第四十五話「今はまだ小さな輝きと嫉妬」
試合開始の合図が行われ、より熱を増した実況と歓声が飛び交う中、互いに木刀と拳を構えて睨み合うルシアとゼブル。二人は互いに「相手の手札が分からない」という状況から、様子見として三十秒程こうして睨み合っている。
しかし見えぬところで既に戦いは始まっている。相手の「視線」や「構え」、「呼吸」や僅かな「挙動」、そして互いの「間合い」と「位置取り」。それは実力の拮抗した者同士が対峙した時に起こりうる、初動の停滞。
互いに時間を掛けて相手の行うそれらすべての動きに目を光らせ、じっくりと観察し分析を重ね、隙を見出し始めて動き始める。
しかしそれが普通ならという話なのが、今回の正しいところではある。
何故ならばルシアという獣人の少女はヴォイドやバートという規格外中の規格外である二人に師事している。
ならば必然、そんな二人が直々に鍛えている者が普通の使い手である筈がなく――――
ゼブルを相手にたった十秒という短い時間で既にルシアは相手の力量、即ち器を見切り、勝負の勝ち筋を僅かに見出していた。
そしてそんな真似を可能にしたのが、東国ヤマトでの滞在最終日にルシア本人も与り知らぬ内に新たに発現した、エクストラスキル。
名を『閃理眼』。
ヴォイドが覗き見たそんな『閃理眼』の効果は分かりやすく簡単に説明すると、瞬き程の時間で相対する相手の「理」を暴く、というものだった。
より詳しく説明するならば、数多の枝分かれした未来の可能性の中から大雑把に分けて、周囲の環境情報と相手の身体情報の二つを元に相手の次の行動を分析し予測、そして選択肢としての可能性が一番高い行動を自動的に選別、その上で使用者の幸運次第で相手の思考や行動を使用者が望む結果へと強引に引き寄せ、必敗の条件下であろうと確実に切り抜ける選択肢を無理矢理弾き出す事の出来る、というとんでもない代物である。
しかしルシア本人はそんな能力が発現した事を、未だ知らないでいた。
それでもルシアの脳内ではシュミレートは既に『並列思考』と『思考加速』で数千通りは済んでいた。それ故ルシアは躊躇うことなく、最高速で前へと飛び出す。
その行動に多少の驚愕と警戒の雰囲気を纏うゼブルはそれでも、素早く冷静に迫り来るルシアへ対処に移る。
ルシアの初太刀は目一杯速度を乗せた、動きながらの居合。水平に振り抜かれる木刀は鋭く空気を斬り裂きながらゼブルの右脇腹に迫り、しかし直前で空を斬る。ゼブルはルシアの初太刀を仰け反るような体制で紙一重のところで躱し、その後即座に木刀を蹴り上げながら後方へとステップで下がる。
ルシアが追撃に向かえばカウンターが待ち受けている「誘い」なのは明白、故にルシアは深追いはしない。しかし代わりにその場で後退するゼブルへ向けて、ヴォイド直伝の『飛斬』を放った。
その『飛斬』とは文字通り、超速で剣を振り抜くことで斬撃を飛ばす技だが、ルシアはバートとヴォイドという外界の人間である二人から、基礎とはいえ間違いなく二人の『技』を受け継いでいるのだ。
故にその『飛斬』は二人の特性が入り混じった『妙技』と成る。
その特性の一つは、斬撃を飛ばす瞬間の手首の動かし方の工夫による、相手をある程度追尾するという特性。これはヴォイドが『体内世界』で遊び半分で思いつき至った、とんでもない技巧の一つではある。
だがヴォイドはこれらを特に惜しむことなく、ルシアやバートに共有していた。実際それはバートも習得出来ていたし、ルシアですら未だ稚拙さは残るが習得出来たのだ。
そして二つ目の特性。こちらはバート直伝の身体の使い方の応用。肉体内部の“骨”を使い、波を発生させて同じように骨を伝って全身の力を一点に集約させるものと、身体の捻りや筋肉の収縮によって生まれる瞬間的で大きなエネルギーを「速さ」へと変換する、どこか「円」を連想させる身体の動かし方。
それらをルシアは未だ源流のバートの様に扱えることはないが、それでもヴォイドから受け継いだ『超絶技巧』と合わせることでその未熟さを補い、時間差で放たれた飛斬が全く同じタイミングで直撃するという、ルシアだけの「無二の剣技」を生み出した。
そしてヴォイドを真似て、ルシア自身が付けたその技の名は――――
『飛燕牢』
約一秒の間に五回振り抜かれた刃から放たれ、空を走る風の刃。
それはゼブルにとって、予想外の追撃。斬撃を飛ばすという技法があるのはゼブル自身も知っていた。しかしそれは一定以上の水準に達した、全体で見て上位に位置する剣士にのみ許された技の筈なのだ。
しかも放たれたのは、通常とは明らかに異なる特性を持った飛斬。
放たれた時点で既に逃げ場はない。多少無理な体勢から後退したのも相まって、完全に体勢を立て直す前に放たれた飛斬が追いついてしまう。このまま何もしなければ、次の瞬間には容易く斬り刻まれると思える程の圧を持つ斬撃。
しかしそれらを確認しても、ゼブルの闘気は些かの衰えもなかった。
(妙な技ではある。だがな、それがどうしたァッ!!)
ゼブルが吠える。己の内に秘めたる力、即ち「闘気」を全身に漲らせ、一瞬の溜めの後に一気に解き放つ。それは純粋な力の爆発。故にその効果は使用者の強弱で大いに上下する。
そして使用者のゼブルは紛う事なき、「天才」の部類に入る者だ。幼少の頃から、こと戦闘に限ってはルシアと同じく天賦の才が宿っていた。
そして彼はその才能に胡座を欠かず、日々強くなり続けた。【獣王】たる父の背中を追って、兄弟の誰よりも純粋な力を追い求め続けた。その証左が、ルシアの放った複数の飛斬を爆散させるという結果を生み出す。
「俺ァ、いずれ【獣王】を継ぐ者だ。今更テメェ如きに遅れなんて、取らねぇよ」
膨れ上がった闘気により強化された肉体が、精神が、ルシアへと掛かる圧を増してゆく。対して、ルシアはただ静かにその身に練り上げた「仙気」を循環させていく。余剰分を出さぬよう、無駄なく必要な分だけを己が肉体へと漲らせ、木刀を正眼に構える。
そのまま両者の視線が拮抗したのは数秒。全く同じタイミングで、まるで示し合わせたように二人はお互いに前へと踏み込んだ。
そして至近距離で互いの拳と木刀が、嵐となって何度も何度もぶつかり合う。
打ち合う度に舞う衝撃波と、遅れて耳に届く打撃音。ルシアとゼブルは両者ともに、その攻撃速度が文字通り「音」を超えている。残像と音、そして衝撃波の三つを撒き散らし、それでも両者譲らず未だ打ち合う。
しかしその拮抗状態に堪らず手札を切ったのは、ゼブルの方だった。
少し長い膠着状態にしびれを切らし、一気に畳み掛けようと『獣化』のスキルを使用して、自らの本能を剥き出しにする。全身の毛は逆立ち、その目は少し充血気味に赤くなる。肉体も一回り大きくなり、その威圧感は絶対的な恐怖を呼び起こさせる。
「俺の方が、強いッ!!!」
だが、今のルシアはそんなことでは止められない。ゼブルと打ち合う度に、その剣技の冴えはより鋭くなっていく。より速く、より正確に、流れるように、研ぎ澄まされていく。呼応するように、ゼブルもまた止まらない。ルシアが反撃する余地など与えない程の猛攻の嵐を、暴風雨が如く絶え間なく浴びせ続ける。
『獣化』により放つ技の精細さを欠こうとも、ゼブル程の実力者であればそんなデメリットは誤差の範囲でしかない。
そして再び生まれる『力』と『技』の拮抗。しかし、二度目の拮抗は瞬く間に崩されることになる。
『幻技 “水包剣”』
ルシアの握る木刀のその刃に、水属性が付与された仙気が纏われる。それはルシアが勝負を決めに行った証拠であり、『創刀』をこれから振るう、という合図でもあった。
『水泡剣』は上記の通り、その刀身に水属性の仙気を纏わせるものである。しかしてその効果は武器の切れ味を上昇させる他、火属性に対してたとえ武器が木の枝だろうが何だろうが炎に対して拮抗出来る様になる程の対炎耐性を付与することだ。
そんなルシアと木刀が醸し出す独特な気配にゼブルも気付き、一旦後ろに飛び退きルシアと一定の距離を保つ。しかしルシアはそれを追わずに『牙突』を放つ直前の様な構えを取り、その場で動かずゼブルの次の動きを待った。
その理由は三つ。
一つはルシアが戦闘を行う際の本来の基本姿勢が『受け』、つまりはカウンター型である、というもの。
二つ目は現在のルシアはヴォイドから「奥の手を隠してなるべく少ない手数で迅速に仕留めろ」というある種の縛りを課せられている状態であったため。
そして最後は、単純に今の装備で使用出来る『創刀』、つまり切り札足り得る『剣技』が普段の半分程になっていたからだ。
それ故に、ルシアはゼブルに対して一撃必殺のカウンターを打ち込むという形で決着に持ち込もうとしている。
そしてその様子を見てとったゼブルの内心は――――
(もう俺の動きは見切ったってか。舐めやがって.....)
とイラついてはいたが、同時に今までの荒々しさがまるで嘘のように、ゼブルの纏う闘気が鳴りを潜めた。
そして長い深呼吸の後にゼブルの構えが少し変わり、同時に殺気の様な気配まで漂い始める。その行為はゼブルもルシア同様に、勝負を決める為に行う必殺の構え。
今度も静止したのは数秒。しかし今度も合図なしに、二人は同時に動き出す。
大きく踏み込み、滑るような動きと先程までとは比べ物にならない速度で間合いを縮めるゼブル。待ち受けるは、既に溜めの予備動作に入っているルシア。
互いに周りから音が消え失せ、視界が一点のみに集中する。
ルシアの間合い。その真正面から、ゼブルが踏み込んでくる。ルシアの眼が、ゼブルの勘が、両者の機を捉える。ここから先は、互いの長所がどれほど優れているか、どれだけ鍛え抜いたかが、分かれ道。
ゼブルの身体の半分程が、ルシアの間合いへと入ったその瞬間。引き伸ばされてひたすらにゆっくりだった時間が唐突に動き出す。たっぷりと時間をかけて蓄積された、迸る程の闘気を宿す拳と全てを斬り裂く水の刃がほぼ同時に射出される。
ゼブルが放った拳は寸分違わずルシアの心臓付近へ、対してルシアはその拳に合わせてカウンターを狙い、互いの拳と木刀が擦れるほどの至近距離で突き出される。そのまま行けば、間違いなくルシアのカウンターは完璧にヒットし、見事ゼブルの利き腕を破壊して勝利に至っただろう。
だが、ルシアは見誤った。ゼブルがここまで手札を隠していたことを。それと同時に、ルシアの実戦経験の浅さが一つのミスを招く事になる。
そしてそれは、刹那の攻防の際に起こった事だ。
ゼブルがルシアの間合いへと入った後の二度目の踏み込み、即ち必殺を打ち込む際に踏み出した小さな一歩。その行為によって地面にヒビが入り、少し抉れているのをルシアは見逃していたのだ。
その痕跡が、重要な意味を持っているとも知らずに。
『創刀之陸 “-村雨-”』
『踏鳴 “轟烈破拳”』
本来であれば、それほど問題なく拮抗出来たはずの力の差。その天秤が、この一撃にのみ限って大きく傾く。
(取ったと思ったよなァ?逆に取られたとも知らずによォ!!)
一際大きな轟音を響かせ、ルシアの身体はくの字に曲がりながら後方へと大きく吹き飛ぶ。木刀越しに伝わってきたあまりの衝撃の大きさに、堪らず握っていた木刀を手放す事になるほど、ゼブルの拳が纏っていた質量は異質なものだった。
そんなゼブルが使ったのは、『踏鳴』という足で地面を強く踏みつける特殊な踏み込み動作による、発勁法の一つ。
先程の一撃を簡単に説明するならば、ゼブルは『踏鳴』によって大地から発せられた力を運勁(発生させた勁を接触面まで導く工程)により脚から腰、腰から腕、腕から拳へと勁を集約させ、更に拳を打ち出す動作に自らの闘気と体重、速度を乗せて放ったという事だ。
『踏鳴』、それは一見すればただ地面を強く踏み締めるだけの動作。故に知らなければ、対処など出来ようはずもない。
そしてルシアは言うまでもなく、初見。
刹那の時とはいえ大きく外れた結末に思考が停止し判断の遅れたルシアの鳩尾へ、いつの間にやら迫ったゼブルの闘気を纏った膝蹴りが炸裂する。
流石は次期獣王候補とでも言うべきか、その力と速度は【獣王】の折り紙付きである。
だが当然、迫ったゼブルを遅れてとはいえ認識しているルシアも迫った攻撃は防御する。しかし一瞬の判断の遅れと仙気の習熟度の甘さが仇となり、自らの体とゼブルの闘気を纏った膝の間に即座に挟み込んだ左腕への仙気の集中が遅れてしまう。
その結果――――
骨が砕ける感触と、肺から大量の空気が押し出される感覚。
そして暗転しかける視界と口から撒き散らされる、少し赤みがかった胃液。一瞬の遅れにより、ルシアはゼブルの膝蹴りを防御しきれずその打撃を受けた左腕は粉砕され、生じた衝撃はその小さな身体を貫通し、多大なダメージを受けることになった。
壁際まで勢いよく転がり、ようやく衝撃を殺せた頃にはもう、ルシアは全身に少なくない傷を負っていた。左腕はあらぬ方向を向きながら激痛を訴え、まともに動かす事は出来ない。
更に気を抜けば直ぐにでも気を失うと分かるほどに疲弊した、己の小さな肉体。
これほどの傷を負う原因となったのが、たったの一撃だ。ルシアはその絡繰りがわからなかった。どうやってあれほど自然に莫大な力を捻り出したのか、ついぞ理解が及ばなかった。
未知の技術に見て、触れて、完膚なきまでに敗北した。
それでも、ルシアは認めたくなかった。己が敗北するということは、ヴォイドとバートの二人の顔に泥を塗る行為だと思ったから。
何よりも、自らが最強と信じた二人の『技』が否定されるのは、許せなかったから。
二人の扱う『技』の数々は、どれも己の心を奪うほどに美しく、光り輝いて見えた。夥しい程に積み上げられた努力が、思考が、信念が、綺麗だった。
そして同時に、それらが単純な「力」に押し潰されるのが、堪らなく嫌だった。
一度目は視察に来ていた今代の勇者の一人を相手取った時だ。積み上げたものがまるで「無駄だ」と言われているように感じ、とても悔しかった。
初めての敗北を知った。そのはずだ。
だから、より励んだ。『仙術』なんて大層な代物まで携えて。だが、下手な自信を付けて戦った結果がこれでは、二人に顔向けなど出来たものではない。
「流石に左腕がその有様じゃあ、もう戦えねぇよな。おかしな人間に誑かされて強くなった気で居たみたいだが、そろそろ超えられない力の差を理解出来ただろ、クソ虫」
「それはどうかな.....僕は、まだ戦えるッ!それに今の、勝負も....勝てない勝負じゃ、なかった。次は、間違えない」
「チッ、敗者の分際でほざきやがって」
「僕はまだ、負けてないッ!!」
ルシアは上手く回らぬ頭で思考する。
(まだ、左腕が動かなくなっただけ。両足と右腕はまだ動く。剣が振れないなら、体術もある。僕はまだ戦えるんだ!だからどうか、動いてよ、頼むから、立ち上がってよ.....!!)
致命的なダメージを負い、戦闘不能になっても尚、ルシアのその瞳は闘志を宿し続けている。しかしルシアのその様子に、ゼブルの機嫌は更に悪くなっていく。
「俺はな、お前みてぇな弱い癖に足掻こうとする奴が大嫌いなんだ。見てるだけでぶち殺してやりたくなる程にな。だからよォ、もうお前はそれ以上喋るな」
ゼブルはそんな言葉を吐きながら、自らの右拳へと闘気を集中させていく。そう、彼は満身創痍のルシアに止めを刺すつもりなのだ。既に戦えない相手を前に、この場で確実に殺すために。
およそ自らの家族に向けるような慈愛など早々無く、ゼブルはまるで塵芥でも見るような瞳でルシアを見下ろす。
そしてゼブルは闘気が火花を散らす程に収束されたその拳を、ゆっくりと振り上げた。
「じゃあな、出来損ない」
「これで今度こそ、俺が一番だ」と、内心でゼブルは自らに言い聞かせるように独りごちる。
そしてにやりと笑って振り上げた拳を、倒れ伏すルシアへ向けて振り下ろした。
内容を少し編集しました。 2022/07/24




