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少女の決闘


向かったのはもちろんスペンサーの家だった。彼はいつものように悠々と椅子に座って本を読んでいた。私は少しだけ気おくれしたものの、意を決して口を開いた。


「――つまりあなたは、私ではなく、王女に仕えたいと」

「そういうことになるね」

「ふうん」

ぱたん、と彼は本を閉じた。

「七年育てた結果がこれですか」

それから立ち上がるなり、剣を引き抜いて私につきつけた。

「表へ出てください」

何事だと眉をひそめるものの、私は大人しく外へと出た。何度も剣の稽古をしたその場所で、彼が本気で私を仕留めにかかるのだろうことが、なんとなく察せられた。

外はもう日が落ちていて、夕焼けが空を染めていた。私はやはり剣を引き抜き、紫の外套を着た男の前に立った。

「お前の意に介せなかったのは謝る。だが私は私の意志で動く。傀儡(かいらい)にはならない」

「王女と私の下で働くことの、何が違うと?」

「全然違う。私は心からの忠義によって、あの方に仕える。父上がそうしたように」

「つまらないことを」

スペンサーの持つ剣の先が、日暮れの色を浴びてきらりと煌めく。

いつもの戯れだろうと、私は高を(くく)っていた。だが彼の目がぎらついていることで、すぐに異変に気が付いた。

「私はあなたを、忠実な私の駒にしようと育てていたのですよ」

はっと、私は身じろぎする。

「最初のうちは、食事も手ずから食べさせました。新しい服にてこずっていましたから、着替えも少し、手伝いましたねえ」

「その話はいいっ」

「それもこれも、あなたを懐柔させて、私のスパイにするためだったのですよ。簡単なことです。私は自らの手を染めるという危険を冒したくなかった。賢者の石に近づくには、私は王に近すぎたし、王女からは遠すぎた。誰かの手を借りる必要があったのですよ。――川から流れて来たあなたは、大層みずぼらしくて、哀れでした。あなたがあの日『殺してやる』とわめいた時、私は歓喜したのですよ。『いい駒が見つかった』とね」

「っ……」

なぜか胸の奥に、熱い感情が渦巻いている。これはきっと、怒りだ。私はこの男をまた、家族のように思っていたのだと、今更ながらに気づいた。そして彼にとって、自分がただの道具にしかすぎなかったのだと知り、絶望しているのだと。


「ああその顔、――もうお分かりのようですが」

シュッと、剣の切っ先がこちらへ向けられる。

「私があなたをスパイとして雇おうとしただなんて、誰かに知られては困ります。賢者の石を探していることもね。――死んでもらいますよ、ジール君。いえ、ジェシカお嬢さん」

次の瞬間、彼の剣が閃いた。その流れ方を、私は知っている。受け止めれば、がきんと耳鳴りのように音がする。力を振り絞り押し離すと、今度は私が、彼めがけて剣を突き出す。

カン、カン、カン。金属の高い音が響き渡る。

一緒に食べた食事のことを思い出した。


――――いいですか、ジール君。食器は鳴らさないように。両親に教わりませんでしたか?

――――教わったけど、うまくいかなくて。

――――では私の食べ方を見ていてください。


くそっ、と口の中で呟く。なぜ私はこんなに悲しくて悔しいのだろう。かつて家族は殺された。荒れ狂う水の中から、私を拾い上げた男が、今度は私を殺そうとしている。その事実が、耐えがたく辛いのだ。

「スペンサー!!」

叫び、私は切り込む。ざっと彼の服が裂け、血が飛び散った。次の瞬間、彼も負けじと剣を振る。同じように、わき腹が裂けた。これはいつもの遊びではなかった。真剣な殺し合いだった。私は殺されないために戦うはずが、いつしか彼を殺そうと腕を動かしているのだった。


剣の音が響く。オレンジの夕焼けはいつしか紫に染まり、やがて空に濃紺が満ちた。

はあ、はあ、と肩を揺らす。いつの間にか、二人とも傷だらけだった。私達の足元には血の染みがいくつもあり、それでもなお戦い続けているのだった。

「はぁ!」

どちらの声とも分からない。私は空気を吐き出し、思い切り地を蹴った。あの男の紫のコートが揺れるさまが見えて、彼もまた私にとどめを刺そうと動いているのだと分かった。

ガキン! と音がした。私の手から剣が吹っ飛ぶ。まずい、と思った時には、剣は地に落ちた。カラン、と音がする。はっとして彼を見やれば、彼はいつになく目を見開いてこちらを見ていた。彼の剣もまた、吹っ飛び、地に落ちていたのだ。


「……クク、」

彼が笑った。

「ククク、ハハ、ははははははは!」

「っ……、何がおかしいっ」

「はは、笑えますよ……私が自分で育てた子に、ここまでやられるなんて……!」

「私は――っ」

ふ、と息を吐き、スペンサーは笑顔でこちらを見た。それはさっきまでの、どこかぞっとするようなものではなく、遠い昔に見たような、温かなものだった。

「いいでしょう、あなたの気概に免じて。この戦いは終わりにします」

私は小さく息をつく。スペンサーは剣を拾い上げ、腰の鞘に戻した。

「あなたはきっと、私があなたを『駒』だと言ったことに、怒ってるんでしょう」

「…………」

「あなたが『駒』であったのは事実です。でも私も、何も思わなかったわけじゃあない」

はっとして私は彼を見た。

「あなたは七年、苦楽を共にした仲間だ。――私はね、あなたに家族と思ってもらえるような人間じゃありませんよ。でもまあ、友人だと思ってくれるのは構いません。今の私はあなたを、そのように感じているのですから」

「っ!」

「『駒』の話はもうおしまいです。私はあなたの邪魔をしない。石を取って来いとも命令しない。――その代わりあなたも、私のすることに口を出さないこと」

彼の目が一瞬ぎらつく。そこで私は、彼が一つの区切りをつけたものの、その根底にある野望を持ち続けているのだと悟った。

「さあ、今日はこれぐらいにしましょう。――どうです、夕食を一緒に食べませんか?」

私は剣を拾い、それをまた鞘に収めながら、静かに口を開いた。

「私はもう、お前の家で何かを食べる資格はない。馬も返す。お前にもらったこの服だって、」

「ふは、こんな外で脱ぐつもりですか?」

「何もそんなことは言ってな、」

「いいですか、ジール君」

人差し指を私の目の前に突きつけ、彼は言った。

「私はあなたを友人として認めていると言ったはずです。あなたは友人の贈り物を返却するのですか? それに夕食も断ると?」

「……それじゃあ、私は何を返せば」

「そうですね、今度私の服のデザインを、一緒に考えてくれませんか」

「……うん、そうだね。それはいい」

そうして夜に染まりゆく寒空の下、私は彼と共に、家族ではなく友人として、屋敷の扉をくぐったのだった。

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