(2)
「ふー、おいしかった。やっぱり旅館のご飯はお膳よね」
夕飯後。部屋に戻り、ぱんぱんに張ったお腹に手を当て、満足しながら息を吐くと、久保田がうなずいた。
「ほんと、お腹が苦しいくらいです。今回の宿、お風呂も広かったし当たりですよね」
宴会場での夕食は、次から次へとお料理が出てくるコース料理のようなお膳で、お酌して回る余裕もないくらいだった。各テーブルに置いてあるビールを手酌で飲む様子だったから私もそれにならったのだけど、自分のペースで飲めてかえって助かった。
「あ、先輩。海老沢くんから同期グループにメッセージが来たんですけど、飲み足りない人たちが部屋に集まってるみたいですよ。同期だけじゃないからふたりで来ませんかって」
「部屋? どこの?」
「海老沢くんと塩見くんの部屋が四人部屋で広いそうなんです。あとふたり、営業の先輩もいるみたいで」
塩見くんの部屋、と聞いてぴくりと肩が動く。それって、その場に塩見くんもいるのは確実じゃないか。
「そ、それ、私が行ったら場違いにならない?」
塩見くんとは今回の旅行が初対面ということになっているし、久保田みたいに、同期仲間がいるわけでもないし。
「えー、大丈夫ですよ。それに私、まだイベント感足りなくて。このまま旅行が終わっちゃうの惜しいんで、一緒に来てくださいよー。さすがにひとりじゃ行きにくいし」
久保田が私の腕をつかんで揺する。
「ええー……」
結局、久保田の熱意に負けてついていくことになる。
展望台のときもだけど、私、久保田を自分の行動の言い訳にしちゃってる。いざというときに自分が傷つかないように、『無理やり連れていかれたから』っていう免罪符を持っていないと不安なんだ。
臆病で、面倒くさくて、最低だな、私。こんなんで、憧れている先輩なんて言ってもらうのが申し訳ない。
「お邪魔しまーす」
開けっ放しになった玄関扉のむこうにある襖を開けると、私たちの部屋の二倍くらいの広さの和室に、思ったよりもたくさんの人がごった返していた。
「うわあ、ぎゅうぎゅうですねえ」
「企画部の女子も、何人かいるわね」
「あ、先輩、あそこ。例のあの子もいますよ」
手のひらで口元を隠すようにして、久保田が耳打ちする。
女子グループで固まっている一角に、塩見くんに告白していた女の子がいた。
「塩見くんのいるグループとは、離れてますね。全然目も合わせないし、振られちゃったんでしょうか」
もし塩見くんが、すでにあの子に返事をしていたら。そしてそれが『NO』だったら、そのとき私はどうするんだろう。『YES』だったら、潔く身を引いて、金曜日の約束も解消するのだろうか。
ああダメだ、考えると頭が痛くなる。
「久保田、早く混ざって飲むわよ。あのグループに混ぜてもらいましょ、一番お酒をキープしてるみたいだし」
早いところ酔っぱらってしまえば、なにも考えなくてすむ。
一番盛り上がっている、海老沢くんのいる集団にずんずん歩いていくと、久保田が目を丸くした。
「先輩、そんなに飲み足りなかったんですね……。わかりました、今日は朝まで付き合います!」
ちょうどいい勘違いをしてくれたので、そのままグループに合流して乾杯する。振られた話に適当に返事をしながら、ぐいぐいビールの缶をあけていく。途中、足りなくなったお酒を久保田が買い出しに行ったようだが、そのあとのことは、よく覚えていない――。
「いやあ、日向さんと飲めるなんて光栄だなあ。社内でも有名じゃないですか」
私のそばに、前髪の後退しかかった男性がビールを持って寄ってくる。営業部の人だと記憶しているけれど、名前が出てこない。
「そうですかぁ? ありがとうございますぅ」
ろれつの回らない口で返事をすると、男性は肩が触れそうな位置に座り、ねっとりした目で見つめてきた。
「でも実際、モテるでしょ?」
「ぜーんぜん! 私なんて女らしくないし、もうアラサーだし! モテないから、もう五年も彼氏がいないんですよー。ね、久保田!」
けらけらと笑いながら、男性の膝をばんばん叩く。若干おびえた、というか引いた表情をしているのはなぜだろう。
話を振られた久保田はぎょっとした顔で振り向き、少し離れた場所からすっ飛んできた。
「ちょ、先輩、酔っ払いすぎですよ!」
べりっと男性社員から引き剥がされるが、まだ話し足りない。
「かわいげもないし、私なんて一生独り身ですよー」
浴衣の袖をつかんでそう訴えたのだが、今度は憐みのこもった目で見つめられている。
「そ、そっか……。が、がんばってね……」
「ほ、ほら先輩。絡んでないで、あっち行きますよ!」
久保田は私の両手をつかんで引っ張る。座った体勢のまま畳の上を引きずられているので、裾がめくれあがってパンツが見えそうだ。気づけ、久保田。
「んー……、もう、動けない」
久保田の手を振りきって、座布団の上で丸くなる。気持ち悪い。頭ぐらぐらする。このまま動きたくない。
「あ、ちょっと! 先輩、日向先輩? ……寝ちゃったみたい」
寝てないよー、まぶたが動かせないだけで起きてるよー、と言いたいのに、身体が言うことをきかない。
「どうした? 日向先輩、酔い潰れちゃったのか?」
どすどす、という久保田よりも重たい足音が枕元まで近づいてきて、海老沢くんの声が聞こえた。
「そうみたい。ここに横にしておいても大丈夫? ちょうど壁際だし」
「いいよいいよ。だいぶ飲んでたもんなあ。ストレスたまってたんじゃないか? 久保田さん、迷惑かけてるんじゃないの?」
「失礼な! でもこんなに酔った先輩、初めて見たな……。あんなセリフも、初めて聞いたし」
「うん。俺も、仕事も恋愛も完璧な人だと思ってたからびっくりした」
「私も、そんなに悩んでるなんて思ってなかったから……。あ、塩見くん」
今度は、すっすっと畳の上を移動するような上品な足音。そして、耳に優しい落ち着いた声がする。
「日向先輩、つぶれちゃったの? 僕が見てるから、ふたりはむこうで飲んでなよ。僕も営業の先輩の相手するの疲れたから休みたくて」
「そんなこと言っておいて、塩見、日向先輩に手出すつもりじゃないだろうな?」
「酔ってる女性になにかすると思われているのか。心外だな」
あ、この声、本気で怒ってる。初めて聞いたかも。
「もー、海老沢くん、余計なこと言わないの。じゃあ塩見くん、先輩のことお願いね」
ふたりぶんの足音が遠ざかって、誰かが近くに座る気配がする。
浴衣のこすれる音がしながら、気配が強くなったり弱くなったりするのは、私に触れるかどうか迷っているのだろうか。
そのあと、気配が遠ざかったと思うとまた近づいて、ふわふわしたあたたかいものが身体の上にかけられた。
あったかい。きっとこれ、毛布だ。確認はできないけれど、毛布を手元に引き寄せてぎゅっと握る。
そして、毛布越しに、遠慮がちに手が置かれた。ぽんぽんと、子どもを寝かしつけるような優しい振動。
「ほんとに先輩は、自分のことをなんにもわかってないんだもんなあ。これだから放っておけないんです」
目をつむっているのになぜか、彼がふっと柔らかく微笑んだのがわかる気がした。
「海老沢に大見得切っちゃったから、今はこれくらいで我慢しておきます」
指がおでこに当たって、乱れた前髪を梳く感触がする。もっと触ってほしいと思うのに、そのあたたかい手はすぐに離れてしまった。
「おやすみなさい、先輩」
その言葉で魔法にかかったみたいに、朦朧としていた私の意識は、完全に夢の世界に落ちていった。
明け方目を覚ますと、部屋は雑魚寝状態だった。女子社員にはかろうじて毛布がかけられているけれど、男性社員はそのままで、浴衣がはだけてタンクトップとトランクスが丸見えになっている人もいた。
「酒臭っ。頭痛っ」
自分のものか他人のものかわからないけれど、アルコール臭がすごい。頭もガンガンしているけれど、私はそんなに飲んだのだろうか。そういえば途中からの記憶がない。
部屋の持ち主である塩見くんと海老沢くんの姿が見えないが、戻ってくるまで待つべきだろうか。
「う~ん、先輩、起きたんですかあ?」
隣で寝ていた久保田が目を覚ます。
「う、うん……。ねえ、私昨日、なにもやらかしてないわよね? 途中からなにも覚えていないんだけど」
あくびをしながら伸びをする久保田に尋ねると、目を泳がせながら口ごもる。
「あ、あ~……。実は私も酔っちゃってあんまり覚えてなくて。でも大丈夫だと思いますよ、たぶん」
本当だろうか。でも、信じたほうが幸せなままでいられる気がする。本能的に。
「ねえ、お酒臭いから朝風呂に行きたいんだけど、勝手に帰って大丈夫かしら」
「あ、大丈夫ですよ。海老沢くんたちもいないから、きっとお風呂かゲームコーナーじゃないかな。メッセージ入れとくんでお風呂行きましょ。私も入りたいです」
朝風呂に入って、身支度して、昨日と同じ宴会場で朝食を摂って。飲み潰れたとは思えないような爽やかな旅館の朝を満喫する。
しかしやはり二日酔いの波は襲ってきているようで、美術館見学のときは早々と離脱して館内のカフェテリアで休憩していた。重要文化財を前にして、俗物的すぎる自分が情けない。
旅の最後は、大きな道の駅でショッピングだ。二日酔いからだいぶ回復した私も、はりきって店内を回る。特に誰かにお土産を買う予定がなくても、珍しいものを見て歩くのは楽しい。
塩見くんの影響からか、食料品のコーナーを吟味する楽しさもわかるようになった。もっとも私の場合は、『これを買っておいしいごはんを作ろう』ではなく、『これでおいしいおつまみを作ってもらおう』だから普通の人とは違うかもしれない。
地元の名産品の棚を見ていると、目につくものがあった。私でも知っていた、静岡の有名な名物だ。
今度の金曜日、どんな顔で会ったらいいのかわからないから、お土産を話のタネにするのも、いいかも。
「……よし」
袋をいくつか手に取り、レジに持って行く。途中で地酒のコーナーも発見したので、日本酒もいくつか購入した。
告白の現場を盗み聞きしたり、塩見くんへの気持ちに気づいたり、記憶がなくなるまで酔い潰れたり。いろいろあった社員旅行だったけれど、帰ったらまた仕事をがんばろう。そして次の金曜日には、塩見くんに告白の返事をどうするのか、思い切って聞いてみよう。
自分の行動を決めるのは、それからでも遅くないはず。こわい決断を先延ばしにしているだけにも、思えなくもないけれど……。
それでも、そう決めたあとは少し安心して、帰りのバスの中では眠りにつくことができた。
* * *
そして、次の金曜日。私は塩見くんの部屋のドアの前で固まっていた。片手にお土産の入ったビニール袋を提げて、空いた手でチャイムを押す格好のまま、指が動かない。
この五日間、モヤモヤした気持ちを抱えながらも仕事に没頭してきた。何回も、塩見くんへの質問のセリフもシュミレーションしてきた。でも、いざその時が来ると、怯えて身体がすくんでしまう。
私って、こんなに弱かったっけ。
塩見くんを好きになってから、知らない自分がどんどん引きずり出されているみたいで、怖くなる。
ぼうっとしていると、目の前のドアが内側から開き、塩見くんが顔を出した。
「先輩? どうしたんですか? ドアの外で音がしていたのにチャイムが鳴らないから、心配で見に来たんですけど」
「あ、ご、ごめん。メールの返信してた」
私は喉がからからになりながら、しどろもどろに返事をする。とっさにポケットからスマホを出したところ、見られてないといいけど。
「そうだったんですね。中に入ってからしてくれてよかったのに」
いつものように、リビングのクッションに座った私を、塩見くんが意外そうな目で見つめる。
「今日、眼鏡じゃないんですね。服もいつもと違うし」
今日はコンタクトもメイクも落とさないで来た。服もスエットではなく、ゆるめのニットとストレッチパンツという格好で、巻いた髪もハーフアップにアレンジしてある。社員旅行のときとそう変わらない、カジュアルスタイルだ。
「部屋着が洗濯中で……」
考えてきた言い訳を口にするけど、そんなの嘘に決まってる。
塩見くんのことが好きだと気づいたら、急に干物女な格好で会うのが恥ずかしくなっちゃった、なんて、言えるわけない。
「ここのところ、天気悪いですもんね。じゃあ、ちゃっちゃとおつまみ作っちゃいますね」
「あ、待って。これ……」
道の駅のロゴが入ったビニール袋を、塩見くんに渡す。
「これ……。わさび漬けと、しらすと、桜エビ……?」
「塩見くんが好きそうだと思って、買っておいたの。自分用の地酒も買ったけど」
そう告げると、塩見くんは「まいったな……」と頭をかいた。
「え。苦手なもの入ってた?」
私があわてると、塩見くんはかぶせるように否定した。
「違うんです。ちょっと待ってくださいね」
キッチンに向かう塩見くん。冷蔵庫を開ける音がして、戻ってきた彼の手には日本酒が数本、握られていた。
「僕も地酒、先輩が好きだと思って買っておいたんですよ。お土産です、って渡してびっくりさせようと思ったのに、先に同じことされたからまいっちゃいました。しかも地酒、かぶっちゃったし」
テーブルに置いたそれは、私が自分用のお土産に買ったのとまったく同じラインナップ。こんな偶然にさえ、感激で胸が震えてしまう。
私が塩見くんのことを考えてお土産を選んでいたあの時、同じ場所で、塩見くんも私のことを考えてくれていたんだってこと。それがなによりも、うれしかった。
「……ううん、うれしい。ありがとう」
そう告げると、塩見くんはホッとした表情を浮かべた。
「じゃあ今日は、先輩が買ってきてくれたお土産で、おつまみを作りますね」
「は、はーい」
いつものように待っていても、落ち着かない。キッチンから、料理する音が聞こえてくるけれど、いつものように振り向いて話しかけられない。なんだか首回りだけ鉛になったみたいだ。
塩見くんが買ってきてくれた地酒をコップに注いで飲んでみたけれど、緊張していて味がわからなかった。
「あれっ、もう一本飲んじゃったんですか。けっこう度数、あったはずですけど」
おつまみを持ってきた塩見くんが、目を丸くして驚いている。
「う、うん。ほら、ミニボトルだったし、思ったほど入ってなかったから」
アルコールの味がわからないから水みたいにぐびぐび飲んでしまっただけなんだけど、まずかっただろうか。
「悪酔いしないように気をつけてくださいね。これ、お通しです」
テーブルの上に置かれた一品目は、薄いお好み焼きのようなものの上に、しらすと桜エビ、刻みネギがたっぷり散らしてあった。
「わあ、おいしそう」
「しらすと桜エビのパリパリ焼きです。とろけるチーズをパリパリになるまで焼いたんですよ」
「えっ、これ、チーズなの?」
どんな味がするんだろう。チーズせんべいみたいなものだろうか。しげしげと眺めていたら、塩見くんがふふっと笑みを漏らした。
「先輩は、思った通りの反応を返してくれるから作りがいがあります」
メインのおつまみも、すぐ出てきた。
まぐろのお刺身とわさび漬けが和えてあって、塩見くんのほうはごはんに載せて丼にしてある。
「まぐろとわさび漬け、合いそうね。丼にしたやつもおいしそう」
「そもそも、まぐろ自体をわさび漬けにする料理もありますからね。合わないわけがないと思って」
塩見くんも、エプロンを脱いで対面に座る。パリパリ焼きも、わさび漬け和えも、おいしいはずなのにやっぱり味がわからない。
食欲がないと、『おいしくなかったのだろうか』と塩見くんが気にすると思って、日本酒でおつまみを流し込む。
「先輩、今日ペース早くないですか?」
「そ、そう? おつまみも地酒もおいしいから、つい」
心配そうな塩見くんを無視してどんどん地酒の瓶を開けていくと、いい感じで酔いが回ってきた。
「はあ~」
グラスを空にしてテーブルに置くと、「先輩、やっぱりおかしいです。なにかあったんですか?」と塩見くんが詰め寄る。少し、怖い顔をしていた。
「……あったのは、私じゃなくて、塩見くんでしょ」
するっと、そんなセリフが口から出ていた。
「え?」
「告白されてたじゃない、社員旅行のとき」
なぜ私はこんなにイライラしているのだろう。塩見くんはなにも悪くないのに。自分が勝手にぐるぐる悩んでいるだけで、それを塩見くんが知らないのは当たり前なのに。
いつも通り、態度の変わらない塩見くんに当たってしまう。
「見られていたんですか」
塩見くんの目が丸くなる。その表情から、私に話すつもりはなかったんだと気づいて、胸がズキンと痛む。
「そりゃあ、あんな目立つところにいたら……。それで、どうするの? 付き合うの?」
聞き耳を立てていたことの言い訳をするのが気まずくて、ぶっきらぼうな口調になる。
「先輩、気にしてくれていたんですね」
からかうような笑みを浮かべられて、ぼっと顔が熱を帯びる。
「そ、そんなことないわよ。ただ、彼女ができたら毎週宅飲みするわけにはいかないと思って……」
「そんなこと考えていたんですか。心配しなくていいのに」
それは、どっちの意味? 酔っぱらった頭じゃ冷静になれない。
「あの子、女の子らしくてかわいかったじゃない。いいわよね、若い人は。私なんてアラサーだし、そんな浮いた話もないし」
動揺しているのを悟られたくなくて、ぺらぺらと口が動く。ああ、こんなことが言いたかったんじゃないのに。私のバカ。
泣きたい気持ちになっていると、塩見くんがふと真顔になってテーブルから身を乗り出した。
「――え」
驚いて、身動きできずにいる間に、塩見くんの腕が伸びてくる。そして、唇の端に塩見くんの指が触れて、離れた。
「な、なに!?」
「ついてましたよ、わさび漬け」
指についたわさび漬けを見せつける塩見くんは、にっこりと悪魔のような微笑みを浮かべていた。
「そ、そ、それなら口で言ってよ!」
思わず大きな声が出てしまう。きっと顏は真っ赤になっているだろうけれど、もう隠せない。
まったく動じずに微笑んでいる塩見くんは、私が動揺するのがわかっていて、からかっているのでは?
海老沢くんの言っていた『腹黒』『手のひらで転がされる』という言葉が頭をかけめぐる。
今、まさに転がされている最中だと思うんだけど、これはどう受け止めたらいいのだろう。
「こんなに抜けているのに、自分を年上扱いするんだもんなあ」
「そ、そういう塩見くんだって、さっきから全然、後輩らしくないじゃない!」
「あ、バレてました?」
ちらちらと見え隠れする『黒塩見』に、心臓が今までとは違う音をたてる。
結局塩見くんは、告白の返事についてははっきり教えてくれなかった。
だんだんと塩見くんの素の性格も見えてきたけれど、彼は私のことをどう思っているのだろう。ただの憧れの先輩なのだろうか。素を見せるくらいには、気を許してくれているってことなのだろうか。
私が年上なことは、どう思っているのだろう――。
今まで気にならなかったいろんなことが頭の中を飛び交い始める。
久しぶりの恋はアラサー干物女には難しすぎて、これからの金曜日のことを考えると、日本酒の海に溺れたくなってきた。