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お城で出会った男の子

三日後、私と兄は父に連れられ、城に来ていた。古風な趣のある城は堅牢で、それでいて豪奢だった。高い塔が並び、尖った屋根は空を突き刺すようだ。

居並ぶ柱を抜けて通された先は、玉座の間だった。そこは広く、天井は驚くほど高かった。


「おお、会えて嬉しいぞメリーウェザー」

「痛み入ります」

玉座に座った陛下と、私の父が話している。陛下の横には小さな椅子が一つあって、そこには王女様が座っていた。金髪の、お人形さんみたいに綺麗な子だ。私が近づこうとしたとき、カツリと鳴る靴音がそれを遮った。

「息災であられて、何よりです」

そう言って現れたのは、緑の服をまとった貴族だった。やけに背が高い。肩につくかつかないくらいの黒髪に、緑色の目をしている。その視線は、なんだか蛇のように鋭かった。彼の傍に、これまた私と同じ年くらいの女の子がいた。赤茶の長い髪が特徴的だ。

「こんにちは国王陛下、それに王女様」

ずい、と私達の前に出て、女の子はにこりと笑う。なんだか目立ちたがり屋のようにも見えた。

私は意識を集中させて思い出す。――そうだ、この男は有力貴族の一人、公爵バルバトスだ。


「お前か、バルバトス・サーペンティン」

国王が静かに視線を向ける。

サーペンティン、変わった響きの苗字だ。

こそりと隣の兄がささやき声で教えてくれる。

「陛下の周りには三人の騎士がいるんだ。父上と、あの男バルバトス・サーペンティン。それから、ユークレース侯爵。地位で言ったら、バルバトス公が一番上だ。でも陛下が一番お気に召しているのは僕の父上だ。そのおかげで、僕らは王女様ともこうしてお近づきになれているんだよ」

なるほど、と私は頷く。

「ジェシーにはまだ早かったかな? まあとにかく、父上は本当にご立派だということさ」

兄はそう言って、やさしく微笑んだ。


そんなこんなで、目の前では三者三様に会話が繰り広げられていた。私の父と国王、そしてバルバトスは何やら政治の話をしている。バルバトスは始終不愉快そうな顔をしていた。

その娘らしき少女キーラは、お姫様と何やら話し込んでいる。

私がじっと見つめていると、おいで、と兄が笑って歩き出した。私は彼の後をついていく。

二人の美しい少女を前に、私はしゃんと背を伸ばした。兄が口を開く。

「ご歓談中失礼します。姫君、キーラ嬢、紹介したい者が」

それを聞いた王女が、嬉しそうに顔を上げた。

「ごきげんようフレドリック、それからそこのあなたが、妹のジェシカね?」

「はい、王女様」

私はドレスの裾を持ち上げ、どうにか微笑んで見せた。無垢な子どもの顔が表現できる気がしなかったが、それが表情に出ないよう気をつけた。私はたぶん、いい感じに微笑んでいるはずだ。

「ジェシカ・メリーウェザーと申します。お会いできて光栄です」

「まあ、かわいらしい」

いや、それはあなただろうと思いながらお姫様を見る。

「私はキャンディスよ。どうぞ仲良くしてね」

微笑む彼女の隣にいたキーラが、どこか意味ありげな目をしてこちらを見た。

「伯爵家のご令嬢だそうね。私はキーラ。由緒あるサーペンティン家の娘よ」

「どうぞよろしく、キーラ」

私が素直に頷くと、キーラは満更でもない様子で微笑んだ。

その横で、王女キャンディスは小さく笑うと、私達を見た。

「ねえ、私達午後に外で遊ぶのよ。あなた方も一緒に来ない?」

行きたい! と思ったが兄はどうだろう。ちらりと表情を伺えば、兄はそれに気づいたのかにっこりと微笑んだ。私は王女様に向ってせいいっぱい口を開く。

「はい!」






それから四人で話し込んでいたが、王女様とキーラは、それぞれの父親に呼ばれて行ってしまった。午後まではまだ時間がある。かくいう兄も父に呼ばれ、私だけがこう言われた。

「ジェシカ、私は陛下に呼ばれた。フレドリックもだ」

「わたしも行っていい?」

「今回は駄目だ。陛下と三人、執務室でお話することになったから。難しい政治の話なんだよ」

父が諭すように言う。難しい政治の話でも、今の私になら分かる気がする。そう言いたいところだけど、口に出すことなんてとてもできやしなかった。私はジェシカとして生きることにしたのだから。

「この部屋で待っていなさい。いい子にしているように」

ぽつねん、と私は残された。さっきまで騒がしかった広間は静かだ。

いい子にしていなさい、と言われても落ち着かない。周りにいる衛兵をじっと見て、高い天井を見上げる。天井には美しい鳥が描かれていた。その一羽が宝石を咥えている。宝石は血のように赤い。


――――賢者の石だ。


とっさに、そう思った。昔孤児院で借りて来た、映画とかゲームでも見たことがある。多くの物語の題材になったあの石が、この世界には実在しているのかもしれない。なんでも願いを叶えるだとか、不老不死になれるだとか、そんな力を持つ石と言われていたはずだ。だが生贄を必要とするとあった。そんな石がこの世界にあると思うと、ぞっとする。


不意に、扉の向こうから何かの叫び声が聞こえた気がして、はっと耳を澄ます。誰かが名前のようなものを叫んでいるが、かすかにしか聞こえない。なんせ扉は分厚いのだ。私はそろそろと玉座の左側に向かい、重い扉を一生懸命開いた。

こんな小さな体じゃやりづらくてしょうがない、と思いながら、どうにか扉の向こうに出ると、そこは長い廊下が続いていて、壁の双方にたくさんの大きな扉が並んでいた。廊下はすぐそこで十字に分かれていて、廊下に男の声が響いていた。

「リゲル! リゲェエエエル!」


たったった、と誰かが逃げるように駆けてくる。

ぜえはあと息を切らして、切りそろえられた髪を揺らし、小さな男の子が走って来た。私よりも恐らく幼い子だ。彼は大きな目をうろうろさせ、逃げる場所を探している。白い服がふわりと揺れ、白い髪と青い瞳が映えている。美しい絵のような光景だったが、今は見惚れている場合ではない。叫び声が近づいてくる。男の子と一瞬目が合う。その視線が助けを請うようにこちらを見つめた。刹那、私は彼の手を掴み、先ほどとは別、正面の扉を押し開けた。そのまま転がるように中に入る。


中は真っ暗だ。男の子の手を引っ張ると同時に、扉が閉まる。かすかに目をこらすと、楽器のようなものが並んでいるのが見える。ここは倉庫か何かかしらと考える思考を、不意に音が切り裂いた。

「リゲェエエエル!」

扉の向こう、至近距離で聞こえて来た声に、私はぎょっとする。思わず指先を動かし、少年の手を握った。暗闇の中で感覚でしか分からない、彼の手は汗ばんでいるようだった。

「私から逃げられると思うなよ! 国王の前で不貞を働いたら、ただじゃおかんからな!!」

隣の少年がかすかに震えている。彼の手を握る私の指先に、かすかに力が入った。

「歌え! 唄え! お前の仕事はそれだけだ! 夜会までに姿を見せなければ、あの小鳥を殺すぞ!」

リゲェエエエルと叫びながら、男はしばらくうろついていたが、やがてどこかへ行ってしまった。


しばらくして、私はぎぃと扉を開いた。扉を押し開き、彼を連れて外に出る。隣にいた少年を振り返れば、彼の目はかすかに揺らいでいた。

これって泣く前触れじゃないだろうか。私は困り切って、そっと手を引っ張った。

「大丈夫?」

これは悪手だっただろうかと少年を見る。彼は黙り込んでいた。私はまた、どうにか口を開く。

「良ければ私と、一緒に遊ばない?」

もっとこう、何かかける言葉があったろう、そう思うのだけれど、咄嗟に出て来た言葉がそれだった。

「王女様たちと遊ぶ約束をしてるの。一緒に、どう?」

「僕が?」

少年はつぶらな瞳で私を見た。

「遊ぶの? 君と?」

「嫌ならいいの」

私が手を離し、元居た扉の方へ戻ろうとすると、彼は慌てたようについてきた。

「一緒に行く」

そう、と私は微笑んで、再び大広間へ続く扉を開けた。




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