王女キャンディス
しん、と静まり返った広間で、私はほっとしながら口を開いた。
「お気遣いいただき、痛み入ります」
「……あなた、ずいぶんと礼儀正しいのね。――まあいいわ、秘密とやらを教えてくれるのだったわね?」
私は静かな目で王女を見つめた。
「王女様、これから私が話すことを、誰にも漏らさないと約束してくださいますか?」
「あら、わたし、秘め事をするのは得意よ」
王女が気高い笑みを浮かべるので、私は小さく息を吸い、吐いた。
「王女様は七年前、メリーウェザー一家が亡くなった事件を覚えていますか?」
「ええ……覚えているけど」
そこで王女の顔つきが変わった。
「あなた、まさか……フレドリック?」
「いいえ、違います」
「それじゃあ、」
まじまじと私を見る目に、なぜか私は、じわじわと胸の奥から、歓びに似た何かが溢れてくるのを感じた。この王女は兄のことを覚えていたのだ。そして、
「それじゃああなた、ジェシカなの?」
私のことも、覚えていた。
私はとっさに跪いた。跪き、王女の手に口づけをした。父が王に仕えたように、私も彼女に仕えることができたら、どんなに幸せだろう。そんな気持ちでいっぱいになったのだ。
「そうです、私はジェシカ・メリーウェザー。今は男として剣を極めています」
「驚いたわ、ジェシカ」
「今の私はジルウェスタ―・キーリングです。どうぞジールと」
「ジール」
彼女はまじまじと私を見て、やがて嬉しそうに破顔した。
「あなた……あなた、生きていたのね」
「ええ」
「それじゃ、あなたの申し出は……お父上の後を……、そうね、もちろんあなたに爵位をあげるわ。何か別人でなきゃならない理由があるのでしょう。いいわ、これからあなたをキーリング伯とします」
彼女はぎゅっと私の手を握る。その勢いに少しだけ気圧されそうになりながら、私は彼女を見つめ返した。
「それから、それから――どうか私の騎士になってくれないかしら」
「騎士に……」
「私の父は三人の騎士を連れていた。あなたのお父様と、スペンサー、そしてバルバトス公爵の三人よ」
私は目を細める。王女キャンディスの頬は喜びからか、いつしか薔薇色に染まっていた。
「今の私には、二人の騎士がいる。ペドロとヴィヴィアン、先ほどの二人よ。――そしてもう一人、信頼できる人を探していたの。そこへ丁度、あなたが現れた。これは運命だわ」
私の手を握る、王女様の指先に、ぐっと力が入る。
「ジェシカ――じゃなかった、ジール。どうか三騎士の一人となって。私を守ってちょうだい」
「それは……」
私は視線を落とした。もう賢者の石のことなどどうでもよくなっていた。だがそれを隠して騎士になれば、スペンサーは黙っていないだろう。
「王女殿下、大変嬉しいお言葉です。ですが私は、片をつけねばならないことがあります。どうか考える時間をください」
「あなたがそう言うのなら、分かったわ」
そんなこんなで、私は広間を後にした。
扉を開くと、誰かがその陰でべしゃりと倒れるのが見えた。ペドロだ。一つに結わえられた短い髪が揺れている。その横で、斧に寄りかかっている少女――ヴィヴィアンが彼を見降ろしていた。
「ペドロ、立ちなさい。王子様のお帰りよ」
「ちえっ、突然出てくるんじゃないよ」
「それで、何か聞こえた?」
「え、ええと、結婚するって話さ」
得意げに彼が言うので、私は呆れてしまう。
「嘘は良くないぞ。君、そこを通してくれ」
「随分と寛大な王子だな」
「王子ではない、一介の貴族だ」
「はいはい、一介のお貴族サマ」
そこへ、別の声が割って入った。
「控えなさい。彼はもともと、あなた達とは生まれも育ちも違うのよ」
そちらを見やれば、反対の扉の影から、キーラが姿を現した。
「ミスター・キーリング。私は止めたわ。でも彼ら、聞かないんだもの。とくにペドロは、盗み聞きなんて下賤な真似を」
「いいんですよ」
私は冷や汗をかきながら言った。というのも、後ろで二人の男女がぎろりとこちらを睨んでいるからだ。なかなか受け答えの難しい立場である。
「私はこれで失礼します。どうぞ良い一日を――」
「あら、私は名乗るほどの価値もないと思われているのかしら」
「決してそんなことは、」
「ならいいわ」
にっこりと、キーラは笑う。あの煌びやかな、どこか懐かしい笑みだった。
「私はキーラ。キーラ・サーペンティン」
そう言って彼女が手をうやうやしく伸ばすので、私はひとまず、その指先をとって口づけをしておいた。一礼して傍を通り過ぎると、後ろから声が聴こえた。
「なあに、キーラったら色目使っちゃって!」
「あれが女というものさ、ヴィヴィ、君も少しそれらしくしたらどうだい」
「失礼だわ。よっぽどあたしに斧を振るわせたいのね」
「君、そういうところだよ」
やれやれと私は思いながら、足を速めた。先のことが思い危ぶまれると、一人ごちた。




