賢者の石は血の色に
*
次の日、私は城へと向かった。服は少し傷がついて、血で汚れていたが、急ぎの用事のためには仕方のないことだった。
けれどももう、彼女に対して後ろ暗いところもなくなった。私は皆の前で堂々と、騎士になることを告白できるのだ。
「まあ、それじゃあ決心してくれたのね」
そう言って笑う姫君の傍には、あの少女と青年がいる。
「はい。私は姫君に仕えます」
そう告げれば、少女がつまらなそうに斧を振り上げた。一瞬、びくりとするものの、それを肩に乗せようとしただけだったことが分かり、ほっと胸をなでおろす。彼女の唇は血のように赤い。まだ子どものようにも見えるが、微笑む姿はどこかあどけなさと妖艶さが混じっていて、不思議な雰囲気を醸し出していた。
「ふうん。それじゃああなた、三騎士の一人になるのね」
「そうだ。ええと君は」
「ヴィヴィアンよ。――ヴィヴィでいいわ」
「ジルウェスタ―だ。ジールと」
握手のために手を差し出す。「あなたの名前なんかどうでもいいわ」と言われてたじろぐが、握手は返してくれたので、小さく息をつく。
「ペドロだ。君と握手する気はない」
槍を持った男が顔色も変えずに言う。
「前にも言ったが、俺は君のような貴族が好きじゃなくてね。――君の忠誠が本物であるかどうか、様子を見させてもらうさ。握手をするのはそれからだ」
構わない、と私は目を細めて口を開く。
「君たちは姫君のことを大切に思っているんだね」
当然よ、とヴィヴィアンが笑った。
「あたし達は姫様が大好きなの」
「ヴィヴィの言う通り。まあ目下のところ、姫君を守るのは、俺達の本望でもあるのさ」
彼らがそう口にするのが、なんだか眩しい光景に見え、私はそっと、頬を緩めた。
*
それからの日々は悪くないものだった。王女キャンディスは、私にかつてメリーウェザー家のものだった領地を与えた。家族が亡くなった後、王家の管轄下となっていたそれを、文字通り私に継がせることにしたのだ。ただもちろん、私の正体は秘密だった。秘密を知っているのは姫君とスペンサーだけだ。
そして彼女もある日、「秘密を教えてあげる」と言って、私を呼び出した。呼ばれたのは彼女の部屋で、その美しい内装に少しだけ胸をときめかせながら平静を装っていると、見て、と言って彼女は自分の首元に手をかけた。
キャンディス王女はいつも胸元が隠れるような服を着ている。それを広げようとしてくるものだから、私は慌てた。彼女はふふ、と笑って「誤解しないで」と告げると、胸元を少し広げて見せた。そこには隠されるようにネックレスがかけられている。私が献上したものではない。精巧な鎖がついていて、その先に血のように鮮烈な赤い石があった。
それを見た途端、急激に何かが冷えていく気がした。一目見ただけでわかる。他の宝石とは違う、おかしな存在感を放つそれ。
「……賢者の石」
「そうよ」
姫君はいつもと変わらぬ笑みで微笑んだが、その裏に隠されたいくつもの苦悩を、私は一瞬垣間見た気がした。
「父上から賜ったのよ。先祖代々受け継がれているのですって。何度か行方不明になって、死人を出して、また王家に戻ってきたって言ってたわ。いつの世もそうなの。この石は人の間を転々とし、望みと共に悲劇を生み出していくのよ。呪われた石だわ」
「……他の者は、これを?」
「王家に伝わると言う噂は昔からあるわ。でも隠し場所は誰も知らない。父は三騎士にも教えなかったそうよ。でもわたしは別。ヴィヴィアンとペドロには見せたわ。そしてあなたにも。そうした方が、より安全性が高まると思うから」
「……なるほど」
「よく知っておいてちょうだい。城に忍び込んで来る者は、わたしが目当てのこともあるけど、それよりも賢者の石を狙うことの方が多いわ。今までにも何度か襲撃に遭っているの。宝物庫を根こそぎ漁られたこともある。わたしのところに忍び込んだ泥棒もいたけれど、ヴィヴィとペドロが捕まえてくれたわ」
「……噂には聞いていましたが、実際に見ると禍々しいですね」
「その通りよ。賢者の石はこの世に非ざる魔力の塊とも言われているわ。使い手の願いを叶えると。――父上から教わったわ。かつての研究者が言っていたのですって。本来『賢者の石』はそれだけで望みを叶える触媒のことを示すの。でもこれは違う、生贄を欲するのよ。だから厳密に言えば、その定義とは異なる。でも便宜上皆そう呼んでいるわ。これは魔力があるだけじゃなく、贄を喰らう恐ろしい石なの」
「……失礼ですが、姫君に願いはあるのですか?」
「あるわ。それはこの石を破壊すること。でもどんな本にも、その方法は乗っていなかった。割ろうとしても、燃やそうとしてもびくともしないの。祖先はこれを、海に捨てたり、土に埋めたりしたんですって。けれどもそのたびに他人の手に渡り、恐ろしい事件を引き起こした。だから結局、持ち続けるしかなかったのよ。わたしもそう」
私はじっと姫君を見つめる。彼女はいつもの麗しい笑みで微笑むだけだ。
「石を破壊するという、わたしの願いが叶っていたら、この国はもう少し平和だったかもしれない。でも駄目なの。正しい呪文を用いても、破壊することだけはできなかった」
王女の長いまつ毛が、悲しげに伏せられる。
「今のわたしの使命は、この国を治めることともう一つ、この石を誰にも渡さず、持ち続けることよ」
そう言って、美しいかんばせがこちらを見上げる。
「そういう訳で、あなたがくれた首飾りはつけられないの。でも腕輪はつけているわ。この通り」
どこか悲しげに微笑む彼女を、私は静かに見つめた。
「姫君。あなたと、その願いをお守りします。私はそのためにここにいます」
にっこりと、姫君の目が細められる。
「ありがとう、あなたに伝えられて良かったわ」
無邪気に浮かべられる笑顔は、美しく見えて、なぜだか傷だらけのようにも思えた。




