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白い花は骸のように

屋敷に帰ったジールは、僕を庭へ連れ出した。落ち着いてゆっくり話したい、とは彼の談だ。

庭の奥の閉ざされた場所。深緑の最中に、白い花々が咲き乱れていた。それは陽射しを浴びて美しかったが、どこか骨のようにも見えた。

まるで傷ついて転がっている、誰かの(むくろ)みたいだ。一体彼は、どんな気持ちでこれを育てることにしたのだろう。

僕はジールが何を抱えているのか、知りたいと思った。彼はきっと話してくれないのだろう。でも今、僕は自分のことを、少し話してもいいと思えた。

「ジール」

どこか悲しげな目をする青年を、僕は見上げた。

「僕はあんたを殺そうとしたことがある。その訳を知りたいでしょう」

彼は黙って僕を見下ろしていた。

「僕はね、舞踏会の夜、バルバトスに命じられたんだ。あんたを殺すようにって」

ジールの目が、傷ついたように僕を見る。彼が自分自身のためではなく、僕のために哀しんでいるのだと、僕には分かった。そのやさしさが、なによりも愛おしかった。

だからこそやっぱり、喋らない方が良いような気がして、しかしスペンサーの言った「彼を信じてあげて」という言葉を思い出し、僕は続けるのだ。

「バルバトスは言ったんだ。『お前が殺さなければ、こちらで手を下す』と。僕はあんたと一緒に過ごすうち、考えを変えたんだ。生きていてほしいと願った。でも――もし真実を喋ったら、あんたは……僕を守ろうとするかもしれない。根拠なんてない。でも僕は死なない身体だ。僕のためにあんたが戦って死んだら、それほど哀しいことってないよ。だから、だから僕は……」

言えなくて、と言い募る僕は、ふと力強い腕に抱かれ、言葉を失った。ジールが僕をぐっと抱きしめたのだ。

彼の胸は、布で包まれたように不思議な感触だった。僕は行き場を無くした手を、彼の背中に回す。

「今まで辛かったろう」

ジールの言葉は、固く閉ざされた僕の心に、少しずつ染み入ってくる。

「お前の事情に気づかず、苦しい思いをさせた」

そっと彼が身を離す。そうして僕の両肩に手を置き、僕の顔を正面から覗き込んだ。

「私が、お前を守ろう」

僕が覚えたのは、身に余る歓喜と言い知れぬ絶望だった。

守ろうだなんて、絵本のお姫様に王子様が言うようなセリフだ。だが僕の想像通り、彼は戦って死ぬかもしれないのだ。

「リゲル、私を見ろ」

彼の両手が、僕の頬に触れる。まっすぐに、空色の瞳に射抜かれる。

「お前はスペンサーに、私を守るよう頼もうとしたそうだな。――私はお前に心配されるほど、やわじゃない」

ああ、スペンサーの言った通りだ。目の前の瞳の、力強いことと言ったら。

「もしもお前が狙われたら、私が助ける」

遠い、遠い昔。僕に花冠をくれた女の子がいた。あの子は僕のせいで死んでしまった。

「もしも……もしも、助けられなかったら? 僕は死ねないんだ。一生を闇の中で過ごすことになったら?」

それは僕が、ジールに初めて吐いた弱音だった。

ジールの瞳が、僕を捉える。捉えて、見据えて、離さない。

「もしもお前が拐われたなら、必ず私が迎えに行く」

きゅうと、僕は目を細めた。泣きたいほどの感情が、全身を駆け抜ける。

「私を信じろ」

大好きだ、と思った。

僕はやっぱり、この人が大好きだ。

「信じるよ、ジール」

だから必ず、僕を迎えに来て。

僕はようやく、心からの微笑みを浮かべた。

白い骸のような花たちが、僕らを黙って見下ろしていた。



リゲルが私に弱音を吐いた。そのことに、私はひどくほっとしたのだ。彼のためにできることがあればいい、と思った。また、身辺に気をつけなければと。

二通目の手紙の主が、姫君に手紙を送った男と同一人物なら――その正体を確かめておくべきだろう。冷静になった頭で、そんなことを考えた。


それから幾日か経ち、二通目の手紙にあった、約束の時が訪れた。私は()の屋敷に行く決心をしていた。

私の屋敷の前に立派な馬車が泊まり、中からデズモンド――以前舞踏会で会った商人の男だ――が現れた。

「こんばんは伯爵。お会いできて光栄です」

「こんばんは、デズモンドと言ったかな?」

「はい、今宵は主人の命で、お迎えに上がりました。主人と言っても、一時的なものですが」

「どういう意味だ?」

「あの人は謂わば俺の後援者(パトロン)なのです。まあそれより、馬車にどうぞ」

私はじっと馬車を眺める。豪奢だが無駄のない作りだ。

不意に、頭上から少年の声が聞こえた。

「出かけるの? 僕も行く!」

「遊びじゃないんだ! お前は残れ!」

もしデズモンドの言う「主人」がこちらに敵意を持っているとしたら、行くだけ危険だ。それでも行くのは、単なる好奇心からと、相手が何か有益な情報を持っているかもしれないという下心からだった。相手の正体も確かめる必要がある。とにかく、リゲルをこんなことに巻き込む気はない。

「お前は留守番だ! いいな!」

そう言って馬車に乗り込む。

「あの少年は良いのですか?」とデズモンド。

「構わない。出してくれ」

そう言うと、馬車は音を立てて走り出した。

リゲルは大人しく窓からこちらを見ていた。どこか心配そうな目と、風に揺れる白い髪が印象的だった。



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