表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/64

脅迫と嫉妬



ここは城の廊下だ。それも柱の影になった死角。舞踏会の会場から連れ出された僕は、今まさにバルバトスから、脅しを受けていた。

廊下に人気はない。

ばん、と僕は壁に押し付けられる。彼の蛇のような目が僕を射抜いた。

「リゲル」

「なんでしょうか、バルバトス公」

「お前の存在を無視することはできない。ゴードンが私の配下にあったと知っていただろう。口封じに殺せたら良かったが、お前相手ではそれもできぬ。――それにお前にはまだ、利用価値がある。――お前、賢者の石を歌にしたな? それは私への挑発と受け取るが」

ぐぐ、と彼が僕の首を絞める。


「ジルウェスタ―・キーリングはメリーウェザー家の事件を嗅ぎまわっている。なんのためかは分からないが――まるで誰かに代わって、罰を下しているようだ」

「そ、れと僕になんの、関係が」

「大ありだ。お前は奴に引き取られた。――あいつは邪魔だ。お前が消せ」

ハッと目を見開いた僕の喉を、彼の骨ばった指が、さらに締め付ける。

「バ、ルバトス公っ」

「お前は私の願いを奪った。お前が奪われたのは『死』だ。そんな都合のいいことがあってたまるか! お前があれから、どんな生活をしていたのか聞いた。あまたの貴族の餌にされたと。それがお前にはお似合いだ」

「は、なしてっ」

苦しい。息ができない。気が遠くなる。ただ僕の奥底にあるのは叫びだけだ。こんな時でさえ死ねない。死ねない。ただ苦しみばかり――僕は死ぬことすら赦されない!

「リゲル。キーリングを殺せ。あいつは私の身辺を嗅ぎまわっている。どんな手を使ってでもいい、殺すんだ。お前がやらなければ、いずれ私の部下が手を下しにいく。分かったな?」

ようやく手が離される。彼の目はひたすら冷たかった。

「はぁっ、はあっ、はあ、はあっ」

「不死身だと? 笑わせる」

言いながら、バルバトスは去って行った。残された僕は肩を揺らしながら、ただ空気を求めて、呼吸を繰り返すだけだった。


締められた首に、まだあの手の感触が残っているようだ。

すべて自業自得。あんな唄を歌ったせいだ。

いいや、元からバルバトスはこうするつもりだったのかもしれない。だが今は忘れよう。伯爵の元へ戻り、何事もなかったように振る舞うのだ。



僕は静かに目を閉じ、再び開く。広間に戻れば、舞踏会はもう終わって、人々が少しずつ帰って行くところだった。

伯爵は王女様と話しているところだった。その光景に僕は今日、何度打ちのめされたか分からない。二人はとてもお似合いだった。金髪の王女と銀髪の伯爵は、あまりにも輝かしく、美しい。

いくら綺麗に着飾っても、僕のこの身は既に汚れたものだ。消えてしまいたくなって、でもそんなこともできなくて、誰にとも分からない腹いせに、僕はあの唄を歌ってしまった。


楽しげに笑う伯爵の顔を、じっと眺める。この舞踏会に来て、僕は気づいてしまった。彼と踊った何人もの女性に――特に彼と仲睦まじげに笑い合う王女様に、僕はひどい嫉妬を覚えた。そうして理解したのだ。この感情が分からないほど、子どもではない。

僕は伯爵が――ジルウェスター・キーリングのことが好きなのだ。


満月の夜、僕を抱きしめてくれた彼。その思ったよりも細くて、しかし確かな腕に、僕はよく分からない安堵を覚えた。月明かりの中、ぽろぽろと流れ落ちた彼の涙が、あまりにも透明で、ひどく美しいと思った。それはきっと、僕を想ってこぼされた涙だからだろう。

彼の性別など、もはや関係ないことだった。男だろうと女だろうと、僕はあの人が好きなのだ。

幸か不幸か、僕は男となら数え切れないほど寝たことがある。伯爵を落とす手練手管なら、おそらく僕は手にしている。でもあの夜、何をやっても彼が堕ちてくれないだろうと、理解してしまったのだ。その事実に、なぜか安堵すると同時に胸がきゅうと締め付けられて、息もできないほど苦しくなるのだ。


「伯爵」

僕が静かに近づくと、彼は分かりやすい笑みを浮かべた。

「ああリゲル。姿が見えないから、どうしたかと思っていたんだよ」

こういうところが卑怯だと思う。彼は誰にでもいい顔をする。僕は彼のそんなところが嫌いだ。でもあの瞳が嬉しそうに細められると、胸がくすぐられるような気持ちになって、どうしようもなくなるのだ。

伯爵は王女に向き直り、口を開いた。

「紹介が遅れました。こちらはリゲル。――リゲル、彼女が姫君だ」

そんなことは見れば分かる。僕は幼い頃、彼女と五人で遊んだことがあるのだ。五人のうち二人は死んでしまったが。

「こんにちは王女様、僕はリゲルです。かつて城で唄い手をしていました」

「リゲル、覚えているわ。あなたの歌声、とっても素敵だった。伸びやかで綺麗だったわ」

その言葉を放つ王女は、あまりにも純粋だった。邪心がなさすぎて、胸がむかむかするほどだ。目の前の二人は、僕のそんな醜い気持ちすら知らず、明るい表情を浮かべている。

僕は自分の存在が場違いな気がして、なぜか痛む心を押し隠し、伯爵を眺めたのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ