表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/64

王女の提案


二週間後、城で舞踏会が開かれることになった。まあ珍しいことではない。姫君がその気になったタイミングで、こうした宴会は時折開催される。理由は、亡くなった彼女の父王が、交流を大事にするよう彼女に教えたからだそうだ。


姫君の部屋に招かれ、茶まで振舞われた私は、静かに彼女の話を聴いていた。

「父は私に言ったのよ。この国は平和に満ちている。民による反乱などは、恐らく起こらない。もし反乱を企だてる者がいたら、それは恐らく貴族だろう、と」

「私をお疑いなのですか?」

「あらやだ。ジール。あなたのことは疑ってないわ。そうじゃなくて、他の貴族たちのことよ」

その言葉に、ほっと胸をなでおろすと同時に、様々な思考が浮かんでくる。一番に頭に浮かぶのはバルバトスだ。

「まあとにかく、そう言った貴族たちの反感を買わないために、うまく立ち回ることが大切だと父は言ったの。領地や名誉を与えるだとか、色々あるけれど――舞踏会で愉しませることが大事なことの一つだって。それに父は、芸術を愛していた。父の雇っていた三騎士の中にも、芸術を嗜む男がいたでしょう」

「スペンサーのことですね」

「そうよ。わたしはわたしの信じるままに、あなた達三騎士を選んだ。父がそうしたようにね」

「色々な考え方があるものですね」

「そうね。城には様々な貴族がいたわ。――ねえ、ゴードンを殺せて、満足?」

王女が突然そんな爆弾を撃ちこむものだから、私は持っていたティーカップを落としそうになった。まあそんなヘマはしなかったが、とにかく彼女は、今まで私がやっている復讐について、何一つ言及してこなかったのだ。

「姫君、何かお気に触ったのなら」

「いいえ、あなたのことは敢えてこう呼ぶけど――ジール、あなたが五年をかけて、誰かを追いつめる方法を探していたのは知っていたわ。相手がゴードンだってことは知らなかったけれど。恐らくはもっと早くに仕留めることだって出来たのでしょう?――でもなかなか実行に移せなかった。違う?」

恐ろしい王女様だ、と思いながら私は紅茶のカップを置いた。

「仰る通りです、姫君」

「あなたの個人的な復讐について、わたしが邪魔をすることはないわ。わたしはあなたやあなたのお兄様を大切に思っていたけれど、事件の夜、何があったのか知らないもの。――でもね、ジール。あなたの様子を見るに、犯人はゴードンだけじゃないんでしょう?」

「…………」

「あなたはまだ復讐を続けるつもりなのね。それに対して、わたしは何も言えないわ。父も貴族同士のいざこざには、自ら介入することはしなかった。――ただ、あなたがわたしの理解できない、危険な感情に呑まれてしまうんじゃないかと、心配なの」

「姫君」

私は静かな笑みを湛えて、まっすぐに王女の目を見た。

「ご心配には及びません。職務はきちんと果たしますし、姫君のことはどんなことがあってもお守りいたします」

姫君の顔は、なぜだか少しだけ曇った。今言ったことの、一体何がいけなかったのか、私には分からない。

「……ねえジール。あなたはもう少し、復讐以外のことにも目を向けるべきよ」

「――と、言いますと?」

「……つまり、ええと、わたしはあなたにも、舞踏会を楽しんでほしいのよ」

王女は少しぎこちなく笑ってみせた。それが彼女の生来のやさしさであることはすぐに分かった。

「そうだわ、あなたが世話しているという少年も連れてきたらどう? 父が昔雇っていたという噂を聞いたの。わたしも知っているかもしれないわ」

「……そうですね」

私は遠い日々を思い出す。五人で城で遊んだ日のことを。リゲルと姫君は、その時顔を合わせている。再び会えば、リゲルも少しは喜ぶかもしれない。

「彼に伝えておきましょう。姫君が会いたがっていると」

「それは嬉しいわ」

そう言って彼女は、あの花のような笑顔を見せた。



「舞踏会?」

私の言葉を聞いたリゲルは、怪訝そうに眉根を上げた。

「本気で言ってる? 僕は城に出入りしていたこともあるけど、それはずっと昔のことだよ」

「姫君が会いたいと仰っていたんだ。別にお前が嫌と言うのなら、無理強いはしないけど」

返事は返ってこない。てっきり彼は喜ぶと思っていた。宛が外れた私は、少し申し訳なくなって続ける。

「……確かに、お前にとっては面白くないことなのかもしれない。――分かった、この件は忘れてくれ。どうせスペンサーもいるし、姫君にも話をつけておくから、」

「行くよ」

彼の言葉に、私は一つ瞬きをした。

「でも一つ条件。あの男に服を作らせて。どうせこの服じゃ、他に見劣りするからね。――それからその服の装飾は、あんたがするんだ」

「私が?」

「そうさ。ゴードンは僕にいろんな服を着せた。あんたもそれぐらいできるだろう?」

その言葉に、私は少し眉をしかめる。

「不愉快じゃ、ないのか?」

「ゴードンの作った服は好きじゃなかった。でもあんたのなら、たぶん、嫌じゃないよ」

「どういう風の吹き回しだ?」

「別に」

ふいっとリゲルは線を逸らす。私は目を眇めて少年を見下ろした。

「本当に嫌じゃないのか。私はお前に無理強いさせるほど、落ちぶれちゃいない」

「僕を殺そうとしたくせに、良く言うよ」

「夜中に寝台に登ったお前に言われたくないな」

「…………。なんとなく、ついて行きたくなったんだ。それとも僕じゃ役不足?」

じっと彼がこちらを見つめてくる。その瞳は、あの夜のように歪んではいなかった。どこか澄んだ色をしている。う、と私は口の端を下げた。

「ね、いいでしょ」

「――分かった」

私がそうこぼすと、彼は少しだけ、頬を緩ませた。彼のそんな顔を見たのは、実に十二年ぶりだった。



キャンディス王女の開く舞踏会には、何度か参加したことがある。交代で警備を行うのだが、平民出身のペドロとヴィヴィアンは踊ることはない。そして貴族相手の社交を知っている私は、姫君の護衛だけではなく接客役として、踊ることを許されていた。早い話、二人よりも自由な時間を過ごすことができるのだ。それは舞踏会を楽しめるが、二人に接客を丸投げされ、貴族の応対に追われるということと同義であった。

私達は今、広間の一角にいる。姫君は他の貴族と歓談している最中だった。

はじめての舞踏会で、私はそんな姫君の護衛をするため、近づこうとしたことがある。そこでヴィヴィアンに止められた。

「あたし達はあくまで見守る者。彼女には彼女の時間があって、そこへ足を踏み入れてはいけないのよ。必要な時はお傍に行くけれど、あまり出しゃばれば、相手の貴族への無礼にもなるわ。――今はただ、この舞踏会に危険がないか見ていればいいのよ。邪魔者が現れたら太刀打ちする。それまでは見張りを続けましょ」

そんな彼女の言葉に、私ははっとさせられる思いだった。護衛とは主人の身を守るのが仕事だが、邪魔になってはならないということ。それを改めて認識させられて、この五つ年下の女の子が先輩だと、ひそかに実感したのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ