第四十八話「連戦連勝、その後に」
前代未聞の二対二による「返上の儀」の決着から数時間後、ルシアは会場内の医務室のベッドで目を覚ましていた。未だぼんやりする意識を押し殺して、自分が気を失うまでに覚えている限りの記憶を掘り起こそうとした、まさにそのタイミング。
気配もなく、いつの間にか部屋に入ってきていたヴォイドにルシアは声をかけられる。
「起きたか。体の調子はどうだ?」
「あ、マスター。僕は見ての通り大丈夫だよ。それより、決着はどうなったの?」
ヴォイドに投げかけられたその問いは、ルシアが内心で抱く「もしかしたら」という不安が目に見えるほどに伝わってきた。
それも仕方のないことだろう。試合の途中で戦闘不能となり意識を失い、今まで眠っていたのなら尚更、「返上の義」の勝敗は気になるだろう。なにせ、自らの今後の身の振り方にも直結することだ。
故にヴォイドは簡潔に、真実のみを伝える。
「安心しろ、俺達の勝ちだ。今はまだ手続き関連で少しだけ猶予があるが、今後お前は王族のルシア・ハーフェンじゃなく、ただの冒険者ルシアになる」
ヴォイドが静かに、淡々と告げたその言葉の意味をしっかりと咀嚼し理解した瞬間、ルシアは噛み締める様な表情をしながら静かに、涙を流していた。
そんなルシアの頭をヴォイドは無造作にわしゃわしゃと撫でながら、「よく頑張ったな」と労いの言葉をかける。
「あと、最近よく泣くようになったな」
「今は色々、嬉しくて.....」
ルシアは泣きながらに苦笑を零す。
その表情と流れる涙に込められた感情は、己の様な他人では到底計り知る事など出来ないのだろうと、ヴォイドは思う。
しかしこれでやっと、一人の少女が背負うには大き過ぎる肩の荷が降りたのだ。
それらを今までルシアは殆ど顔に出さずに抑え、どこかに吐き出す様子も見られなかった。後に聞いたヴォイドに言わせれば「そりゃ、泣きながら笑いたくもなる」と言わしめるには十分であった。
そしてルシアが無事に目覚めたかどうかを確認したヴォイドはその後ルシアの傍にサラを置いて、医務室を退室する。その際に何人かの獣人がちらほらとルシアの見舞いに来ていた様子が視界に入ったが、それはヴォイドの与り知らぬことである。
理由は単純に、家族と話すことも今のルシアにとっては必要な事のはずだと判断したからだ。
そんなルシアを気遣い、医務室を後にしたヴォイドは未だ少なからずささくれ立っている感情を静めるため、一人でとある場所へと足を伸ばしていた。
それは獣人国アレスト中央都市ペアルバ、その都市の外れに存在する霊殿。その場所は獣人国アレストが建国されて間もない頃から設立されていた、“歴代の獣王達が眠る”とされている「獣王霊殿」という場所だった。
現在は前代未聞の「返上の儀」という軽いお祭り騒ぎが急遽開催された為、普段は観光名所として一般にも公開されているが今日に限ってはその限りではない。客はおろか、警備員や職員といった者達までも含めて人っ子一人居ない。
それでも敷地内には季節の花々が咲き乱れ、ヴォイドの視界を美しく彩る。
しかしとにかく広い庭園のその中央、そこにはまるで巨大な教会の様な作りをした建物が存在していた。ヴォイドがその中へと一度足を踏み入れてみれば建物内は驚く程の静謐に包まれており、室温は何故か外と比べて少し肌寒いと感じるほどには冷え切っている。
そして建材として使われている純白の煉瓦の壁と、所々に飾られている芸術品や記念品を眺めながら、ヴォイドは静かに歩を進めた。前述の通り建物内にはヴォイド以外の人気はなく、それ故にヴォイドはいつもの様に足音と気配をある程度薄くして建物の奥へと進む。
そして数分程建物内を歩き回っていると、突然ある程度開けた場所に辿り着く。
(ここは......広間か?いや、明らかに想定されたであろう用途が違うな。......あぁなるほど、ここが“噂の場所”か。建材が違い過ぎてぱっと見分からなかったが、よく見れば聞いてた通りさっきまで居た闘技場とそっくりだな。しかし気晴らしに来たはいいが、肝心の“対戦者が現れるかは、挑戦者次第”ってのがよく分からんないな。考えられるのはステージギミックの類か、それともイベントフラグの回収か。取り合えずもう少し待って、それで出てこないようなら――――)
そこで突如ヴォイドは思考を中断し、ほぼ同時に後方へと飛んでその場から距離を取った。
本人曰く、この時決して余所見をしていたつもりは無かった。しかし、数秒とはいえその場から意識を逸らしていたのは事実。それでも、いきなり目の前に“大きな円形の鏡”が出現すれば、『感知系スキル』なり存在の放つ気配なりで即座に気付くものだ。
それが全く違和感や気配なく、言葉通り“いつの間にか”ヴォイドの目の前に出現していた。しかしこの説明だとまだ何か“違和感”が残る。
そう、この鏡が出現する前と後で感じたこの空間の雰囲気が、まるで変わっていない。故に、この謎の鏡は元々この場に存在していたとヴォイドは即座に仮定する。鏡面に映るのはまさに「漆黒」を体現したかのように黒に塗りつぶされた人型。
「鏡」という代物は地球のオカルト関連ではそれなりに力を持つとされる物品だ。例えば力を増幅する、あるいは反射する。例えば鏡が映すのは現実とは似て非なる別世界、あるいは超常の何かが通る道となるなど。眉唾なものが多い。
しかし、ここでヴォイドの思考は再度断ち切られる事になった。何故なら眼前の鏡面に映っていた自分自身が、ひとりでに“動き出した”からだ。更にあろう事か、鏡の中からこちら側へと出てきてしまった。
そしてそのまま流れるように、静謐な気配を保ったままにその拳を構え、こちらへと迫ってくる。流石にこの事態はヴォイドはにとっても想定外。しかして想定外というのは得てして、複数訪れるもの。
(おいおい、這い出て来ていきなり襲いかかってくるとは、また随分な挨拶だな。しかもこっちの体術の動きを模倣されてる。見せた覚えはないが、いつどこで盗まれた?いや、今はそれはいいか。言葉は話さないのか、それとも話せないのか。ともかく素の動きが模倣されているのが前提なら体術スキル全般は勿論、『仙術』も一応警戒して動くべきだな、これは)
容易く音の壁を超えて三発打ち込まれる拳を軽く躱しながら素早く思考をまとめ、ヴォイドは即座に攻撃を繋ぐ際のわずかな隙を付いて攻めへと転じる。
対面した限りでは能力値面は恐らくほぼ同等、しかし体術などの技術面や戦闘の経験値では恐らく、自身が勝る。しかし更に特筆すべき点は、鏡の人形は“何か”によって動かされている様な、少し機械的な動きをしているという点。
鋭く放たれる回し蹴りを軽く腕一本で受け止め、衝撃を地面へと流し、即座に相手の懐に滑るように踏み込みながらそのままもう片方の腕で鳩尾へ拳を見舞う。拳は何かに防がれることなく直撃、そこへヴォイドは更にパイルバンカーのように寸勁を用いて初撃よりも強烈な二発目を打ち込む。
しかしその二発目を事前に察知したのか鏡の人形が攻撃を躱す為に後方へと一歩退いた後、その反動を利用するようにして再度踏み込み、中段からの打撃を放ってきた。
追撃の寸勁は空中で衝撃波を僅かに発生させただけで不発。更にはタイミングを合わせてカウンターが迫る。しかしヴォイドはそのカウンターに対し、身を屈めるようにして更に深く相手の懐へ踏み込み、殆ど零距離の状態で放たれた拳を紙一重で躱しきり、その後に全身のバネを利用してのアッパーカットを直撃させた。
衝撃に仰け反った鏡の人形を観察しながら緩急を付けたステップで後退し、ヴォイドは思考を回す。
(さて、個人的には結構いいのが入ったと思ったが、普通に倒れないな。これは黒コートの能力も複写されてるのか?だとしたら、今までの攻撃にダメージ効果は望めないな。というかぶっちゃけ、コート越しにダメージを与える事自体が若干難しいな。浸透勁なら――――行けるか?)
幾つかの打撃が直撃していたにも関わらず、あまりにダメージを感じさせない動きを鏡の人形が続けるため次にヴォイドは全ての打撃を『浸透勁』と呼ばれる類のものへと切り替え、防御しようが去なそうが、相殺しようが、少なからず肉体内部にダメージが蓄積していく仕様にして観察を行ってみた。
すると予想通り鏡の人形の反応が変わり、同じようにその攻撃手段も切り替わる。正面からしっかりと防御したのは最初の一撃のみで、それからはヴォイドの打撃は全てギリギリで躱され、その上で組み技や投げ技を仕掛けようとしてくるようになった。
この変化には流石のヴォイドも、自然に笑みが溢れる。
(気晴らしと暇つぶしになればいいかと思っていたが、存外楽しめそうで何よりだ。こちらの予想を裏切る対応の早さと学習速度。黒コートの能力は複写されてると見て間違いない。だとすれば、打撃のみだと多少厳しいな。ハハッ、楽しくなってきたな)
鏡の人形が投げ技を仕掛けようと迫るのに合わせてヴォイドは素早く後ろ足を少しだけ距離を稼ぐようにするりと後ろへと僅かに伸ばし、同時に牽制として掌打を放つ。しかし掌打は軽く去され、懐に入られる――――ことはなく、ヴォイドが素早く後ろに身を引くことで再度彼我の距離が離されていく。
しかしその予備動作を察知して鏡の人形は追撃にと頭部を狙った突き刺すような鋭い蹴りを放ったが、どうやら射程を見誤ったのか、かなりギリギリのところでヴォイドに届くことはなかった。しかしその結果は偶然ではなく必然に発生したものだ。
それは先程、ヴォイドが回避の直前に行った後ろ足を更に後方へと僅かに動かす、というこの極小さな行動により発生したものだ。一部の界隈では「スティールステップ」などと呼称されていたりする、非常に簡単であるが相手にとっては分かりづらく、しかしたったそれだけの事で彼我の距離感を狂わせやすいといった特性を持つ小技の一つ。
しかし小技故に、一定以上の実力を備えている相手に対しては通じても二度までといった代物だ。だが、ヴォイドにとっては一瞬の隙を生み出せただけで十分であった。
この時点で決着を決めに行ってもよかったが、しかしヴォイドは腰を落としてのタックルを遂行。鏡の人形は目まぐるしく変わる状況に対応出来ず少し吹き飛び、後転して体制を立て直そうと試みる。
が、即座にヴォイドが『縮地』で彼我の距離を詰め、その頭部目掛けて貫手を放つ。初見の小技で虚を突かれ、更に大きく体制も崩された鏡の人形。そんな状況からヴォイドの攻撃を躱す術は、当然持ち合わせていない。
その様子を見て内心で「これで決まったか?」と少々落胆しながらヴォイドは貫手を放ったが、しかし勝負は終わっていなかった。鏡の人形はヴォイドの知らぬ『超反応』というスキルで貫手と頭部の間にギリギリで腕を一本差し込み、ヴォイドの貫手を頭部に到達する直前で食い止めていた。
その状況に思わず、関心してしまうヴォイド。
(へぇ、そんなスキルがあるのか。というか、遂に俺の知らないスキルまで使用し始めたか。しかも骨まで貫いたはずの腕がすでに少しずつ再生を始めてる。やっぱり、これは一度じっくりと時間をかけて楽しむとしようか)
改めて方針を決め、フードの暗闇の中でニヤリと笑いながら人形に倣うように幾つかのスキルを起動し、再度構えるヴォイドであった。
....
......
........
かれこれ鏡の人形と戦い始めてから、体感で二時間は経過した頃だろうか。両者の攻防が拳から次第に鉄の刃へと変わり、火花を散らしてひたすら打ち合い、少なからずヴォイドが満足感を得始めていた頃合。
鏡の人形はヴォイドが手札を増やすたびにその対応を変え続け、同じくその手札を増やし続けた。
最初の方はゆっくりと学習するようにこちらの行動を真似たりして、しかし次第にたった一度見せただけで変則的な攻撃を対応して見せ、尚且つカウンターを打ち込んできたりと気晴らしの暇つぶしにと思っていたヴォイドは気付けばこの時間を非常に楽しんでいた。
しかし遂に、決着の時が訪れる。満足したヴォイドが対応出来ないレベルまでいきなりギアを引き上げ、鏡の人形の得物を打ち払った。
堪らずといった様子で片膝を付き、剣を後方へと弾き飛ばされた鏡の人形と、その人形の首筋へと刃を突き立てるヴォイド。濃く、長い闘いを振り返るようにして目を閉じ深呼吸をして、ヴォイドは少し落ち着いた様子で人形へと語りかける。
「動きが機械的だったとは言え、自分とここまで楽しく打ち合えたのは何気に初めてかもな。中に入っているのが誰かは知らないが、一応礼を言っておこうか」
ヴォイドが人形に対してそう告げると鏡の人形がゆっくりと立ち上がり、ここに来て初めてその口から言葉を紡ぐ。
「.....いつから、気付いていた?」
「割と最初の方だな。お前が本当に俺自信を複写していたのなら、色々と遅過ぎる。動きにしても、対処にしても、思考速度にしても、な。それに上手く隠してたみたいだが、明らかに俺が所有していないスキルの使用も見受けられた。だから違和感自体は、対面した時からあったさ」
「なるほど、そんなとんでもない観察眼を持っていたのなら、この俺でも誤魔化せないのは無理はないか。それなりに演技と戦闘は自信あったんだが、まぁ観察眼が優れてるってだけじゃないみたいだけどな」
鏡の人形は「納得した」と言わんばかりに肩を竦めて見せる。それと同時に、鏡の人形の見た目がゆっくりと足元から剥がれ、黒コートの中から一人の獣人が現れた。
「いきなり剣を一本ぶん投げられた時は何事かと思ったが、あれも確認の為だったのかよ」
「だがまさか、その中身がこの国で祀られてる“神”だとは思わなかったけどな。装備の性能まで複写されるのは、こっちとしても想定外だったしな」
そう。今ヴォイドの目の前に居るのは紛れもなく、この国の守護神とされている“神の一柱”。その偉業の数々は今でも語り継がれているが、その中でも特に代表的なものが亜人種や人族との長い戦争の末、「全ての獣人族の拠り所になるように」という願いの元、建国を成したという特大の功績。
そしてそれはこの国の初代の王、つまり【初代獣王】の座と名を冠した人物。即ちその名は――――
「改めて、獣神アレスト・レイ・ハーフェンだ。アンタには負けたが、これでも一応“戦神”としての側面もあるんだぜ?」
そう告げる本人曰く肉体がなく、霊体が肉体の様なものなのをいい事にこの霊殿でたまにこうやって遊んでいるらしい(後から聞いた話では、基本的には初代獣王以降の獣王が姿を現すことはあっても、初代獣王であるアレスト本人が出てくる事は百年単位でないことらしい)。
しかしなぜ、ヴォイドがその正体を見破れなかったのか。その理由は先程ヴォイド自身が言及したように、装備の性能まで殆ど複写されたという事に起因する。ヴォイドが纏う、自身の象徴でもある漆黒のコート。
その見た目は法衣やトレンチコート、外套などを合わせ、それらの無駄な装飾などを排除したような見た目をしており、コートに施されている付与はヴォイド自身ですらまともに見通せぬ程に分厚く認識阻害や魔法物理双方の防御を極限まで固めたものである。
故に、ヴォイドであってもあの短時間ではその正体を暴くことが出来なかったのだ。
「まあとは言え、有り得ないって話ならこっちだって一緒さ。地上に居るせいで多少力は落ちてるだろうが、それにしたって“一時的に器を得た状態の神”を相手に約二時間半、一度も競り負けることなく戦闘し続けるってのは流石に俺も肝が冷えたぜ。まぁ御覧の通り肉体はないからその冷やす肝もないんだがな(笑)」
「つまらんジョークは聞かなかったことにしよう。それとお前達は“神”と呼称はされていても、その正体はただの上位存在。つまりは現存する何かしらの生命の延長線上でしかないと俺は見ているが、合っているか?」
「その辺は正直、俺自身にもよく分からんのが現状だな。だが、中々面白い考察だ。何よりそれが俺を負かした事と、少なからず関係あるんだろう?」
先程の冗談を言っていた時のようなふざけた態度とは打って変わって、今度は興味深そうにこちらに視線を向ける獣神アレストに対して、ヴォイドは自らの考察を重ねていく。
「根拠はお前達“神”を名乗る存在共が、積極的に地上に干渉しようとしている点だ」
「ほう、と言うと?」
「神を名乗るなら、お前達は何故“全知”でも“全能”でもないのが気になってな。これに関しては俺の神に対する認識がそもそもおかしいのかもしれないが、個人的な意見としては神は全知全能であるからこそ神足り得るのではないかと思っている」
そう言ってチラリとアレストを確認するが、無言で続きを促される。
「だが、この世界の神々は見ての通り必ず何かしらの欠陥を抱えているのが現状だ。ある国の水龍は存在こそ巨大だったが、それでも存在の天井、力の底は見えた。これに関しては直接戦ったお前も該当する」
そう。少なくとも、現在のヴォイドの実力でも彼らの天井は見えたのだ。
「水龍と対峙した時は疑問だったが、お前と対峙して確信に近づいた。お前達はやはりどこからともなく発生した超常の存在などではなく、何かしらの既存の生命を源流に、その進化の延長線上に居るのではないかとな。理由はお前達が抱えているその僅かな欠陥に既視感があったというか、妙に生々しかったからだ」
「なるほど。つまり俺の場合であれば獣人全般の特徴である身体能力の高さとそれに伴う知力の低さ、と言ったところかな?」
「それだけじゃない。鋭い五感はメリットにもデメリットにもなるが、感覚の鋭敏化のオンオフは自由に切り替えられない事や、強者を求める獣人種の闘争本能を未だ抱えていることもだ。水龍に関しては肉体の肥大化と魂を縛る契約によって長年土地に縛られている事、信者はそれなりに多いが加護に適応する者があまり居ないことなど、様々だ」
ヴォイドが語ったのは、自らが見て触れて得られた情報を用いた神々の正体に関する考察。何故こんな事をわざわざ話しているのかと言えば、特にこの程度の情報であれば誰かに共有しても問題ないと判断している為だ。
「それらの情報から、短小な人の身であっても上位存在と同じ領域に手が届かない訳ではないと俺は結論付けた」
「つまりあれか?理論上可能だと思ったから自分で実践してその結果、俺を相手に勝ったと?」
「端的に言えばそう言う事になるな」
何でもない風にそう答えるヴォイドだったが、当然本来はそんな事はあり得ない。確かに今回はアレスト側が明らかに人間相手を想定して権能などは使っていなかったが、それでもある意味で生命を超越した存在を相手に勝利を?ぎ取るなど、やられた本人であるアレストからすれば正気の沙汰ではない。
「こりゃまた、今回はとんでもない大物が食いついたな。戦を司る一面を持つ神としては結構上位に食い込んでると思ってたんだが、これじゃあ神の一柱として立つ瀬がねぇな......」
そう零すアレストだったが、実際のところはヴォイドの仮説が正しいのかどうか判断を下せずにいた。
(いや、普通は思い付いてもやらんだろ。そのレベルまで鍛えるのにどんだけ掛かるかも分からん上に、鍛えただけじゃ明らかに俺達神には届かない。装備、技、精神、肉体の全てが一つ以上人間の枠から逸脱していれば届かなくはないだろうが――――あの坊主は見た感じ全部備えてやがる。ホントに人間か怪しい所だが、もし仮にあれで人間なのだとすれば既にこの世界の頂点に手が届くだろうに)
と内心で思うアレストだったが、やはりヴォイドの異常性に少し触れただけではその本質は捉えきれず、「狂人の考えることは分からんな」と結論付けて思考を放棄した。
その後は「立ち話もなんなので」ということで、初代獣王直々に霊殿の最奥に位置する歴代の獣王の墓があるとされる地下墓地へとヴォイドを案内する。
何だかんだで雑談に花を咲かせながらある程度歩かされ案内された場所は「墓地」という事を忘れてしまいそうな程広く、周りには微量ながら魔力が感じられる綺麗な草花が咲いている場所だった。天井からは陽光のような光を放つ大きな魔石が全面に敷き詰められており、地下であるにも関わらず蝶や蜂などの虫だけでなく、小川には魚、木々の枝には小鳥といったように、沢山の生物がこの場所で暮らしていた。
「まるで御伽話に出てくる楽園だな」
「ここに初めて来た奴は大抵そう言うぜ。俺らとしては、ちょっとばかし退屈だけどな」
「だろうな。武を糧とする者や戦いを求める者にとってここは、少し平和が過ぎる」
そう告げるヴォイドの顔は、現在フードの暗闇の中で少しだけ歪んでいた。その理由はこの場に対する少なくない嫌悪感であり、同時に拒絶の意思の表れでもある。
彼等のような闇を好む者達にとって、この場は少し――――
(ここは“光”が強すぎる。居るだけとはいえ、少々不快だな)
穢れなきモノを毛嫌いする傾向にあるヴォイドは、文字通りこの空間の存在自体が相容れないものだった。自らの本質を強大な闇で覆い隠しているからこそ、この清純な、綺麗過ぎる環境がどこか気に入らなかった。
そしてそんな場所にぽつんと、生い茂る木々の隙間に隠れるようにして、倒壊しかけの様なボロボロさを全面から感じさせる小さな教会が姿を現す。
内容を少し編集しました。 2022/09/13




