第五話「工房の主と暗器」
まず「ポーション制作」に於いて必要なのは、大まかに薬草と綺麗な水の二つだけ。とはいえ物によっては聖水やドラゴンの素材を使うものもある。
しかし今回使うのは、薬草と聖水。理由は所謂ハイポーションと呼ばれるタイプの物を沢山常備しておく為だ。
能力で体内に内包展開されている『体内世界』で『分身』の能力も使い、同時進行で「解毒剤」や「マナポーション」と呼ばれる物も調合していく。
とはいえ普通であれば、この速度で『錬金術』と呼ばれる力を行使出来る者は居ない。だがヴォイドの場合は能力による力技で『即時錬金』『錬金失敗撤廃』『錬金効率超上昇』など、有り得ない能力を多数所持している為、錬金台や錬金板は特に必要ない。
それこそ空の容器と必要な素材さえあれば、その場でどんどん量産出来てしまうのだ。
そして錬金開始から早数分で、50本近くのハイポーションが量産された。ヴォイドはその全てを品質の確認などもせずに容量無限の『ストレージ』の能力へとぶち込んでいく。
その様子を一部始終背後で見ていたルシアはしばらく固まっていたが、今ヴォイドの居る魔導具のテントの事を思い出し、謎に一人納得していた。
その後、ヴォイドは消費アイテムの類は『体内世界』での量産班に任せ、今度はルシア用の装備案を練っていく事に。
異世界二日目から忙しいヴォイドの一日は、こうして休む間もなく過ぎていく。
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冒険者になってから初日の夜も無事明けて、二日目の早朝。
ルシアと食堂で朝食を済ませ、今日は鍛冶屋に向かう。今日は武器や防具を見ておこうという事で、この街の“鍛冶屋街”と呼ばれる場所に来ている。
そして既に6件ほど店を回った。回ったのだが、はっきり言ってどこもつまらない。
全体的に代わり映えがないと言うか、奇を衒い過ぎているというか。店頭に並ぶのはどれも実用性が低く、個人的に見ていてあまり面白くない。
ルシアも今のところ護身用で渡した黒塗りのコンバットナイフが気に入っているらしいので、尚更「どうしたものか」と悩む。
そんなこんなで何となく気分転換の為に人気の少ない道を歩いていると、ふと一つの店が目に入った。
店名は『スミス工房』。
それなりに古い看板、飾り気のないシンプルな店の佇まい。それを見て気が付けば、ヴォイドは足を踏み入れていた。
ただただ「なんか面白そう」と。
「.....らっしゃい」
どこかやる気無さ気な声で迎えてくれた店主は、ヴォイドが格好からして魔術師か魔法士にでも見えたのだろう。早々に興味をなくして後から入ってきたルシアに視線を向けている。
しかしヴォイドはそんな事は構わず店内を移動し、直剣が並べられている場所で幾つか能力越しに視てみる。同様に短剣なども視てみるが、どれも基本的に品質が良く、同じ物が一つとしてない。
しかしその奥に秘められた真意を確認したヴォイドは、「ここなら良さげだな」と呟き、気怠げにカウンターに座る店主へと近付いた。
「失礼、オーダーメイドを頼みたいんだが」
「ァン?どういう物かによるが、まあ言ってみろ」
いきなりの事に少し店主は不機嫌そうだが、そこは大丈夫だろう。
そんな訳で、昨夜の内に作った「設計図と模型」を幾つか取り出し、カウンターへと並べてみせる。その殆どは片手で扱える様なサイズの物が多く、形状は様々だ。
そしてそれらはその全てが暗器である。
苦無と手裏剣、仕込み杖に鉄扇、アサシンブレードやバグ・ナク。
そしてカランビットナイフ。それぞれを取り出していく毎に、店主の顔が変わっていく。
「取り敢えず、こっちの二種以外は一つでいい。逆にこっちの二種類の短剣は5本ずつ作って貰いたい」
「......良いだろう、だが理由を聞かせろ。何故これほどのモンを俺に頼むのか。それに、こんな武器は見た事も聞いた事もねぇ....」
「幾つか店を見た上でアンタを選んだのは、“安定した質で量産出来る”っていうのと、個人的に“本物の気配”を僅かに感じたからだ。けど武器のことについては、企業秘密だ」
「ハッ、本物の気配ねぇ。まあいいだろう、明日にでもまた来ると良い。今日はもう、店じまいだ」
店主はニヤリと笑いながらそう言うと、早速自らの工房へと向かっていった。若干置いてけぼり気味のルシアは店内の隅で、そんな二人を見て苦笑を零していた。
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スミス工房を後にしたヴォイド達は早々にその日の分の依頼をこなし、少しでも予算を増やす為に更に追加で幾つかの依頼をヴォイドが消化して、そして次の日へ。
宿の食堂で朝食を済ませた後、ヴォイド達は早速スミス工房へとその足を運ぶ。
昨日見たばかりの木製の扉を開け放てば、ちょうどあくびをしている店主スミスとその視線が合わさった。
「おう、らっしゃい。ちょっと待ってな」
ヴォイドを見るやそう言って工房の方に入っていったと思えば、スミスはすぐに二つの木箱と白い布に包まれた物を運んでくる。
それらをカウンターに「ゴトリ」と音を立てて置くと、まず木箱二つを何の躊躇いもなく開け放った。
そして開け放たれた簡素な木箱の中から姿を現したのは、昨日ヴォイドが渡した模型通りの形をした数本の苦無と手裏剣数種が丁寧に並べられていた。
何よりも、見事なまでに磨き上げられたその刃は文字通り、ヴォイドの視線を釘付けにする。
薄く、非常に鋭利な刃先に漆黒に染まるそのフォルム。
ヴォイドが漆黒のコートを着用して暗闇で扱えば、暗闇に同化して見えなくなってしまうのではないかと思う程に洗練されたその在り方。
そんな一品を見たヴォイドは、本人でさえ気付かぬ内にその口元を歪めていた。
内容を少し変更しました。 2022/03/07