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金貨の好きなねずみ2


それからしばらく経った、ある夕暮れのことだった。俺はベスの父親に、とある貴族の処分を頼まれた。他の依頼人と違って、銀貨三枚出すと言う。

「今回は大物だ。王の財産を横領した貴族だ。名をゴードンという。三年の懲役になっているが、賄賂を使って少し前にここを出た。丁度森の外れに差し掛かる頃だろう。お前の足で行けば追いつく。殺さず生け捕りにするのだ。捕まえて来い」

銀貨は銅貨の十倍の価値がある。銀貨三枚に目が眩んだ俺は、黙って彼の言うことに頷いた。



森の小道に入ったところで、俺は貴族に追いついた。相手はでっぷりと太った男で、口髭を生やし、大した召し物を着込んでいた。

俺はナイフを取り出し、貴族に飛びかかろうとした。生け捕りと言えど、相手は大人だ。まずはナイフで脅して、動きを封じて捕まえようと思った。

ところがそこで、俺は異変に気がついた。彼が足を止めたのだ。それも俺ではなく、別の何かを見つけて。


木々の影から、二人の大きな男が現れた。三頭の馬もいる。

「待たせたな」とゴードンは言う。どうやら主人を迎えに来た部下らしかった。ゴードンはあらかじめ彼らに迎えに出るよう、言いつけていたようだった。

俺はすぐさま、人数と体格差に、勝てないことを悟った。だが逃げる隙もなく、ゴードンに見つかった。

「なんだ、お前は?」

言葉を失った俺を見て、やがて彼は目を細める。

「なんだ、あの牢番、仕組んでいたのか。――お前はあいつの手下だな? いい度胸だ」

そうして部下に命じさせ、俺を返り討ちにした。

こてんぱんにやられた俺を、彼は鼻息荒く見下し、勝ち誇ったように言った。

「身の程を知れ。このねずみめ」

そうして用意されていた馬に乗り、颯爽と去って行ってしまった。


「っ…………」

俺は傷だらけの体で立ち上がり、ほうぼうの(てい)で帰った。処刑場の側へ戻ると、外に人の気配はなく、あの大きな屋敷から賑やかな声が聞こえてくるのが分かった。

扉を開くと、その騒ぎ声がじかに伝わってくる。ベスの父親が働く仲間一同をここへ集め、何かを見せようとしているようだった。

ベスだけはどこかへ出かけたままだった。帰りが遅いが、それが丁度、都合が良かったのだろう。

父親は大きな袋を持つと、その中身をテーブルにぶちまけた。

眩いばかりの金貨が溢れ出す。周りからざわめきが漏れた。


俺は人々の合間から顔をのぞかせ、その光景に見とれた。

「見ろ、ゴードンが私に寄越したんだ。私はここのリーダーだからな。仲間のよしみとして、これは山分けにしよう。だがその代わり、今回のことは内密にするんだぞ!」

がやがやと辺りが騒がしくなる。それは歓喜のざわめきだった。

脇で様子を見ていた薄汚れた男が、下卑た笑みを浮かべてポケットから何かを取り出す。

「こいつも見てくれ。輸送していた時に、ゴードンからスッたんだ。賢者の石とか言うらしいぜ。本物かは知らんがな」

また部屋がどよめく。反対側から骨と皮みたいな老人が出てきて、赤い石を見下ろした。

「おお、これが()の賢者の石だというのか? (ちまた)には偽物が転がっているというが――この煌めきは確かなものだ。もし本物なら呪文を唱えれば作動するはず。――やってみよう」

是非試してくれ、と周りの者も頷く。老人は白い髭に埋もれた口で、何かを唱え始めた。

「遥かなる心の臓よ、時と宙の名に置いて説く。聞けよ、応えよ、言の葉の真意へと。――紅き水の化身よ、命の根源たるものよ、我の願いをここに記す」

枯れ枝みたいな老人の、ぎょろりとした眼が石を見る。

「私達に更なる富を」

果たして――石は、動かなかった。

ぴくりとも微動だにせず、沈黙するままだ。

肩透かしを食らった男たちから、小さな笑いが漏れた。


リーダーがからりとした顔で口を開く。

「まあまあ、この石が偽物だとしても、ここに金貨の山はある訳だから」

と言いながら、両腕を広げて見せた。

「みんなでこれを分けよう。これから数える」

俺は人の群れを分け、一歩前に出る。

「ああねずみ、お前か。――奴の首はどうした?」

「逃げられた」

「何?」

「ゴードンは部下を手配していたんだ。逃げられたんだよ」

ぶっきらぼうに言うと、リーダーは顔をしかめた。

「それじゃあお前の分は無しだ。――逃げられたんなら、金の管理はよりしっかりしないとな」

俺は目をぎらつかせた。

「俺の分は無し?」

「ああそうだ」

「おかしいだろう? 俺は奴を追いかけて、こんなに傷だらけにされたんだ。なのに何もしていない――こいつらに、金を分けるなんて!!」

「こいつらをお前と一緒にするな。皆牢で働き、罪人を見張っている。料理番や処刑人だっている。皆仲間だ。それに比べて、お前は外からやって来たよそ者。ただねずみを捕まえているだけじゃないか! いてもいなくても同じだ」

言い返す言葉なんて出なかった。俺は仲間外れだ。ゴードンを殺せなかったことで、銀貨三枚すら手に入らない。そうだ、確かに役目を果たせなかった。でもおかしいじゃないか。俺は毎日ねずみを捕っている。金のためなら、必要とされればきっとどんな仕事だってやったろう。でも処刑も見張りもやらせてもらえない。

「挽回のチャンスをくれよ」

必死に言いつのる俺に、相手は言った。

「獲物を取り逃がしたお前にチャンスなどあるものか。お前は大人しくねずみでも捕えてればいいんだ」

金貨を数え出したリーダーを、俺は横目で睨んだ。

皆は分けてもらえるのに、俺には何もない。同じ人間なのになぜこんなに扱いが違う。なぜだ。一体なぜ?

こっそりとナイフを取り出す。そうして走り出した。

俺がただのねずみ捕り? だからなんだと言うんだろう? こいつらは何が違う? 一体何が? 賄賂を受け取り、それを分け合うお前たちは、薄汚れたねずみと一緒じゃないか!!


ぐさり、と俺のナイフはリーダーの胸を貫いた。

「ねずみが一匹、」

つぶやく俺の横で、ぎゃああと誰かが悲鳴を上げる。俺はそいつも刺した。ぐしゃりと人間が貫かれる音がする。

「ねずみが二匹」

逃げ出そうとする誰かの胸をまた刺した。賢者の石をスった男だった。そいつはもう倒れて動かない。テーブルの脇にいた、あの骨みたいな老人の胸も、ナイフを持ったまま叩く。踊りかかって来た処刑人も殺した。この金は俺がもらう。誰にも渡さない。俺の物だ。

「ねずみが三、四、五匹……」

ここの男達は勇敢だった。逃げもせず、俺を殺そうと殴りかかる。だが残念なことに、彼らの持つべき武器はここになかった。皆小屋に置いてきたのだ。卑怯な俺は、素手で迫り来る彼らの腹や胸をあっという間に刺して回った。

「……匹、……十匹、十一匹!」

目の奥が真っ赤に染まったようだった。

そう、辺りは血の海だ。勇敢なねずみ達の死体は転がり、見るも無惨な光景だった。

最後に残った者たちも抵抗を続けたが、無駄だった。

「十四、十五匹……!!」

ぼたぼたとナイフから血が落ちる。肉片と濡れたような血がナイフにはついていた。俺ははぁ、はぁと息を切らす。これで誰もいなくなった。

その時、扉が開いて、誰かが入って来た。

「お父さん、遅くなったわ……!」

ベスだった。彼女がはっとしてたち竦む。その拍子にびちゃりと床が音を立てた。

「デズモンド……!? 一体、何をしたの!!」

「ベス、」

彼女の目はうろうろと惨状を見回していたが、やがて焦点を取り戻し、泣きそうな色をして俺を見つめた。

「デズモンド、これは何かの悪い夢よ」

「…………」

「あなたは間違えたのよ! でも私は、本当のあなたを知っている。過ちを認めるのよ」

本当の俺? なんだそれは。お前が何を知っていると言う。ベス、お前は誰よりも清くあり続けた。

「お前には分からない。こいつらはねずみだったんだ。だから殺した」

「ねずみ……?」

「そうさ。俺と同じ。卑怯で、汚くて、救いようのない人間のことさ。でもお前は違う」

「私?」

「そうさ、ベス……お前は賄賂なんか受け取りはしないだろう」

彼女は分からないと言うように俺を見る。その首で何かが煌めいたのを、俺は見逃さなかった。

「――それは宝石か?」

「こ、これ……? そうよ」

俺の中で何かが焼き切れた。目の奥がかっとなる。金貨を数えていた、彼女の父親が思い出された。彼女はきっと、罪人の誰かにこれをもらったのだ。父親がしたように、賄賂を受け取ったのだ。

「お前は――お前の父親と、同じだった」

「何を……言っているの」

「お前は結局、俺と同じねずみだったんだ!」

美しい瞳が、俺を食い入るように見つめる。訳もわからず、ただ助けを請う、無垢なふりをした残酷な瞳だった。

「ねずみは俺だけで十分だ。他にはいらない」

俺は彼女の胸に、ナイフを突きたてる。

かはっ、と声を上げ、彼女はのけぞった。鮮血が流れ落ちる。ナイフを引き抜いた瞬間、赤に染まったその体がばたりと崩れ落ちた。


俺は一つ息を吐く。緊迫した空気の部屋の中、びちゃりびちゃりと床を踏みしめ、テーブルに近づいた。そこには金貨の山があった。


俺はそれに、手を伸ばす。

両手でその山を掴み取り、顔を覆えば、鉄の匂いがした。指の間からじゃらじゃらと景気のいい音がこぼれ落ちる。

「く、ふふふ……ははは」

俺の喉から、たまらず歓喜の声が漏れ出した。

よく分からない、胸を突くような悲しみと、湧き上がる喜びが、喉をついて溢れ出す。

「はは、ははははは! はははは……!!」


俺は笑った。大声で嗤った。

そうして急いで金貨を袋に詰め込んだ。銀貨三枚よりもずっと価値がある。これは俺だけの物だ。誰にも渡さない。

金貨を入れた後、最後に赤い石に触ろうとした。

「あちっ」

なぜだかその石は嘘みたいに熱かった。まるで自ら燃える不死鳥のように。

俺は何度かやり方を変え、それを袋に入れようとしたが、どうにもうまくいかなかった。

やがてどういう訳か、ぱちぱちと赤い石から炎が現れた。

その焔はおぞましくも美しく、なんだか胸を焼かれるような気分になった。呆気に取られる俺の前で、炎はあっという間に大きくなる。そのどこか神聖にも見える光に、俺は裁かれているような気分になった。お前のしたことは恐ろしいことだと、突きつけられているような気持ちになったのだ。

俺は踵を返して駆け出した。金貨を持ったまま、血の海となった部屋を飛び出し、二度とそこには戻らなかった。



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