第五十二話「Sランク冒険者と宴の席」
「.....誰だ?」
少しだけ首をかしげながらそう問いかけるヴォイドに、目の前の美女は「何でもない」とばかりに長い金髪をたなびかせながら、その名を名乗った。
「クラン[朱月の雫]のクランマスター、Sランク冒険者のイリス・リプカ・カリエンテ。『【灼熱蛇剣】のイリス』って言えば分かるかな?」
「イリス・リプカ・カリエンテ」と名乗った女性が口にした、【灼熱蛇剣】。ヴォイドはそれが恐らく、目の前の人物に与えられた『二つ名』なのだと理解はするものの、少しの思考の後に、やはり再度同じ質問を繰り返す。
「....いや、誰だ?それと【漆黒】ってのも何だ?」
「おや、これでも結構有名だと自負していたんだが、まぁいいさ。それでさっきも言った通り、私はこの世界で数少ないSランクの冒険者の一人、名はイリス。君の事を先程【漆黒】と呼んだのは、【漆黒】が最近君に付けられた二つ名だからだ」
「なるほど...」
そもそも「二つ名」とは、冒険者ランクと知名度が一定の割合を超えた冒険者が冒険者ギルドから与えられる称号の様なもの。覚えている限りではE、D、C、Bランクまでは二つ名は漢字で表すと“二文字”という、よく分からない制度というか制限があり、Aランクなら三文字、Sランクなら四文字という風に増えていくらしい。
余談だが、極稀に四文字以上の呼び名を持つ者達も居る。
しかし彼らが持っているその呼び名は二つ名ではなく“異名”と呼ばれる、ギルドではなくギルド関係者以外の周りの者達がその人物を称えると同時に畏怖する為に使う呼び名のことだ。
そして今回俺に付けられた【漆黒】の二つ名。まぁ言いたい事は分かるが、もうちょっと何かなかったのかと言ってしまいそうな程、どストレートな二つ名だ。
確かに全身を黒いコートで覆っていて、手袋やブーツも真っ黒で暗器の類もすべて黒塗りだが、それでも二つ名といえばもっとこう、洒落たヤツが付けられるのではないかと期待してしまうだろう。まぁもっとも、付けられてしまった以上は変えようがないのだが。
「それで、その世界で数少ないSランクの冒険者様が、俺なんかに一体何の用だ?」
ヴォイドはイリスにそう尋ねながら、態度で分かるように「用がないならさっさと帰れ」と告げる。そんなヴォイドの内心を知ってか知らずか、イリスは「悪い悪い」と謝ってから、ある意味で予想通りの言葉を言い放つ。
「随分と楽しそうな事をやってたから、私も混ぜてくれないかな?と思ってさ」
「逆に聞くが、ここに居る面子の中でアンタみたいなSランクの冒険者相手に、まともに戦えるやつが居ると思うか?」
「ふむ....少なくとも、君なら私を相手にそれなりに戦えるはずだろう?」
「ハッ、買い被り過ぎだな。そもそも俺はCランクの冒険者だ、ここに居る事自体が――」
「あの【獣王】と戦って、勝ったと聞いたが?それに私は今、暇で暇で仕方ないんだ。そんな折に君を見つけた、いや見つけてしまった。ここまで言えば、分かるだろう?少年」
食い気味に意地の悪い笑みを浮かべながらそう問いかけてくるイリスに対し、ヴォイドはフードの中で不愉快そうに顔を歪める。
恐らく前半の話はルフ本人が喋ったのだろうと予想はつくが、そのおかげでこうして面倒事に巻き込まれるのは正直ゴメンだ。面倒事を持ってくるのが目の前の女一人ならばまだいい。しかしそんな事はありえないだろう。ほぼ間違いなく、今回の招集で集まった強者達がよって集って喧嘩を吹っかけてくる。
だが同時に、目の前の女から逃げ切れる気がしない。暫くは皇国内に留まらなければいけないのも事実なため、今逃げ切っても次の日、そのまた次の日と声を掛け続けて来られれば、精神的なストレスから目の前の女を殺してしまいかねない。
故に―――
「....ハァ、後悔すんなよ」
「悪いね少年。それと個人的には真剣でやりたいんだが.....」
「注文の多い女は嫌われるぞ」
そんなイリスの図太さに少々呆れつつ、ヴォイドは『ストレージ』から真銀で出来た、飾り気の全くない普通の直剣を取り出す。
それはヴォイドがスキルの『錬金術』でごく最近に造った、純度100%のミスリルのみを使用した剣。柄頭、握り、鍔、剣身のすべてがミスリル製で、その剣は継ぎ目無く一本の剣として形を成している。
その出来栄えは、一定以上の『鑑定』スキルを持つ錬金術師や鍛冶師が見れば驚愕で腰を抜かしたり気絶したり、数分動きを止めたりといった反応をするレベルの代物だが、見た目は飾り気がなさ過ぎて、本当にただの「銀の剣」にしか見えない。
鞘に納まった状態とは言え、そんなとんでもない剣を取り出したヴォイドを特に気にすることなく、対峙するイリスは自らの持つ腰の「魔剣」に手を伸ばす。
柄に触れた瞬間、勢いよく鞘から引き抜かれたその魔剣の刀身は、最上級の魔法鉱石、「三大魔法鉱石」と謳われる中でも最高硬度を誇るアダマンタイトが9割と、残りの一割が御伽噺の類でしか見かけることのない、文字通り「伝説」と名高いヒヒイロカネと呼ばれる魔法鉱石の二つでその刀身が構成されており、その剣はまさに、「生ける伝説」と名高いSランク冒険者が持つに相応しい神々しさを放っていた。
対して、ゆったりとした動作でミスリルソードを鞘から静かに抜き放ったヴォイドは、鞘をスキルで腰に固定し、その剣身を確認しながらミスリルソード全体に己の魔力を余すことなく、隅々まで浸透させていく。
すると、直前まで美しい白銀の煌めきを放っていた銀の刀身は突如としてどす黒く染まっていき、ミスリルソードはヴォイドの【漆黒】の二つ名に相応しい見た目へと変貌を遂げる。
それは『魔力剣』『魔法剣』『魔浸剣』など(名前は様々)とも呼ばれる、剣を使う者達の上位層、その更に限られた少数が使用する、見た目とは裏腹にかなり難易度の高いスキルであり、本来は「刀身のみ」に自らの得意な属性を付与した魔力を浸透させることで、即席で擬似的に魔剣を再現するという効果なのだが、ヴォイドは今回「闇」の属性を付与した莫大な量の魔力を、一切の隙間なくミスリルソード全体へと注ぎ込んだ。
それを黙って見ていたイリスは自らの頬を伝う冷や汗を自覚しつつ、次第にその顔に猛禽な笑みを貼り付ける。
そして、恐らく戦闘の準備が終わったであろうヴォイドへと、右手で握る魔剣の剣先をヴォイドに向け―――
「....始めるか」
たった一言。呟くように、ミスリルソードに浸透させた魔力にムラがないかの確認を終えたヴォイドが、それだけを短く告げた。それは不思議とよく通る声で、誰もが無意識に、本能的に、今まさに始まろうとしている頂上の対決を見逃すまいと、その場の全員、観客含めたイリスさえも集中力を引き上げる。
その瞬間だ。はっきりと感じ取れるまでにヴォイドの身から溢れるように、急激に膨れ上がった「死の気配」とでも呼ぶべき異様な気配。その漂う死臭をイリスは感じ取り、即座に『魔剣の能力』を開放して、ヴォイドへと半ば本気の迎撃を行った。
溢れ出た気配を、雰囲気を、殺気を感じ取った瞬間にイリス・リプカ・カリエンテという人物は本能で理解してしまったのだ。この手合いは、「見た目や行動に騙されて油断すれば、即座に死ぬ」と。
美しい軌跡を描きながら迫った横薙ぎの一閃。
それは本来、剣では決して届かないはずの間合いからの一撃。しかし、能力を解放したイリスの魔剣―――“炎蛇剣レーヴァテイン”。即ち蛇腹剣の刀身は、まるで鞭を振り抜いた時のような鋭い撓りを以て、ヴォイドの横腹へと迫り、その身に当たる直前でヴォイドの姿が掻き消える事でその刃は空を斬る。
そして掻き消えたヴォイドの姿はというと、自慢のレーヴァテインを振り切って隙とも呼べぬような、ほんの刹那の「機」が出来たイリスの背後。並みの相手なら「取った」と確信出来る位置とタイミングで、漆黒のミスリルソードを左下から滑るように逆袈裟の要領で一閃。
しかし相手は腐っても、冒険者の頂点に君臨し、Sランクの名を冠する一角。単純な戦闘力だけで言えば、間違いなくこの惑星の人類種で最強クラスの手合い。
故に、ヴォイドの一撃も振り向きざまに闘気を纏った左手のガントレットで受けきられる。ヴォイドの一撃を防いだことで約三歩分ほどの距離が空き、ヴォイドの間合いから脱したイリス。
しかし、ヴォイドの剣を受け止めたイリスのガントレットは、まるで闇に侵食されるようにして徐々に崩壊していき、遂には塵となってその姿を消すことに。
そんな様子を冷静に視ていたヴォイドは、『思考加速』により引き伸ばされた時間の中で、イリスの行動などから必要な情報を集めていく。同じように、イリスもまた相手を分析する。
(闘気の守りがあったとは言え、硬いな。削るなら狙い目は関節として、対象の死角からの攻撃に対しての反応速度と対応力も視野に入れると、分かりやすい手札を晒さずに時間を掛けて完封して倒すのが好ましい、か)
(膨れ上がった気配といい、踏み込みの初速といい、予想以上のバケモノね。闘気で何とか防いだ一撃も想定外の重さときた。となると、出し惜しみせずに手数で上回ってなるべく短期決戦で決めるのが最適解ってところかな?)
両者が真逆の思考を展開しつつ、位置が入れ替わった両者は互いに次の一手を放つ。イリスは自身の魔力をヴォイドと同じように右手のレーヴァテインに流すことで、自身が【灼熱蛇剣】と呼ばれる所以を顕現させる。
「炎蛇剣」や【灼熱蛇剣】と呼ばれるソレは決して比喩などではなく、その正体は灼熱でその身を形成する大蛇を操る、人の形をした炎の化身。
「それが伝説に名高い神話の巨人が持つとされた炎剣の正体か。やっぱり神話や伝説の類はあまり信憑性がないな。.....いや、これに関して使い手の問題か?まあいい」
少なからず落胆の色を浮かべるヴォイドは、音もなく突如として眼前に迫った、大口を開けた炎の大蛇を、予備動作なしから一気に姿がブレるように消え、次に現れた時にはその場で純粋な斬り上げの一撃を以て、迫った炎蛇を闇で喰い殺していた。
「やっぱり、こんなもんか...」
それはヴォイドがミスリルソードに浸透させた、闇の魔力の能力。闇の魔力が持つ力の本質は、「侵食」。あらゆるものを蝕む圧縮された闇の魔力が刀身に装填され、ヴォイドの攻撃と共に放たれた闇の一閃、それは容易く、炎の大蛇を屠る。
しかし、霧散した炎の中から姿を現した蛇腹の刃の勢いは留まることを知らず、ヴォイドはその一撃を防御することを余儀なくされる。受けた刃から伝わる衝撃、それはとても女性の身体から放たれたとは思えない程の質量を持っており、さしものヴォイドも相手への認識を多少改める。
(力は予想より強いな。魔力の効果の『腐食』も弾かれる.....。魔剣に流されている魔力は無理をして干渉した所で硬すぎて何も出来ない、か。これだと“武器破壊”は無理そうだな)
そう判断するや否や、両者がまるで示し合わせたかの様にギアを一段階上げ、速度、威力ともに常人では理解できない領域へと足を踏み入れ始める。
そして同時に、ヴォイドは騎士達相手に使っていた試技の剣術を再度、イリス相手に使用し攻撃の一切を無力化に図る。そのおかげで一時的にではあるが、Sランク冒険者を相手に完封する。
(くっ、手応えがない!?どういう仕組みだこれは、まるで沼に向かって剣を振っているような.....ッ!まずい、これでは後手に回る。何とか流れを、主導権を取り返さないと!)
そう考えたイリスは現状を打開すべく、力技ではあるが、更に速度域を一段引き上げた。流石にヴォイドもこれは想定外。従って、イリスの攻撃の手数が徐々にヴォイドの動きを上回り始める。
(チッ。一部能力縛ってるとはいえ、どういう身体能力してやがる、このバケモンが!今の肉体じゃこれ以上は対処しきれなくなる、流石に黒コートでもあの剣の刃は防げない。致命傷を貰う前に、なんとか―――)
そして少しずつではあるが、ヴォイドの対処出来ない攻撃がチラホラと姿を現し始め、幼竜の爪でさえ傷付けることが出来なかったとんでもない防刃性能を誇る黒コートをバターの様に切り裂きながら、ヴォイドの体に少しずつ傷をつけていく。
それはヴォイドにとって、バート以来の“己に傷を与えられる程の存在”であり、その驚異度は無意識の内に、存外高められていた。
そして遂に、ヴォイドが後退を余儀なくされる。
「マジか。そんだけ速度上げてまだ余裕あるとか....冗談キツいわ」
「ハハッ、それはこっちのセリフさ少年。その年でもう既に、私達と十分渡り合えるだけの実力を備えてる。....でも、君にはまだ先がある。違う?」
イリスからの問い。それは決して間違っていない。ここ一週間程で既にここまで完成されているヴォイドの新しい剣技。ソレは確かに、その“先”、つまりは『必殺』がある。だが、あくまでも現状では付け焼刃の、未完成の代物。
そんな代物を人前でまだ使うわけにはいかないと、本人は強者の仮面を纏うことで上手く隠していたつもりだった。事実、この場には居ないが、バートやサラ、リサの数名ならこの事を見抜けただろう。
しかし、闇を用いて覆い隠したその本性を、他人であるイリス相手に、しかも剣越しにとはいえ見破られたという事実は彼の心を、鉄の仮面を揺らがし、危機へと追い込む。
その事を、彼は決して―――
「ハァ...本当に、お前の様な勘のいい奴は嫌いだ」
許せない。膨らむ殺気と、より濃さを増す周囲の闇。
「いいだろう、認めてやる。業腹だが、特別に、見せてやるよ.....」
そして今、必死に取り繕っていた仮面が、崩れ落ちる。先程までとは比べ物にならぬ程の、存在の圧。闇を放ちし巨大な虚は、天を震えさせる。
変化はすぐに訪れた。
ヴォイドが醸し出していた今までの気配が、圧が、雰囲気が、まるで嘘のように消え去り、驚く程の静謐だけがその身を包み込んでいる。その後の行動もあまりに自然で、その場に居た誰もがすぐには反応できなかった。
気圧されていたのは一瞬。相対していたイリスもそれは同様であり、我に返った時には既に、ヴォイドは「構え」を完成させていた。そしてその構えとは―――
(あの構え、居合術か!?極東の剣士達が今なお追い求める、究極の剣技。まさかそれを我流の型に落とし込んだとでもいうのか?だとすれば、この少年は一体...)
イリスの思考は混乱と驚愕、そして僅かな畏敬の念が渦巻いていた。しかしそんなバラバラな思考とは裏腹に、幾度の死線をくぐり抜けて来た身体は、半ば思考を無視して最善手を弾き出す。
どっしりとした突きの姿勢。蛇腹剣を長剣の状態に戻し、剣を、腕を、目一杯引き絞り、肉体を捻って絞って力を溜める。イリスの肉体が導き出した答えは―――
捉えられぬ速さには、それを押し潰す程の圧倒的な力で。
ヴォイドが居合の構えを取った時、その場に居た全ての者が、ヴォイドの気配が、雰囲気が消えたのを感じていた。だが、消えたというのは霧散したという訳ではなく、ヴォイドがあの時醸し出していた気配は、雰囲気は、ただ一点に収束していたのだ。
素早く鞘へと納められたその刀身へ、濃縮され、圧縮され、凝縮されたその圧倒的なまでの黒光。目にするだけで怖気が全身を駆け巡る、根源的な「邪悪」を凝縮したその葬送の刃は、ただ静謐に包まれて時を待つ。
イリスも答えるように、思考を無視した本能による一撃で迎え撃つ。より熱く、より高く、より強く。燃え盛る炎に意思を宿して、眼前の敵を燃やせと唸る。
それは最早、蛇にあらず。地を這う蛇はその身の成長と進化の果てに、一度は失った翼を取り戻し、天をも穿つ龍と成る。
炎蛇が炎龍へと変貌を遂げ再臨した姿を見て、ヴォイドはこんな状況であるにも関わらず、ふと思った。
(この世界では翼がない「龍」は「竜」として認識されずに、「蛇」と同一視される訳か。なるほどな、ならこれが本当の【灼熱蛇剣】の姿か)
しかしそんなヴォイドの思考に特に意味はなく、ゆっくりと、だが確実にその瞬間は訪れつつある。互いの必殺同士の衝突。両者の刃は既に、放つための予備動作に動き出した後だ。二人の間には大人が三人並べるほどの間合いがある。
だが、両者届く。斬撃が、刺突が、空中で爆ぜる――――はずであった。
いや、正確に言えばイリスとヴォイドの必殺は確かに衝突した。しかしその瞬間、「パチン」という音と共に、この場の時間が少しだけ、何者かによって“巻き戻された”。
そんな超常の事象を体験する中で、ヴォイドはあくまで目線だけを動かして周囲を確認するが、特に今の現象に違和感を感じ取っている人物はこの場には誰も居ない。
ヴォイドただ一人を除いて、だが。
故に、ヴォイドはその場で居合の構えを解いた。イリスはそれに驚き、やっと思考が追いつく。そして彼女もまた、ヴォイドに倣い構えを解く。
しかしヴォイドはそれを気にも留めず、あくまで視線だけで辺りを見回す。同時に『感知系』のスキルもフル稼働で使用する。今の現象を引き起こしたであろう人物を確認し、特定するために。
そして数秒後、捉えた。異質な気配と特殊な魔力の残滓を隠すようにして、皇城の渡り廊下から密かにこちらを伺う一人の魔導士。インテリジェンスな外見と、目立つ黒髪黒目。ここまで揃っていれば、嫌でも気が付く。
(......ん?勇者の一人、か?使ったのはスキルの『時間魔法』ってやつだよな。まぁともあれ、時間対策が無事に効いたみたいでこっちとしてもひと安心だな。だが―――)
ヴォイドはあらかじめ備えていた物が有効だと確認出来たことに少なからず安心し、同時に「それなりに厄介な存在が居るな」と、勇者達への認識を改める。呆けているイリス達には「興が醒めた」とだけ告げて、ヴォイドは足早に皇城を出て街中へと消えていく。
人混みを歩む中で、ヴォイドは先程の事を考える。
思いがけず、勇者の一人からの横槍。多少模擬戦に熱が入ってしまったとは言え、彼らに目をつけられてしまった可能性があるのも事実。だが、結局は現状の手札ではどうしようもないので、取り敢えずヴォイドはその辺の屋台で串焼きを買うことにした。
気分転換というやつだ。うまいものでも食べれば、多少の不機嫌など吹き飛ぶだろうと考えて。
「ファングボアの肉か、美味いな。暇があれば、二十頭分位の肉は『ストレージ』に確保しておくか.....」
巨大な猪の魔物から取れる一般的な肉を使って、シンプルに塩とタレの二種類で焼かれたそれぞれの串焼きを順番に頬張りながら、先程の事など早々に頭の片隅へと追いやり、目的地もなく商店街を歩む。
何をするわけでもなく、気になった物を買ったり食べたりしていると、いつの間にやら己の肩に乗っていた使い魔が、オーク肉を使ったサンドイッチの最後の一口を器用に肩の上から奪って食べる。
そんなクロの事を片手で軽く撫でつつ、ヴォイドは食べ物を屋台で多めに購入し、その殆どをバレぬようにスキルで『複製』しながら『ストレージ』に収納していく。
ヴォイドが今、何故こんな事をしているのかというと、今回ヴォイド達がこの国に招集された理由から推測して、恐らく今回の依頼内容が長期間のものになると判断したために他ならない。
何故なら、この世界で各国が有する最上級クラスの戦力をこの場に集結させ、これから四大国家の一つであり、軍事力第一位のレガー帝国と全面戦争をしよう、という話なのだから。
故に、事前に自分達の分の物資を調達している(資金の方はルフ持ちで)。
その後、ヴォイドが物資調達に使用した金額と、購入した物資の量を見てルフが自室で素っ頓狂な声を上げるのだが、それはまた別の話。
そんな物資調達をあらかた終えて皇城に戻ってきたヴォイドは、『存在希薄』のスキルで誰かに目をつけられることもなく割り振られた部屋まで入り、装備の手入れや読書などをしながら夕食の時間まで過ごした。
...
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そして夕食の時間になり、部屋に来たメイドに呼ばれて付いて行けば、城の大広間、というかダンスホール?がある場所に通される。
大きな扉を潜れば目に入るのは豪華絢爛、酒池肉林、文字通り贅沢の限りを尽くした豪華な宴の席。案内されたこの場は立食形式の宴の席であり、同時に主催者の教皇と法王曰く、各国の戦力同士の「親睦会」も兼ねているとか。
しかし、ヴォイドはそんなことよりも、別のことが頭を支配していた。
(なぜルフ以外にも、カグヤ含めて他国の王が既にこの場に居る?どう考えても呼ばれてから、一週間とそこらで来られる距離じゃないはずだが......)
その思考とほぼ同時に、ヴォイドの頭の中には幾つかの光景がよぎる。それは古代の術式が刻まれた、複数の石が積み重なることで構成されている、特殊な門。起動するには並みの魔術師数人分の魔力が必要な、古代の遺物。
「“転移門”の可能性、か」
ヴォイドはそれを、東国ヤマトの王城。即ち輝夜城と呼ばれる城の地下深くでその門を確認している。まだこの城の地下では発見出来ていないが、恐らくは同じように発見出来るだろうと確信している。でなければ、今この場に“エルフの女王”や“ドワーフの王”が居るのはおかしい。
(とはいえ、今の内に他国の戦力を確認出来るのはでかいな。バー爺が一緒に飲んでる相手はドワーフのとこの戦士隊の面々か。デイビットはエルフの筆頭女剣士と仲良くお喋り、ルシアはリサとサラに守られながら食事を楽しんでいる、と)
自身のパーティーメンバーの位置と行動を把握し、ヴォイドは珍しくフードを脱いで参加する。その行動を見ていた少数の女性陣が、フードの中から出てきたその整った顔立ちに歓喜の声を上げるも、そのせいでこの場に居る男性陣の少数から嫉妬の目線を向けられることになったため、少なからずヴォイドの内心はささくれ立つ。
とはいえ昼間の様な失態を晒すつもりなど毛頭ないため、その顔には鉄の仮面が貼り付けられている。ヴォイドはそのまま、近くに居たウェイターから葡萄酒を受け取り、少し香りを楽しんでから口に含む。
押し寄せる程よい甘味と鋭い酸味、渋味と葡萄の深い香りが口の中にじんわりと広がり、少し遅れてアルコールの匂いが鼻の奥に鎮座する。
(それなりの品質ではある。が、探せば市場で買える程度の酒だな。となると、酒の方はあまり期待出来ないか。なら、料理の方はどうだ?)
近場にあった魚料理を手際よく切り分け、皿に盛り付けたものを口に運ぶ。口に入れた途端にふわりと広がるバターと香草の香り。その後を追いかけるように舌を刺激するソースの丸みのある酸味と、全体を引き立てる柑橘系のほんのり爽やかな香り。
そして魚が持つ濃い旨みが、余韻の如く後を引く。丁寧に下処理がされている為か、生臭さの欠片もなく、魚自身が持つ風味も生かして料理全体の完成度が高められている。
(素晴らしい出来だな。これは参加している貴族や騎士、他の冒険者と親睦を深めている場合ではないかな。頃合を見計らって、後で厨房を覗きに行かねば)
とヴォイドが思考したのも束の間、気付けばいつの間に接近したのやら、イリスが葡萄酒を片手にうっすらと頬を赤らめながら、ヴォイドの背後に立っていた。
そして彼女は昼間の時と同じように、口元に僅かな笑みを浮かべながら、綺麗で長い金髪を揺らして、多少の色気を放ちつつ、ヴォイドへと言の葉を紡ぐ。
「やぁ少年、先程振りだな。相手が居ないのなら、私の相手でもどうかな?」
この前まで5000字だ!って騒いでたのに、気付いたら今回加筆で9000字超えてて驚き過ぎて少しだけ咳き込みました。|゜Д゜)))




