第六十話「英雄の背中と害虫駆除」
そうして、少し前の出来事を愉悦に塗れながら思い出していたヴォイドは一人、日が落ちた皇都の中を夜闇に紛れて動き出す。
「そろそろ収穫の時間だ」
これから起こることについての話は既に通っている。数時間前に訪れた聖女派の兵士による、「聖女奪還」の救援要請。
これをヴォイド達はもちろん、快く受け入れた。
「困っている時はお互い様だ」とか「教会派の連中は卑怯な連中ばかりだ!」とか胡散臭いセリフをルフ達が熱演しながら宣ってくれたおかげで、これから大規模な戦闘になる予定の聖女派の士気はそれなりに高い。
とは言え、参戦するのはあくまでも俺だけだ。ルフは国王であるため無闇に動けないのは当然として、その護衛である近衛の兵士ら数人も同じように動くことが出来ない。
先の襲撃の一件もある為、動かせる人員が俺しか居ないのだ、我々第三勢力は。
だがだからこそ、俺だけが自由に動けるというのがこれ以上ないメリットになる。正直に言えば、邪魔なのだ。パーティーメンバーだろうがなんだろうが、この局面で完全に俺の思う通りに動けない駒など、必要ない。
だからこそ、俺だけが動ければそれで十分なのだ。足りない人手は現地で調達するか、体内世界で『召喚』なり『創造』なりした道具を使えばいい。
そしてそんなこんなで考えていれば、聖女派の連中と拠点で合流して動き出す直前だ。
「各員、準備は良いか。これより儂らはアグネス様を救出すると同時に、教会派を名乗る逆賊どもを討伐すべく、総力戦を仕掛ける。情報によると現在、アグネス様は教会本部の地下牢に囚われているらしい。故にアグネス様救出の為の別働隊として、今回の派閥争いに参加しておらず、完全に教会派がノーマークな状態であるルフ陛下の護衛の者を一人だけ、特別に借り受けてきた」
そう言うニコラウスに目線で促され、隣に立つヴォイドは一歩前に出て聖女派に所属する者達全員に対して名乗る。
「Cランク冒険者のヴォイドだ。これでも一応、【獣王】に一度勝ったことがある。実力の方は安心してくれ、必ず聖女様を救い出してみせる」
ヴォイドが短くそう言うと、周りからは「おぉ!!」という歓声が上がる。これで士気に関しては問題ないだろう。後は教会派の連中と戦い初めてからの戦況次第といった感じだろうか。
ニコラウスに別働隊の人手としてそれなりに実力のある若手を数人押し付けられたが、特に問題はない。
そういう訳で、本隊とは早々に別れて少し早めに教会本部の近くの物陰に潜伏する。そして遠目に戦闘開始の「音」が捉えられた時点で、ヴォイドは騎士を連れて行動を開始する。闇に紛れて姿を隠しながら、極力音を抑えて教会内部へと抜け道から侵入する。
しかし教会内部に警備の騎士は殆ど居らず、居ても部屋の入り口を守っているだけで、見回りをする兵などは居なかった。
故にヴォイド達は容易く地下牢へと辿り着き、その場に居た見張り二人をヴォイドが即座に斬り殺すことで無事に鍵を手に入れて、囚われの聖女様を牢から救出する事に成功――――という展開にはならなかった。
残念ながら彼らが牢に辿り着いた時には既に、聖女が居るはずの牢には誰も居らず、直前まで誰かがそこに居た痕跡があるのみとなっている。
そしてこのタイミングで、ヴォイドは教会内部のひと部屋に恐らく聖女と思われる気配を感知する。
「ん?この気配.....多分こっちだ。付いてこい」
「何か分かったのですか?」
「あぁ、多分だが見つけた」
「それではすぐに――――」
「気配が一つじゃない。もう一人誰かが聖女と一緒に居やがる」
その言葉で全体の空気が引き締まるのがわかる。彼らとて馬鹿ではない。その危険性に即座に気が付いたのだろう。
故になるべく急ぐかたちでヴォイド達はその気配の元へとやって来た。
彼らの目の前には大きな木製の扉が立ち塞がっており、中の様子は確認することが出来ない。しかしこの時点で全員が感じていたことがある。
それは扉越しにも感じ取れるほどに強大な、禍々しい気配。教会という神聖な、ある種の聖域に近い場所に本来は居てはいけない、聖なる力とは真逆の気配を放つ、扉の向こうに居るナニか。
「行くぞ、扉を開けたら即座に囲め」
「了解です」
短くやりとりを交わし、ヴォイドは静かに扉を開けて中に入った。
そして、開け放たれた扉から部屋の中へと突入した彼らが目にしたのは――――
「おや?儀式に邪魔が入るとは、珍しいこともあったものですね」
「っ!?これは一体、それにあの魔術式。やはり貴方の噂は本当だったのですか、アンジェラス教皇!?」
「これはこれは騎士の皆さん、今夜はいい夜ですね。しかしこんな夜更けに、一体どうなされたので?緊急の御用とお見受けしますが、聖水をお求めで?それとも祈祷を?」
「敢えて言うなら、囚われのお姫様を。ってところだな」
どこか演技じみた自己紹介をする、教皇と呼ばれた「ルーセント・メシア・アンジェラス」という名の人物。その傍らには淡く光る魔術式の上に寝かせられている、救出目標の聖女アグネス。
そのまま騎士と教皇が何度か無意味な問答をしているその最中に、ヴォイドは構わず『魔力糸』を隠蔽しながら聖女の元へと展開し、お喋りに興じている教皇が反応出来ない速度で囚われていた聖女を手元に手繰り寄せた。
「っな!?いつの間に....!!」
「そこのお前は彼女を連れて拠点まで逃げろ」
「り、了解しました!お見事です、ヴォイド殿」
「世辞は良い、早く行け。あの教皇は多分、もう人じゃない」
「え?それはどういう――――」
聖女アグネスをヴォイドから渡され、抱き抱えた騎士の一人が言おうとした疑問は、最後まで紡がれることはなかった。
その言葉は周囲にも響くほどの大音量で鳴り響いた衝撃音でかき消され、男が反射的に危機を感じて振り向いたその先でその人物を正確に捉えた時、既にその身へと「死」が迫っていたから。
黒く湾曲した角と夜闇に赤く光るその瞳、そして背中から生える蝙蝠の様な翼と細長い尻尾。月光に照らされて映し出されるその身体的特徴は、目にした者に嫌でも嫌悪感と共にその名称を連想させてしまう。
この世界に未だ存在する、「“悪魔”」と呼ばれる魔族のことを。
「っぶねぇ!ほら、死にたくなかったらさっさと行け!!」
ヴォイドが間一髪のところで斬魔刀と『魔力障壁』を使用して初撃を防いだが、その攻撃の余波で教皇を取り囲んでいた騎士のほぼ全員が小さな負傷をしている。
聖女を抱き抱えていた騎士はヴォイドの手により間一髪のところで助けられはしたが、次はどうなるか分からない。
だからこそヴォイドは先程よりも強く、「聖女を連れて逃げろ」と背後の騎士に叫ぶ。
「逃げろ」と言われた騎士が迷っている間にも、彼の目の前で繰り広げられるヴォイドと悪魔による高速の攻防。
ヴォイドにより守られるそんな騎士の男が見たその背中はまさに、彼らが幼少の頃に憧れた「英雄」そのもので、ただ強い訳ではないその剣技は容易く、悪魔の身体に傷を刻み付ける。
そして隙を見て、大きく後方へと悪魔を吹き飛ばしたヴォイドは三度、背後の騎士へと言った。
「お前がこの場に居ても邪魔なだけだ。だから早く、彼女を安全な場所まで連れてってやれ。お前らの第一目標はその女を無事に救出することだろうが。そこんとこ、間違えんな」
そう告げた黒衣の青年のその背中に、告げられた騎士はこんな状況の中でありながら、やはり無意識にの内に古き神話に登場する英雄の幻影を見る。窓から差し込む月明かりに照らされるその背が、雄弁に語ってくれる。「お前はただ前だけを見て進め」と、「決して立ち止まるな」と。
そして何より、「英雄は負けない」と。
そんなヴォイドの姿に周りの騎士達も感化されたらしく、ある程度の負傷は無視してヴォイドへと加勢しようと彼らは陣形を組み始める。それを見て取った悪魔は心底忌々しそうに舌打ちをし、行く手を阻むヴォイドを睨んだ。しかしその時にはもう、ヴォイドの背後には誰の姿も無かった。
あるのはただ、この場から走り去る誰かの足音のみ。
そして――――
「さぁ、開演の時間と行こうか」
ヴォイドが静かに、舞台の始まりを告げる。
....
......
........
※
ヴォイド率いる「聖女救出部隊」である別働隊が教皇に化けた悪魔との戦闘を開始した頃、皇都バルガルドの各地で小さくない戦闘が開始されていた。
その中でも最も大きな戦場がここ、教会派が拠点としているとある貴族の所有する大きな屋敷である。
そこでは老騎士ニコラウス・ジークヴァルト率いる聖女派の本隊が拠点に待機していた教会派の者達に対して「粛清」という名目で話し合うこともせず、いきなり襲撃をかけていた。
「聖女様の名に於いて、貴様ら逆賊はこの場で全て粛清する!」
「「「ォォォォオオオオオオッ!!!!」」」
ニコラウスの宣言の後、二百人近い数の騎士や兵士が教会派の拠点へと武器を手に突撃していった。
しかしそれは、無策の突貫ではない。
彼らの最前線には頑強な盾と鋭い長槍を装備した聖騎士達がずらりと横一列で陣形を組み、自分達の守りを固めると同時にその盾と鍛え上げられた肉体を使用した先制攻撃を仕掛けていた。
その突撃は、四角く少し縦に長い大盾によって対象を押し潰す様な気概で教会派の兵士達に放たれた為、当然のごとく当たり所が悪かった者達は遅かれ早かれその命を失うことになる。
そんな見事な初撃を成したのが、「セイクリッドナイツ」に於いて最強の守りを誇ると言われている[針鼡騎士団]所属の居残り組の騎士達である。彼らは大盾に長槍を標準装備とした、主に「守護」を担当する騎士団であり、密集陣形と呼ばれる陣形を用いての守備は、未だ「突破出来た者は誰一人居ない」と言われている程に堅牢。
そしてその突撃で何より被害が出たのは、敵側の最前線に立っていた彼らだけではない。その後ろで様子見をしていた者達も、先の突撃の余波で飛ばされた味方の死体や装備で体勢を崩すなり傷を負ったりしていた。
だがその隙を決して見逃さないのが、我らが聖女派所属筆頭聖騎士ニコラウス・ジークヴァルトである。
彼は迅速に味方へと指示を出し、最前線の彼らを少しだけ下がらせる。その行動に教会派の者達は警戒と同時に「何故?」という疑問符を浮かべる。普通であれば、敵が少し混乱したこの状況で更に相手の戦力を削り取ってしまい、早い段階で相手の士気を下げることが定石なのだ。
しかし、その疑問に対しての回答が最悪な形で訪れるとは、彼らはこの時想像すら出来ていなかった。
最初に気付いたのは一体誰だったか。兵士の一人が悲鳴のような声を挙げながら、拠点の中へと急いで退避していくのが見えた。
それに続いて聞こえてきたのは、何かが空中を走る様な音。その直後に、仲間の何人かが体から血を流して倒れる姿が目に入る。
最初は意味が分からなかった。
だが、数秒後に自らの太ももに一本の矢が突き刺さることで初めて、状況を理解した。
「建物内へ逃げろッ!!遠距離攻撃がk――――」
男の放った警告が最後まで紡がれることはなかった。何故なら男の頭部にはどこからか射られた矢が深々と突き立っていたから。
ドサッという音を立てながら、男だったものはその場に崩れ落ちる。そこでようやくこの後に何が来るのかを悟った彼らだったが、それでは流石に遅すぎた。
気付いた時には彼らの視界を埋め尽くさんばかりの殺意の雨。魔法、魔術、矢、短槍、手斧。本当に様々だった。
その中でも特に、部隊の後衛として待機していた[精霊騎士団]の面々が放った『精霊魔法』は凄まじく、敵拠点を半壊にまで追い込む程の威力を秘めていた。
そんな彼ら[精霊騎士団]は精霊騎士と呼ばれる各種属性に対応するいずれかの精霊を使役する精霊使いを多く抱える魔法士団の一種であり、二属性以上の精霊を従えている者が多く所属する騎士団。
そして彼らが使用した『精霊魔法』なるものだが、その事については下記にて詳しく記すことにする。
そもそもまずこの世界において『魔法』とは、大気中に存在する魔力を使用して、自然の力をある程度思うままに操る行為をそう呼ぶ。逆に『魔術』とは、己の内に内包されている魔力を使用したり、贄と呼ばれる「代償」を世界に対して支払う事で、より小さな力で「既知の事象をなぞる」行為、即ち奇跡の人為的再現を意味する。
しかして『精霊魔法』とは、「精霊」と呼ばれる各種属性を司る霊的存在とある種の主従契約を結ぶことで、契約者側が精霊に対し自身の魔力を使用して「こうしたい」と意思を伝達し、その意思に応えて精霊側が魔力を使用して引き起こす魔法的事象がそう呼ばれているモノである。
故にその効果や威力は各々が契約した精霊次第ではあるのだが、ご覧の通り今回放たれた攻撃魔法は攻城兵器並みの威力を発揮していた。
運悪く直撃してしまった者達は物言わぬ炭と化し、余波を食らった者は腕や足など体の一部を失うといった様な戦闘不能に陥る重傷を負ったり。中には衝撃波で内部器官がボロボロに破損したのか、激しく咳こみ繰り返し吐血しながら死んでいった者も居た。
しかしそれでもまだ、聖女派は止まらない。もはや士気と戦力の差に圧倒的な開きがあったとしても、彼らの心の支えであった【聖女】を貶める様な連中に、この国では「居場所などどこにもない」と教えてやらなければいけないのだ。
今の腐りきった上層部や、その上層部に媚び諂う彼らではなく、民の希望であり、同時に神々の使徒でもある彼女こそが本来人の上に立つべきだと無意識に考えながら、聖女派の者達は得物を振るう。
国に属しながら、国に仇なす害虫を素早く駆除するために。
はい。遂に六十話目にしてストックに追いついてしまいました。というわけで、今後は一話が書き上がり次第投稿する形になりますので、更新がかなり不定期なるかと思います。
ですが変わらず応援していただけると作者としてはかなり嬉しい限りです。




