第四十九話「初めましてからの暗殺依頼」
生い茂る木々の隙間からその姿を覗かせる、小さな教会。
建物の見た目から分かる、長い年月を経たであろうその形跡。所々に蔦が絡みつき、建材の煉瓦にはヒビが入っている箇所も見て取れる。
それでもその建物にはどこか、儚い神聖さがあった。
そんな建物に歩を進める獣神アレストの後に続き、開けられている教会の扉をヴォイドは潜る。扉を越えてまずその視界に入ったのは教会内に佇む、一人の犬獣人の女性。どこかの学者のような、研究者のような格好をしてヴォイド達の到着を待っていたようだ。
そんな人物に対して、ヴォイドは深くこちら側の事情に踏み込めない様に牽制の意味を込めて挨拶を述べる。
「初めましてでいいんだよな?【偉大なる占星術師】クベ殿」
「えぇ、こちらこそお会い出来て光栄ですよ。【混沌の魔導士】ヴォイド様」
初対面の相手へ送る、第一声の軽い挨拶。たったそれだけで、両者は相対する人物への警戒度を殆ど限界まで引き上げる事になる。
(旧い呼び名を.....。能力もある程度知られているかもしれませんね。いやはや、この歳になって人と依頼の話をするだけで命懸けとは、占星術師である私でもこの先の展開は読み切れませんか)
(【混沌の魔導士】、ねぇ。間違いなく、コイツ何かしら視えてやがるな。この女が他にも知っている情報によってはここで――――)
お互いに思考したのは一秒にも満たない僅かな時間。それでもやはり、先程までとは明らかに場の雰囲気が張り詰めたものになっている。ヴォイドをこの場へと案内した獣神アレストは少し離れた場所で壁に背中を預け、事の成り行きを見守っている。
それを視線で確認したクベはあくまでも自然に、己の片眼鏡の位置を指で直し、改めてヴォイドを視た。
しかし、やはりどうあがいても“断片的な情報”までしか視えない。
そしてそれを知ってか知らずか、ヴォイドも同じように対面するクベと名乗った女の事を『鑑定』などのスキルであらゆる情報を瞬時に抜き取っていく。
それから僅かな沈黙の後に、両者はこのまま情報戦を続けるのはあまり良くないとほぼ同時に判断し、次の段階へと移る。まるで先程までのはただの挨拶替わりとでも言うように、あっさりと二人が繰り広げる情報戦は幕を閉じる。
そして小さな溜息の後に先に口を開いたのは、占星術師であるクベの方であった。
「この場にお呼びしたのは他でもありません。貴方と二人で、内密に話したい事があったからです」
「だろうな。一般人どころか、かなり限られた人物しか入れない様な結界内に俺を招いたんだ。要件は余程、他人にも身内にも聞かれたくないような内容って事だろう?」
「結界まで気付いていましたか。では、単刀直入に――――」
そう告げる占星術師を目の前に、何故かヴォイドはその言葉の節々から多少の緊張が漏れている事が疑問だった。自らを見つめるその眼差しはまるで、目に見えないものを恐れているかの様な、何かに対しての強い恐怖が浮かんでいるのが捉えられる。
それは本来、人がトラウマといっても過言ではない程のモノを前にした時に、半ば無意識の内にしてしまう体の防衛機能の一つ。表情や素振りには出ていないが、その声色は間違いなく、何かに対して恐怖していた。
そしてヴォイドはその恐怖が一体どこからくるものなのか、クベの次の発言で凡そ理解した。
「オレアム皇国に召喚されし、今代の【異世界の勇者達】と呼称される彼らについての事と、昨今目覚めつつあると噂される“魔王”の存在について、あなたに依頼したい事があります」
そうクベが告げた中で、ヴォイドが【異世界の勇者達】という単語を聞いた瞬間、心なしか少しだけ冷たい風がクベの頬を撫でていったような気がした。
そしてそれは離れたところで成り行きを見守っていた獣神アレストの目から見て間違いなく、ヴォイドの身から膨れ上がり僅かに漏れ出た、微量な殺気。ヴォイドが反応を見せた理由は、クベが少なくともヴォイド自身の事をそれなりに深く知っていると勘違いした為だ。
初手の挨拶に続き、魔導具のモノクル、更に【勇者】に関するとされる話。ここまで揃えば嫌でも警戒するのは当たり前であった。それこそそれらしい発言をした次の瞬間には、首を刎ね飛ばそうと思えるほどに。
故に無意識の内に少しだけその語気を強めながら、ヴォイドはクベに答える。
「聞くだけは聞いてやるが、受けるかどうかは別だ」
「それで構いません」
「では」とクベは仕切りなおして、ヴォイドへの依頼内容を話し始める。そしてその依頼内容とは、オレアム皇国から来たという使者からの一通の手紙から始まる。
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時は遡り、まだヴォイド達が東国ヤマトで水神リヴァイアサンからの依頼をこなしている頃。獣人国アレストの王宮の一室で、ルフとその息子であるゼブルは事の詳細を話していた。
「で、どうすんだよ親父。この要請を受け入れるなら、この国の最高戦力が一時的にとは言え、皇国に引き抜かれることになるぞ」
「そうだね、だがどうしたものかね?この手紙には国の代表、その代理としての戦力を集結させたいと書いてある」
その手紙の内容は皇国側が「復活しつつある魔王と、その魔王の配下による驚異の排除の為」という名目のもと召喚した【異世界の勇者達】と、それぞれの“国々の代表となる戦士達”とを一時的に協力関係にさせ、目覚めつつある魔王とその勢力を完全に復活する前に駆逐する為に、是非協力して欲しいというものだった。
しかもこの要請に応え、オレアム皇国へと戦力を提供した国には、今回最も戦力を提供することになるであろう、オレアム皇国自らと無制限で和平条約が結ばれる事が約束されている。昨今は大国同士が国境付近で小さくない小競り合いを多発させていることもあって、見方によってはそれなりに旨みの強い話ではある。
因みにオレアム皇国が何故「魔王が復活する」という一種の世迷言の様な情報を握っていて、それを各国が信用するのか。
その理由は実はオレアム皇国には獣人国アレストと同じように【占星術師】のジョブを持った者が居る為だ。しかもそれだけでなく、彼の国には『啓示』というエクストラスキルを持つ【四魂の聖女】と呼ばれる、所謂本物の聖人が居る(種族的な意味で)。
そんな【聖女】はかなり長生きらしく、本来は200~300年が【聖女】の平均寿命なのだが、今代の聖女は正式な【聖女】となってから約500年以上経つ今現在も、変わらず存命中であるらしい。
そんな【四魂の聖女】はオレアム皇国の聖女として、正式に就任したタイミングでこの世界の創世神により『加護』と『聖痕』を授けられ、その二つの神の祝福により不老長寿を得、同時に発現した『啓示』のスキルにより、日々世界を安寧へと導いていると言われている。
「第一候補は当然、俺なんだろ?一体何で迷ってるのかは知らねぇが、実力だけなら俺一人でも申し分ない筈だぜ。他の兄弟じゃ力不足なのは目に見えてるからな。まあ親父がその要請を断るなら、それはそれで構わねぇけどな」
「いや、招集には応えるべきだろうね。今回は間違いなく四大国家のカイン王国やロス連邦だけじゃなく、その他の属国の中小国家も参加を表明するだろう」
「親父がそう言うなら別に構わねぇけどよ、その戦力を集結させる要請を出してる国が問題なんだよ。あそこの神官どもは話が通じねぇし、何を考えてるのか分かったもんじゃねぇ。しかも帝国や連邦と同じくらいには“黒い噂”が絶えねぇしな」
「まあ、それに関しては否定出来ない事実だね。彼らは僕らが思っている以上に、醜く欲深い。それこそ、この国がカイン王国の傘下であるのを知っていて、彼らは既に裏で何度か手を出してきてる。最近では表でも、かな?」
ゼブルはルフのその言葉を聞いて、苦虫を噛み潰したような顔をする。先日、この国を訪問してきた噂の【異世界の勇者達】の事を、この時ゼブルは思い出していたからだ。
彼らは「見聞を広げるため」という名目でアレストに到着直後に、民間人との間で一悶着騒動を起こし、あろう事かその責任をこちら側に押し付けてきた。しかもその後の会談では「礼儀」の「れ」の字もない態度で彼らと話し合うことになったり。
思い出すだけで彼らを殴りたい衝動に駆られるゼブルは、いつか貶されたことへの報復の時のため、静かに淡々と自らの牙を磨いていた。そしてその報復が出来るかもしれない機会が今、目の前にある。
しかし対面に座るこの国の王は、自分の知らぬ“何か”を理由に人選を渋っている。
対するルフは「今は関係ない話だけどね」と、先程までの話を軽く片付ける。
その後、オレアム皇国に誰を派遣するかの回答を結局有耶無耶にされ、若干ゼブルが不貞腐れながら退室することで、その時の話し合いは一時的に終わることになる。
そして時は現在に戻り――――
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「獣人国アレストの代表戦力として魔王討伐に参戦をした後、そのどさくさに紛れてこちらの指定する“勇者数人の暗殺”を依頼したいのです」
という、大変物騒な依頼内容がクベからヴォイドへと告げられた。それに対しヴォイドはあくまでも、冷静に返答を返す。
「殺し方の指定は?」
「特にこちらからはありません」
「では、依頼達成時の報酬は?」
「我々が差し出せる物で貴方の望む者をなんでも、一つだけ差し上げます」
その言葉を聞いて、ヴォイドはフードの奥で不敵に嗤う。この依頼には「それほどの価値があるのか」と嬉しい誤算を得た為に。しかしその事に気付く者は、この場には誰一人居ない。
そして、ヴォイドが出した結論は――――
「いいだろう。Ⅽランク冒険者ヴォイドがその依頼、引き受けよう」
内容を少し編集しました。 2022/09/21




