呪われた財宝
彼は何かを企んでいる。でもそれが一体なんなのかは分からない。そんな過去のやり取りを思い出しながら、私は自室へ向かった。それは彼が用意してくれた、小さくも使い勝手の良い部屋だった。
木でできたベッドに、クローゼットや引き出しが置いてある。ご丁寧に大きな姿見まで用意してあるのが彼らしい。
私は部屋を見ながら、一人考え込んでいた。スペンサーのことはひとまず置いておいて、私には一つの計画があった。父がかつて話していた、財産のことだ。
いつか取りにいこうと思っていたが、それは深い山の洞穴の中にあった。小さな体では危険な旅になるだろうと分かっていたから、こうして時が成熟するのを待っていたのだ。
旅の準備はスペンサーに隠れて少しずつ行っていた。宝物を持ち出せるよう、必要な物をそろえ、虎視眈々とその日を待っていた。
そして意を決した私は、ある夜こっそりと彼の屋敷を抜け出したのである。
旅といっても、一日で着く距離だ。だが十七の私にとって、スペンサーを出し抜いて宝さがしに出かけるというのは、大した冒険だったのである。
もっとも、宝物が見つかるかどうかは、半信半疑だった。父の話が本当かは分からないし、仮に本当だとしても、既に盗まれている可能性は十分にある。
私は真っ暗な夜、剣を腰に差し、山の中を落ち葉を踏みしめながら進んだ。
その日はいつかを思い出す月の明るい夜で、私の歩く影が木々と共に、濡れるように伸びていた。
家を抜け出してから、どれほど歩いただろうか。私は父の話していた、山の奥の洞窟にたどり着いた。右から五つ目の石、と父は言ったはずだ。
洞窟の五つ目の石を見る。その周りの土が、他の場所と違う色をしていることに、私は気が付いた。ぐっと石を押してみる。びくともしない。今度は石を両手で引っ張ってみた。
ごそり、と音がする。
「わ」
驚いたことに、石は持ち上がった。そして中に、箱が隠されているのが分かった。箱を取り出し、蓋を開けてみる。――果たしてそこに、財宝は眠っていた。
金、銀、ルビーやサファイア、美しい真珠。それらが在るがまま、あるいは装飾品の形で詰め込まれていた。なんてことだろう。父の言った通り、これは一人の人間の、一生分の財産じゃない。これをすべて手にすれば、大抵のものは手に入るだろう。
私は黄金の首飾りを手に取ってみる。あまりの眩しさに、軽くめまいがしそうだった。それと言うのも、これが父の言っていた呪われた財産だと、痛いほどわかったからだ。
かつて祖先が海賊討伐をした時に、手に入れたという宝物。けれどそれは海賊たちが人を殺して手にしてきたものだ。だから祖先は、これを封じた。
――――もしも家族の誰かが手に掛けられたなら――お前達はその血塗られた宝を得る権利がある。お前達が生き延びるために、その在処を知っておくのだ。
父の言葉が蘇る。ああ、私はもうとっくに復讐心に囚われている。これを使って何をすることだって、私はできる。かつての幼い私なら、こんな物恐ろしくて見なかったふりをしただろう。だけど今の私はもう、それほど純粋ではないのだ。
「ほう」
後ろから不意に声が聴こえた。私ははっとして、座ったまま振り返る。
「ほうほうほうほう、これはこれは」
立っていたのはスペンサーだった。しまった、と身が強張る。
「夜中にこそこそと抜け出すものですから、何事かと思ってつけて来たんですよ。――ああジール君、あなた焦りが表情に出やすいですねえ。それは私相手だからですか?」
にい、と笑って彼がこちらを見る。
「随分なお宝ですが、どうやって在処を知ったんですか?」
私は口を開いて、閉じて、また開いて――仕方なく話し始めた。
「父が亡くなる前に、話してくれた。祖先から伝わる、呪われた宝だと」
私は観念したということもあるが、スペンサーには多少の恩も感じていた。だからこの宝の一部を彼に渡してもいいと、そう思い始めていた。
「この宝は今、正式に私の物になったと思う。――スペンサー、お前には恩になった、お礼に――」
「ノンノン。あなたこれで、私に育てられた恩を返すつもりですか?」
私は小さく身じろぎする。
「お金は大好きですよ。ええ、それなりにね。でもそんな物で借りを返されちゃあ、面白くないってものですよ」
「…………」
確かにそうなのかもしれない。彼に対して、失礼だったのだろうか。だが私には、彼の考えることは分からない。スペンサーは滔々と話し続けていた。
「それにこれ、呪われた宝なんでしょう? 私はいりませんよ。――それより、復讐心に囚われたあなたにぴったりじゃないですか。ほら、この首飾りなんて――ククク」
そう言って彼は私の手に会った首飾りを、私の首に押し当ててみせた。黄金の首飾りは、美しいがどこか下品にも見える。いつもならカッとなるところだが、今はそんな気分にさえならなかった。こんな財宝を手にしたというのに、先ほどの興奮はどこへやら、頭の中はすっかり冷え切ってしまっていた。そんな私を見て、スペンサーは言う。
「――あなた、やっぱり普通じゃないですよ」
滔々と、その言葉は続けられた。
「ジェシカ・メリーウェザーは一度死んでいる」
はっと、私は顔を上げる。
「あなたはジェシカの遺した亡霊のようなもの。今も彼女の夢は家族を求め、その心臓は泣きながら血を流しているというわけです」
「スペンサー」
「あなたのことなどなんでもお見通しですよ、ジール君。――さあ、その宝を持って帰りなさい。それは全部あなたが手に入れるべきもの。これからの復讐に――あるいはあなたの失われた日々を取り戻すために」
にっこりと、彼は笑う。取り戻す、なんて簡単に言ってくれるものだ。父も母も戻らない。恐らく兄も死んでいる。
「……半分だけ、持っていくことにするよ」
「ほう、それはなぜ?」
「兄上がここに来た時、からっぽだったら困るだろう」
私はスペンサーが、あの日の夜のように笑い出すだろうと思った。けれども今度は、彼は笑わなかった。そうですか、とだけ呟いて、小さく嘆息しただけだった。
*
「今日を限りに、あなたの教育をやめます」
スペンサーが宣言したのは、その次の日のことだった。朝食の席で突然言い放たれたものだから、私は少しだけびっくりした。けれど予想できないことではなかったから、できるだけ平静を装った。
「昨日の宝物、あるでしょう。あなたは半分しかとりませんでしたが、それだって一生暮らしていくに余りあるものです。――私の監督がなくとも、あなたは生きていける」
「それはそうだけど、」
「最後までお聞きなさい。それを持って、城に行くのです」
「お城に?」
「そして姫君に宝の一部を献上するのです。ほんの一部で十分ですよ。そしてこういうんです。私は隣国から来た貴族です。この国で生きていくために、爵位を賜りたいと」
「……なる、ほど」
この国では普通にあることなのかもしれないが、なんだか新鮮なことのように聞こえた。
スペンサーは続ける。
「馬を一頭差し上げましょう。宝物の隠し場所は、こちらで提供します」
どうしてそこまでしてくれるんだ、と聞こうとしたとき、彼の瞳がぎらついた。いつにない色だ。私は思わず動きを止める。
「私に育てられた恩を、あなたは返したいと、そう思ってくれているんでしょう?」
それはそうだ。だが今の彼は、なんだか恐ろしい。スペンサーはうっそりと笑って言った。
「私の望みは、賢者の石です。あの石は王女の手元にあるはずです。今すぐでなくとも構いません。あなたは爵位を賜り、王女に近づく――そしてあの石を、奪うんです」
「――馬鹿な!」
立ち上がった私の前で、彼も身を起こす。その瞳は相変わらずぎらついていた。信じられない。彼が復讐相手を見つける手段、その最果てに見出したのは、賢者の石だったのだ。
「私があなたの面倒を見て差し上げたのはなぜだと思う? 剣を教えたのは? まさかただのやさしさとでも?」
ぐいと彼が私の胸元を掴む。すぐそばでこちらを覗き込んだ彼の目は、どこかおぞましい色をしていた。
「――私があなたに欲するものは、愛でも金でもない。――あなたは私の言うことに従えばいい。王女に近づき、賢者の石を持ってくればいいだけだ!」
「っ!」
私は彼の手を思い切り振り払った。
「お前がおかしな奴だとは知っていた。だがここまでとは」
「あなたに言われたくはありませんね――いいですか、持ってくるんですよ、賢者の石を」
私は顔をしかめてスペンサーを見た。だが彼は笑みを崩さない。
なぜだか腹が立って彼に背を向けると、私は部屋の扉を開き、わざとらしく音を立てて閉めた。




