第五十話「時代の変わり目と芽生え」
前代未聞の王族による「返上の儀」から、はや数日。瀕死の重傷を負っていたゼブルやルフも既に、ヴォイドの治療により完治し活動を再開している。
ルシアなど、次の日には懐かしの故郷を一人、朝から駆け回っていた程だ。
そんなヴォイド達は現在はアレストの王宮ではなく、中央都市ペアルバの商店街近くにある、それなりに高級な宿に幾つか部屋を取っている。そんな宿の一室で、前日までは外で元気一杯に動き回っていたルシアだが、リサとサラの二人にこっぴどく叱られたらしく、今は大人しくリサとサラ二人に世話をされながら療養中だ。
「マスター.....このままじゃ僕、暇すぎて死んじゃうよ~」
備え付けのテーブルに突っ伏したまま、本日何度目かそうぼやくルシアに「やれやれ」といった様子で遂に観念し、ヴォイドは読んでいた本を「ポフッ」という音と共に閉じる。
とは言え、それほどやれることがある訳でもない。今のルシアはデイビットやバートの様に、一人で朝から街に出かける事も許されていないし、許可が降りなければ一人で鍛錬する事も出来ない。故に、主人であるヴォイドに対して、せめて「構って」と告げているのだ。
本を『ストレージ』へと仕舞い、座っていた窓際のソファから立ち上がってルシアに歩み寄る。突っ伏したままのルシアの頭をわしゃわしゃと撫でてから、ヴォイドは一つ提案をする。
「なら、久々に昼飯までの時間で鍛錬するか」
その言葉を聞いた途端、ルシアは両の目をキラキラさせて「いいのっ!?」と椅子から飛び跳ねる。
そしてそのまますぐにリサ達が止める間もなく木刀を片手に、宿の近場にある公園に走っていった。その様子を見て苦笑を零すサラに見送られながら、ルシアを追うようにしてヴォイドは歩いて行った。
そしてヴォイドが目的地である公園に着いた時には既に、ルシアは一人で素振りをして身体を温め始めていた。
「いつにも増して、やる気満々だな」
「うん。今回の戦いで、まだまだ僕自身の実力不足を痛感したから。せめて兄さんくらいの相手には、相討ちに持っていけるくらいじゃないと」
「その程度ならこの前の戦闘で既に身に付いてる筈だけどな。ぶっちゃけ現状の問題は、対人戦の経験値と今まで獲得した能力をもっと上手く扱えるようにその習熟度を上げる事だ」
そう言って、ヴォイドは『ストレージ』から無造作に取り出した木刀を一振りし、無形にて構える。それに呼応するようにルシアもまた素振りを止め、その手の木刀をヴォイドへと正眼に構える。二人の距離はまさに「一足一刀」、お互いに間合いの中からの開始だ。
そしてタイミングが良いことに、二人の頬を撫でるそよ風が吹いてゆく―――
開始の合図はなかった。しかし、まるで示し合わせた様に二人がほぼ同時に動き出す。
ルシアは姿勢を低くし大きく一歩、ヴォイドへと踏み出すように強く、深く、鋭く踏み込む。木刀は自らの身体を使って手元から剣先までの全てを隠し、なるべく己の初太刀を悟られないようにしながらの攻撃型に振り切ったその姿勢。ヴォイドはその動きに対し、あくまで見てから静かに浅く、ゆったりとした一歩を踏み込み、対応するように袈裟斬りの要領で上段から木刀を振り下ろす。
初手の踏み込み、動き出しはルシアが速い。しかし、問題なく捉えられた「後の先」。それはヴォイドが対人戦に於いてかなり高い頻度で使う、最短最速で勝負を終わらせる為の効率を追い求めた動き。始まりの剣戟の為、僅かな差はあれどより速く動いたのはルシア。
しかし、二手目で既に迫る目の前の一撃を凌がねば、それ以上先はない。
開始直後からこれは「中々手厳しい」と言わざる負えない。だが、ルシアはそれを確認後に自らの身体で隠した木刀を即座に下段から滑らせ、ヴォイドが木刀を握るその手元を狙って放つ。
この場合、当然「後手」を捉えて動いたルシアの方が圧倒的な有利を得る。驚異的なまでの動体視力と反射神経、そして運動能力。並みの戦士が相手ならば、相手の一挙手一投足をすべて見てから、余裕で対応出来る。
しかし、ルシアが今対面しているのは全ての能力の基準値が自分の数倍以上の正真正銘のバケモノである。故にそんな相手に後手で有利を取ったからといって、決して状況が変わった訳ではない。何より、表情は見えないにしろルシアはヴォイドに「嫌なリズムを取らされた」と実感している為、油断はない。
ルシアは自らの初撃でヴォイドの初太刀が加速し切る前にヴォイドの握る木刀の柄を攻撃し、ヴォイドの放つ初太刀を完全に止めてみせる。
そしてその瞬間、自らの木刀の刃をまるで絡めるようにしながら思い切りその身体を捻り大地を蹴る。そのまま回転により得られた遠心力を空中で蹴りに乗せて、ヴォイドの顔面があるであろう場所へとお見舞いする。
しかしヴォイドは初太刀を止められた時点で迷わず木刀から手を離しており、姿勢を低くしながら後方へと半歩下がっていた。
そしてルシア渾身の回し蹴りがヴォイドの元居た場所の頭部辺りを空振りしたタイミングで、一気に攻めへと転じる。肉体を循環させていた闘気を手のひらに集め、ルシアの横腹へと掌打を放つ。
しかし直接は当てず、触れる直前で圧縮した闘気を一気に爆発させ、衝撃波を生み出しルシアを吹き飛ばす。ルシアは吹き飛ばされた瞬間にはもう、体制を立て直そうと空中で体を捻っていた。
だがヴォイドは体勢を立て直す暇を与えるつもりはない。
即座に『魔力糸』で木刀を手元に手繰り寄せながら、足裏で収束させた闘気を先程同様の手段で解き放ち、一気に加速。そのまま横一文に斬撃を放つ。対するルシアはいつの間にか空中で完全に体勢を立て直しており、着地の寸前でありながら木刀を上段に構えている。
鋭く振り抜かれるヴォイドの一太刀。それを見たルシアは「迎撃は無理」と即座に判断し、ヴォイドと同じように木刀から手を離す。そのまま空中で縮こまったままヴォイドの一撃を紙一重で回避。
そして着地と同時に大地に震動が走る。即座に思い至る「震脚」という言葉。それはここ数日でルシアが新たに獲得して見せた『発勁』のスキルを使用する為の予備動作。放たれるは大地より得た勁を加えた拳。
一見軽そうに見えるその一撃は、しかし実際はあり得ぬ程の力を秘めている。
だがその威力は先の「返上の義」でヴォイドも一度確認している。故に、ヴォイドはそれを冷静に分析した上で、自身の闘気を纏った左腕でしっかりと防御し、迫った大質量の衝撃に身を任せて後方へと飛ぶ。
そして互いに再び距離が空いたことで、両者ともにある程度の思考の余裕が生まれる。
(『発勁』....教えたのはバー爺かデイビットだな。使い方も上手い。着地のタイミングで震脚とは、知らなければ対処するのは難しかったな。相変わらず、手札の多さに驚かされるばかりだ)
(やっぱり今のでも決め手にはならない。今の『発勁』も初見の筈なのに一瞬で見抜かれて対処されてたし、やっぱりマスター相手は難しいなぁ.....)
次のステップは二人が互いに仙気を漲らせ、更に加速していく。
スキルと技の応酬が目まぐるしく繰り返され、更にルシアの技能に磨きが掛かってゆく。次第にルシアの繰り出す打撃にはほぼ常に『発勁』のスキルが付与された状態という場面もあった。そのおかげか、ルシアがこちらに力負けすることはほぼ無くなったと言っていいだろう。
そんな二人の武技の応酬に、段々と周囲も魅了さていくことになる。
少なからず見ていた者は武人としての血が騒ぎ、己もあの領域まで行ってみたい、血湧き肉躍る程の闘争をしてみたい、と。二人の周りには、次第に同じように実戦形式での鍛錬を開始する者、二人を観察して少しでも『技』を盗もうとする者が集い、しばらく互いに高め合っていた。
そしてその中心に居る二人が打ち合うのは最早木刀だけには収まらず、肉体すべての動きを連動させた渾身の一撃、即ち「必殺」の打ち合い。互いが互いの一手先を完璧に読み切り、更にその先を見極めんと猛進する。
二人がやっているのはいつもの、ただの鍛錬であるのは明白。
しかし、気の持ちよう一つでここまでの技の冴えと、新たな進歩を即座に弾き出す様な存在が居るのもまた事実。その事にヴォイドはフードの中で少し、嬉しそうな、それでいて恨めしそうな苦笑を浮かべながら「これだから天才は.....」と内心毒づくのだった。
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※
「それで、彼は私の依頼を受けてくれたかい?」
「ええ、正直死ぬかもと思いましたが、今のところは特に問題なく。多少見抜かれているかもしれませんが」
「はははっ、怖い所だね。次は本当に殺されてしまうかもしれない」
そう話すのは先日の「返上の儀」で自身の右腕と自慢の特大魔剣を両断され、無様にも民衆の前で敗北を晒したこの国の現国王であり、しかし未だ【獣王】の名を冠するルフ・ハーフェンその人であった。
先日、クベがヴォイドへと依頼した勇者数人の暗殺依頼。それはクベからの依頼ではなく、クベの対面に座り、のんびりと紅茶を飲んでいる他でもない、ルフ・ハーフェンからの依頼であったのだ。
しかしクベにはルフの表情からその思考を読むことは出来ない。彼が一体どのような考えのもとで、危険人物であるヴォイドへと勇者暗殺の依頼を出したのか、それを知るのは現状ルフ本人を除いて他に居ない。
それをヴォイドは知ってか知らずか、存外快く暗殺依頼を引き受けた。
ヴォイドにとってこの依頼は少なくとも、“勇者を暗殺する”というリスクを背負うだけの十分なメリットがあると判断するだけの価値があった、という事だ。しかしそれは果たして、どこまで読んでの事なのかは現状では誰にも分からない。
「それに、レガー帝国からの宣戦布告の通達が来てからもう半月経った。いつまで彼らが待ってくれるかも分からない状況だ」
「だから今回の異例な招集を利用してまで、彼らを消そうと?」
「当然だ。そう出来る状況と環境が揃ってしまったからね。彼らの様な“世界を蝕む害虫”は、早々に駆除しておかないといけない」
「それを誰とも知れぬあの青年に一任するのは正直、私は賛同しかねますよ」
「だろうねぇ。でも直接会って話した限り、彼は僕と“同種”の人間だと思ったんだよね」
その言葉を聞いたクベは怪訝な顔をする。しかし同時に、ルフの発言の意味を問うことは出来なかった。その理由はルフの表情を見て、体が強張った為だ。
僅かに三日月型に歪む口元、鋭い眼光が覗く細められた眼。一瞬とは言え、その身から発された「邪悪」を凝縮したような気配の発露。眠っていた恐怖が本能的に呼び覚まされる感覚が、クベの全身を包んでいた。
そんな中―――
「ここに居たか。見てきたぜ、親父」
「おや、おかえりゼブル。彼らの様子はどうだったかな?」
「どうもこうも、既に天秤が傾き始めてやがったぜ。悔しいが認めるしかねぇな、ありゃ俺と同等かそれ以上の天才だ。俺達の見る目が無かったのか、あの人族が異常なのか、それともたまたまかは分かんねぇけどな」
その報告を聞いて、ルフは内心震え上がっていた。自らですら見抜けなかった程にか弱かった筈のルシアが、気付けば驚異的な速度で足元まで迫る程の天賦の才を隠し持っていた事に。成長速度に関してはある程度の予想は出来ていたはずだった。しかし、その予想を遥かに超えるスピードで成長しているという報告が上がっている以上、自らもまた認めるしかない。
「いや全く....ハハッ、これが時代の節目というやつなのかな?」
より強き武を求める獣が集うこの地にて、今まさに新たな時代の灯火がまた一つ、眩い輝きを放ち始めている現状に獣の王は自らもまた更なる成長を目指し、重い腰を上げて立ち上がる。
同じように、邪気と悪意が渦巻く最先端の魔導の地では、絶対的な力により全てを否定する者が新たな時代の到来を予感し、時の流れに逆らわんとその眼を僅かに開く。
また、人である事を放棄し信仰に縋る家畜が蔓延る地では、神に選ばれし偽物の偽善者が全てを飲み込む闇の存在を感じて恐怖する。
そして、運命の歯車によりその全てと縁が繋がりつつある斬魔を成す異界の青年は「まだ足りない」と、胸中に未だ渦巻く煉獄の炎で己が刃を研ぎ澄ます。
全ての「点」が必然という「線」で繋がる日は、そう遠くないのかもしれない。
とある小説を読み直していたら、いつの間にか数日経っており、気付けば投稿が遅れてました。すみませんm(_ _)m
そして““祝、50話突破!””という事で、この作品のファンと呼べる方が現状で居るのかは果たして分かりませんが、これからもそれなりに頑張っていこうと思います。とは言え、作者は執筆速度が遅いのとストックがもうあと数話分しかないので投稿が不定期になるかもですが、変わらず応援のほど、よろしくお願いします!
内容を少し編集しました。 2022/10/05




