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金貨の好きなねずみ1


俺の名はデズモンド。だがそう呼ぶものもかつてはほとんどいなかった。

ジルウェスタ―と出会う、実に十二年前、千五百十年のことだ。

十五才の俺は、多くの貧乏な人間と同じように、いつも飢えていた。家族もいない。

俺は生きるためにあちこちを点々として、いつからか処刑場の側で生きるようになった。


そこには独特の小さな世界が広がっていた。城から半日以上かかるそこは、牢獄があり、罪を犯した者達が収容されていた。罪人の中でも、高い位を持つ者や、王の恩赦により貴族牢へ送られる者がいるが、ここは違う。ほとんどの人間が地位も低く、また大罪を犯した貴族も入れられていた。


辺りは石切場みたいに殺風景で、だだっ広い。牢屋の外には、たくさんの小さな小屋と、一つの大きな木造の屋敷が建てられていた。この土地で働く者は小屋で暮らし、会議やら宴会やらがあるときは、屋敷に集まるのだ。屋敷の方には食堂があり、食事もそこで済ましていた。


正式に仕事を持っている牢番や処刑人達と違い、俺はただの転がり込んだよそ者だった。

食いぶちが増えるのを彼らは嫌う。ただで飯にはありつけない。

そこで俺はねずみを捕まえることで、どうにか食事を分けてもらっていた。


ねずみの捕り方は別の町にいた時に覚えたものだった。城にはそうそういないそうだが、処刑によって死人の出るここには、ねずみ達が巣食う。

壁や屋根の裏を走るねずみを、俺は罠を使って捕らえ、死人を燃やす炎に一緒に放り込んで焼いた。

死人が出るから食事にありつけるという、処刑人や俺の生き様は、なんだか皮肉で無様だった。


そしてここには、薄汚れた独特の雰囲気があった。働いているのは皆男で、むさくるしいことこの上ない。

ここにいる女は二人だけだった。

一人はヴィヴィアンといった。まだ五才の子どもで、こいつもどこからか転がり込んできたようだった。

彼女は薪割りで食い繋いでいた。いわば俺と似たようなものだ。この仲間意識の高い空間で、俺と彼女は妙に浮いていた。


かん、かん、と薪割りをする彼女に、俺は話しかけたことがあった。彼女の手つきは酷く、一つ割るのにも時間がかかっている。

「よう、処刑人の真似か?」

「みんなに言われるわ。あたし、本当は処刑を手伝いたいと思ったのよ。でも力仕事は無理だから、薪でも割ってろって」

「まあ、その通りだな。その腕で食事にありつけただけでも、幸運に思うことだ」

「その言葉、そっくりお返しするわ」

彼女と話したのは、それぐらいだったと思う。実際、俺と彼女は仲良くはなかった。側を通り過ぎても、口を利くことはほとんどなかったのだ。男達ががやがやと酒盛りをする時、俺と彼女はそれぞれ顔の見えない場所に座り、こそこそと食事をした。


もう一人の女は、ベスと言った。

太った牢番の一人娘で、ここの男どもには似合わず、気立ての良い綺麗な少女だった。

牢番や処刑人達は、俺のことを「ねずみ」と渾名したが、彼女はそう呼ばなかった。ベスは誰にも親切で、やさしかったのだ。

彼女は屋敷の食堂で、給仕をする役目を担っていた。料理番の男が作った物を、彼女がそれぞれのテーブルまで運ぶのだ。酒瓶を忙しそうに運ぶ彼女を、俺はしょっちゅう目にしていた。

ベスは他にも、隣の町に買い出しに行く役目を果たしていた。馬を操るのが得意で、よく荷車を引かせていた。町で得た噂話を皆が聞きたがったが、それ以上に彼女の人柄の良さが皆を惹きつけた。彼女は男達にとっての癒しらしく、手を出してはならないという暗黙の了解まであるらしかった。

一度輸送中の罪人が、ベスにちょっかいを出そうとしたことがあった。もちろん腕は縛られていたのだが、たまたま側を通りかかった彼女に近づき、下卑た言葉を浴びせたのだ。


――――おいあんた、俺の世話係にならないか?


――――毎晩一緒に、アソコを使って遊ぶんだ、いいだろ?


俺はそいつをぶちのめしてやった。そいつはそれ以降見ていないが、ベスが話しかけてくることが増えた。



働く男どもは俺を見下し、馬鹿にしていたが、彼女だけはなぜか話しかけてくれる。その行き過ぎた親切心を、俺はただ、少しの同情と共に眺めたものだった。

「俺を名前で呼んでくれるのはお前だけだよ。他の連中は、俺の名前すら覚えていない」

「デズモンド。もしそうだとしても、私があなたを呼び続ければ、みんな覚えるかもしれないわ」

「そいつはご苦労なことだな」

ベスと会話していると、他の男に睨まれることもあった。だが俺にはどうでも良かった。

なぜならベスのことを、ただの人の良い奴としか思っていなかったからだ。


こうした生活の中で、俺は他の男達がどこからか金を仕入れていることに気づいた。と言うのも、彼らは罪人の一部から賄賂を貰って山分けにしていたのだ。彼らは罪人を逃がすふりをして、その後を俺に任せた。渋る俺に、男の一人は言った。

「罪人を逃がしたことが、王に見つかったら問題になる。行方が知れなくなる前に、後始末をしろ。ねずみを殺すのと同じだ。始末すれば、金を分けてやる」

そういう訳で、俺はやりたくもない仕事をやった。人を殺すのはいつだって気分が悪い。だが金のためだ。

俺はいつだって証拠に罪人の首を持ち帰った。そして貰えたのはいつだって銅貨三枚だけだったのだ。

牢番達は金貨や銀貨も貰っていた。でも俺に与えるのはそれだけ。


不公平だ、と俺は思う。だがベスに愚痴をこぼす訳にはいかなかった。彼女は賄賂を嫌っていたのだ。賄賂の横流しを受けているなど、俺は知られたくなかった。

「デズモンド、どうしていつも難しい顔をしているの」

「お前には分かりゃしないよ」

「どうかしら。もし何か相談したくなったら、私に言ってね」

彼女はやさしく俺の手に自分の手を乗せた。ぞわりとしてそれを振り払う。神聖な彼女の手が汚れるのを、俺は嫌った。彼女の無垢なやさしさこそが、俺の劣等感を刺激した。

「あっちへ行ってろ。お前に話すことは何もない」

そう言うと、決まって彼女は物言いたげな美しい目をして、しかし黙って引き下がるのだった。


ある夜俺はヴィヴィアンに、今の生活をどう思うか尋ねた。

「俺たちはよそ者だってだけで、食事しか与えられない。どうにか得た金も、たった銅貨三枚だけだ。おかしいと思わないか?」

夜空の下、彼女の特徴的な瞳が静かに瞬いた。

「あなたがどうやってその金を手に入れたのか知ってるわ。あたしはそんなことに手を染めないし、食事だけで十分よ」

「嘘をつくな。お前だって金が欲しいはずだ。金があればなんでも手に入る。そうだろう?」

「みんながあなたと同じ考えな訳じゃないわ。少なくとも、あたしは違う」

やっぱりこいつはつまらない奴だと、俺はそう思った。そうしてさっさと会話を切り上げると、寝床にしている小屋の隅へと戻った。

牢屋から盗んできた毛布に潜りながら、薄暗い天井をじっと眺めた。

こんな生活、いつか絶対に抜け出してやる。こんなクソみたいな場所で、一生を過ごすのはごめんだ。

いつか偉くなって、金に不自由なく暮らすのだ。金貨の山に埋もれて、幸福を(むさぼ)るのだ。

瞼を閉じると、天井から、かすかにねずみの走る音が聞こえた。



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