王女の提案
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二週間後、城で舞踏会が開かれることになった。まあ珍しいことではない。姫君がその気になったタイミングで、こうした宴会は時折開催される。理由は、亡くなった彼女の父王が、交流を大事にするよう彼女に教えたからだそうだ。
姫君の部屋に招かれ、茶まで振舞われた私は、静かに彼女の話を聴いていた。
「父は私に言ったのよ。この国は平和に満ちている。民による反乱などは、恐らく起こらない。もし反乱を企だてる者がいたら、それは恐らく貴族だろう、と」
「私をお疑いなのですか?」
「あらやだ。ジール。あなたのことは疑ってないわ。そうじゃなくて、他の貴族たちのことよ」
その言葉に、ほっと胸をなでおろすと同時に、様々な思考が浮かんでくる。一番に頭に浮かぶのはバルバトスだ。
「まあとにかく、そう言った貴族たちの反感を買わないために、うまく立ち回ることが大切だと父は言ったの。領地や名誉を与えるだとか、色々あるけれど――舞踏会で愉しませることが大事なことの一つだって。それに父は、芸術を愛していた。父の雇っていた三騎士の中にも、芸術を嗜む男がいたでしょう」
「スペンサーのことですね」
「そうよ。わたしはわたしの信じるままに、あなた達三騎士を選んだ。父がそうしたようにね」
「色々な考え方があるものですね」
「そうね。城には様々な貴族がいたわ。――ねえ、ゴードンを殺せて、満足?」
王女が突然そんな爆弾を撃ちこむものだから、私は持っていたティーカップを落としそうになった。まあそんなヘマはしなかったが、とにかく彼女は、今まで私がやっている復讐について、何一つ言及してこなかったのだ。
「姫君、何かお気に触ったのなら」
「いいえ、あなたのことは敢えてこう呼ぶけど――ジール、あなたが五年をかけて、誰かを追いつめる方法を探していたのは知っていたわ。相手がゴードンだってことは知らなかったけれど。恐らくはもっと早くに仕留めることだって出来たのでしょう?――でもなかなか実行に移せなかった。違う?」
恐ろしい王女様だ、と思いながら私は紅茶のカップを置いた。
「仰る通りです、姫君」
「あなたの個人的な復讐について、わたしが邪魔をすることはないわ。わたしはあなたやあなたのお兄様を大切に思っていたけれど、事件の夜、何があったのか知らないもの。――でもね、ジール。あなたの様子を見るに、犯人はゴードンだけじゃないんでしょう?」
「…………」
「あなたはまだ復讐を続けるつもりなのね。それに対して、わたしは何も言えないわ。父も貴族同士のいざこざには、自ら介入することはしなかった。――ただ、あなたがわたしの理解できない、危険な感情に呑まれてしまうんじゃないかと、心配なの」
「姫君」
私は静かな笑みを湛えて、まっすぐに王女の目を見た。
「ご心配には及びません。職務はきちんと果たしますし、姫君のことはどんなことがあってもお守りいたします」
姫君の顔は、なぜだか少しだけ曇った。今言ったことの、一体何がいけなかったのか、私には分からない。
「……ねえジール。あなたはもう少し、復讐以外のことにも目を向けるべきよ」
「――と、言いますと?」
「……つまり、ええと、わたしはあなたにも、舞踏会を楽しんでほしいのよ」
王女は少しぎこちなく笑ってみせた。それが彼女の生来のやさしさであることはすぐに分かった。
「そうだわ、あなたが世話しているという少年も連れてきたらどう? 父が昔雇っていたという噂を聞いたの。わたしも知っているかもしれないわ」
「……そうですね」
私は遠い日々を思い出す。五人で城で遊んだ日のことを。リゲルと姫君は、その時顔を合わせている。再び会えば、リゲルも少しは喜ぶかもしれない。
「彼に伝えておきましょう。姫君が会いたがっていると」
「それは嬉しいわ」
そう言って彼女は、あの花のような笑顔を見せた。
*
「舞踏会?」
私の言葉を聞いたリゲルは、怪訝そうに眉根を上げた。
「本気で言ってる? 僕は城に出入りしていたこともあるけど、それはずっと昔のことだよ」
「姫君が会いたいと仰っていたんだ。別にお前が嫌と言うのなら、無理強いはしないけど」
返事は返ってこない。てっきり彼は喜ぶと思っていた。宛が外れた私は、少し申し訳なくなって続ける。
「……確かに、お前にとっては面白くないことなのかもしれない。――分かった、この件は忘れてくれ。どうせスペンサーもいるし、姫君にも話をつけておくから、」
「行くよ」
彼の言葉に、私は一つ瞬きをした。
「でも一つ条件。あの男に服を作らせて。どうせこの服じゃ、他に見劣りするからね。――それからその服の装飾は、あんたがするんだ」
「私が?」
「そうさ。ゴードンは僕にいろんな服を着せた。あんたもそれぐらいできるだろう?」
その言葉に、私は少し眉をしかめる。
「不愉快じゃ、ないのか?」
「ゴードンの作った服は好きじゃなかった。でもあんたのなら、たぶん、嫌じゃないよ」
「どういう風の吹き回しだ?」
「別に」
ふいっとリゲルは線を逸らす。私は目を眇めて少年を見下ろした。
「本当に嫌じゃないのか。私はお前に無理強いさせるほど、落ちぶれちゃいない」
「僕を殺そうとしたくせに、良く言うよ」
「夜中に寝台に登ったお前に言われたくないな」
「…………。なんとなく、ついて行きたくなったんだ。それとも僕じゃ役不足?」
じっと彼がこちらを見つめてくる。その瞳は、あの夜のように歪んではいなかった。どこか澄んだ色をしている。う、と私は口の端を下げた。
「ね、いいでしょ」
「――分かった」
私がそうこぼすと、彼は少しだけ、頬を緩ませた。彼のそんな顔を見たのは、実に十二年ぶりだった。
*
キャンディス王女の開く舞踏会には、何度か参加したことがある。交代で警備を行うのだが、平民出身のペドロとヴィヴィアンは踊ることはない。そして貴族相手の社交を知っている私は、姫君の護衛だけではなく接客役として、踊ることを許されていた。早い話、二人よりも自由な時間を過ごすことができるのだ。それは舞踏会を楽しめるが、二人に接客を丸投げされ、貴族の応対に追われるということと同義であった。
私達は今、広間の一角にいる。姫君は他の貴族と歓談している最中だった。
はじめての舞踏会で、私はそんな姫君の護衛をするため、近づこうとしたことがある。そこでヴィヴィアンに止められた。
「あたし達はあくまで見守る者。彼女には彼女の時間があって、そこへ足を踏み入れてはいけないのよ。必要な時はお傍に行くけれど、あまり出しゃばれば、相手の貴族への無礼にもなるわ。――今はただ、この舞踏会に危険がないか見ていればいいのよ。邪魔者が現れたら太刀打ちする。それまでは見張りを続けましょ」
そんな彼女の言葉に、私ははっとさせられる思いだった。護衛とは主人の身を守るのが仕事だが、邪魔になってはならないということ。それを改めて認識させられて、この五つ年下の女の子が先輩だと、ひそかに実感したのだ。




