やさしい休日
*
ペドロが姫君を襲った事件から二日後、休日のことだった。屋敷のソファで剣を磨いていると、リゲルが静かにやってきた。
「ジール、手紙が来てるよ。それも二通」
私は眉を顰めた。手紙は蝋で封をされている。それを受け取ると、片方の差出人はキーラ、片方は不明だった。
私はカッターナイフで一つ目の封筒の端を切り、中身を取り出した。
中にはこう書いてあった。
キーリング伯爵
この寂しい牢獄に、また訪ねて来てほしいの。あなたとゆっくり話がしたい。私は罪を打ち明けたけれど、あなたはそれ以上、耳を傾けようとしなかった。
ペドロにそうしたように、どうか私にも疑問をぶつけてちょうだい。そうしてもう一度私を見て欲しい。
あなたへの気持ちは本当よ。愛しています。
キーラ・サーペンティン
私は目の前のテーブルに乱暴に手紙を置いた。読んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってきたのだ。
ため息をつきたいのを堪え、もう一通を手に取り、同じように中身を取り出す。
ジルウェスタ―・キーリング様
あなたの噂を耳にしました。確かな剣の腕と、王女様への聡明な忠誠心をお持ちだと。
一度あなたと話がしたいものです。
来週、月が半分欠ける夜、是非私の屋敷にお越しになって下さい。当日はデズモンドを、あなたの屋敷に迎えに行かせます。
敬意を表して
これでは差出人が男か女かも分からない。だがもしデズモンドの後援者であるなら、姫君に恋文を送った、例の男かもしれない。
「なるほど……?」
私が紙を持ったまま考え込んでいると、隣でリゲルが口を開いた。
「へえ、ジールってやっぱりモテるんだね」
その手にはキーラからの手紙が開かれている。いつのまに。
「こらっ」
「なあに。別に見られても減るものじゃないでしょ」
「だがそれはキーラが……」
「キーラがなんなの?」
ちろりと彼の青い目が光った。
「別にペドロの肩を持つ訳じゃないけど、キーラはあいつをいじめたんでしょ? こんなもの読む必要ある?」
「それはそうだけど。お前、言葉に少し棘があるんだよ」
「しょうがないでしょ。僕、あの人好きじゃないもの」
「ペドロのこともだろう。舞踏会の時、彼を威圧していた。なぜだ?」
「知らなくていいこともあるんだよ、ジール」
にぃ、と青い瞳が笑う。
「ところでこれ、燃やしていい?」
その物言いに、私は少しびっくりしたが、まあどちらにせよ破こうと思っていたので「ご勝手に」と返した。
手紙はリゲルの手によって、炎の中に投げ込まれる。赤い火はみるみるうちに手紙を黒く焼き尽くしていった。
「それも恋文なの?」
もう一枚を手にしていると、彼が興味深そうにこちらを眺めてきた。私は息をつき、手紙を内ポケットにしまう。
「これは違う。差出人も謎だ」
「そう、じゃあいいや」
そう言って部屋を出て行く少年に、私は目を細めた。彼の情緒はいつだってよく分からない。
次の休暇に、私はリゲルを連れて町へ出た。単に一緒に出かけたかったのと――リゲルがどういう人間なのか、知るきっかけになればと思ってのことだ。
町は賑やかだ。この閉ざされたような一つの国は、どこか歪で、しかし完成された美しい世界だった。
町には露店が並び、人で賑わっている。
「リゲル、何か欲しいものはあるか」
「……別に」
気を遣っているのか、彼は特に主張もしない。と、彼のお腹がくぅと鳴った。
赤くなったリゲルに私は笑いかける。
「何か食べようか」
私達は露店を見て回った。そこで私は、茶色い焼き菓子を見つけた。いわゆるワッフルのようなものだ。銀色の粉砂糖がかかっている。
「リゲル、甘い物は好きか?」
「うん」
そこで私は露店のおばさんに声をかけ、焼き菓子を二つ買った。
半分紙で包んだそれを「焼き立てだよ」とおばさんは渡してくれる。
齧ると口の中に甘みが広がった。
隣のリゲルも、さく、と齧る。その頬が分かりやすく緩んだので、私の胸は温かくなった。どうやら気に入ってくれたようだ。
二人でそれを食べ終わると、続く露店の道を歩いた。
リゲルは時折、ちらりちらりと店へ視線をやり、しかし何も言わず通り過ぎるのだ。欲しいものがあるなら言ってくれれば買うのに、と私は思う。
普段は主張をするくせに、こういうところで大人しい彼を見て、なんだか律儀だな、なんて思った。
二人で並んで歩いていると、布の上に装飾品を並べた男が声をかけて来た。
「お嬢ちゃん、何か買っていかないかい」
どうやらリゲルを女性と勘違いしているらしい。
「僕は男です」
リゲルがむっとしたように言うと、男は手を額に当てて、こりゃ失礼した、てっきり恋人同士かと思ったよ、なんてこぼした。
リゲルがそっぽを向く。しかし商品を見下ろして、じっと動きを止めた。
彼の視線の先を辿れば、金色の三日月の形のイヤリングがあった。陽射しに照らされてかすかに煌めいている。私は薄く笑って口を開いた。
「リゲル、良ければこれを買ってあげようか」
「えっ、別にいいよ」
「お前に似合うと思うんだ。私から贈りたいんだが、どうかな」
実際、それは彼にとても似合うように思えた。私が微笑めば、彼ははにかむように視線を下げた。
「あ、あんたが言うなら」
そう言う訳で、私は男に貨幣を渡し、イヤリングを買った。イヤリングの入った包みを、リゲルは大切そうに持っていた。それを見て、私はなぜか、自分の心が満たされるのを感じた。




