第六十七話「祝福の誘い」
空中に銀の残光を残し、飛び掛かった死体の人形三体を瞬く間に切り刻むジン。
元は自らの部下であり、何度も死線を潜り抜けた戦友達でもあるが、しかしその目には些かの迷いも見られない。
何故ならこの程度で揺らぐ練度の暗殺者など、高が知れているから。
故に彼らを無慈悲に刻む最中ですら、ジンのその視線はヴォイドに対して釘付けにしていた。相手の一挙手一投足を決して逃すまいと、僅かでも動いた瞬間に対処出来るようにと。
だが――――
「悪いが、暗殺者相手にまともに戦う気はないんでな」
そう告げるヴォイドの手には、鞘から引き抜かれたばかりのミスリルソードが握られていた。その様子を見て、急激にゾクリとした悪寒を感じ取ったジンは即座に空いていた左手の袖口から毒針を取り出し、ヴォイドに向けて投擲を行う。
しかしヴォイドはそれを姿勢を低くする事で難なく躱し、更に絞った脚のバネを利用して直線上に爆発的な速度で飛び出す。
ジンにとってもその速度は想定外。故に躱す選択肢は自然と淘汰され、残るは迎撃するという選択肢のみ。右手のナイフをまるで蛇行する様にぬらりと動かしながら、同時に左手にも何本かの毒針を再度装填する。
迫ったヴォイドの二歩目の踏み込み。これでお互い、射程に入った。
先に仕掛けるのはジン。まずはナイフを使用した、見切りにくい蛇行の如き動きで放たれるぐにゃりと曲がる鋭い斬撃。刃先には、当たれば必死の無味無臭の劇毒。故に当たる訳にはいかない。
迎撃で放たれるヴォイドの一手目。切った手札は、まさかのミスリルソードの投擲。
これには対面するジンも流石に意表を突かれ、目を見開く。この状況でいきなりメインウェポンを手放す者など、今まで居た試しがない。
普通ならば、思いついた所で行動に起こしなどしない。そういう意味ではヴォイドは今この瞬間だけは間違いなく、目の前の暗殺者と呼ばれる人種の者達よりも明確に狂っていた。
故にその一手はジンの虚を穿ち、ジンの判断を狭める要因となる。
ヴォイドの人外の膂力によって投擲された魔法銀の直剣はぬらりとしたナイフ捌きによって軌道を逸らされ、ジンを紙一重で避けていく。しかしそれを確認する暇もなく、ジンは次の対応を迫られていた。
何故ならば、ジンの目前では斬魔刀を手にしたヴォイドが既に抜刀を行う為の体制で迫っているから。柄を左手で握り締め、切られた鯉口からは凍てつくような殺気が溢れ出る。
そんな光景を見てしまえば、ジンもどうにかしてその行動を咎める他ない。左手に握った毒針を最短の動作でヴォイドに向けて投擲し、その反動で袖口から更に追加の毒針を補充、からの続けて投擲を行う。
時間差による針の投擲。ヴォイドがあの体制から振えるのは精々一太刀。それでも確実を期すため、ジンはナイフによる追撃も準備する。
そしてヴォイドから放たれる、居合の一太刀。
その斬撃は放たれる直前で鋭さよりも威力、即ち一撃の破壊力がより強くなるように切り替えられて放たれた為、迫った毒針の第二波諸共、投擲された暗器の全てを破壊する。しかして迫るはジンによる、ナイフの追撃。
斬魔刀を振り切った体制からでは、迎撃も回避も不可。
(取ったッ!!)
故にジンの攻撃は、必殺を成す。
(――――と、思ってるよなァ)
動き出してしまえば、踏み込んでしまえば、もう戻れない。予備動作の段階ならば、まだ分からなかった。しかし、無意識の内に勝利を確信して動き出した今であれば、捉えられる。
劇毒の塗られたナイフの刃先がヴォイドにとっての最終防衛ライン、即ち必中の間合いである零距離に到達する瞬間、ヴォイドの左手が目視不可能な速度を以て振るわれる。
その様は対面していたジンからしても、まるで左手がブレる様にして振るわれたと認識する程に不可思議な速度域。本来であれば迎撃など出来るはずがない体制であったにも関わらず、それを無視して強引に振るわれるその一刀。
それはヴォイドが剣を握った状態であればいつでも任意で発動出来る、全自動でカウンターを行う剣技。
その名を――――
『創刀之捌 “-残月-”』
それはどのような体制からでも、害意を以て間合いに入った全てのモノに対して脳の信号伝達を無視し、肉体の反射のみでカウンターを繰り出す秘剣。
本来は意識外からの攻撃などをフルオートで迎撃、同時にカウンターを行う用途で使われるこの剣技だが、今回は「フルートで迎撃を行う」というその特性を逆手に取り、本来は反撃が不可能な体制から無理矢理カウンターによる致命の一撃を与えるという用途で使用された。
更に余談だが、この剣技は振るわれる速度がヴォイド自身の素の認識速度を超えている為、剣技により何かしらの攻撃が阻まれた時に発生する、認識した頃には残像としてその視界に残る半月型の斬撃痕から、名を『残月』と名付けるに至った。
故にジンがスローモーションの世界で自らの状態を正しく認識した頃には、既にその身体には、斬魔刀による半月型の深い斬撃の痕が刻まれていた。致命に至っている筈のその斬撃痕からゆっくりと血が滲み始めてから、ようやくジンは口を開く。
「な、ぜ――――」
「言ったろ、まともに戦う気はないって」
そう告げるヴォイドは油断することなく周囲を警戒しつつ、致命傷を受けて膝を付くジンに近寄り、斬魔刀を使って躊躇いなくその首を刎ねた。
その後もヴォイドは油断なく、死体も斬魔刀と共に『ストレージ』に収納して、ようやく奥に続く扉に手を掛ける。同時に『魔力糸』を用いて壁に突き刺さっていたミスリルソードを手元に引き寄せ、一気に扉を開け放った。
しかしそんなヴォイドの視界に入って来たのは、血を吐きながら目を見開き、床で絶命している法王キャリオンの姿だった。
「.....ほう?死因は自殺、で間違いないな。いや、この場合は事故死か?まぁ、殺す手間が省けたと考えるか」
そうは言ったものの、部屋全体に不自然な箇所が多数ある事をヴォイドは認識していた為、即座にその思考を考察へと回す。
(パッと見た感じ、明らかに苦しんで死んだ感じだな。死体から感じ取れる残留した魔力反応も普通の死体より明らかに禍々しい気配をしてる。サイコメトリーで読み取ったこの空間に残る記憶では、キャリオンは死の直前に“黒い粉末状の薬”を服用していたみたいだが、明らかにこれが原因と見るべきだな。証拠品として押さえておきたいが――――)
そこまで考え至った段階で、ヴォイドは法王キャリオンの死体の懐を無造作に漁り、結果的にまだ未使用で残っていた謎の粉末状の黒い薬の入手に成功する。
そして間髪入れずにその粉末を『鑑定』し、今まで集めたあらゆる情報の中から関係しそうなものをピックアップし、その正体の特定を試みる。
「これは.....確かここ最近スラム街や裏の組織経由で出回ってるって噂の麻薬の一種だったか?名前は『黒の祝福』、ねぇ。薬効は服用により極度の興奮状態をもたらすと同時に段階的に使用者の肉体を徐々に侵食、最終的には使用者の肉体を完全に別物に作り替える、と。ふーむ、なら目的は“実験”と“選別”ってところか?」
と軽く推測を立てたものの、正直薬の出処もその目的も分かったものではない。調べようと思えば調べられるが、今のところこちらが相手の情報を持っていないのと同じように、相手側もこちらの情報はあまり持っていないと推測出来る。
故に更に思考を加速させて、ヴォイドは思案を続ける。
(裏市場に出回り始めてからそんなに期間は経っていない筈だが、こんな場所にまで浸透しているのは少し広がる速度が異常だな。なら個人じゃなく、やはりどこかの大規模組織が裏で手を引いているのは明白か。しかもキャリオンの死体の変容、いやこの場合は“変態”とでも呼ぶべき状態はその具合から見て、恐らく数種類の魔物の素材を土台に錬金術師が魔法処理を施した、現存人類に対しての新たな変化、もしくは“進化”を促す為のきっかけを与えるモノだろう)
(なら、裏市場に流しているのは薬の臨床実験を行う為か?いやだが既にその段階に入っているのなら――――)
(いや違う。もう既に次の段階、恐らくは“個体の選別”に移行してるんだ。じゃなきゃ、そんなものがここまで大規模に出回る筈がない。しかもこの影響力の大きさに統率された情報規制、まさか四大国家の何処かが大元じゃないよな?)
(それなら考えられる可能性はここオレアム皇国を除外してカイン王国、レガー帝国、そしてロス連邦の三つになる。しかも噂じゃ出回る薬は品切れする事がないとか)
(そこまで大量生産する為の設備を揃えるなら、広大な土地と莫大な資金、更に優秀な錬金術師や研究者、そして質と量が共に基準値の高い“魔導具”が必要になるな)
(で、それら全ての条件をこの上なく満たしているのはただ一つな訳だ。だが、今はまだそれらを確定出来る様な情報がない。あくまでも憶測に憶測を重ねただけ。ならこれ以上考えるよりもまず、いつも通り答え合わせをしよう。結局どちらにせよ、帝国がきな臭いのは間違いないしな)
と、ある程度考えを纏めたヴォイドはキャリオンの死体などを回収しながら、その場で分身を数十体同時に放った。彼らはヴォイド自身でありながら、ヴォイドが無制限に扱える駒である。その上で彼らは全員がリアルタイムで入手した情報を共有し、同時にそれぞれが思考も共有する為、その驚異度はヴォイド本人が思うより高い。
更に戦闘力もオリジナルに一切劣らず、能力使用に関しても制限が無い。何なら、現場で先に情報を得る為、オリジナルではなく分身である彼らの方がそういう意味では強いと言える。
そんな怪物達は、一人一人が『狭間の回廊』などを用いて帝国に向かったり、他の国へ移動し裏の情報を得る為に、迅速に行動を開始していた。
それらを見届けた後、ヴォイドは回収したキャリオンの死体を地下ではなく上階にある法王キャリオンの私室、その本棚の仕掛けを解いた先にある隠し部屋へと運び、誰がどう見ても自死した様に見えるよう諸々を配置、更に本人の血をスキルで創り出し使って血痕までも新しく作り、地下の現場を再現した。
因みに地下の隠し部屋はヴォイドが出た時点でゴーレムによって空間をギチギチに詰められ、最早部屋であったなどとは分からなくなっている。隠し扉なども一切継ぎ目など無くなっている為、あの隠し部屋の存在を知るのはヴォイドを除いてもこの世界に数人しか居ない。
そしてその隠し部屋を知っている者で、更にこの皇都バルガルドに滞在している者達に関しては既に分身体のヴォイドが接触してその記憶を抹消している。故にあの場に残るものはもう何もなく、後は自然な形で誰かにキャリオンの死体を見つけて貰えばいい。
「ま、偽装工作はこんなところか。後は使用人か正規の護衛、あとはあの聖女を連れて来てもいいかもしれないな」
そう言いながら、ヴォイドは法王キャリオンの私室の窓を開け、そこから飛び降りるようにして姿を消すのだった。
...
....
.....
偽装工作を終えてヴォイドが拠点へと戻って来ると、入口付近で周囲を警戒していた見張りの騎士が目に見えて安堵の表情を浮かべる。
「見張りご苦労さん、聖女様は無事か?」
「はい。こちらはあれ以降特に襲撃はありませんでした。ヴォイドさんこそ、無事でしたか?」
「ああ、特に問題はないよ。まぁ、他の暗殺者に襲われはしたが」
その言葉を聞いてヴォイドを心配する様な表情を見せる見張り役の騎士二人だったが、再度ヴォイドが「大丈夫だ」と伝えると片方が「ゆっくり休んで下さい」と労いの言葉を掛けてきた。
そんな様子をヴォイドはフードの中で冷笑しながら、曖昧に返事を返して建物に入る。
建物内はどこか張り詰めたような緊張感が漂っていたが、案内役兼付き添いの為にその辺の兵士を捕まえ、クロに守らせている聖女の下へ向かう。案内されたのは大広間への扉。
それを見てヴォイドはアグネスが襲撃された部屋のその窓から見える景色、もっと言えばその周囲に広がる構造物などからなる足場などが暗殺者にとって非常に都合の良い構造をしていると気付いた為に、この大広間へ移動したのだろうと考え至る。
(思ったよりもそこそこ良い観察眼を持ってるな。これは、評価を少し上げるべきかな?)
内心で呟きながら広間に入ると、その一角で数人の護衛とクロに守られながら騎士と話しているアグネスがヴォイドの視界に入る。真っ先にこちらに反応したクロはテーブルの上から飛び降り、そのままヴォイドに駆け寄って一足飛びで肩の上へ飛び乗った。
それに気付いた聖女は椅子から立ち上がり、こちらに少し心配そうな顔をする。
「ただいま戻りました。ご無事で何よりです」
「えぇ、お陰様でこの通りです。それとご苦労様でした。それで、一体どうなりましたか?」
聞いているのはヴォイドが追っていた暗殺者の事だろう。故にヴォイドはその場で『ストレージ』から暗殺者の死体を取り出した。
「これは.....」
「こっちが追いついた所で、恐らく最初から仕込んであったんでしょう。毒を飲んで自殺されました」
キャリオンと同じように目を見開き血を吐いた痕がある、暗殺者の死体。これは確かに、最初にヴォイドが追っていた者の死体である(スキルを使って諸々の処理を済ませてある為、違和感の類はない)。
それをまじまじと見つめている聖女をよそに、ヴォイドは更に二人の暗殺者の死体も取り出した。それらにはそれぞれ致命傷となる傷があり、明らかに戦闘の末に死亡したのが分かるものであった。
「こちらは?」
「そっちの奴を追っている時に襲ってきた、多分同じ所属の人間かと。詳しくはそちらで調べて下さい。それと恐らくなんですが、こいつら皇城に向かっていた可能性があります」
「やはり、そうですか.....」
あまり驚いていないどころか、むしろ納得したような表情を見せる聖女の様子を見て、ヴォイドは告げる。
「その辺に関しては聞かない事にするんで、俺はこれで。そろそろニコラウス卿も戻ってくるでしょうし、依頼は成功したと思って宜しいですか?」
ヴォイドの問いに聖女はゆっくりと顔を上げ、頷き言った。
「はい。依頼達成の件については、後ほど私からニコラウスに伝えておきます。改めて、2度に渡ってこの命を救って頂き、深く感謝致します。そして貴方の行く道が、祝福に満ちたものであるよう願っております」
「アグネス様こそ、尊き神々の祝福があらんことを」
聖女の感謝の言葉にそう返したヴォイドはそのまま振り返ることなく、聖女派の拠点である屋敷を後にした。




