第六十三話「光と闇が合わさり今、最強に見える」
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バートとリサの二人が皇都バルガルド付近へと到着した頃、既にその空には深淵を切り裂く白夜の光が顕現していた。
それは言うまでもなくヴォイドの仕業であり、二人はそれぞれ真逆の反応を示す。メイドは圧倒的な光を前に恍惚の表情で笑みを深め、剣士は実に不愉快そうにその表情を歪める。
二人が感じたのは、ただの気配にあらず。
それはヴォイドから久しく感じていなかった、大きな“成長の香り”。また一歩、彼の者は歩を進めた。自らが王へ至る為の、静かな一歩を。
その証は大きくその精神に、在り方に、現れ始めている。彼は事ここに至り、手に入れたのだ、大きな器を。
相反するはずである「光」を許容し、「闇」と同じように自らの中に内包させるだけの度量を手に入れた。
それでも、僅かではあったがその兆しはあった。
東国で授けられた神の加護、突然目にするようになったミスリルソードの制作と使用、そしてルシアとの特殊な木刀による鍛錬。
そのどれもがヴォイドの毛嫌いする「聖なる力」が少なからず関係しているモノだ。
それに勘付いた時、バートは僅かに震えを覚えた。それは恐怖によるものか、武者震いによるものか、今は本人ですら分からない。
だが、やはり信じられなかった。
これまで過ごした日々の全てが今、この瞬間の為の布石。彼はただ待っていた、自らが壁を破る瞬間を。
成長限界を自力で突破する、この瞬間を。
だからこそバートが嗅ぎとっていた、僅かな違和感と停滞の匂い。
それは即ち、今この瞬間にヴォイドは階段を一段登るのではなく、二段三段と飛ばして進む為に準備していたという事。
恐らくは鍛錬の度に少しずつ見せるようになった試技の剣や、デイビットと共に出かける度に裏で聞こえてくる、ヴォイドらしき人物の黒い噂など。
武力と知略、どちらも成長したタイミングで更に上乗せされて昇華されるように動いていた。何より、あのヴォイドが自分以外の他者を介してまで得ようとした何かの意味。
文字通り、計り知れなかった。
読めない、視えない、故に震える。もしかしたらこの時、自らもまた笑みを浮かべていたかもしれない。
それがどういう心境による笑みなのかは、本人ですら知り得なかったことではあったが。
しかしバートは同時に、もう一つ理解が及ばなかった。
それは何故、ヴォイドの成長が今、このタイミングなのか。
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ヴォイドは『光り輝く魔法剣』を展開しながら、遥か高みより自らを見下ろす二人のパーティーメンバーの存在に気付いていた。
しかし彼は『光り輝く魔法剣』を拒絶するでもなく忌避するでもなく、精神、肉体を問わず異変なく発動出来た時点で、次なる成長へ至ったと確信していた。
そしてその認識はこの上なく正確であり、故にヴォイドの能力値はこの時点で飛躍的に高まっていた。最早スキルを使わずとも、かなり離れた距離にいる筈の二人を正確に補足出来る程に、その認識と知覚の範囲と感度は共に強くなっている。
しかしヴォイドが二人に対して思考を割いたのはほんの一瞬、既に致命の一撃を与えた魔人相手にであれば、それぐらいの余裕はある。
しかし裏を返せば、魔人は致命の一撃を与えたにも関わらず、尚それ程しか余裕がないことを示す。
新たなる成長で得た光への耐性と適正。だがやはり相容れなかった存在なのは確かであり、得るために負った反動も小さくない。
肉体と精神、その両方が現在はスキルによる“強化を受けていない”。
それは即ち、今のヴォイドにとって頼みの綱である防具となり得るのは、あの黒コートのみという事。故にこの場で背後の野次馬に交じるニコラウスや遠巻きに観察しているバート、もしくはメイドであるリサのいずれかにこの場に参戦されて殺されてしまえば、今の大事な肉体を失う事になる。
だがヴォイドはそのリスクを全て承知の上で、この死地に踏み込んでいる。
しかしだ、理由は特別なものなどない。ただ単純に、これから先も強く在る為であり、この肌がヒリつく緊張を肌で感じておきたかった。ただそれだけなのだ。
別に、彼には何かが視えている訳ではない。ただ本能が、嗅覚が、嗅ぎ取ったのだ。自らの成長限界はまだ、「先」にあると。
故に彼は迷わず進む。邪魔する者は踏み潰してでも、更に先へ、もっと底へ。
ただ深淵に、堕ち往く為に。
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その光景をバートの後ろから見ていたリサは、ただひと目で理解する。自らの主はまた一歩、深淵の深みへと歩みを進めたのだと。
そしてほんの一瞬だけ、主と目があった気がした。
しかしその出来事はやはりほんの一瞬で、次の瞬間にはまるで気のせいであったかの様な錯覚を覚える。
しかし本人も気付かぬ内に、リサの頬には一筋の涙が零れていた。
「嗚呼、あぁ......」
その理由はやはり、一瞬だけ自らの姿を捉えたであろうあの眼だろう。
あの瞳には、燃え盛る灼熱の業火の様な熱を灯すと同時に、魂まで凍てつく様な絶対零度の冷たさが同居していた。
それは未だ不安定であった彼の者に「揺らがぬ心」を与えるであろう可能性であり、同時に新たなる「強さ」を得るための可能性も秘めている。
元々彼自身の能力により、才能と言う壁を無視出来る適性は得ていた。だがそれでも、魂にまで刻まれた「天性」や「天賦」とでも呼ぶべき頂点には、やはり一歩及ばない。
それでも、彼は得た。至った。「第二の天性」を獲得するという、偉業へと。
「習慣とは、第二の天性へと至る道.....」
いつかの時に彼本人の口から聞いた、その言葉。その真意の一端を今、理解する。彼は度々、我ら造物に言い聞かせるように、告げていた。
『俺はただの凡人ですらない、底辺に居た人間だ』と。
最初は信じられなかった。いや、信じたくなかったのかもしれない。それでも、彼は私達にだけは見せてくれた。
前世から変わらぬ、弱く醜いその在り方を。
天才ならば2~3回。才人なら4~5回。凡人であれば6~10回。
これはこの世界の人間が何かしらの技術を覚える為に掛ける平均的な数値だとするならば、彼は凡人以下である為、10~20、30~50、もっと言えば100回以上繰り返しても体に染み付かない程に、覚えが悪い。
本来であればこの世界で生きている事が奇跡に等しいのだが、その上で彼はSランクの冒険者と渡り合うばかりか、バート相手に互角に近い勝負が出来る場所に立っている時点でとっくに、おぞましさを覚える程には狂っているのだ。
それでもこの世界に来るまでは持ち前の危機管理能力と観察眼で、それとなく凌ぎ、周囲の目からも逃れられていたらしい。
だがそんな既にギリギリの状況であったにも関わらず、ある日彼は「世界」という名の理不尽に容赦なく踏み潰された。
だからこそ、元々どこか周りとズレていた感覚が、更に今の状況へと拍車をかける。
初めての「殺人」を加速装置として、誰にも理解されないままに積み重ね続けた努力という名の復讐心は今、神聖属性への圧倒的な適正の獲得という形で、昇華される。
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ヴォイドは周りの誰にも分からぬ様に、しかし対面する魔人にだけは見えるように、この上なく嗤った。自らの器の成長を見せつけるように、理性なき哀れな獣へ別れの挨拶とでも言わんばかりに。
その顔を愉悦で染め上げ、歪めてみせた。
それが未だ存命の魔人の眼に届いたのかは、果たして分からない。だがそれでも、構わずヴォイドは動き出す。
次の一撃で塵芥すら残さず、この魔人を消し飛ばすために。
「膨張の限りを尽くせ――――」
三日月型に歪められた口から紡がれる、やはり極々短い、拡張魔導式展開用の「詠唱」。
それは術式発動への鍵であると同時に、空気中を漂う魔力へと自らの意思を伝達することで放たれる術の効果を確定させる、所謂『言霊』でもある。
そして発動される魔導式の名は――――
「『“絶望への猛毒”』」
展開された魔導式、名を『“絶望への猛毒”』。
それは魔をも侵し蝕む、深淵の呪い。その術に触れた者は誰であれ「種族」を問わず、術者が与えた「特性」を宿す呪いをその身に受ける。
此度組み込まれしは、「吸収」と「膨張」。
故に受けた魔人は己の魔力と周囲の魔力を無尽蔵に喰らい始め、しかしその全てを受け止めきれなくなった魔人の肉体はまるで風船の様に、膨張を開始する。
しかしてヴォイドが展開している『光り輝く魔法剣』は未だ、その魔力を吸い尽くされることなく顕現したまま。それどころか、展開されている『光り輝く魔法剣』は先程よりもその輝きが強く、大きくなっていた。
その理由は『光り輝く魔法剣』に元々備わっている、追加効果の一つがそうさせている。
それは『対邪悪特攻』とでも呼ぶべき効果であり、魔人に宿った呪いが膨らむ度に、その力は、その輝きは、強くなっていく。
しかし、弱体化の結界に魔を祓う光剣を使用しても尚、未だ魔人は倒せていない。故にヴォイドは新たなる手札をもう一枚、この場にて使う決断を下す。
未だ魔人を貫く剣を握ったまま、呼吸を整え脱力する。
瞬間、ヴォイドの身から吹き出す死の気配。
しかしてその刃に収束されたるは、殺意の奔流たる闇ではなく白夜の旭光。
「創刀反転、封滅せよ――――」
忌まわしきモノの尽くを黒く暗く深い闇にて染め上げ滅する「常夜の剣」と対を成す、「白夜の剣」。
その名を――――
「『白尽滅輝』」
十文字に斬り裂かれしそれは、『魔導剣技』とでも呼ぶべき新たなる業。
「対極」だけでは至れない。「両義」だけでは届かない。故に、対極でありながら両義性を持ち得る為に、更にその先へと歩を進める為に、彼の者は邁進する。
得たばかりの第二の天性を存分に活かし、王が振るいし白夜の剣技は呪いを孕む異形を討ち滅ぼす。
黒きその背は神話の英雄が如く、しかしてその御技は世界に選ばれし勇者の輝き。
しかし世界は未だ、その英雄を語らない。
人知れず【竜殺し】としての称号を持ちながら、その上で災害クラスの魔人を退けた、その功績と実力。
その全てを以て、彼の者は世界の頂点へとまた一手、手をかける。
最近ノートエーテルを一話から少しずつ大規模に編集しようかなと作業を始めてみたはいいものの、やはり既存の物に手を加えるだけでもそれなりに手間と時間が掛かってしまいますね。既に数話ほど編集は終わっているので、お暇がありましたら読み直してみて下さい、ではではこの辺で失礼を。




