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恋する金曜日のおつまみごはん~心ときめく三色餃子~  作者: 栗栖ひよ子
メニュー1 出会いの三色餃子と焼き枝豆
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 お酒とおいしいおつまみ。お気に入りの店で飲む、気取らない時間。

 キラキラ女子の仮面を取って、きゅうくつなパンプスも脱いで、素の自分に戻れるこの時間があれば、なんだってがんばれると思っていた。今日、この日までは。



「ああ~、最悪……。もうあのお店行けない……」


 私はうつむきながら、街灯の光がぼんやり照らすアスファルトの道を、ふらつく足取りで歩いていた。

 本当だったら今ごろは、すっかりいい気分で酔っぱらって、大好きな〆の鯛茶漬けを食べているはずだったのに。


 金曜日のアフターファイブ。仕事人間だと思われている私でも、この日ばかりは仕事を急いで片付けて、だれよりも早く会社を出る。

 はやる心と、すっかりからっぽになったお腹で飛び込むのは、行きつけの居酒屋。女性ひとりでも入れるアットホームな雰囲気で、店主やスタッフもなごやかで、ここ二年くらい通っているお気に入りのお店だ。


 このお店のカウンターで、店主自慢のおいしいおつまみを肴にしながらお酒を飲むのが、私の一週間のビタミン剤なのだ。

 しかし今日は、いつもと様子が違っていた。


「大将、ビールおかわり! あと、トマトチーズの揚げ串と、手羽先も追加ね」


 会社では冷房対策として着ているカーディガンを半袖ブラウスの上からプロデューサー巻きして、私は空になったジョッキを威勢よく上げた。


「はいはい。充希(みつき)ちゃん、今日もペース早いねえ」

「そりゃあ、金曜日はここのおつまみのためにお昼を軽くしてますから」


 居酒屋を開く前はホテルで和食を作っていたという大将は「それはうれしいねえ」とつぶやきながらカウンターにジョッキを置いた。


 なごやかだった店内の雰囲気が変わったのは、そのころだっただろうか。私と数席あけてカウンター席に座ったサラリーマンふたり組が、大声で話し始めたのだった。


 白髪まじりの頭から察するに、会社では部長クラス。まわりの迷惑を考えず、唾を飛ばしながらガハハと笑い合っている様子からすると、女子社員からは嫌われるタイプだろう。


 常連が多い店なので、みんな『厄介な客がいるな』とは思いつつも顔には出さず、いつも通り飲んでいた。このくらいだったら、よくあることなのだ。


 状況が変わったのは、私が三杯目のお酒を注文したあたりだろうか。


「大将、次は夏みかんサワーで。みょうがの天ぷらと、ナスの揚げ浸しも」

「おっ、夏づくしのチョイスだねえ」

「そりゃあもう、おいしい夏野菜とお酒のために梅雨を耐えたようなものですし」


 大将の目の前の席を陣取って、親しげに言葉を交わす私を、サラリーマンふたり組はねっとりした視線で見ていた。そのときから、嫌な予感はしていたんだ。


「若い女がああいうのって、どうなんでしょうね」


 聞こえてきた会話……いや、わざと聞かせようとしている会話に耳がぴくりと動く。


「お前も思ったか? いやあ、ないだろ。我が物顔でカウンター席に居座ってよお、色気もなくガバガバお酒を飲んで。自分のカミさんがあんなだったら、幻滅するね」

「カミさんじゃなくても嫌ですよ。なんにせよ、見てて気持ちのいいものではありませんなあ」


 合間にガハハと笑いを入れて、ちらちらとこちらを見ながら交わされる会話は、明らかに私をターゲットとしたものだった。


「充希ちゃん、ごめんね。気にしないで」


 無表情で、サワーを口に運ぶ手を止めた私に、大将は申し訳なさそうに謝ってくれた。


「……大丈夫です、気にしてません。女ひとりで飲んでいると、よくありますから」


 そう、この店に通うまでは、絡まれることがよくあった。一緒に飲む相手がほしいと思われたり、自分たちの楽しみのためだけにちょっかいをかけられたり。私はただひとりで、おいしいおつまみとお酒に向き合いたいだけなのに。


 なんにしても、大将に罪はない。さくっとスルーして、こちらはこちらで楽しく飲もう。そう気を取り直したのに、ふたり組はそこで攻撃をやめなかった。


「というか、この店自体、女が多いなあ。来る店間違えたか?」


 テーブル席をぐるっと見回して、店内全体に響くような大声で叫ぶ。テーブル席で飲んでいた顔見知りの女性グループが、あからさまに不快な顔をした。


「女が男の店に浸食するようになっちゃおしまいだね。気分が悪いったら」

「まあまあ。自分が男と同じくらい仕事をできているって勘違いしちゃってるOLなんでしょ、こんなとこで飲むのは」


 ジョッキの太い取っ手を持つ力に、ぎゅっと力が入った。


 このおじさんふたりがどういう事情でこの店に来たのか、私にはわからない。もしかしたら家庭がうまくいってないのかもしれないし、会社で女性社員と揉めたばかりなのかもしれない。私というより、私のような女全員に対する負の感情が感じられたから。


 だからといって、がんばっている人たち全員をバカにするような言い方、許せなかった。


「ちょっと待って。今、なんて言いました?」

「――は?」


 充希ちゃん、と大将のたしなめる声が聞こえたが、スツールから立ち上がった私の怒りはもう止められなかった。


「ここにいる女性だけじゃなくて、このお店も貶める言い方を、あなたたちはしたんですよ。気分が悪いのはこちらです」

「な、なんだとぉ。小娘のくせに」

「その『小娘』のほうが、みなさんマナーを守って飲んでいますよ。お手本になるべき立場の人たちがこんな醜態をさらしているなんて、がっかりです」


 おじさんたちはぐっと口をつぐみ、他のお客さんたちもおしゃべりを止めて私たちの動向を見守っていた。九十年代の懐メロ有線だけが、コメディ映画のワンシーンのようにスピーカーから流れ続けている。


「黙って、聞いてれば……。生意気なんだよ!」


 恰幅がよく、ため口で話していたほうのおじさんが、がたんと音を立てて立ち上がった。こめかみに浮き出た血管が、ぴくぴく動いている。


「お前みたいな女がいるから、俺は……!」


 汗染みのできたワイシャツに身を包んだ物体が、私の顔目がけて突進してきた。

 殴られる!と思った瞬間、私はとっさに背負い投げの体勢を取っていた。


「……あっ」


 ハッと冷静になったのは、私が投げたおじさんが床で伸びているのを見たあと。

 テーブル席のお客さんたちは、私に向かって拍手喝采を送っていた。


 なんということだろう。私は高校生まで、合気道を習っていた。しばらく人を投げていないなあと思っていたけれど、まだ身体が自然と反応するだなんて。


 もうひとりのおじさんが、伸びたおじさんを背負って、逃げるようにお金を払って帰っていった。


「大将、すみません。お店に迷惑をかけて、本当にすみません」


 平身低頭して詫びる私に、大将は「うちの店のために怒ってくれてありがとう」と言ってくれたけれど、身の置き場がなくて早々に退却してしまった。「お釣りはいらないです」と多めに代金を置いて。


「あんなところ見せちゃったんだもの、きっと喧嘩っ早い怖い女だと思われた……。もう恥ずかしくて、あの店に行けないよ……」


 七月の夜。生ぬるい風が、ほてった私の頬を撫でていく。せっかく見つけたお気に入りの店だったのにな、と思うと、じんわりまぶたが熱くなってきた。


「ああ~、もう!」


 ハンカチで乱暴に顔を拭いて、ぐしゃぐしゃと頭をかく。時間をかけてセットした巻き髪も、丁寧に作り込んだメイクも台無しだ。


「来週から、なにを励みに仕事をしたらいいんだろう……」


 ブーン、と鳴る街灯の音を聞きながら、夏の始まりの夜道で私は途方に暮れていた。


* * *


 夏の新作コスメで固めた、流行りのメイク。服装ももちろん、トレンドを意識したコーデ。ヘアアレンジだって手を抜かない。

 どこから見ても、仕事ができて充実しているキラキラ系OL。そんな完全武装で出勤するのは、都心にあるオフィスビルだ。


 出勤時間ともなると、気合いの入ったオシャレ女子が続々とエントランスに集結する私の職場は、化粧品会社だ。銀座の百貨店にもコスメカウンターがあるし、国産のコスメブランドとしてはなかなかの知名度だと思う。


 今年で入社六年目。がむしゃらに仕事をしてきて、同期よりも常に一歩先を行っていた。『充希はすごいね。真似できない』『日向(ひなた)先輩みたいになりたい』そう言われるたびに自尊心が満たされて、もっとがんばらなきゃ、もっと評価されなきゃって働いてきた。


 週に一度のごほうびがあれば、残業だって休日出勤だって耐えられた。そのせいで恋人ができなくたって、『仕事が恋人だから』って強がれた。


 でも、そのごほうびがなくなっただけで、自分がここまで崩れるとは思っていなかった。


「はぁ~……」


 いつもだったら一週間で一番仕事に気合いの入る金曜日。私はまだ先週のショックを引きずっていた。


「日向先輩、どうしたんですか。今週ずっと様子が変でしたよ。夏バテですか?」


 デスクでため息をついていると、同じ企画部で仲の良い後輩、久保田がピンクブラウンに染めたボブヘアを揺らして声をかけてくる。


 入社二年目の久保田はまだ心もお肌もぴちぴちだ。薄付きのファンデーションはまったく化粧崩れしていないし、冷房の効いたオフィスでもノースリーブ一枚で平気な顔をしている。


「夏バテというか……、心がバテているというか」


 今だけそのぴちぴちの若さをよこせ、とうらめしく思いながらつぶやくと、久保田は目を見開いて大げさに驚いた。


「ええっ! 仕事の鬼の日向先輩がですか!?」

「鬼って、ひどい」

「だって、私が入社してきてから、先輩が弱ったところなんて一度も見たことありませんもん。男性社員の目が死ぬようなハードな時期でも、常にパワフルでやる気に満ちあふれているのが先輩じゃないですか!」

「うん……、そうなんだけどね……。そうだったんだけどね……」

「本当に、なにがあったんですか?」


 久保田は眉根を寄せて、顔を近付けてくる。これは本気で心配してくれているみたいだ。でもなんとなく、会社の人には自分の趣味が居酒屋でのひとり飲みだってこと、言いたくなかった。


「……頼りにしてたビタミン剤が、手に入らなくなっちゃって」


 ギリギリで嘘とは言えないようなごまかし方をすると、久保田ははりきった表情で「それならいいのがありますよ! 私が愛用しているサプリなんですけど……」とスマホ画面を見せてくれ、そのうえ、「今日は早く帰ったほうがいいですよ。これ買って帰って、土日はゆっくり休んでください」と優しい言葉までかけてくれた。


「いい後輩を持ったなあ……」


 結局、残った仕事は久保田に任せて退社することにした。

 日が伸びた初夏のオフィス街は、六時台でもまだ明るくて昼間のけだるさが残っている。


 どこか、別の店に入ってみようか。


 駅に向かいながらそんなことも考えてみたけれど、結局足を止めることなく電車に乗る。新しい店を開拓するだけのパワーが、今の私にはなかった。あれだけ豪快にぶん投げたというのに、あのおじさんたちに言われた言葉は投げ捨てられずに、胸の底に澱おりとして残っているってことだ。鋼の仮面をつけていても、心まで鋼になったわけじゃないから。


 こんなとき、男として生まれていればもっと楽だったのかなあ、なんて思ってしまう。歳を取ってあんなふうになるのだけは、絶対に嫌だけど。


 仕方ない、コンビニでビールとホットスナックでも買って帰ろう。


「なんで、ホットスナックも売り切れなのよ……」


 家から一番近いコンビニに寄ってみると、おつまみになりそうな唐揚げやフランクフルトは総じて品切れだった。頼みの綱が切れて、思わず小声でぼやいてしまう。


 ここはお惣菜で妥協するべきか。ポテトサラダ、冷凍餃子。ビールのつまみになりそうなものは揃っている。


 でもなぁ……。大将の手間暇かけたおつまみに慣れた身としては、人のぬくもりが感じられないおつまみは物足りないというか、さびしいというか。


 カゴにビール缶を入れたままうろうろしていると、油揚げのパックが目に入った。


 そうだ、確か、油揚げを焼くだけでもおつまみになるって、テレビで見た。

 焼くだけって言っても、いちおう自分で手間をかけるわけだし、レンジでチンよりはむなしい気分にならないはず!


 これは名案を思い付いたぞ~と、少しテンションの上がった弾んだ足取りで、私は帰路についた。


 アパートに帰ると、まずはメイクを落として楽な格好になるのが毎日のルーティン。今日もそうしたところで、油揚げの調理にかかった。

 パックに入っていた二枚を、魚焼きグリルに並べる。


「この網って油を塗るんだっけ? ……まあいいか」


 コンロを点火して、準備完了。あとは小皿に醤油と七味を用意しておくだけだ。世の中にこんなに簡単なおつまみがあるなんて。発明してくれた人ありがとう。


「じゃあ、ビールでも開けて待ってますか」


 リビングのクッションに座り、プシュッと缶ビールのプルタブを開け、テレビの電源を入れる。


 へえ、この時間帯、けっこうおもしろい番組やってるんだな。おいしいおつまみさえあれば、宅飲みも悪くないかも……?


 そんなことを考えてテレビとビールに夢中になっていたら、コンロに置き去りの油揚げのことなんてすっかり忘れていた。


「……ん? なんか、焦げくさい?」


 異臭が鼻をかすめ、リビングと続きになっているカウンターキッチンに目をやる。

 すると、なんで今まで気づかなかったんだってくらい、白い煙が充満していた。


「あわわ、大変!」


 ゲホッゲホッと咳き込みながら、コンロの火をあわてて止める。引き出してみると、待ち焦がれた油揚げは黒コゲになっていた。


「ああ~……」


 煙が目に染みて涙目になりながら、がっくりと肩を落とす。そのとき、ドンドンドン、と玄関のドアが勢いよくノックされた。


 まずい、苦情だろうか。おおかた、ほかの部屋にも煙が入り込んでいたのだろう。

 注意されることを予想して、おそるおそる玄関に近づくと。


「日向先輩、大丈夫ですか!?」


 切羽詰まった、若い男性の声が聞こえてきた。


 なんで私の名前、知ってるの? それに『先輩』って呼ぶってことは、もしかして同じ会社の人?


「火事ですか!? ドア、開けられますか?」


 連続して叩かれるノックの音と呼びかけ。ほかの部屋の人に注目されるのを恐れて、ついついドアを開けてしまった。


 そこに立っていたのは、爽やかな水色ストライプのシャツ、青系のネクタイとグレーのスラックスに身を包んだ、見覚えのない男の子。


 細身でほどよく高めの身長、長すぎないさらさらの黒髪。控えめだけど整った顔のパーツがいかにも塩顔イケメン男子だ。こんな子、うちの会社にいたっけ。


「ああ、無事でよかった。驚きましたよ、帰宅したら廊下が煙で充満していたから……。いったい、どうしたんです?」


 男の子は、私が無事なことを確かめてホッとしたあと、改めて私の全身に視線を移した。そして少し戸惑った顔で、こう尋ねる。


「……日向先輩、ですよね?」


 その瞬間、私はこのドアを開けてしまったことを後悔した。

 彼が戸惑うのも無理はない。だって、今の私はすっぴん眼鏡、スエット上下にひっつめ髪と、『干物女』と呼ぶにふさわしい格好をしていたのだから――。


 知り合いには隠し通しているオフの姿を見られるなんて、穴があったら入りたい。会社での私の姿を知っている人だったら、『うわあ、マジで?』とドン引きするに決まっている。


「そうです、私が日向充希です……」


 真っ赤になった顏を隠しながらつぶやくと、彼は「知ってます」とさらっと答えた。


「それで、火事ではないんですね? この煙はどうしたんですか?」


 最初は血相を変えていた彼も、だいぶ冷静になったみたいだった。まあ、火事だったらこんなのんきな姿で出てこないし。


「油揚げをグリルで焼いていたらこうなったの」


 正直に答えると、彼は目を丸くした。信じられない、とでも言いたげなリアクションにむっとする。


「えっ、油揚げを? 本当にそれだけで?」

「しょうがないじゃない。料理なんてふだんまったくしないんだもの。油揚げを焼いただけのおつまみがせいいっぱいだったのよ」

「……そうなんですか」


 気の毒そうな瞳に憐みが含まれていると感じるのは、被害妄想だろうか。


「あ~あ。でも、その油揚げも黒コゲになっちゃったし。家で飲もうと思ってたのに、本当についてない……」


 思わずため息をつきながら肩を落とす。名前の知らない男の子は思案気な顔でうつむくと、ぱっと顏を上げた。


「だったら、うちで飲みませんか? おいしいおつまみ、作れますよ」


 予想外のセリフに、今度は私が目を丸くする。こんな醜態をさらしたあとなのに、宅飲みに誘われるなんて。しかも……。


「えっ、うち……って」

「隣の部屋なんです、僕の家」


 同じ階に住んでいることには薄々勘付いていたが、まさか隣だったとは。


「そうなの!? ……でも、そもそも私、あなたのこと知らないし」

「あ、そうですよね。自己紹介が遅れてすみません」


 彼は仕事用の鞄から名刺入れを取り出すと、スマートな動作で私に名刺を差し出した。


「営業部の塩見(しおみ)優翔(ひろと)です。入社二年目です」


 ということは、今年二十四歳か。私の四つ年下だ。顔立ちは確かに若いけれど、雰囲気や話し方は同世代よりぐっと落ち着いているかも。


「あ、ありがとう。えっと、塩見くんはなんで私のことを?」

「そりゃあ、日向先輩は有名人ですから。美人で仕事もできるすごい先輩がいるって、新人のころに教えてもらいました。社内で先輩を知らない人はいないんじゃないですか?」

「そうだったの?」


 初対面の後輩にまで名前と顔を知られているとは思わなかったけれど、褒められて悪い気はしない。


「引っ越してしばらくして、隣が日向先輩だってことはわかったんですけど。同じ会社の男が隣に住んでるっていうのも気分が悪いかなと思って、今までご挨拶できなくて」

「別にそんなこと……」


 気にしないのに、と言いかけて口をつぐむ。隣に塩見くんがいたら、ベランダに干す洗濯物とか、すっぴんでゴミ出しとか、いちいち気にするかもしれない。まあ、こんな姿を見られてしまったら、なにを気をつけようが今さら遅いけれど。


「それで、どうします? 料理だけは得意なんです、僕」


 気を抜いた姿を見られたショックとおいしいおつまみを天秤にかける。いや、そもそも、会社の同僚だからって初対面の男性の部屋にほいほい上がっていいものなのだろうか。


 ちらっと塩見くんを見上げると、人畜無害そうな微笑みを浮かべて私の返事を待っていた。


 私はなんだか、目の前の男の子に惨敗したような気持ちになって、口を開く。


「……ごちそうになります」


 とことんついていない金曜日。手作り感のあるおいしいおつまみに飢えた私がこの選択をするのは、どうやっても避けられないことだった――。たぶん。


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