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ノート:エーテル Side Persona  作者: 金欠のメセタン
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第五十三話「魔者達ノ宴」



「やぁ少年、先程振りだな。相手が居ないのなら、私の相手でもどうかな?」


「.......」



 そう話しかけてきたイリスを、周りで見ていた者達が多少引くレベルで、ヴォイドは目の前のイリスをガン無視し、皿に取り分けた魚料理を黙々と食べる。幸いにも強引にこちらに手を出してこないのが救いではあるが、この場に長く留まるのは危険と判断出来る為、取り分けた料理を早々に完食し、あくまで優雅にこの場を立ち去ることに。


(仕方ない。少し予定が早まったが、早速厨房を覗きに行くか)


 そんなヴォイドの立ち振る舞いはまるで、すぐそばに居るイリスが全く見えてないような動きであり、悠然と、堂々と歩みだし――――しかし目の前にイリスが立ちはだかる事で、残念ながらこの場から颯爽と立ち去ることが阻止される。



「そこまで急いで逃げる事ないじゃないか。私だって歴とした女性だ、そんなあからさまな行動を取られると傷ついてしまうぞ?」


「.....チッ。道を開けて頂けますかな?麗しのレディ」



 ヴォイドが意図的に、しっかりと聞こえるように舌打ちをかました後、なるべく丁寧な口調で「道をあけろ」と告げる。


 しかし、少なからずお酒の力を借りた女性が強いのはどこの世も常なのか、イリスはそれを気にも留めずにヴォイドへとすっと手を伸ばす。



「すまないが、それは出来ない相談だ少年。昼間はお互い不完全燃焼で終わってしまったからな。せめて食事の席くらい、最後まで付き合って欲しいのさ」



 イリスから伸ばされた手をヴォイドはひらりと自然に躱し、これまた自然な笑みを携えながら、今度はしっかしとその尽くを否定し、イリスを拒絶する。


 まるで、自らの領域に少しでも踏み込まれる事を酷く恐るように、対面した相手のみが感じ取れるほど微弱に、意図的に、クリフォトの一部である『拒絶』を使用する。



「それ以上踏み込めば、殺す」



 ただ一言。僅かな殺気すら漏らさずにさらりと告げられる宣言。目の前の人物を確実に殺せると確信した上での発言。もし周りの者達にまで聞こえていれば、恐らくヴォイドはその場で袋叩きにされ、その後半殺しにされていただろう。


 しかしそれだけに、そのセリフを告げられた当のイリスはヴォイドが発した言葉が嘘偽りのない真実だと、確信が出来てしまった。故に、イリスは其処へ―――


 敢えて、“踏み込んだ”。



「いいじゃないか、少年。あの時の続きなら、私も大歓迎さ」



 その言葉をイリスが発した時、ヴォイドの瞳は完全に冷え切っていた。間違いなく、目の前の女性を「殺害対象」、即ち“自らの害になる”と判断した為に。


 その思念を僅かに、魂で少なからず繋がりのあるリサとサラは感じ取る。二人ですら一瞬動きを止め、震え上がりそうな程に背筋に冷たいものを感じる静かな圧力。この場に限った話で言えば、気付いた者などリサとサラの二人しか居ないであろう。


 しかし、そのおぞましい絶対零度の殺気を内包するヴォイドはあくまでも自然体であり、その雰囲気は静謐に包まれている。しかし二人以外は誰も感じ取ることは出来ない。それ程までに巧妙に隠された、その感情。


 しかしこの時同時に、イリスはヴォイドの瞳から“感情という名の光”が抜け落ちている事には気付いていた。



(本当に君は私を、他人を拒絶するのか...。本当にこれ以上は、私を殺しに来るのだろうね。すまない少年、どうやら私では君を救えないようだ。あぁ、人生で初めての一目惚れだったのだが.....これでは互いに、救われないな)



 哀れみの視線をイリスから向けられるが、一向に構わずヴォイドはコートを翻して背を向ける。


 もう、この場に用はない。パーティーメンバーに軽く挨拶だけをして、ヴォイドは会場の出口を目指す。


 この場ではそれなりの収穫もあった。だが、それに付随して幾つかの面倒事も増えた。その全てが早急に対処しなければいけないというものでもないが、面倒事なのも確かである。


 ヴォイドが会場に背を向けた時には既に、その顔はフードにて深い闇の中に隠されている。しかし現在、その顔には感情の起伏がない。ただただ冷たく、無機質に、何かを求めて歩を進める。



 狭く深い関係を望む孤独の王にとって、あれは少し毒が過ぎる。故に彼の者は今一度、深い闇を求めて跋扈する。殿上人(てんじょうびと)が織り成す宴会場を後にし、夜の帳が降りた静かな闇の世界を求めて――――



(完全に興が削がれたな。しかし、危なかった。あれ以上は、恐らく反射的にその場で手を出していたかもしれん....。日に日に、“抑制が効かなくなってきている”。幸い人目は気にしなくていい。取り敢えず、鎮めよう)





 人知れず、闇に紛れて皇都の外、その近辺の森の奥深くへと赴いたヴォイド。目深に被られたフードに隠されたその顔は、現在も窺い知る事は出来ない。


 そんなヴォイドの周囲を取り囲むのは、色とりどりの魔物(ケモノ)達。


 ゴブリンを始め、オーク、ベア、ウルフ、モンキー、バードなどなど。変異種、というか上位種なんかも混じって様々な姿形を持つ魔物(モンスター)達が、勢揃いでヴォイドに対して牙を剥く。


 彼らは獣であるがゆえに、今のヴォイドが本能的に危険だと察する事が出来たのだろう。


 だが、ヴォイドの前に立ちはだかってしまった以上はもう戻れない。これから始まるのが例え、慈悲なき鏖殺(おうさつ)だったとしても。




 無音にて対峙したのは数分。我慢しきれず最初に動き出したのは、ゴブリンとオークだった。ただ単純な、圧倒的な数による圧殺を狙った正面からの突撃。しかしそれは言うまでもなく、悪手。合わせて突貫したヴォイドによって、その殆どが体術のみで的確にその命の炎を吹き消されていく。


 首、頭、心臓の三ヶ所を打撃や投げ技のみで正確に捉え、一度の攻撃で必ず一匹以上を仕留めて突き進む。


 薄暗い闇の中で、【漆黒】が縦横無尽に駆け回り、舞い踊る。その度に、一瞬でも気を抜いた者から死んでゆく。暗い森の夜闇の中で、その闇すら塗り潰す漆黒が、踊り狂う。


 襲いかかる魔物の尽くが血飛沫をあげながら、足元に積み重なった夥しい数の骸のひとつへと姿を変える。その全てが例外なく“一撃必殺”のもとに成されたものであり、すべての動きが殺すことの為に効率を追い求めた形となっているのが窺い知れる。


 そして尚も、ヴォイドの足元に積み重なる屍山血河の景色。それは留まることを知らず、周囲一帯を血で赤く染め上げる。


 その全てが、戦闘開始からたった数分でここまで積み上げられたものだ。



 この時点で、ヴォイドは自分の行っている行為が「いつもの自分とは思えない程、遊びがないな」と思いながらも、どこかぼんやりする思考の中で殺すことのみを追い求める。


 己の内から滲み出る狂気に身を委ね、未だ衰えることなく迫り来る魔物を屠り続ける。


 そして次第に、『技』の類はその形を成さなくなり、完全に狂気に染まった漆黒の(ケダモノ)は、その身に任せてただただ暴力(チカラ)を振るう。



 足りない...嗚呼、足りない。もっと、モット―――



 コ ロ シ タ イ



...


.....


.......



 あれからどれくらいの時間が経っただろうか。周囲にはもう音もない。あるのはただ、命の灯火を散らした哀れな骸の山と、一面に広がる血の海である。


 木々の隙間から覗く月光に照らされて佇むは、珍しくその顔に返り血を浴びた、血濡れの漆黒(ヴォイド)。フードによって隠されていない今のヴォイドのその姿は、状況も相まって、ある種の幻想にも見えるだろう。



「流石で御座います、ヴォイド様」



 うっとりとした瞳でヴォイドを見つめながら、夜闇が支配する森にて幻影の如く姿を現すリサ。その手には彼女が愛用する大鎌が握られており、その身体からは僅かながら殺気が妖艶に漂い漏れている。


 そんなリサを、ヴォイドは屍の山の頂上から視線だけを動かし、感情の起伏が感じられぬ無機質な瞳で見返す。



「.....何用だ」



 ヴォイドの問いかけ。それはただシンプルに、「何をしにここへ来たのか」を問うている。しかしその眼は口ほどにモノを言う。雄弁に、冷徹に「此処は貴様如きが踏み入って良い領域ではない、()く失せよ」と、目の前の闇を支配する王が、闇夜に妖しく輝く金色の瞳を以て告げている。


 それでも尚―――



「申し訳ありません、ヴォイド様。ですが、あれほどの狂気(さっき)を感じてしまっては....私だけでは我慢出来ぬのです。ですから少し、ほんの少しだけ....よろしいでしょう?」



 ヴォイドとは対照的に、闇へと誘うような怪しい熱を灯したその眼は、不思議な艶めかしさが在った。大鎌を軽々と振り回し、まるで獲物を目の前にした狩人の如く舌舐めずりをしながら、リサは抑えていた殺気(しょうどう)を解放する。


 それはまるで、粘性を持っているのではないかと錯覚してしまうほど濃密な、死地へと誘う不思議な香りを残す雰囲気。どれほどの猛者であれど、気を抜けばそれだけで魅了されてしまいかねない、不思議な色気と熱を持った、どろりとした殺気。



「ふむ、()も過不足なのは否めぬか。仕方あるまい。しかし、今宵は気分が良い。この我が直々に付き合ってやろう」


「嗚呼、心より感謝致します。ヴォイド様ッ!!」



 ヴォイドの口から了承の意を貰ったのを確認するや否や、リサは即座に大鎌を構えて突貫した。リサとヴォイドの距離がゼロへと至るその間際、タイミングを合わせてヴォイドの首筋へと大鎌の刃が「その首を寄越せ」と死を運ぶ。



「そう急かさずとも良かろう」



 その刹那の瞬間に、確かにリサの聴覚が捉えたその言葉。その言葉を発したであろう目の前のヴォイドは自身に迫る「死」を目前にして、(わら)っている。嘲るように、届くはずがないだろうと、王たる者が下々を見下(みお)ろす、いや、見下(みくだ)す時の仮面(ペルソナ)を以て。


 しかし先制したリサはそれに見惚れてもいられない。気付かぬ内にヴォイドは斬魔刀を手にしている。しかもそれだけでなく、後から動き出したにも関わらず、直前まで迫った大鎌の刃に合わせて、その隙間に斬魔刀を滑り込ませている。



「児戯よな」



 文字通り、目にも止まらぬ早業。そして拮抗する大鎌と斬魔刀。火花が散ったのはほんの一瞬。それでも、リサはこみ上げる笑みを抑えられない。大鎌を軽々と振るう己の力を以ってしても、一秒すらヴォイドと鍔迫り合うことが出来ずに弾き飛ばされる。


 しかし構わず、再度仕掛ける。上段からの振り下ろし、しかし通じない。それでも前へ。空中でのフェイントを介しての中段蹴り、やはり潰される。もう一手。捉えづらい動きの中から放つ、持ち手を使用した突き、まだ届かない。もう一度。ヴォイドへと投げ放った大鎌に急接近し、目の前で突如として挙動を変えての一閃。だが、至らない。


 己が持ちうるあらん限りの手札でどれだけ責め立てども、全てが届かず、至らず、通じず、潰される。



 その力の差のなんと魅力的なことか。


 残酷で、理不尽で、道理に合わず、それ故に憧れ、慕い、敬い、忠義の限りを尽くすと誓った。しかしその背を追うことを世界は、彼は決して許さず、誰かが隣に並び立つことは、決してない。


 そんな、常に孤独の零度に蝕まれる我らが主。


 故に特別。故に「王」足り得る。未だその器は未完なれど、その在り方は誰が何と言おうと“虚無(ぜつぼう)”なのだ。



「嗚呼、蕩けてしまいそうです....」



 どんどんと早く、高まるリサの胸の鼓動と、二人の戦闘速度。次第に顔は紅潮し、とろんとした瞳と刃の打ち合いはより熱を灯し、その熱量は留まるところを知らずに上がり続ける。


 しかしそんなリサとは対照的に、対峙するヴォイドはよりその雰囲気を凍てつかせる。無機質で、効率的に、より冷静に、無駄を削って削って削ぎ落とす。


 余計な動きを、思考を、次の一手で確実に削って詰めていく。薄皮一枚、肉の一片、多少傷つこうが、お構いなし。より鋭利に、より怜悧(れいり)に、さらに冷たく研ぎ澄ます。



 二つの狂気が咲き乱れ、狂い咲く。


 此処は闇夜の森を血と臓物が彩る、魔の者達の夜宴(サバト)の会場。今宵舞い踊るは闇の王とその従者。見物する者など皆無でありながら、二人が生み出すその芸術は、全ての者を魅了する。


 武器(がっき)が奏でる旋律に合わせて二人の周囲を火花(はなび)が舞い散り、足元に広がる赤い血の海(じゅうたん)は舞踏の余波で動きに緩急を作り上げる。


 そんな一夜限りの鮮血劇場が催す、死の舞踊。


 主演の王は無情に、その従者は熱情に、その身を委ねて踊り狂う。赤く、熱く、黒く、深く、堕ちて堕ちて、深淵の底を目指して堕ちてゆく――――





 時間にして約三時間ほど経過した頃。そんなリサにとっての至福の時間も束の間であり、刻限(おわり)は突如としてやってくる。


 先程までの軽やかさがまるで嘘のように、夢のように、鉛のように重くなった己の身体を引きずりながら、従者(リサ)は御前にて(ヴォイド)へと頭を垂れる。


 絶え絶えの呼吸も、ボロボロの身体も、最早自らの眼中にはない。あるのはただ、眼前の己が主、【深淵の支配者】への絶対の忠誠心と、身を焦がす程の熱情の余韻のみ。



「心ゆくまで踊れたか?【深淵の薔薇】よ」


「はい......まさに夢見心地で御座いました。心よりの感謝と、改めて絶対の忠誠を。我らが至高の王、ヴォイド・トゥルース様」


「そうか、ならば良い。それなりに疲労も溜まっていよう、早く戻って休むといい」


「お言葉に甘えて、そうさせて頂きたいのですが......」



 リサが言葉を止めたのは、気になることがあったから。それは目の前に立つヴォイドの変貌。いや、変容。放つ雰囲気、口調、戦い方など。まるでいつものヴォイドではないようで、しかしその動きは不思議と、ヴォイドの物の様な気がしていた。


 そんなリサの疑問に気がついたのか、ヴォイドは意味深な事を幾つか告げる。



「心配せずとも目覚めの時は近い。分水嶺はとうに過ぎている、後はこの身が成すがままになるだろう。......そう案ずるな、今宵は我も矛を収めるとしよう」


「私の様な者に対してお心遣い頂き、誠に感謝致します。そして同時に深く謝罪を。以前の貴方様がもう戻らないのでは、と愚考した私をお許し下さい」


「良い。だが努々(ゆめゆめ)忘れぬ事だ、此奴は根本として、個としての存在が“絶対的な悪性”ゆえに、善良なる者とは決して分かり合えぬ。其方達が上手くやらねば、いずれあの娘も斬り捨てる事に成りかねぬゆえな」


「......ご忠告、痛み入ります。しかと肝に銘じておきます」



 その言葉を最後に、ヴォイドの身体から何かが抜けるような感覚があった。その時には既にリサはその場を離れており、月下のもとでは一人、ヴォイドが戻る。


 そして数秒後には意識が切り替わったように、いつものヴォイドが瞼を開く。

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