあちこちを転々としており、噂には聞けど、現在の本当の在処は分からなかった。

俺は一度、燃える石を見たことがある。今ではあれが賢者の石だったと推測できるが、もう遅い。俺はあの日、石を放置して逃げ出したのだ。あの時手にしていたら、どんなに大金持ちになれたろう。いや、あれは代償が伴うだとか言われているのだ。実際に俺は、あの石が自ら燃え出すところを目にした。願いを告げるより、売って金にした方が危険はないだろう。

そう思いながら、扉の先に耳を傾ける。どうやら石は王家に戻り、今は王女が持っているらしい。そして三騎士の一人は捕らえられていると。


俺はいてもたってもいられなくなった。ジルウェスタ―の話を言い換えれば、今は城が小さな混乱の後だということだ。

いつもなら諦めるところだが、三騎士が一人機能していない今、石を奪うチャンスかもしれない。

笑いを奥歯で押し殺しながら、俺は窓の外を眺めた。月は細い線のように、笑みを浮かべていた。


それから二日後の夕暮れ、俺は城に尋ねて行った。盗みは難しいだろうと考え、正面から行くことにしたのだ。商人の姿をした俺は、王女の部屋に尋ねて行って、少し身構えた。

それと言うのも、部屋の前の見張りが、見覚えのある少女だったからだ。ヴィヴィアンとは古き知り合いだ。だが向こうはこちらに気づいていない。いや、気づかれたら困るのだ。舞踏会やら何やらで何度か目にしているが、その度にひやひやさせられる。


「また来たのね、あなた――なんだか見覚えがある気がするけれど、前に会ったかしら?」

「いいえ。他人の空似でしょう」

俺はにこにこと笑うが、ヴィヴィアンの警戒心は薄れない。

「王女様に御用ですって? 例え本当にそうだとしても、寝室まで訪ねてくる愚か者はそうそういないわ。さっさとお帰り」

「そうは参りません」

俺はまるで初対面のように続ける。

「王女様にぴったりの商品を見繕って来たのです。このまま面会もできず、おめおめと帰るわけには行きません」

「まあ、誰かと思えば、デズモンド?」

突然扉が開いて、王女様が顔を出した。ヴィヴィアンは難しい顔をしたが、俺はにっと笑みを浮かべる。それで決まりだった。



簡単に言えば、王女は精神的に疲労している状態だった。部下に悟らせないようにしているが、目敏い俺には分かる。彼女は明るい笑みの下で、様々な悩みを押し隠しているのだ。俺はそんな彼女に、素晴らしい商品の数々を見せてやった。心奪われる彼女に、俺は賢者の石のことを話した。どうか一度だけ見せて欲しいと。

「あれは駄目よ」

王女は頑なに言った。

「誰もが欲する石を、そう簡単に見せる訳にはいかないわ。破壊する方法があれば、その心配もないのだけれどね」

「その方法を、見つけられるかもしれません」

俺は口から出まかせを言う。

「俺は数多の貴金属を手にしてきました。一度石を見れば、破壊することはできずとも、その方法ぐらいは見つけ出せるかもしれません」

俺は言葉を連ねてやった。ダイヤモンドはとある温度で黒い燃えカスへと変貌すること。叩くと薄く表面が割れる石があること。水銀という水にも似たおかしな物質があること。それは人の脳を犯し、狂わせる力があるということ。

俺の細かな話を聞くうち、王女の顔はかすかに曇った。それは不安の表れであった。何に不安を覚えているのか。簡単だ。彼女は俺に、石を見せることにしたのだ。


「――これが、賢者の石よ」

彼女は首飾りを外し、俺に渡してくれた。なるほど、石は首飾りの先に嵌めてあった。真紅のとろけるような色をしている。どくりと鳴る心臓を押し隠し、もっともらしい言葉を並べ立てながら彼女に背を向ける。そうして石を外し、あらかじめ持っていた偽物を取り出すと、こっそり嵌め変えた。

「どう? 何か分かったかしら?」

「残念ながら――こんな宝石は今までに見たことがありません」

俺は言いながら、偽物の嵌った首飾りを王女に返した。

「東にも西にも、これと似たものは見当たりませんでしたよ。お力添えになれず、申し訳ありません」

言いながら、俺は適当にそれらしく、自分の持って来た商品の宣伝をしてやった。王女はそれをやんわりと断る。

それを受け、俺はわざとらしく残念そうな顔をしながら、挨拶をして部屋を出た。


首尾は上々だ。賢者の石はもう俺の物だ。そしてこれを売って手に入る金は、いかほどだろうか。

売る相手はもう決めていた。口が固くて、喉から手が出るほど、この石を欲しがっていると噂の人物。スペンサー・ユークレースだ。




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