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黒衣の伯爵


スペンサーのことは好きでも嫌いでもない。だがあの腹の立つ男に恩を感じているのは確かだった。つまり私は、腑に落ちない部分はあるものの、彼の言ったことを遂行しようと考え始めたのである。


私は馬を城へと走らせた。城まではだいぶ距離があって、その途中にはゴードン男爵の領地を横切ることもあった。かつての家へ行くこともできたが、焼け跡をみる勇気はなく、まっすぐに城へ向かった。

七年ぶりに見た城は、以前と変わりない美しさで建っていた。

門番はあまり怪しむ様子はなかった。それというのも、私が良い仕立ての服を着て、立派な馬に乗っていたからだろう。この服こそスペンサーお得意のものであり、以前彼が私に作ってくれたものだった。黒いコートは、裾や袖の部分に銀の刺繍が入っている。それに合わせて作られたつばの広い帽子は、昔絵本で読んだ王子の姿を思い起こさせた。黒い帽子の帯は赤で、白い羽飾りがついている。それにそろえるように、首元に沿えた赤いスカーフが、黒いコートへのアクセントになっていた。


スペンサーは言ったのだ。「あなたは見た目からして白が似合うでしょうが、内面は違うと、私には分かります。あなたには実のところ、黒がぴったりなのです」と。

そんな訳で黒づくめの服を着た私は、門番にどこの国の貴族だと尋ねられた。王女に献上品があるのだと告げれば、彼らはすんなり中へと通してくれた。



城に入ると、すぐに大広間に通された。その謁見の間はどこか懐かしく、部屋の奥には王女キャンディスが座っていた。彼女は美しく成長し、その白いドレスが、金色の長い巻き毛や睫毛を際立たせていた。隣にはキーラが立っている。彼女もまた独特の品のある顔だちをしていて、赤茶色の髪に、緑の服を着こんでいた。

そして二人の前には、見たことのない青年と少女がいる。青年の方は暗い色の髪を無造作に結わえている。短いポニーテールとでも言えばいいのだろうか。それにしてはざっくばらんで、どこか雑な雰囲気だ。彼は大きな槍を持ち、少女の方は小さい背丈に関わらず、物騒な巨大な斧を持っていた。アイボリーの髪をした少女の、右目は包帯で覆われている。戦って怪我でもしたのだろうか。少女の白い装束は、やっぱりなんだか物騒な雰囲気だった。


彼らはちろりとこちらを見やる。しかし邪魔をする気はないようで、何も言う様子はなかった。

王女の前に立つと、私は帽子を手に取り、うやうやしく一礼した。

「はじめましてキャンディス王女。私はジルウェスタ―・キーリング。この度は献上品をお持ちいたしましたので、どうぞお目通しを」

そう言って私は、懐にしまい込んでいた袋を取り出す。そのまま王女に近づくと、斧を持った少女が一瞬動いた。ひやりとするが、王女が視線で止めたため、少女は静かに一歩下がった。キャンディスは袋の中身を取り出すと、目を輝かせた。そこには見事な黄金のネックレス、白銀の指輪、それから真珠のイヤリングと、他にもいくつかの宝石が入っていた。

「まあなんて素敵なの!」

彼女の無邪気さは健在のようで、子供のようにはしゃいでいる。

「キーラ、見て頂戴、こんなにたくさん」

「ええ、素敵ですね」

キーラは静かな笑みを湛えている。だがその目が野心を秘めたような色をしているのに、私は気づいた。気づいたが、触れないことにした。

王女は宝石を眺めながら、やさしく微笑み、こちらを見た。

「こんなにたくさん、嬉しいけれど、何かお望みがあるのでしょう。言ってごらんなさい」

「――それでは失礼して。私は隣国の貴族なのですが、この地では称号を持たないのです。この宝石を献上する代わりに、爵位を頂ければと」

「まあ! あなたやっぱり、貴族だったのね」

王女は微笑んで手を合わせた。

「でも一体、どうしてこの国に?」

「それは……」

私が一瞬言いよどむと、槍を持っていた男が顔を上げた。

「王女様、どうせこの男、賢者の石目当てですよ。それか、貴方自身を得るために来たとか」

「そうよ」近くにいた少女が、ぶんと斧を振る。がん、と床にあたって物騒な音を立てた。床には既にいくつか傷がついている。「姫様、あたしもペドロと同意見です。その男は()だと思います。服装も真っ黒ですし」

「あなた達はすぐそればかり。お客様に、滅多なことを言うものじゃないわ」

王女はどこか非難するように言う。

「キーラ、あなたはどう思う」

「私ですか? そうですね、私は彼を、立派な一人の紳士だとお見受けしますが。今後お城の宴会に招いて、お話を伺うのも悪くないように思います」

「そうね。――そうよ、キーラの言う通り」

ぱん、と手を叩き、王女はこちらを見る。

「さあミスター、あなたはどうご意見なさるかしら?」

私はじっと王女を見やる。彼女の瞳は澄んでいて、どこにもやましい色はなかった。ああ、彼女は遠い日に出会った時のまま、花のように穏やかな心を持ち続けているのだ。

その眩しさに呑まれてしまいそうになって、私はわずかに眉をしかめる。彼女を騙して賢者の石を取るなど、たとえ出来たとしてもやりたくないと思った。なぜそんなに惹きつけられるのかは自分でも分からない。父から受け継いだ騎士としての(さが)なのか、わたしはこの時、なんとしてでも、この王女と共に在らねばならないと思ったのだ。


「……私は、王女殿下のご意向に従います」

お手上げだという風に、私は両手を上げてみせた。後でスペンサーと決闘になったって構わないと思った。

「このまま帰れというのでしたら、大人しく引き下がりましょう。もしかしたら、それが身のためかもしれません。――あるいは、二人きりにしていただけたなら、私の秘密をお話しても良いと、そんな風に思えますが」

「罠だ!」

槍を持った男――ペドロが叫んだ。

「王女様、さっさとこのふざけた野郎を外に放り出してください! 俺はこういういけ好かない連中が好きじゃないんだ!」

「それはあなたの好みの問題でしょう、ペドロ」

「あたしもペドロに同意です!」

斧を持った少女も言った。

「この貴族、首をはねてしまった方がいいわ!」

私はぞっとする。ちらりと少女を見やれば、彼女は左目でニッと笑った。背筋を冷たいものが駆け抜けた。よく見れば、彼女の白い服はところどころ鮮烈な赤で染まっている。

「落ち着きなさい」

王女が眉間に指をあてて言う。

「二人とも、部屋の外へ出てちょうだい。キーラ、悪いけどあなたもよ。二人が聞き耳を立てないか見張っていてちょうだい」

青年と少女は何やら不服そうにわめきたてていたが、キーラに促され外へと出て行ってしまった。壁際に居た兵士も外へやった王女は、椅子に座り直した。


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