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ノート:エーテル Side Persona  作者: 金欠のメセタン
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第五十七話「タダより高いモノと、愉悦の獣」


 オレアム皇国のみならず、今現在この世界に存在する殆ど全ての国家に未だその名を轟かせる【葬槍の老騎士】ニコラウス・ジークヴァルト。


 老いた事により、最近になって「世代交代」と称して前線から退いた身ではあるが、未だその実力が衰えることはないと思われていた、オレアム皇国が誇る「最強」に最も近い男。その生涯の半分以上をかの【大将軍】との戦いに投じ、目立った傷を負うこともなく戦場に立ち続けていた生ける伝説の一人。


 そんな男が、たった一人の青年を相手に、傷だらけになりながら城内に転がり込んできた。


 しかもその姿は城壁の一部に大穴を開けるだけに留まらず、皇城の内部にまでめり込むようにして吹き飛ばされてきた、老騎士ニコラウス。


 そしてその傍らには、斬魔を成す刀をその手に携えた、黒い狩人が一人。



「貴様、曲者かッ!?」


「おいおい。一応、俺も居残り組の一人なんだが。というか、一回アンタとは顔合わせしなかったか?」


「ん?.....あ、あぁ、其方(そなた)であったか!」



 その場に居た一人が放った言葉に対して、「こいつ今、絶対俺のこと忘れてたな。あと名前も覚えられてないな」などとヴォイドがツッコむ事はない。



(確かあの人は人事関係の結構重要な職に就いてるんだったか。なら、俺みたいな弱小冒険者の事なんて一々覚えていられんわな。気持ちは凄くわかる。俺なんか、興味のない人間の事なんか数分後には忘れてる。だからその事に関しては何も言うまい。俺も直前まで忘れてたし)



 と、ヴォイドがそんなくだらない思考をしている間に、いつの間にか老騎士ニコラウスに駆け寄り、彼の傍にて治療を開始している【聖女】アグネス・ナービー。彼女は全身傷だらけの老騎士に静かに魔法で治療を施しながら、老騎士の抱くヴォイドへの誤解を解いていた。



「では、あの者は敵ではなかったと?」


「えぇ。貴方を圧倒する程の実力を持っていた事はにわかには信じ難いですが、彼が今の所こちらの敵ではないのは、確かですよ」


「それは、なんと言えば良いか......色々と申し訳ありませぬ」


「謝罪をするならば、私ではなく彼に。その方が双方にとっても良いでしょう?」



 そんなこんなで無事、【葬槍の騎士】ニコラウスと【漆黒】ヴォイドの勘違いの末に起きた激闘は、これにて終わりを告げる。



「誠に申し訳なかった。勘違いから始まったとは言え、先に仕掛けたのは間違いなく(ワシ)じゃ。故に、この身に出来る事であれば如何なる罰でも受け入れよう。この通りじゃ」



 まさかの土下座。恐らくこの国で、相当な発言力と影響力を持っているであろう人物からの、心からの謝罪。それには思わず、ヴォイドも仮面の下から愉悦の笑みが零れ出そうになる。同時に言質も取れたのだ。どんな罰でも出来る範囲ならやる、と。



「いや、アンタが謝る必要はないさ。こっちだってアンタに対して攻撃したのは何ら変わらない。あのタイミングにこの見た目で出て行った俺にも問題はあるさ」


「だとしても、だ。より重い罪が(ワシ)の方にあるのは明白。何かしらの形で罰を受けねば、(ワシ)の気が収まらぬ」


「そうか?.....なら、結構ありがちだが貸し1つ(・・・・)って事で手を打とう」


「それでは罰にならぬ気もするが――――」



 ニコラウスがそう答えるも、ヴォイドは彼の言葉に半ば食い気味に自らの言葉を重ねて断言する。どれだけその言葉が、後のニコラウスに影響を及ぼすかを知っているかの様に。



「いいや、ソレはしっかりとお前にとっての()になるさ。断言してもいい、よく言うだろう?“タダより高いモノはない”ってなァ」



 その言葉を聞いて、発言した者の眼を見て、ニコラウスはその中身を聞き返さない。いや、聞き返せない。


 時間換算で、約一秒。その極々短い刹那の時にて、ニコラウスの眼は、心は、ソレ(・・)を正確に捉えてしまった。彼は優れた武人ゆえに、“そういうもの”を嫌でも感じてしまい、見えてしまう。


 目の前の男が刹那の一瞬にその瞳に宿した、確かな「知性」と深い「狂気」。


 神の時代を生きる人類に未だ色濃く残る、第六感(シックスセンス)と呼ばれるソレは、正確に、明確に、彼の者の瞳に宿った気配から自らの「天命」を見出し、心の奥底へと根付かせる。


 本人でさえ気付かぬ内にまた一人、その虚ろへと呑まれていくように。



 しかしそれは先程と同様で、3秒にも満たない数秒の間に巻き起こった事象である。故に、本人達以外はその事に気付くことも出来ない。



 そして、そんな微妙な雰囲気を場が支配する前に、ルフが「それはそれとして、この事態をどうするかの話し合いを皆さんでしましょうか」という助け舟を出してくれた事で、一瞬にしてその場で話し合いの続きが論争されていく。


 それに若干感謝しながら、ヴォイドはしれっとスキルで壊れた壁などを修復し、城を壊したことを完全になかったことにした。



....


......


........



 そして三時間に渡る激論の末、結局ルフ達以外の面々は教会派閥か聖女派閥のどちらかに味方することを決め、それぞれ行動を開始していた。


 しかし、ルフ達は前述の通り、未だどちら側に付くかを決めかねていた。いや、決めかねているというより、誰に付くかを既に決めていた故に、どちら側にも付かなかった。


 しかし未だ、動くことはない。その理由とは――――



「それで、我ら“第三勢力”は一体どう動くのかな?ヴォイド君」


「そう焦るなよ。“下準備”はもう終わっているが、それでも俺達はしばらく様子見(・・・)だ」


「ほう、その理由を聞かせてくれるかね?」



 ルフ達にとってはヴォイドのその答えが意外だったのか、ただシンプルにその理由を問うてくる。しかし、よく考えればヴォイドが今すぐに動かない決断をした理由は幾つか考えられる。



「一つは俺達第三勢力が目立ってしまえば、両方の陣営からヘイトを買いかねない事。最悪なのは、この両方と敵対関係になる事だ」


「その為に、まずは教会派と聖女派の陣営が派閥争いである程度疲弊するのを待つ、と?」


「その通りだ、さすがに思考は早いな。今の両陣営の戦力差はほぼ同等。それに対して、俺達はお前(ルフ)の護衛を入れてもたったの六人。これじぁ、このタイミングで俺達がどう動いても目立つし、目をつけられる」


「なら、彼らが疲弊するのを待った後は、我々はどう動き出す?」


「それはな―――」




 そしてヴォイドが語った、作戦の概要。


 それは端的に言えば、彼ら全員を巻き込んで茶番劇(マッチポンプ)を行うというものである。


 ヴォイドが賊を追いながらの戦闘中にたまたま教会に辿り着き、中に逃げ込んだ賊を追って行く内に、「教皇になりすました悪魔(あくま)をたまたま発見し、たまたまその場で撃破する」という、突拍子もない話だった。


 その詳細は、件の悪魔を討伐する過程で少し過剰な程に周囲へと被害を出させることで教皇の格好をした悪魔を衆目に晒しながら、同時に少なくない数の一般人に「悪魔と勇敢に戦う黒衣の青年」という英雄像を築いて根付かせ、第三勢力の影響力をより強いものとする、というものだ。


 この時点で話を聞いた者達のその殆どが、ヴォイドの事を「可哀想な生き物を見る目」で見ていたが。


 とはいえ、この計画は成功すれば間接的にではあるが、聖女派が教会派より優勢になるだけの決定打を与える事が出来る、という効果があるのもまた事実。故に、即座にその考えへと至ったルフは少し人の悪い笑みを浮かべながら、それによって得られる利益を脳内で弾き出していた。



「とはいえ、だ。教皇は悪魔なんかと繋がりは持ってないし、本人は悪魔ですらない。腐りきってはいるがな」


「おやおや、そこは一番重要な所だろうに。一体どうするんだい?」


「そこはさっき言った様子見の期間に、俺らが種を蒔く(・・・・)のさ。それに言ったろ?“下準備はもう終わってる”んだ」



 それだけで、ルフは「なるほど」と即座に理解を示し、再度思考に耽っていった。


 それを確認したヴォイドは早速動き出すために、老騎士ニコラウスへと「早々に借りを返してもらう」と連絡を取るのだった。



....


......


........



 そして、ルフ達がヴォイドの口から作戦の概要を事細かに聞き出してから、約二週間が経過した頃。聖女派と教会派の派閥争いは日々、一般の目には留まりづらい場所で激化の一途を辿っていた。


 情報に(さと)く、勘の良い一般人はその事に少なからず気が付き始め、周囲へとそれとなく警告を行ったり、逃げるように姿を眩ませたりする中、皇都バルガルドにはそれに呼応する様に、少しだけ張り詰めたような、殺気立った空気感が漂っていた。


 その景色を皇城の外壁から静かに見下ろすヴォイドは、未だその「機」を伺っていた。



「いい感じだな。民の抱える国への不安と不満、派閥争いに関わっている当事者達が抱き始める仲間や家族への疑惑と小さな怒り、そして彼らの統率者達の中で少しずつ芽生え始める裏切りへの恐怖。そのどれもが実に、いい感じに育っている」



 この数日でヴォイド達が眼下の街中へとばら撒いた、疑心暗鬼の種。


 先日引き起こされた、黒装束の謎の集団によるいきなりの襲撃。それに伴って出た建物や人的な被害などの手当てや復興活動などが未だ、成されていないこと。


 情報に敏い者達は口を揃えて、「先の黒装束の集団は、教会所属の特殊部隊だ」と豪語し、あの騒動は「教皇派」と「法王派」による派閥争いのものだと彼らは噂する。真実は「聖女派」と「教会派」の争いによるものだが、情報に敏い者達が口を揃えて嘘を吐けば、それは少なからず真実となる


 洗脳、買収、成りすまし、手段は様々だ。しかし逆にそれだけで、たった一日という時間でヴォイドは市場に流れる情報を掌握した。表も裏も、武力と財力に物を言わせて覇権を横から掠め取ったその手腕。


 嘘の情報を流したのはこれからの予定のためであり、言ってしまえば件の「聖女派」の印象を悪くしないためである。何よりこの情報が嘘であると知られ始めた頃には、早々に「法王派が流したデマ」だと噂を広める手はずまで整っている。


 同時に、これからレガー帝国との全面戦争が始まるというのも相まって、国の上層部はこれから忙しくなるのは明白なため、人員や物資がまともに派遣されず、やはり市民は国か教会から正式な声明があるまで、それぞれ大きく動くことが出来ない。


 何故なら彼らは「信仰」という名の無意味な行為(ゴミ)に縋り付き、とうの昔に思考することを放棄した、人の形をした家畜であるが為に。





「ならばもうすぐ、収穫の時かい?」


 近衛を連れて、ヴォイドの隣へとやって来た【獣王】ルフ・ハーフェン。彼の者もまた、この状況を見下ろして同じように楽しんでいた。


 それを見て、ヴォイドも嗤う。手のひらの上で必死に踊る彼らを嘲るように。



「動くのは、もう少ししてからだ。予定していたものとは少し違う形で、今の状況が展開され始めているからな。とはいえ案ずることはないさ。この作戦は間違いなく、俺の与えた終着へと辿り着く」


「ふむ、なるほど。では私達は今しばらくただ待っているだけで、その絶好の機会とやらに巡り会えると?」


「あぁ、断言してもいい。彼らだけではこの展開はどうしようもないからな。自由に動けて尚且つ、精鋭である第三勢力の俺達に、いや()に、それこそ土下座してでも力を借りようとするだろうさ。彼らは(ささえ)を失った途端に驚くほど弱体化する生き物だから、なァ」



 ルフにしか見えない角度で顔を向けながらそう語るヴォイドの表情は、醜悪さすら滲み出る程の壮絶な笑みを浮かべていた。



 彼の眼が一体どこまでを見通し、見渡しているのかは獣の王(ルフ)を以てしても未だ謎である。だが、ルフは「やはり己の考えは間違っていなかった」と、この瞬間にも再度認識することになった。


(まったく....末恐ろしい人間だよ、君は。「未来でも視えている」と言われた方が、よっぽど楽な存在だったろうに。これではどの国だろうと、どんな王であろうと、君を従えるのは無理だ。だって君は――――)



 そんな思考を遮るように、ヴォイドの発した言葉がルフの耳へと届く。



「ほら、噂をすれば来客(・・)が来たぞ獣の王よ。丁重に持て成してやれよ?アレはお前達に莫大な利益を運ぶ、幸運の鳥だからなァ」



 その言葉を最後に、ヴォイドは城内へと戻っていく。その背中はいつになく愉悦に染まっており、滲み出る狂気は他者を恐怖させる。


 その行動を以て、ルフはまた一つの事を確信する。


 そう、この展開を誰よりも一番楽しんでいたのは、紛れもなくこの状況を作り出したヴォイド本人であったのだ。


 「予定していたものとは少し違う形で今の状況が展開され始めている」などとルフへと(のたま)っておきながら、その実、その全てが彼の予想の範囲内であり、予定通りである。


 でなければ、そろそろ救援要請(らいきゃく)があるなどと、一体誰が予想出来ようか。


 彼の者は自らが動く行為は最小限に留めながら、同時にこの混乱した状況を正確に把握し、あまつさえ大まかにではあるが自由に状況を動かす事の出来る存在だと、最小限の人数にのみ分かる様に動いていた。


 誰よりも早く、狡猾に、嫌らしく、ほぼ完全に情報を制した上でのその采配。それは本人から明かされた者か、はたまた気付いた者のみが辿り着く、未来予知に匹敵する程の演算思考の領域。


 その計画に気付くか、あるいは明かされた者達は皆、様々な反応を示した。ある者は怒り、ある者は恐怖し、またある者は悲しんだ。



 しかして誰一人として未だその本質に気が付かない、届かない。その事象を巻き起こそうとする張本人のその言動の根源にあるものが、全て「恐怖」から来るものだということに。

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