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舞踏会の曲者

そうこうして、三人の相手をした後、一息ついてワイン――ではなくジュースを飲んでいると、一人の令嬢が近づいてきた。少し吊り目がちな瞳が特徴的だ。緑のドレスを着た彼女は、公爵令嬢キーラだった。

「伯爵、まだ踊る元気はあるかしら?」

「キーラ嬢、勿論です」

「即答ね。断ってくれてもいいのよ。随分とお忙しそうだったし。――それとも私からも、情報を得ようと言うのかしら」


正直なところ、キーラは宿敵バルバトスの娘だった。娘と言っても拾い子と噂されているが、彼女の立ち居振る舞いは品があり、初めて見た人間には見抜けないほどだ。

そんな彼女はやはり、私の情報収集の相手ではあった。だが彼女とは既知の仲であり、さらに姫君とは異なる気高さを持っていて、情報を聞き出すのは困難だった。

「滅相もない。あなたのお相手を出来て光栄だと、そう思っていたところです」

「相変わらずお上手ね。まあいいわ。踊りましょう」

広間には音楽が流れ続けている。私は彼女の手を取って、滑り出すように踊り出した。これまで彼女と踊ったのは、片手で数えきれないほどだ。

「伯爵、あなたが舞踏会に誰かを連れてくるなんて初めてのことよ。彼はあなたの『お気に入り』なのかしら?」

今日は皆この話題だ。私はとりあえず「ええ、そんなところです」と返しておいた。キーラの纏う雰囲気が、少しだけ変わる。彼女はじっと私を見つめ、わずかに目を細めて微笑んで見せた。

「彼は下級の出でしょう。高貴なあなたにはふさわしくないんじゃないかしら」

そういう彼女の出自も貴族ではないと噂はあるが、それに関しては誰も本人に尋ねようとしない。彼女の美しさと気品を買ってのことだ。

「キーラ嬢、彼の出自は関係ありません」


言いながらも、彼女の向こうに、ちらりとバルバトスの姿が見えた。彼は以前、何か不祥事を起こして、姫君に注意を受けたらしい。だがまだ城に出入りできているのは、恐らくキーラがいるからだろう。姫君はキーラに友情を抱いているようだった。バルバトスを城から追い出せば、彼女が巻き添えになってしまう。恐らくはそれを避けたかったのだ。我が物顔で歩いているバルバトスを、私は横目で見る。今までにも数度城で見かけたことがある。本当ならその場で殺してやりたいところだったが、そんなことをする訳にもいかない。彼に剣を向けるためには、ゴードンの時と同じように、証拠が必要だった。メリーウェザー家を襲い、一家を惨殺したという証拠が。今はまだ彼に直接近づく時ではない。周りから情報を集めるべきだ。だが彼はゴードンと違い、尻尾を出さなかった。あの事件は周知の事実でありながら、彼が立ち入ったという証拠はどこにもない。


気づけばバルバトスは、人混みに紛れて消えてしまった。その代わり、キーラの背後に、ちらりと見知った二人の姿が見える。優雅に踊っているのはスペンサーとキャンディス王女だ。私は僅かに目を細める。スペンサーは何か言葉を口にしていた。微笑んでいるが、その目は笑っていない。その理由が私には分かった。彼は賢者の石の在処を知らない。そして知りたいと願っている。あの石は王女の隠された胸元に下がっているのだ。ばれたら面倒なことになる。

私が二人に視線を向けていれば、目の前のキーラが薄く笑った。

「ああ、やっぱりあなたは仕事熱心ね」

私は思わず視線をもどす。踊りの相手ではなく、別の女性を眺めるなど失礼なことだ。

「失礼した、キーラ嬢、どうか気を悪くしないでほしい」

「あら、いいのよ伯爵」

丁度その時曲が終わる。その途端、彼女は「それじゃあね」と私に重ねていた手をするりと振り解いた。

「キーラ嬢」

私が呼びかけた時には、彼女はうやうやしくドレスの裾を持ち上げて一礼し、あっという間に人混みの中へ去っていくところだった。

私は小さく息をつく。彼女に対して失礼なことをしたかもしれない。

しかしそれはそれ、これはこれだ。すぐに気持ちを切り替え、王女のそばへ向かう。

近づけばスペンサーの声が聞こえた。

「姫君、あなたと踊れて光栄ですよ」

そう言いながら、気障な文句を並べ立てている。だが私は少し警戒していた。彼が賢者の石を狙い、姫君に近づいたのではないかと、疑っていたからだ。

「お楽しみ中失礼。スペンサー、今日も元気そうだね。悪いが、そろそろ姫君の相手を代わってくれないか?」

スペンサーはちろりとこちらを見る。その瞳は一瞬ぎらついたが、すぐにあのいつもの笑みに戻り、王女の手を離した。彼はすまし顔で言う。

「おや、護衛のお帰りだ。――ジール君、私はなぜ、そんなに警戒されているのでしょう?」

「自分の心に聞いてみるといい」

一瞬、彼と私との間に、鋭い空気が流れる。スペンサーは紳士的な態度を崩さなかったが、どこかつまらなそうに笑った。

「姫君、大した護衛をお持ちですね」

「あらスペンサー、あなたと彼の仲でしょう。わたしはジールを評価してる。そんな言い方はやめてちょうだい」

「これは御無礼を。――私は文字通り、彼を『大した人間』だと評価したまでですが」

「心にも思ってないことを言うのはやめたまえ」

「二人とも、喧嘩はやめてちょうだい。舞踏会は決闘場じゃないのよ」

どこか呆れ顔の王女に、私達が敵うはずもなかった。スペンサーと私はすぐに謝る。彼は大人しく引き下がり、「いい夜を」と笑って去って行った。

私は調子を取り戻し、王女の手を取り、笑いかける。ワルツの調べに乗り、私たちは踊り出した。



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