真夜中の喧騒
*
「それで、こんな夜中に呼び出されたってわけ?」
欠伸を噛み殺しながらヴィヴィアンが言う。
「伯爵、あなたよく気づいたわね。あたしでもまさか、ペドロがこんな狼藉を働くなんて思わないわよ」
そう彼女に言われ、私も小さく息をつく。
姫君と私達三騎士は、玉座の間にいた。いわゆる大広間だ。普段、処刑は外で行われるが、要人はヴィヴィがここで殺すこともあった。彼女は斧の使い手だ。そして自ら進んで処刑を行う。そこには彼女なりの理由があるらしいが、預かり知らぬことである。
「それでペドロ、申し開きは?」
ヴィヴィが問う。
「ないよ」とペドロ。彼は武器を向けられ、座り込んでいる。
「それじゃ、やることは一つね。どいてなさい、伯爵」
そう言ったかと思うと、ヴィヴィアンは斧を振りかぶった。
「ちょ、ちょっと待て」
私は慌てて割って入る。
「本気か?」
「本気よ。――分かってるの伯爵? ペドロはあたし達を裏切って、姫様を殺そうとしたのよ」
「……それはそうだけど。彼は様子が明らかにおかしかった。何か理由があるんだ」
「理由があるから、どうしたって言うの。一歩間違ってれば姫様は死んでたのよ! 今まで姫様を狙った奴はどうしてきた? あたし達でとどめを刺してたでしょう!」
叫ぶように言う彼女の顔を見て、私ははっとする。少女は今にも泣き出しそうだった。この子は特にペドロと仲が良かったのだ。きっと様々な想いを堪えて、出した答えに違いない。それでも。
私の脳裏に、声をあげて泣いていたペドロの姿が蘇る。彼は絶望していた。自分自身に。それは姫君を大切に思っていたからに他ならないだろう。こんな終わり方、私は認められない。確かに彼は罰せられるべきことをしたが、殺すには早すぎる。
私は姫君に視線をやる。玉座に座った姫君は、静かにかぶりを振った。私たちに判断を任せると言うことだろう。この状況を打破できるのは私だけだ。放っておけば、ヴィヴィアンがペドロを殺してしまう。
「待つんだヴィヴィアン、ペドロは今まで、私達と一緒に戦って来たじゃないか。城に忍び込んだ敵を、討ち取ったことだって何度もある」
「だから何だって言うのよ!」
かわいそうなヴィヴィアンは叫んだ。彼女は友達を殺す決心をしてしまったのだ。
「こいつが王女様を裏切ったこと、あたしは赦せないの! 当然のことでしょう!」
「では私が君を止めよう」
立ちはだかった私に、少女がぐっと眉根を寄せる。
「あなたの剣でどうやって止めると言うの?」
彼女がこちらに向かって、斧を振り下ろす。私は素早く後ろへ下がった。
標的がこちらへ移ったらしい。いいことだ。
ぶんと振り回される斧。私は素早くかがみ込んだ。頭上をよぎったそれが、髪の毛の数本を散らしていく。かと思うと、再び振りかぶったそれが、まっすぐ落ちてくる。私は横に転がるように避け、素早く体制を立て直すと、腰から引き抜いた剣を、あっという間に少女の喉元に突きつけた。
はぁ、はぁと二人の息は上がっている。
「こうやって止めるのさ」
私がにっと笑うと、彼女の瞳がかすかに歪んだ。耐えきれなくなった悲しみが、その顔いっぱいに広がった。本当は、彼女はペドロを殺したくなんてないのだ。でも赦すことも彼女の倫理に反するのだろう。一体どうしてまた、ペドロはこんなことをしたのだろう。
とにかく私は、ヴィヴィアンを止めたのだ。
剣を持ったままペドロの元へ歩み寄り、手を差し出そうとした時、彼が私を見上げて言った。
「殺してくれ」
目を見開いた私の足に縋りつき、彼は涙の張った瞳で叫んだ。
「俺はきっと、また同じことを繰り返す! 何かあってからじゃ遅いんだ。殺してくれ!」
「ペドロ」
「頼む、頼む……たのむから!」
喉がからからになる。ヴィヴィアンと姫君がこちらを注視している。目の奥が熱くなった。できないのだ。私は一度、家族を失った。再び見つけた家族のような仲間を、殺すなんてできない。
「みんな、少し落ち着きなさい」
乱れた空気を割くように、凛とした声が響く。姫君だ。
「そんなに揉めるなら、まずはペドロの話を聞いたらどう? どうするかは、それから決めたらいいわ」
彼女の言う通りだ。私は少し落ち着きを取り戻し、剣をしまいこむと、静かにペドロを見下ろした。
「ペドロ、何があったか話してもらおうか」
途端に彼の目はぎょろりとして、どこか様子がおかしくなった。
「は、話す。いいとも、話す、俺は――」
彼は両手で服を握りしめ、精一杯私を見上げた。
「俺は、俺は……ラ様に」
「……? 誰と言った?」
その時乱暴に奥の扉が開いた。バルバトスが誰かを捕まえるようにして、つかつかと歩いてくる。
バルバトスは険しい顔で告げた。
「今夜の件に関しては既に聞き及んでおります。すべてはこの馬鹿娘が起こしたことです」
どさり、と床に投げ捨てられたのはキーラだ。
「おじさま! あんまりだわ!」
キーラが身を起こして叫んだ。
「どうして私には酷い扱いばかり! どうして!」




