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ノート:エーテル Side Persona  作者: 金欠のメセタン
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第五十八話「仮面が隠す、その向こう側」


 ルフが聖女派に所属している騎士の一人をヴォイドの言葉通り丁寧に持て成している最中、ヴォイドは一人与えられた部屋の中で紅茶を楽しみながらその眼に映るこの街の複数の景色を冷静に見極めていく。



 一つは怒りや憎しみ、焦りなどが渦巻く武装集団。そんな彼らを辛うじて纏め上げるのは、魔槍を持つ【葬槍の老騎士】ニコラウス・ジークヴァルト。即ち聖女派に所属する者達の集まりである。


 集うは完全武装の騎士や、その他の一般の兵士。その数はぱっと見ただけでも、優に百を超えている。


 そんな中でもやはり、ヴォイドの目に止まるのは飛び抜けて実力が抜きん出ている三つの集団。彼らを構成するのは【聖騎士】と呼ばれる、神々やその御使いである天使達から少なからず『祝福』を受けている特別な者達。


 とはいえそもそも、このオレアム皇国には国を象徴する騎士団が幾つか存在する。その全てを纏めて呼ぶ時の総称を「セイクリッドナイツ」という組織名とされているが、その実態はあまり褒められたものではない。


 何故ならその「セイクリッドナイツ」には皇国を代表する六つの騎士団がその名を連ねていると同時に現在、その六つの騎士団はその半分ずつが件の「聖女派」と「教会派」の派閥に別れて毎日懲りずに権力争いを行っているからだ。


 その中でも[星竜騎士団(せいりゅうきしだん)][精霊騎士団(せいれいきしだん)][針鼡騎士団(しんそきしだん)]と呼ばれる三つの騎士団が聖女派に所属しており、その彼らがほぼ完全武装で拠点らしきこの場所に待機している。


 その事から導き出される答えは、近い内に派閥同士で“大きな争い”が起こるということだ。



 “視点を切り替える”



 次に切り替わった眼に映るのもまた、ある程度武装をした見知らぬ集団。彼らは先ほどの者達とは逆に嘲りや愉悦、余裕などがその言動の節々に感じられる。そんな彼らは言うまでもなく、教会派に属する者達の集まりである。


 そんな彼らは現在小さな宴の様なものを催しており、少量の酒を飲むことで気分と士気の両方を高めているようだ。理由は先日巻き起こったとある事件(・・・・・)のおかげで、自分達が所属する「教会派」の権威がより強固な物となるのが殆ど確定したからだろうか。



 “視点を切り替える”



 今度は上記の集団が拠点とする建物の地下の一室。そこには手足に枷を嵌められた、一人の女性が囚われていた。


 彼女の名はアグネス・ナービー。噂の【聖女】様だ。彼女は先日、自派閥の兵士数人に裏切られ、こうして教会派の連中に囚われの身となっているのだ。


 とはいえ、今のところヴォイドは彼女を救出するつもりはない。


 その理由は至極簡単、助け出したところでこちらに明確な利益がないからだ。だからこそ、ヴォイドはひたすらに「待つ」という行為に走った。聖女が囚われの身となっている事を知っていたから。


 いや、正確に言えば、そうなるようにヴォイドが態々(わざわざ)仕向けた(・・・・)のだから。



 派閥内でいずれ「裏切り」が引き起こるように、その集団の統率者(リーダー)に近い場所から疑惑という名の「(うわさ)」を蒔き、ゆっくりと時間を掛けて派閥内を「裏切りの噂」という名の疑心暗鬼で満たす。


 そして同時に、噂を流した本人には派閥内の仲間に見つからぬ様に裏切り紛いの仕事を裏でこなしてもらい、更に敵派閥の幹部達の協力を経ることで、今回の裏切りと聖女を拉致するという計画を実行した。


 だがヴォイドの計画はまだ、これで終わりではない。



 前述した通り、ヴォイドは聖女派からの「救援要請」を待っていたのだ。現在の状況になることがある程度確定していたからこそ、更なる利益を得るために。


 同時期に城下へと流し始めた教皇の噂(・・・・)も同じように少しずつ人々の間に浸透してきている為、こちらもそろそろ収穫の時だろう。



「『無知は罪なり、知は空虚なり、英知持つ者は英雄なり』とは誰の言葉だったか.....。現状では誰がどう見ても俺が、俺だけが、場の状況と情報の覇権を握っている。それは即ち....今、この国で、この場で、俺のみが次代の“英雄”足り得るという証左に他ならないのではないだろうか」



 「まぁだからこそ、優れた芽は今の内に全て摘ませて貰うとしよう」とヴォイドは一人、夕暮れ色に染まる部屋の中で言葉を零す。


 しかしそれを聞く者はこの場には誰も居ない。部屋の壁の向こう側にある隠し通路にも、天井裏の空間にも、存在するのはただ、血に濡れた暗殺者達の死体のみ。


 故にその呟きは誰に聞かれることもなく、黄昏に染まる虚空に消え行くことになる。



....


......


........



 そして時は少し遡る。


 ヴォイドが計画の一環として動き出すため、老騎士ニコラウスへと「借りを返してもらう」と連絡を入れた日の夜中。


 人目など滅多に届かぬ深い闇に覆われた森の深奥で、彼ら二人は再開を果たしていた。



「それで、儂は一体貴公から何を要求されるのだ?」



 木々の隙間から降り注ぐ僅かな月光に照らされながら、老騎士ニコラウス・ジークヴァルトは周囲の暗闇よりもなお黒い漆黒をその身に纏う、一人の冒険者へと問いかける。



「簡単な話ですよ、ニコラウス(きょう)。俺達が少しでも動き易くなる為に、貴方には個人的に俺に雇われて欲しい(・・・・・・・)。とはいえ、依頼する仕事はそれほど難しくはありません」


「どうであろうな。事故とはいえ一度戦った貴公がどれだけ儂を見極められているのか、それがまだこちらは測り兼ねておる」



 そんなニコラウスの言葉に、ヴォイドは予め用意していた言葉を放つ。それは初めて戦ったあの時に、いつもの様に『読心』のスキルを使用しながら戦いを引き伸ばした結果の産物である。


 故にそれはニコラウス本人が抱いた思いそのままであり、恐ろしいまでに的を得ているその言葉は、まるでその心の奥底までも見透かすようで、当の本人すら無意識の内に理解する事を拒否していた事象を強制的に理解させてしまう鋭さがあった。



「あの時はニコラウス卿も俺も、互いに底は見せてはいない。ですが、本気で戦っても勝てるかどうかは正直なところ分からない、という様な認識をニコラウス卿はされている、と私は見ているのですが、如何(いかが)か?」



 客観的に見ればそれほどおかしなところはないように思えるその言葉は、それでもニコラウス本人が聞いた時に少し、ほんの少しだけ、ヴォイドは彼が纏うその気配が揺らいだ(・・・・・・・)様な気がした。



「......あの時も思うたが、流石の慧眼であるな。うむ、悔しいがその通りよ。して、そんな儂を雇いたいと言うが、貴公は一体儂に何をさせたい?」



 【葬槍の騎士】と呼ばれた男のその(まなこ)はただ静かに問いかける、目の前の男が抱く、その真意を。問われた男はフードの中で、「ククッ」と喉を震わせただ嗤う。これから己の掌の上で滑稽に踊るであろう、誇り高き騎士を前に堪えきれず、溢れた嘲りを虚空に零す。


 そして静かに、男は騎士へと告げた。己の思い描く場の構図を、計画が到達する、その終着を。





「―――と。これが現在俺の考えている計画の、その全容です」



 語り終えた黒い男は覆い隠された闇の中で、心底可笑しい者を見る眼を以て、夜闇の中を静かに佇む騎士を見た。


 しかして話を聞き終えたかの騎士は静かに、しかしその心中は荒れ狂う激流の如く、沸々と湧き上がり煮え滾る「怒り」を目の前の男へと向けていた。その様子はまさに怒髪天(どはつてん)()く、という言葉が相応しい形相と共に、槍を添えるという形で現れる。


 その姿を前に、やはり男は嗤うだけ。嘲るように、楽しむように。



「その怒りはこの計画を実行しようとしている俺への怒りですか?それとも、それを聞いた上で何も出来ない無力な自分への怒りですか?いや、もしくはその両―――」


「黙れィ!!!」



 天を震わす程の咆哮。それは少しでも、胸中にてドロドロと煮え滾る怒りを外へと吐き出すために行われた、無意識下の排出行動。


 今、ニコラウスの視界に映るモノはなんであれ、特に目の前の男が行う言動はそのすべてが、未だ止めどなく溢れ出るこの熱く暗い怒りへと変換される。


 あの心の奥底までも見透かしているような瞳は、今の己にとっては非常に不愉快極まりないモノだ。何よりもあの眼は間違いなく、自らやその主君を害す者が度々宿している「悪意」を多量に秘めている。


 だからこそ――――



「貴公が儂らに害を成す存在なのは、たった今十分に理解した。故にその首、此処で断ち切ろうぞッ!!!」



 老騎士が発する言葉と雰囲気を感じ取り、黒衣の狩人は三度(みたび)、嗤った。心の底から馬鹿にするように、愉悦を多量に(まじ)えて言の葉を並べる。



「誤魔化すなよ、老害(・・)が。お前はただ、時代の流れに呑まれたくないだけだろうが。俺がお前達に害を成す存在?ハッ、笑わせんな。んなもん当然(・・)だろうが。それを見誤ったお前が悪い。だから精々頑張ってお守りをするといいさ。でなきゃこの国が滅びちまうからなァ!」



 まさに、売り言葉に買い言葉。『読心』のスキルを使って放たれるその毒舌は、正確に的を得ているが為に容易に反論が出来ない。当の本人でさえ、正確に認識出来ていなかったであろう本当の望みすら、彼の者の(まなこ)は容易く見通す。


 故に見透かされた者は皆一様に、彼の者を恐怖するのだ。それは本来、一介の冒険者が持っていて良い(うつわ)ではないから。



 先刻、ヴォイドの問い掛けによりニコラウスの気配が僅かに揺らいだのは決して、偶然ではない。


 あれは意図的に行われた揺さぶり。「誇り」や「忠誠」という名の鎧で全身を固め、決して揺らがぬ様に、バレぬように覆い隠されたニコラウスの「弱さ」を確かめるための、ただの確認作業。


 それは仕掛けられた本人でさえ、僅かに反応してから遅れて気付いたが故に、目の前の男をそれとなく警戒はしていたのだ。目の前の男が果たして、本当の意味で信頼に足る相手かどうかを再度、見極めるために。


 しかし先程の言動を見て、感じて、それは確信へと至った。



(貴公は関わった者すべてに等しく破滅を(もたら)す者だ。故に今ここで、儂が死を覚悟してでも断つ!!)



 今は己以外、誰も気付いていない。いや、気付けていない。この男は巧妙に、しかし勘の良い者には分かる様にその「悪性(とくせい)」を隠しているから。


 纏い持つ気配は疑いようのない、生まれついての強者が持つソレ。磨き上げられた武力も、築き上げられた知略も、自然なその立ち居振る舞いでさえも、それは他者から見れば「才溢れる次代の英傑」という偶像に最も近い。


 しかし、よく眼を凝らすと少し鈍い己でも自ずと分かる事がある。彼の者が纏うその(つよさ)は未だ不完全で、不安定。ところどころ綻びが目立つ、傷だらけの仮面。


 そこから更に、目の前の男の思考を共有されることで初めてその「弱さ」に気付けた。



「騎士様特有のご立派な忠誠心ってやつか、アホらしい。“誰かの為に”とか何とか言ってるが、そんなのはただの言葉遊びで、お前達の根底にあるのはいつだってただの自己満足だろうが。だからこそ、少なからず悪性を抱えるやつらは多量の皮肉を込めて、その行為をこう呼ぶんだよ」



 放たれるその言葉の節々に、弱さ(ソレ)は感じ取れる。


 男の抱える根源的な弱さとは、人間関係に於いて底辺に近い者達が抱える、才ある者への深い「嫉妬心」や、焦がれる程の強い「憧れ」など、矛盾する正と負の感情が入り混じった末に到達する、無力な己と理不尽な世界への「深い絶望」。


 人は本来、そんな思考の末に辿り着く心の虚無(あな)を、代用品(ナニか)で埋めようとする。時にそれは「愛情」であり、時には「狂気」でもある。


 しかし彼はどういう訳か、その虚無を埋めなかった。埋めようとしなかった。


 その虚ろを受け入れ、あまつさえそれが自分の本質であるとした。満ちては欠け、欠けては満ちるを繰り返す筈の人の心を手放し、中途半端な模造品や量産品ではなく、真の意味で「欠落した心」を得ていた。


 それは即ち、その時点で“個人としての精神は完成に至っていた”という事。だからこそ、彼に足りなかった最後の欠片(ピース)は「才能」であり、純粋な『力』でもあった。


 しかし彼はこの地に至るまでの間に、今の器では決して受け止められぬ強大過ぎる程の『能力(チカラ)』を得てしまった。一時の幸運により得てしまった、強大で、莫大で、膨大なその力は完成されるはずだった精神と肉体を容易く置き去りにし、それ故に彼は再び不安定となった。


 だからこそ彼はそれを正しくを認識し、この地で少しずつ己の理想へと、完成へと近付くために、今尚更なる業を積み上げる。




 殺気を放つニコラウスを迎撃するために、半ば反射的に噴き出すその気配。男が放つ雰囲気(プレッシャー)を前に、老騎士は嫌でも理解する。


 己に選択肢など、初めから無かったということに。



 そして同時に、ニコラウスの頭の中でヴォイドが先刻放った言葉が過る。


 彼の者はまるで真実を語るかの様にこう言った。「だからこそ、人々は多量の皮肉を込めてその行為をこう呼ぶのだ」と。


 自らを嘲るように、心底軽蔑するように、男は告げた。この世の騎士たらんとする全ての者が魂に刻む「忠誠」という名の誓い。


 それは即ち――――



「その行為はただの“偽善”である、ってなァ」



 「偽善(ぎぜん)」とは、偽なる善性。


 その言葉の意味を老騎士は今まで「罪を犯した者が、その贖罪として行う偽物の善行」を指す言葉だと認識していた。悪人が世間に「私は善行を積み、心を入れ替えました」と周囲へ宣言するための行為に付けられた名称。それが「偽善」だと。


 偽物の善行、故に「偽善」だと、単純にそう解釈していた。


 しかし、目の前の男が放った「偽善」という言葉の意味は、どこか違った。もっと深く、もっと広く、何かもっと全体(おのれ)を示すような、そんなニュアンスが含まれたいたように思った。


 だからこそ――――



「お前のその(つくろ)われた外貌(ペルソナ)の向こう側、俺が暴いてやろう」



 自分の本質が彼に見られてしまうことを酷く拒絶するように、老騎士の肉体と精神は過剰なほどに身構える。堅牢に守りを固めるように、その中身を誰にも見せぬように、決して己の鎧が剥がれぬように。


 長き時と共に積み上げた【葬槍の老騎士】という外貌(つよさ)を前面に押し出し、その外貌(つよさ)を盾にするようにして、その手に握る(あいぼう)を構える。



 その様子はどこか滑稽で、同時に正しい判断でもあった。何故なら目の前の怪物(ケモノ)を相手取る為には、少しでも「弱さ」など見せればそれだけで命取りなのだから。

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