第四十六話「命を拾う者と枝を掴む者」
「じゃあな、出来損ない」
ゼブルがその言葉と共に吐き出した、ずっと心の奥底に仕舞い込んでいた歪んだ怒りと嫉妬心。
最初はただ、興味本位でしかなかった。妙に手先が器用で、いつも元気に城の庭を走り回っていた、腹違いの妹の一人。
そんな妹を産んで直ぐに死んだ母親とは対照的に、妹はいつも元気で楽しそうにしていた。その頃にはもう、自分は父親の背中を追って強くなろうと闇雲に努力をし始め、少しずつその成果が出始めていた頃だったと思う。
周りの誰もが驚く速さで、目指した【獣王】の名が近付いて来ていた。故に子供ながらに無意識に感じていた。
己は天才で、誰よりも優秀で、「最強」足り得るのだと。
しかしそんな幻想が打ち砕かれるのもまた、思いの外早かった。その原因は前述の通り、腹違いの妹だ。自分よりも幾分か小さく、幼く、拙い妹が、己の領分で自らを凌ぐ程の才を持っていたら、君達は一体どう思う。
最初は単純に、ただ「凄い」と思えた。だがそれが次第に、何故か「狡い」と思うようになっていった。それは何故か、よくよく考えてみたが、やはり当然だろう。
何故ならたった一度だ、“たったの一度”。
その時は木偶の坊でもいいから、取り敢えず動く相手が欲しかった。だから、いつも楽しそうに庭を駆け回っていた妹に声をかけて、その辺の木の枝を片手に持たせて己の相手をさせた。
幸いにもその時は周りに人目はなかった。だから子供ながらに、木剣を握ったことすらない妹相手に、それなりに“本気”というものを出した。それがどうだ、幼い妹相手に本気で『技』を振るいながら、その殆どが意味を成さず、あろう事か手も足も出せずに詰まされた。
妹曰く、毎日鍛えている様子を覗き見している内に、俺を相手にした場合のみ、どう動けば勝てるのか、無意識の内に感じていたという。
そんなものを見せられ、聞かされたところで、気分など良かろうはずもなく。腸が煮えくり返る思いだった。
有り体に言えば、最悪の気分だった。
何が起きているのか、理解したくなかった。必死になって積み上げた己の「努力」は何だったのか、周りが持て囃した「天才」とは一体誰だったのか、全て分からなくなりそうだった。
幼きゼブルがその敗北を正しく認識した時、数年の歳月をかけて築き上げた「成果」という塔が、音を立てて崩れる音がした。
だからゼブルは、その全てを余すことなく隠した。
あの日折れた己の心も、ズタズタになった余分な自信も。人目がなかったのをいい事に、腹違いの妹という「本物」と諸共に、今日この日起こったことのすべてを、無かったことにした。
そして少しずつ少しずつ、じっくりと歳月を掛けて、ゼブルの“醜く歪んだ心”が出来上がる。あの日の出来事はゼブルの心の奥深くに根付くと同時に、深い傷跡を残した。
そんな欠けた心を補おうとゼブルの身体が選択したのは、“記憶の忘却と改竄”。
その慰めの果てに、常に自己を肯定しながら、心の奥底では小さな自己嫌悪に苛まれる哀れな獣が生み出される。
そして現在、今の哀れな獣を作ってしまった原因の一つが己の目の前に居る。だから無意識の内にゼブルは、自らの深層を揺るがす可能性を持つ存在を排除しようと動いた。
だがあの時は運悪くヴォイドに阻まれ失敗に終わり、自らへの落胆と同時にどこか「安堵」もしていた。
「強き者は正しく評価されるべき」という、獣人族全体にまで刻まれる程の固定観念。それが歪んだ形で、あの時あの場所で、ヴォイドを相手にゼブルの命を救ったモノの正体でもある。
しかし今、再度腹違いの妹と相対して理解した。やはり目の前の存在は自らにとって、“害になり得る”と。
故に、ゼブルは今一度ルシアへと己の拳を振り下ろした。
躊躇いなく、戸惑いなく、今度こそ断ち切る為に。だが、残念ながら彼女の師匠であるヴォイドはそんなゼブルの言動を咎める為に、既に動き出していた。
これまでずっと、闘技場の隅の方でただルフと共に雑談に興じながら二人の闘いを観戦していたヴォイドが、隣で同じように観戦していたルフを完全に無視する形で、ノーモーションから『風神脚』を用いて圧倒的な速度で自らを射出する。
そしてその手には既に、抜刀された状態の斬魔刀。そんな斬魔の刃を、まだヴォイドをを認識出来ていないゼブルの首へと自然な形で滑らせる。
しかし、その刃がゼブルの首を一刀両断することはなかった。
斬魔刀がゼブルの首を捉えて到達するその刹那、斬魔刀とゼブルの間に何かが割り込んだのだ。その結果、闘技場内に大きく鳴り響く、金属同士が激しく擦れ合う擦過音と、舞い散る火花。
その現象の発生源は――――
「私を無視して、いきなり息子を殺そうとするのは流石に見過ごせないな」
「人聞きが悪い、一体何のことだ?だが丁度いい、俺がお前ら二人をまとめて相手してやる」
超至近距離で火花を散らすほどに鍔迫り合うヴォイドとルフ。そんなヴォイドの持つ斬魔刀の刃は、ゼブルの首から約三センチ程しか離れていない。
しかしルフはそんなヴォイドの人外の腕力を受け止めて尚、その顔に僅かな微笑を携えて目の前の怪物と鍔迫り合っている。そんな二人の手に握られるは、常にその刀身から微弱な剣圧を放つ霊刀と、持ち手に夥しいほどに巻き付けられた御札が特徴的な大剣。
そんな両者の持つ業物から放たれる圧を至近距離で浴びたゼブルも流石に、ルシアにとどめを刺している場合ではないと判断し、再度肉体に闘気を漲らせてルフと共にヴォイドと対峙する。
「ハッ、テメェ如きがクソ親父と対等なわけねぇだろうがッ!!」
そう吠えたゼブルは音もなく、ヴォイドの背後へと瞬時に移動し襲いかかった。
しかしヴォイドはその奇襲を全く意に返さず、それどころかルフとゼブル二人を相手に素の『剣術』のみで捌き切る。たった数秒の間に、総数五十以上の剣と拳の激しい打ち合い。
それだけで、ゼブルは先程の自らの発言が間違いだったと認めざるを得なかった。
たった二対一、されど二対一。どう考えても並の強者では凌ぎきれるレベルではない相手が二人。それを相手にただの『剣術』のみで捌くどころか、一人で徐々に圧倒し始めている。
それを受けて、ルフとゼブルは本能で早々に「これ以上は愚策だ」と判断し、二人同時にヴォイドから距離を取る。
「ふぅ、全く規格外だね。まるでかの【剣聖】を相手にしている様だよ」
「チッ、俺ら二人相手に顔色一つ変えないどころか、素の剣術のみで押し返すなんざ、一体何の冗談だ」
吐き捨てるように言うゼブル達に対して素直に答えてやる義理もない為、ヴォイドは斬魔刀を静かに血振りし納刀する。更にそのままヴォイドは斬魔刀を『ストレージ』へと仕舞った。
その行動に思わず、ルフとゼブルの二人が「なんのつもりだ?」と怪訝な顔をする。
「“手加減”だ。これからお前らの内、どちらか一人が戦闘不能に陥るまで、俺は素手で戦う。それと同時に一つ忠告だ、今の俺は無手の方が強い」
そう言い終えた瞬間、ルフ達がまともに返事をする時間すら与えることなく、ヴォイドはゼブルとルフの二人に対して進撃を開始した。
初手はゼブルに対して『風神脚』を使用して目にも止まらぬ速さで接近し、突きのような蹴り技を見舞う。だがそれが紙一重のところで躱されれば、そのまま間髪入れずに仙術の『雷痙掌』を放つ。
『雷痙掌』はある霊獣の雷をその手に宿し、掌底を放つ技。威力自体はそこまでではないが、当たってしまえば、受け止めてしまえばそれだけで、致命的な隙を作ることになる。
そして此度の初撃の蹴りは次手の『雷痙掌』を確実に受け止めさせる為に誘導する役割を持っていた。
しかしそれを察せず、自らの闘気を纏った右腕で『雷痙掌』を受け止めてしまったゼブル。だが彼自身は決して、油断しているつもりは無かった。
自らの闘気の量と質の両方になまじ自身があった為に、受け止めても大丈夫だろうと思ってしまったのが運の尽き。
右腕から全身へと即座に広がる、抗うことが出来ぬ程の強力な電流。闘気の守りなど易々と貫通し、脳の伝達信号を無視してその肉体の自由を長時間妨害する。
そして無事に、初見殺しで『雷痙掌』が当たったのを確認したヴォイドは横から迫るルフの大剣の突きを『金剛掌“穿通”』により固めた貫手で軌道を逸らす事で回避し、両者が崩れたその刹那の隙にゼブルとルフの両名へと追加の『仙術』を叩き込む。
『白虎の型 “風牙槍砲”』
ヴォイドの意思に答え、それぞれの手のひらに収束し、高密度に圧縮された風をゼブルとルフに向け、解き放つ。
しかし勘のいい者は気付いたかもしれない。そう、これは要するに超強化版一点集中型の『空気砲』なのである。
そしてそれをほぼゼロ距離から放たれたゼブルは痺れる身体のせいもあり、防御姿勢が不完全な状態でそれを受ける事になる。
「...ッガア!?」
という短い悲鳴を上げた後、ゼブルはこの広い闘技場の壁際まで吹き飛ばされ、轟音と共に壁へと激突した。瞬く間に壁に激突したゼブルの周囲に立ち込める土煙と、ポロポロと崩れ落ちる壁の破片。
しかしその中で、ゼブルは先のヴォイドの一撃をギリギリで凌いでいた。
(クソッ!なんつー威力してやがるッ!?あんなもん至近距離でぶっ放しやがって!!お陰で左半身の感覚がねェ。追撃か来る前に、何とか回復を――――)
ゼブルがそう思ったのも束の間。複数の僅かな風切り音と共に、土煙の中から姿を現す仙気で形作られた焔の矢が、体勢を立て直す前のゼブルへと容赦なく降り注ぐ。
『白虎の型“仙力穹”』+『朱雀の型“加具土命ノ矢”』
それは風の属性を付与された仙気により象られた中型の弓にて放たれた、同じように炎の属性を付与された仙気により生み出されし灼熱の矢。
それらが織り成す断続的に鳴り響く爆発音と、視界を遮る土煙。
視界が非常に悪いそんな状況下でありながら、しかしヴォイドは迷うことなく歩を進める。歩みを進める度に鼻を刺す、何かが焦げたような匂い。
その正体は思いの外、早々に見つかった。
それは両腕が炭化する程の火力で焼かれた、既に虫の息のゼブルであった。ヴォイドはその姿を確認すると無言のまま歩み寄り、そのままゼブルの首を掴んで持ち上げる。
当然そのせいでゼブルの喉は圧迫され、口からは「ヒュー、ヒュー」と細い息が漏れる。
その様子を観察するヴォイドは現在フードを被っており、その顔はゼブルからは視認出来ない。しかしこの時、ゼブルは目の前にいる者が“本当に人間であるのか”が分からなかった。その時感じたのは、まるでもっと別の、本来は触れてはいけない様な存在なのではないかと。
しかしそんな死に体のゼブルの思考はよそに、ゼブルを持ち上げているヴォイドの手に力が篭る。この時のヴォイドは、先程ゼブルがルシアへとやろうとしたことをこの場で再現しようとしていた。
そう、殺すつもりなのだ。この国の第二王子を、それも大衆が見守る中で。
「哀れだな、ゼブル・ハーフェン。お前は弱い、お前自身が思っているよりもずっと。お前の抱えるその苦悩も、絶望も、それは等しく人が積み上げる業の一つだ。故に喜べ駄犬、お前は正しく“人間”だよ」
次第に「メキメキ」とゼブルの首の骨が嫌な音を立て始める。
当のゼブルは目を血走らせ、口からは泡を吹いている。必死に藻掻こうとするが、両手が炭化したせいで動かせば端から崩れ落ち、上手く抵抗出来ない。
そんな様子から次第にヴォイドの足元からは複数の影が伸び、その影は大きな眼と口を開き、ゼブルを喰らう瞬間を今か今かと待っている。そんなゼブルは既に、まともに思考も出来ない程になっている。
そして、ヴォイドが「そろそろ喰うか」と判断し、自身の影でゼブルに食らいつこうとしたその瞬間、また“邪魔”が入ってくる。
「チッ、命拾いしたな.....」
そう言うと同時に、ヴォイドはゼブルから手を離し投げ捨てると同時に背後へと退いた。直後、ヴォイドが立っていた場所にとある木刀による『飛斬』が飛来した。その一撃は周囲に立ち込めていた土煙を瞬時に払い、闘技場内の現在の状況を確認出来る様になる。
そして土煙が晴れた闘技場内でヴォイドが目にしたのは、ルシアが持っていたはずの「王刀・霊樹」が、右手に大剣を携えるルフの左手に握られており、その傍らでルシアが気を失って倒れ伏しているという光景だった。
投稿直前にサイト内で加筆していたのですが、今回の過去話の心理描写?というか過去回想?的なのが我ながら上手く出来たのかなと思ってたりします。
それと、そろそろストックが切れそうなのでだいぶ焦りながら50話以降を執筆中で御座います。ストーリーの大筋などをあまり決めずに進めているので、自分自身ですら今後はどうなるかあまり分かりませんが、陰ながら応援して頂けると幸いです。
ここまで読んで頂きありがとうございます。そして長文失礼致しました(焦り気味な作者より)。
内容を少し編集しました。 2022/07/24




