第五十一話「空の旅と目指す道と初めまして」
獣人国アレスト、その最も栄えている中央都市ペアルバを代表する様な高級宿のその中庭で、ここ最近では住人にとっては日常や名物となっているヴォイド達の早朝の鍛錬。
ヴォイドとルシア、バー爺やサラ、たまにデイビットやリサという面子で朝早い時間から度々模擬戦を行っていたのだが、気が付けば同じ宿に宿泊している者達や、その噂を聞いて見に来る者、果ては「俺達も混ぜてくれ」と言いに来る者と、冒険者や傭兵、衛兵に騎士といった様々な人たちが日に日に入れ替わりで来る。
ヴォイドにしても「いい刺激だ」と判断し、来る者拒まずと言った様子で受け入れていた。同時に宿の従業員達としても、それがいい集客となるのか、今のところは特に何も言われていない。
しかし、ヴォイド達がこうしてこの街に馴染み始めてから、この宿の朝食時の食堂の売り上げが少なからず伸びたのも間違いなく事実だ。
そんな彼らの中にはルシアを応援する者や、ヴォイドやバー爺に稽古をつけて貰う者など、早朝にも関わらず10人以上が汗を流して鍛錬に励んでいた。
「ほら、動きが鈍くなってるぞ。次は肩がガラ空きだ」
「いでっ!?」
「闘気の練りが甘い。仕掛ける時は焦らずにタイミングを見極めろ」
「うっす!」
といった具合に、最近はヴォイド一人に対して数人で、それこそ3人以上のパーティーで本気の編成をして戦って稽古をつけている。とは言っても、稽古をつけてもらう側はそれこそ死に物狂いでやらねば、ヴォイドやバートから手痛い木刀の打撃が飛んでくる。
隙を見せればそこを指摘しながら木刀で叩かれ、隙を伺えば『縮地』などでいきなり距離を詰められて木刀で叩かれる。しかし、彼らも決して成長してない訳ではないというのを身を持って実感しているため、人によっては喜々としてヴォイド達へと向かってゆく。
そんな中で、「極稀に起こる」と稽古をつけてもらっている者や見物客達が口を揃えていう“乱入戦”と言われるものがある。
しかしてその正体は、ヴォイドにとって敵側のパーティーに、ヴォイドのパーティーメンバーの誰かが気まぐれでいきなり参戦してくるのだ。稽古をつけてもらっている者達としては非常に心強く、多少なりともヴォイドに対して強気に出られるようになる為、乱入戦を体験出来た者は個人差はあるが、それでも一段、二段と確実に実力を伸ばすようになる。
そして今日も―――
「マスター、行くよ!」
その一言をヴォイドの聴覚が捉えた瞬間には、もう既に眼前でルシアと木刀同士で鍔迫り合っていた。ルシアは喜色満面といった様子で即座に後方へ飛び、ヴォイドと対峙していたパーティーの面々と即座に言葉を交わし、作戦を立案、実行に移す。
ルシアは体内で仙気の循環速度を更に高め、より速くヴォイドの先手を封じる。ヴォイドはあまり自分からは攻めないのを知っていて、尚且つヴォイドが攻めに転じた時の厄介さをこれでもかと知っているルシアだからこそ、その驚異的な速度と手数で常にヴォイドを後手に回らせようと行動する。
そんなルシアの奮闘に、見物に来ていた者達の応援にも少なからず熱が入りはじめる。
だが――――、
「今回も勝ちは譲らないけど、なっ!」
「くっ!?」
その一言と共に繰り出された横薙ぎの一太刀は、ヴォイドの人外の膂力をこれでもかと感じさせる程の威力を持っていた。ルシアにしても、完全に防御の体制を整えた上で真横に吹き飛ばされるという馬鹿げた力の差に笑いながら歯噛みする。
そして、ルシアが一時的に戦線を離脱したその一瞬で、対峙していたパーティーの面々はその全てが一瞬で無力化されており、素早く体勢を立て直したはずのルシアの視界に入るのは死屍累々の様子だった(死んでないけど)。
しかしそんなことは関係ないとばかりに、ヴォイドはルシアに対して「来い」と人差し指をクイクイっと使って招く。
その後の勝敗がどうなったかは、言うまでもない。
しかしそんなアレストでの平和で悠々自適な生活は、突然に幕を下ろされる事になる。その原因は「オレアム皇国からの迎えの者が来たので城に出向いて欲しい」という旨の、ルフからの伝言で始まる。
朝食後にヴォイドがルフからの伝言を受け取り、ルシアと城に向かうと、以前にも通された応接間の様な一室に通される。その中には既に見知らぬ騎士風の人物とルフが座っており、話をしていた。
二人はヴォイドとルシアの二人が来たことを視認した後、立ち上がって声をかける。
「やぁ、一週間ぶりくらいかな?」
「あぁ、身体の調子は...聞くまでもなさそうだな」
「お陰様でね」
「それで、迎えが来たとか?」
そう言いながら、ヴォイドはルフとのやり取りを無言で見ていた騎士の人物へと視線を移す。ルフと騎士の人物は視線で数回やり取りをしてから、口を開く。
「それは私から説明をさせて頂ければ。初めまして、ヴォイド殿、ルシア殿。私はオレアム皇国[星竜騎士団]所属の、スノヘ・グモールと申します。ヴォイド殿達を我が国へと送り届ける任を受けて、この地に馳せ参じた次第です」
軽くではあるが自己紹介をされ、その態度にヴォイドは思わず内心で「へぇ」と、感心してしまう。
それは噂に聞く宗教国家の騎士団所属ながら、こちらを侮るような気配もなく、むしろ敬意に近い感情がその瞳に垣間見える為だ。
「Cランク冒険者のヴォイドだ。道中色々と迷惑を掛けるかもしれないが、こちらこそよろしく頼む」
「同じく冒険者のルシアです。よろしくお願いします!」
ヴォイドの差し出した手を、スノヘ・グモールと名乗った人物は迷わず握り返し、二人は握手を交わす。
この時ヴォイドは気付いていなかったが、ルフに対して敬意の欠片もないような態度でヴォイドが接していたのを間近で見て、スノヘはヴォイドの強さを半ば直感的に理解していたためにこの態度だった。
彼ら騎士団の面々と少しだけ話した後、なるべく早く準備が出来次第出発したいとのことだったので、「今からでも出発できる」と告げ、早速準備してもらう事に。今回はかなり急な要請だったのを配慮して、遠方の国へはオレアム皇国が誇る“竜騎士”と呼ばれる国の象徴のひとつである騎士団を出しているとか。
しかし、それよりもヴォイドには気になることがあった。それはスノヘに説明された今回の移動に使う乗り物だ。最初ヴォイドは馬車で移動かと思っていたのだが、竜騎士が出張ってきたこともあって、「竜篭」と呼ばれる移動用の魔導具があるらしい。
その竜篭は文字通り、“竜が人を運ぶ為の大きな篭”だ。とは言えこれでは非常に分かりづらい。ただ、見た目は完全にただの豆腐建築の倉庫なのだ。
しかし、その中は『空間魔法/魔術』で一軒家くらいには広げられており、個人的には「家としても機能するのでは?」と思うほどだった。
そんな魔導具が二つも俺達の為に用意してくれているのだ、世辞でも礼は言わなければと珍しく思うヴォイドだった。
....
......
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「出発してからもう10日か。予定では、明日の日中には皇国に入るんだよな?」
「えぇ、馬車ではないので盗賊の類に襲われる心配もないですし。万が一天候が悪化したとしても、予定通りに皇国内には入れると思いますよ」
と、ここ数日でそれなりに仲良くなったスノヘに予定を確認するヴォイド。
彼らとは野営や休憩などのタイミングで『ストレージ』に入っている食事や飲み物をこちらから提供したり、暇な時間に鍛錬を一緒にやったりしていたら、本当にいつの間にかスノヘの率いるスノヘ十人隊の面々と仲良くなってしまった、という感じだ。
因みに出発した後で知った事だが、「レガー帝国の戦力が既に動き出している為、オレアム皇国、皇都バルガルドにて緊急で“定例国家会議”を行うものとする。その為、各国の代表者は是非とも出席して欲しい」という旨の知らせをルフは既に受け取っていながら、今回は俺達に同行しなかったらしい。ルフ曰く、直ぐにやっておかなければならない書類関係の仕事や引継ぎ作業がまだ色々と残っているらしく、終わり次第出発するとのことだ。
ルフ本人曰く、出発してから数日もすればこちらに合流出来るらしいが、この世界の文明レベルで竜篭以上の移動速度を誇るものといえば、飛行船や俺のヴィマナ、後は転移門くらいしかなかったはずだ。
とはいえ深く考えても分からないものは分からない、故に後で本人に聞くなり調査するなりすればいい、とヴォイド思考を断ち切るのだった。
ともあれ、ヴォイド達一行はその後特にこれといった問題に遭遇することもなく、オレアム皇国とカイン王国の国境線を超え、白亜の都市と名高い(ヴォイドは色覚がバグるかと思うくらいにはすべてが白い)オレアム皇国、皇都バルガルドへと到着したのだが、そんなヴォイド達を皇城で出迎えたのは、何故か自分達よりも先にこの場へ到着しているルフの姿だった。
「それで、空の旅はどうだったかな?」
「特には何もなかったな。強いて言えば、スノヘのワイバーンに懐かれた事くらいか?」
「そうですね。ヴォイド殿には調教師の才もあったとは、と驚いたものです」
と、しばらく世間話に花を咲かせ、その後は各々別れて割り当てられた城内の部屋の場所を確認したり、情報収集も兼ねて街中に繰り出したり、割り当てられた部屋でゆっくり過ごしたりと、思い思いの時間を過ごす。
そんな中でヴォイドは一人、皇城の訓練場近くにある大木を背に座って、この城に常駐している騎士達の行っている訓練をぼんやりと眺める。
そんなヴォイドの左目は現在、この国の様々な景色を映し出している。
それは街中や森、街道などへと移動中に放った複数のヴォイドの分身からもたらされる、貴重な情報だ。共有された複数の視界で、左目をモニターとして認識し、分身達から共有される視界を複数のタブと認識することで、分身達が見聞きしたものをリアルタイムで自分が情報のジャンル毎にまとめて、記録していく。
例えば皇都バルガルドの詳細な地図の作成。これはホログラムで映し出されるような、立体的な地図を脳内で作成するため、ソナーの様な『感知系スキル』で地形を常に把握して地道に進めていくしかない。
とはいえ常人がそんな真似をしようものなら、一瞬で脳神経が焼き切れて死に至る事になる。しかし、数多のスキルで強化された肉体と情報処理能力により、今のヴォイドはこれくらいのマルチタスクならば、まるで問題ない。
しかし、休憩がてらに騎士達の訓練を眺めながらその作業を行っていたヴォイドは傍から見れば、手持ち無沙汰に見えたのだろう。騎士の一人が気を使って、「よかったら訓練に参加しないか?」と話しかけてきた。
とは言えヴォイドも特に断る理由がなかったのでこれを了承するのだが、最初は一対一で模擬戦をしていたはずが、気付けば騎士達全員を相手にヴォイド一人という構図がいつの間にか出来上がっており、自分の周囲を包囲する相手にヴォイドは刃引きされた訓練用の剣一本で戦っていた。
相手が仕掛けようと意識して、自らの身体を動かそうと足や手に力を込める瞬間を決して見逃さず、まるで心を読んだかのようなタイミングで一気に距離を詰めて狩りに来るヴォイドに、騎士達も油断せず、各々が三人以上で連携を取って打ち合う。
しかしその打ち合いの最中ですら、それこそ意識を一瞬、少しだけヴォイドから外そうものなら、その刹那の時間で「トン」と首を訓練用の剣で軽く叩かれる。
相手の意識の隙を、体の筋肉や目のほんの少しの動きを正確に捉えて、相手が気付かぬ内に退場判定(急所への一撃など)を叩きつける。
それは文字通り、卓越した『技能』を複数所持している状態で初めて使うことが出来る“殺すこと”への効率を追い求めた、亡者が振るう剣。機能美という芸術性が節々で垣間見える、ヴォイドが目指し始めた剣技の道筋。
その剣に必要な『技能』とは、自分自身を中心に、周囲を広く俯瞰しているような視点を常に維持できるだけの、類稀なる『集中力』と『観察眼』。五感から得られる情報を素早く精査し続け、次の行動を即座に弾き出せるだけの『情報処理能力』と『身体能力』。
そしてその全てを束ね、あらゆる状況に対して決して揺るがず、冷静に、冷徹に、冷酷に対処し続けるだけの強靭さを持った『絶対零度の鋼の心』を得て、ようやく目指す先のスタートラインに立てる。
それが、今のヴォイドが目指す己が剣の到達点であり、理想形。
その技術をより向上させるために使われる騎士達は訓練でありながら、参加していた者達全員が相対するだけで背筋に冷たいモノを感じる程の人物を前にし、普段の訓練では決して得られないであろう貴重な体験を、経験を、今ここで得られる事への愉悦を感じていた。
しかし、それだけ目立ってしまえば面倒な相手に目を付けられてしまうのもまた、世の常。
ヴォイドが最後に残った一人に対して容赦なく退場判定を与えた後、訓練用の剣を軽く地面に突き刺して己の後方へと振り向くと、そこには―――
「やぁ、君が最近噂の【漆黒】の二つ名を貰った冒険者かな?」
デイビットが見れば非常に喜びそうな、文字通りの美女がそこに立っていた。
赤みがかった金髪のロングヘアと凛々しさを醸し出す非常に整った顔立ちと雰囲気、身に付ける装備は一目見れば高ランクの魔物の皮が使われていると分かるレザーアーマーを身につけており、その腰には一振りの魔剣が携えられている。
そんな人物を初めて目にし、ヴォイドが抱いた感想は、
(見た目は【姫騎士】....いや、雰囲気的に“姉御肌”な感じが否めないな。顔もスタイルも強さも間違いなく、「超」が付く一級品だが......個人的には趣味じゃないな)
と割とどうでもいいことを2秒ほど考えていたヴォイドだったが、目の前の人物に全くと言っていいほど見覚えがなかったため、彼女に対して至極冷静に告げた。
「.....誰だ?」




