二人の投獄
王女キャンディスが椅子からわずかに身を乗り出した。
「キーラ、どうしたと言うの! それにバルバトスまで」
「ああ、王女様!」
キーラが叫んだ。
「私は無実です! 誓って、何もしていないわ!」
その時、ペドロが震える声で叫んだ。
「ごめんなさい」
彼はがくがくと震え出し、請うように声を上げた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、キーラ様、許して……」
バルバトスを除き、皆愕然としてペドロを見ている。
「俺は失敗、失敗したんだ。出来なかった。俺には、赦して下さい、もう痛いのは嫌だ……!」
私はつかつかとキーラの方へ歩いていくと、彼女を無理やり立たせた。
「キーラ嬢、あなたが原因か。姫君を殺せと、そうペドロに言ったんですか?」
「そんなまさか、私は……!」
彼女は困ったように笑みを浮かべ、ペドロへと近づいた。
「ねえペドロ、そんな風に言わないで。みんな私を誤解するわ。私があなたを傷つけたことなんて、あったかしら?」
「赦して、赦してください、キーラ様、ぶたないで……!」
ペドロはもうまともではない。私は前世の記憶を思い出していた。私がいた孤児院には、傷ついて年よりも幼い言動をする子が何人かいた。今の彼はその状態だ。
「ペドロにこれ以上近づかないでください」
「失礼ね。まるで私が悪いみたいに」
「その通りよ、キーラ」
不意に振って来た声に、私達は顔を上げる。
姫君が珍しく冷たい瞳でキーラを見下ろしていた。
「あなたを投獄します。ただし、友人としての恩赦で西の貴族牢に」
「そ、そんな、私は、」
「ペドロもしばらくは貴族牢に軟禁よ。キーラから一番遠い東の塔にね。彼の処遇はもう少し考えることにするわ」
「待ってください、王女様! 私は何も……!」
「さて、他に意見のあるものは?」
私とヴィヴィアンはちらりと視線を交わす。どちらも口を開くことはなかった。
ぱんぱん、と王女が手を叩く。
「では決まりね。ジール 、ヴィヴィ、後は頼んだわよ」
そう言って王女は立ち上がる。部屋へ帰ろうというのだろう。
ペドロは混乱したままぶつぶつ呟いていたが、ヴィヴィアンに立たされて連れて行かれた。
私はキーラの腕を掴む。彼女は未だ叫んでいた。
「待って、王女様! ……おじさま助けて! どうして私ばっかり! ナターシャだったら助けたのでしょう!」
バルバトスは何も言わない。私は奥の扉を開いた。
キーラはずっと叫んでいたが、バルバトスが振り返ることはなかった。
キーラは牢獄へ連れて行かれる最中も、騒ぎ続けていた。夜番の兵士達が興味深げに視線を寄越すぐらいには。時々逃げようとする彼女の腕を、私はしっかり握り、進んで行った。牢と言っても姫君の告げた貴族牢だ。それは地下牢と対照的で塔の上にある。逃げられないように高い場所に造られているのだ。ペドロも恐らく、反対側の塔に連れて行かれたのだろう。
辿り着いた部屋は、それなりに小綺麗な場所だった。薄緑の壁紙に、白のベッド。こじんまりとしているが、しっかりした作りの茶色い家具達。私の感覚で言えば、小さなホテルの個室と言った感じで、別段酷い場所という訳でもない。
キーラはどこか不愉快そうに部屋へ入り、私に扉を閉めるよう命じた。いや、私はあなたの召使いではないのだが。
扉を閉めた私の前で、彼女は優雅にベッドに座る。
「ねえ伯爵、すべて誤解なのよ。王女様に取り次いでちょうだい」
「お断りします」
「冷たいのね」
あんなことがあった後では仕方ないだろう。私はちろりと視線を向ける。
「ペドロの様子を見たでしょう。明らかにあなたに怯えていた。どう弁明するつもりです」
「……私が……」
キーラは目を伏せた。ぱちりと一つ瞬きしてこちらを見上げる。
「私が罪を認めたら、あなたは赦してくれる?」
「まさか」
私は薄く笑った。
「ペドロは恐らく、あなたに乱暴されていたんでしょう? 彼の言動から分かりますよ。私があなたを赦すことはありません。――とにかく、ご自分の罪をお認めになるのですね?」
「ああ、伯爵」
彼女の目が、ひどく悲しげにこちらを射抜いた。
「あなたは分かっていないのよ。あなたに嫌われることが、私にとって、どんなに恐ろしいことか」
「知りたくもありません」
「伯爵!」
彼女は叫ぶように立ち上がり、私の腕を掴んだ。
「私、あなたが好きなのよ。分からない?」
私はぎょっとして、彼女を見下ろした。
「嘘に嘘を重ねるのは感心しませんね」
「これは本当のことよ。――ああ、その顔、信じてないのね。私は舞踏会で、いつだってあなたと踊ったわ。うまく本心を隠してね。でもその実、誰よりもあなたを見ていたのよ」
「…………」
最初は彼女が、自分の罪を軽くするためにこんな嘘をついているのだと思った。でもどうやら、そうではないらしい。
彼女の目は本気だ。他の少女達が見せた、甘いとろけるような瞳とは違う。どこか騒然とした何かを秘めていた。
「……仕事に戻ります」
どこか面食らってそう言うと、彼女はなぜかにっこりと微笑んだ。
「そうしてちょうだい。――ねえ伯爵、牢獄から手紙を出すことは可能かしら?」
「……ええ、まあ」
「ならいいのよ」
私が姫君に取り次がないなら、手紙で訴えようというらしい。面倒なことになりそうだと思いながら、私は部屋を出て、牢の鍵を閉めた。
その後、キーラが罪を認めたことを、念のため姫君に報告したが、姫君は悲しそうに「そう」と頷くと、再びベッドに入ってしまったのだった。




