第六十二話「光り輝くかの剣こそは」
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パチパチと揺らめく焚き火を眺めて安酒を呷りながら、いつもの様に己の愛弟子であるルシアと他愛ない会話をしていた時、バートは今まで感じたことのない“嫌な予感”を感じ取った。
ソレは少しだけ、何かが離れていく様な、少しだけ歯車がズレたような、そんな予感。
だが唐突に感じ取った気配とはいえ、可愛い弟子との会話の途中にいきなり数秒黙り込んでしまったのだ。
彼女は見た目や年齢こそ少女だが、それでも非常に敏い子だ。何かを察して少なからず心配させているかもしれない。
故に「侘びの一つでもしなければ」、とバートはルシアの方へと視線を向ける。
しかしそんなバートの視界に入ってきたのは、己へと心配そうな顔をする愛弟子の姿ではなく――――
「マス、ター.....?」
白亜の都市、皇都バルガルドと言う名の巨大な都市があった方向へと心配そうな、それでいてどこか不思議そうな、そんな表情を向けるルシア。
その方角は今しがたバートが感じた“何か”が発せられた、恐らくはヴォイドが居るであろう方角。
そしてその気配を感じたのが自身だけではなく、ルシアですら感じ取った程の異変。
そこからは思考せずとも、即座に答えへと至った。いや、至ってしまった。
「何とも間の悪い.....」
故にバートはそう零さずには居られなかった。
変化の兆しを見逃さぬように監視役として彼の傍に居たというのに、初めての正式な弟子に見事に現を抜かし、更に監視対象であるヴォイドとも以前と変わらぬ程に仲を深めてしまった。
だから、心のどこかに小さな油断があった。
「今の様子ならまだ大丈夫だろう」という慢心が、ヴォイドの何かを変化させてしまう結果へと繋がった。繋がってしまった。
故に、己が目を背けることなど許されない。その先に何が待っていたとしても、己が下した浅慮な判断によって引き起こされた変化なのであれば、ソレを飲み込む他に道はない。
だからこそ、なのだろう。バートの次の行動も迅速であった。元々少ない荷物をヴォイドから貰った魔導具の麻袋へと詰め込み、ヴォイドのメイドであるリサを連れて前線基地を飛び出す。
二人は一瞬で基地が小さく見えるほどの速度で夜の闇に包まれる森の中を疾駆する。
そしてバートは走りながら、自身の後ろを付いてくるメイドへと意識を向ける。彼女はヴォイド専属のメイドだが、同時に彼が己へと付けた監視役だ。
監視役に監視を付けるなど一体何の皮肉かと笑いたくなる所だが、今は気にしていられない。
監視を付ける理由はヴォイド本人から直接聞かされているのだから。
そもそもヴォイドは、自分自身以外の誰かを信用することはあっても、決して信頼はしない。
それこそ、剣の実力だけなら現状でバートはヴォイドよりも強い。
だがそれでも、ヴォイドはバートに頼ることはない。能力的に頼る必要がない、と言うのも一つの理由だろう。しかし根本的に彼は今のところ、誰にも心を開いてはいない。彼の弟子でもあるルシアにさえ。
その証左が、彼の鍛錬方法だ。
かなり前に、口頭でだが少しだけその内容を聞かされた事があるが、思わず眉を顰めた覚えがある。
ヴォイドのやり方は常に、彼一人で自己完結しているから。
彼は文字通り「死」が隣にある様な環境の、更に時間が何倍にも加速した複数の『体内世界』で、他の世界の自分が経た「記録」や「記憶」を追体験したり、己の分身同士を「億単位」で創造し、全力で戦わせることで得る莫大な量の戦闘経験を分身を通してオリジナルへと還元することで、驚異的な速度でその戦闘力を増していた。
だが聞いて分かる通り、この鍛錬方法はあまりにも過剰が過ぎるのだ。
肉体と精神の両方を擦り切れるまで酷使するのは当たり前で、常に精神か肉体のどちらかの限界間近まで行われる、鍛錬という名の苦痛の牢獄。
彼はその地獄を、平然と日常の様に過ごしている。
いつだって肉体は能力によって強靭さを保たれているが、その肉体に宿る精神は常にボロボロの状態で。誰にも悟られぬ様に仮面を被って、その果てに何があるのかを知っていながら、それでもその地獄を前へ前へと進み行く。
分厚い仮面の下に秘めたるその真意が一体何を成すのか、彼の数少ない友であるバートですら、もう視えない。
彼が抱える原初の起源とは、それ程までに遠く、強いモノなのだから。
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月明かりに照らされたとある貴族の敷地内の広場の中央付近で、ヴォイドと悪魔は未だ死闘を繰り広げていた。
何度も衝突する度に削られていく、両者の血肉。もはや軽傷では済まされぬ程に数が増えた、体中の生傷。しかし二人の動きは衰えることはなく、それどころかより激しさを増している様にも思えた。
魔人も早々、ヴォイドの展開した結界の光によって焼かれ続けた皮膚の一部が炭化し始めているにも関わらず、その動きはより短く、より早く、そして正確になりつつあった。
しかしどちらも決着にはあと一歩、あと一手、足りていない。だがこのまま一進一退の攻防を続ける訳にはいかない為、遂にヴォイドは勝負に出る決断を下す。
『増幅積層型付与魔術式、装填』
展開されている結界と同じように独自に拡張された、付与の魔術式をミスリルソードへと装填し、絶好のタイミングで発動させるため、更に深くへと一歩、敵の懐に潜り込む。
それを咎める為に放たれた爪を、姿勢を落とすことで躱し、そして辿り着く零距離。
お互いにこの距離での戦闘はリーチと回転数の差がモノを言うため、早々「剣」などは使っていられない。より次弾を早く打ち込む為に、背面から剣を上空へと投げながら、同時に空いている左腕を使用して高速で拳を二発射出する。
「ふっ!」
一撃目は躱されたが、二発目は魔人の頬を掠める。すかさず魔人の反撃が迫るが、剣を投げ終えた右腕を挟むことで逸らし、今度も左腕を使用して反撃する。
『仙法 玄武の型 金剛掌 “覇砕”』
岩属性を付与した仙気により硬度を高めた拳による、浸透勁を用いた4つ目の内部破壊の拳技。
同じく『金剛掌 “水破”』は四方に散らばるように仙気を誘導させることで相手の内部を徐々に破壊するものであり、『鎧壊勁拳』は敵の体内を仙気が波の様に反響することで衝撃が一点に集中した後、爆発的に膨れ上がることで内部器官を破裂させる。更にもう一つ『鬼鎧通し』という仙技も存在するが、こちらは相手の体格に合わせて放たれた衝撃をただただ防御を無視して向こう側に貫通させるというだけの代物だ。
そして4つ目の浸透勁を用いた拳技である、『金剛掌 “覇砕”』。この技も上記の技と同様に、防具の有無を関係なしに、まるで複数の電撃が走るように仙気を用いて枝分かれさせた衝撃を敵の体内に通すことで、相手の骨や血管、筋肉を一時的に修復に時間が掛かる程に粉砕する事が出来る、という何とも極悪な仙技だ。
しかし何よりも厄介なのは、その技の見た目が殆ど普通の拳打と変わらない所だろう。ヴォイドがスキルを用いて仙気の気配などを消し去ってしまえば、それこそ勘でしか判別がつかぬ程に。
だからこそ、現在ヴォイドと対面している魔人もその事に気付く事はなく、『覇砕』の宿った拳を軽く受け止める程度の感覚で受けてしまった。
「ッガァァアアア!?」
悲鳴の様な、断末魔の様な絶叫を上げて、堪らず仰け反り後ずさる魔人。
ヴォイドの拳を受けた魔人の右腕は、見るも無残な状態に砕かれていた。引き千切れながら裂けた様なその傷跡は、再生能力によりある程度痛みに耐性のある魔族相手ですら、それ程に耐え難いモノであるのだ。
そしてヴォイドは、この機を決して見逃さない。
予め繋げておいた『魔力糸』を用いて宙に浮いているミスリルソードを即座に手元に手繰り寄せ、想像を絶する痛みによって動きの鈍った件の魔人の心臓へと、その刃を突き刺した。
「ゴフッ......」
魔人の口から大量の血が吐き出され、二人の足元を赤く塗り潰す。しかしヴォイドは止まらない。
理由は単純明快。目の前の魔人は、心臓を潰した程度では死なないどころかヴォイド同様、止まらないからだ。
故に――――
「拡張付与術式、展開。白き光を放て――――」
ヴォイドは極々短い詠唱を呟くように紡ぎ、ミスリルソードに込められた付与効果を発動させる。剣を胸に突き立てられた状態で躱すことも侭ならない相手へ、ここで確実に仕留める為に。
「『“光り輝く魔法剣”』」
それは白夜の顕現。夜の闇を斬り裂き希望の光を放つ、極光の導き。
聖なる光を纏いし真銀の剣は、神話の魔剣の姿を模倣し再臨させる。古の時代、人々が魔を討ち祓う為に神々が人へと与え賜うた、かの聖剣。
騎士王と呼ばれた者が掲げしその光は、世界に遍く闇を祓う様に、闇を照らし魔人を塵へと変えてゆく。
その光剣の使用者が、より強い闇に染まっていると知りながら――――
最近ブラッドボーンを始めたのですが、楽しくてしょうがないです。しかしそのタイミングで新作のエルデンリング発売の知らせ......購入を迷わざるを得ませんね。




