第四十四話「その名を返上する為に」
先程の事故(?)から場所は打って変わって獣人国アレストの王城、その応接間の一室にて。一つのテーブルを挟んでゼブル、ルフの二人とヴォイド、ルシアの二人が向かい合って座っていた。
ヴォイドとしては流石にここまで簡単に件の【獣王】、もとい一国家の王と簡単に謁見出来るとは思ってもいなかった。
つい先日まで滞在していたヤマトでは色々と特殊なケースだったとはいえ、こうも短期間に二つの国の王城へと出入りする事になれば、流石のヴォイドも慣れたというもの。
だがそれでも、今回の謁見までの速度がおかしいという事は流石のヴォイドも気付いている。確かに、この国の王族を一人連れてはいる。だがそれでもヴォイド達が街中で絡まれてから、ここまで至るのに本来は数日、早くても一日は掛かってもいいはずなのだ。
それ以前にそもそも、あの場に獣王であるルフ・ハーフェンが出現してきたこと自体がおかしい。しかしそこまで分かってはいても、その違和感の正体が今のヴォイドには掴めないでいた。
とはいえその正体が分かったところで、別に誰に言う訳でもないのだが、それでも「分からない」というのはそれだけで怖いのだ。自らが預かり知らぬ所で自らに害を成そうと画策されることが、ヴォイドにとっては精神をすり減らす程に恐怖を抱くのは当然のことである。
だからこそ、その対処に関しては過剰なほどに徹底的に行う。
故にそんなヴォイドの後方では彼が一から丹精込めて造り上げたメイドのサラが控えており、彼女は静かに場の成り行きを見守っている。今回彼女が与えられた役割は、いざという時の「護衛」という名の肉壁である。
ヴォイドはコートの袖口に暗器を仕込ませつつ、侍女らしき人物が淹れた良い香りが立ち上る紅茶にルフが口を付けたのを確認してから、飲み始める。
そして座っている面々が一息ついてから、ルフは先程の件についての話を始めた。
「そちらは私が一体誰か分かっているようだから、この際無駄な自己紹介は省くとしようか。それで、さっきの騒動の詳細を聞かせてほしいのだけど.....」
「詳細も何も、そこの駄犬がいきなり噛み付いてきただけだ。俺はそれに対して正当防衛を行っただけ。この発言が正確かどうかは、周囲で見ていた野次馬どもかうちのパーティーメンバーにでも聞いてくれ」
「なるほど、大体把握出来たよ。であれば、ゼブルに何かを聞く必要はなさそうだね。私の愚息が君達に対して大変失礼をしたようだ」
ここまで、話が早過ぎるとヴォイドは思っていた。こちらを疑う様子も見せず、一冒険者の自らに対しても低姿勢で接する態度。およそ国王と言われても、ヴォイドは疑わずにはいられなかった。
(一体、俺の知らないところで何が起きている?)
そして続くルフの言葉にヴォイドは再度、乱される。
「お詫びとして、君達を私の権限で最大限歓迎しよう。追加で何か希望があれば、こちらで出来る限り善処させて貰う事も、ここに誓おう」
「....ほう」
明らかに、展開が進む速度が尋常ではない。しかも、この流れはヴォイドの望んでいたところでもある。故に言質を取れた事に嬉しさ半分、しかしどうもきな臭い様子に怪しさ半分といったところであった。
今は外野であるルシアやサラから見ても、この展開は誘われた感が否めなかったのだから。それでも即座に切り替えたヴォイドはルフに対して、とある提案を投げかける。
「歓迎は不要だ。だが、代わりにこういうのはどうだ?ソイツの非礼の侘びに、【獣王】であるアンタが俺の望む事を一つ、なんでも受け入れるというのは」
ヴォイドがそう口にした刹那、一瞬だけルフの瞳が何かに狙いを定めるように細められたのを、ヴォイドは決して見逃さなかった。
(――――反応アリ。次はどう来る?この展開を読んでいたって事は、何かしら仕掛けてくるつもりだろ。さあ晒せ。お前の手札を)
ヴォイドの提案を受け入れるかどうかを少しの間、思案する仕草を見せたルフはヴォイドの思考を嘲笑うように、「その提案を受け入れるよ」とだけ短く告げる。
(探りを入れたのがバレたか?いや、違うな。こっちが少ない情報で答えに辿り着く可能性をあの一瞬で見出したんだ。どんな勘の鋭さしてやがる、バケモノが)
互いに探りを入れられながら、二人は本心を出さぬ様に仮面を付ける。内側を覗かれぬように、重要な情報を抜き取られぬように。それでも答えを予測出来ない今の状況にヴォイドは少し焦りつつ、ルフの次の言葉を待った。
「それと、もう一つ聞きたい事がある」
「もしかして、ルシアの事か?」
ルフの質問に対し、ヴォイドはルフの視線の動きと表情の変化から導き出した予想を何気なく返しながら、ルシアの頭に右手を乗せる。
ルシアはいきなり話を振られて若干困惑気味だったが、『念話』でそれとなくこの後の流れを大まかに説明すると「了解!」と元気一杯に返事をして、改めて正面に座るルフに向き直る。
「今、君の隣に座っているその少女が、どういう身分か知っているかい?」
「それを聞く時点で答えを言ってる様なものだが、獣人国アレスト第四王女、ルシア・ハーフェン、つまりはこの国の王族だろう?」
尋ねられたままに、ヴォイドがルシアの立場を正確に言い当てた途端、対面するルフの態度がガラリと変わった。
「そこまで分かってるなら、話が早くて助かるよ。私の娘をここまで無事に送り届けてくれたんだろう?心から感謝するよ。娘を無事に送り届けてくれた事についての褒美は、後日にでも応相談ということにさせてくれるかな。そしてすまなかったねルシア。私が不甲斐ないばかりに――――」
いきなり「話はわかったが取り敢えず早く娘を返せ」と遠まわしに詰め寄ってきた獣王ルフに対し、このままでは場の流れを取られると判断したヴォイドはそんなルフに一切動じる事なく、逆に相手側にそれなりの動揺が走る程の爆弾発言を投下する。
「あぁいやすまん、勘違いするな。ここにルシアを連れて来たのは俺が正式にルシアを貰う為だ」
ヴォイドが放ったこの一言には流石にその場に居た一同全員が呆然とし、ルフですらその動きを一瞬止める程だった。ルシアも「えっ?」と言うような表情をこちらに向けて固まっている。
しかしそんな中でもヴォイドはただ一人、冷静に状況を分析していた。
(どういう事だ?この展開は読みきれてなかったのか?それにしては反応が大袈裟過ぎるな。俺がここで口を開いた事で本来の道筋から外れたか?そういう事なら『未来視』、もしくはそれに近しい能力を持っている奴がコイツの近くに居る可能性は高くなったな。機を見て城内に分身を放って、『未来視』持ちを探し出して釘を刺す、もしくはその場で殺害するのは直ぐにでも必要だな)
そしてヴォイドの放った爆弾発言から数秒後、無事その衝撃から立ち直った獣王達は「聞き間違えではないのか」と、再度ヴォイドに問うてくる。
「あー、私の聞き間違いかな。今、僕の娘を君が貰うと聞こえた気がしたのだけど.....」
「ハッ、諦めろよ親父。人族はバカが多いとは思ってたが、ここまでのやつは俺も初めて見たぜ」
「俺の言った言葉の意味は間違ってないが、お前らが解釈した言葉の意味がどうやら間違ってるな」
と言いつつ、「訂正するのも面倒だ」と一蹴したヴォイドは続けて、ルフに自らの要求を突きつけていく。
最初はルフの予定で開けられそうな日を一日、強制的にヴォイドが確保し、次にとにかく広い場所をルフに確保しろと要求する。
「取り敢えず了解はしたけど、一体君は何をするつもりだい?」
流石にそろそろ「答えが知りたい」と言わんばかりに質問してきたルフに対し、ヴォイドはフードの暗闇の中で微笑しながら高らかに宣言する。
「簡単な事だ。『ハーフェンの名』を賭けて、俺とルシアから【獣王】ルフ・ハーフェンに対して、“返上の儀”を申し込む」
ヴォイドの口から放たれたその宣言を聞いたルフは知らず知らずの内に、その口元にニヤリと笑みを浮かべていたという。
...
....
.....
獣人国アレストの貴族階級に位置する者達には、古くから伝わる“とある儀式”が存在する。
その名は先日ヴォイドが口にした、「返上の儀」という名。
その内容は至ってシンプル。子が親に対して、自らのファミリーネームを返上する為に行う決闘という、文字通り“名を返す為の儀式”だ。
決闘のルールは単純明快。子と親が一対一で相見え、互いに争い、勝利した方が我を通す。
子が勝利すれば文字通り「自由」と「名誉」を手に入れるが、その代償に「地位」と「権威」を失う。反対に親が勝利すれば、子の「自由」と「名誉」は失われるが、「地位」と「権威」はそのまま維持される形になる。
そしてヴォイド達がルフに「返上の儀を申し込む」と宣言してから数日が経った今日。現在ヴォイド達は獣人国アレストが誇る最大規模の闘技場のその中心で、大勢の観客に囲まれながら4人は対峙していた。
「俺は“観客が欲しい”とは要求してない筈だが」
「ハッ、まさか観客が居るせいで怖気付いたりしてねぇよな人間様よぉ?」
「彼は見世物じゃないと言ってるんだよ。全く、どこから情報が漏れたのやら」
そう話すルフに対して、ヴォイドは内心で「そのセリフは確信犯だろうがボケが」と暴言を撒き散らす。
そして今回、なぜ1vs1ではなく2vs2になったのかと言うと、前日にヴォイドが細かい要望を出した時、ルフにその事を聞かれて回答した時のヴォイドの答えが「今のルシアじゃ勝てないから」という単純な理由からだ。
それに「返上の義を申し込む」と宣言した際、ルシアからではなく「俺達から」という風に宣言していた為、その辺りの追求はされなかった。
そして返上の義の当日である今日のルシアのコンディションは、ヴォイドから見ても中々に仕上がっている。現在はヴォイドの横で静かに瞑想して、ひたすらに集中を高めているところだ。
しかしそんなルシアの手にはいつもの『絶刀アラミタマ』は握られていない。
今回その手にあるのは、普段ヴォイドやバートとの軽い訓練時に使用する木刀が握られていた。その木刀は鞘や鍔といった細部まで謎のこだわりで造られた、ヴォイド手製の芸術作品(という名の時間潰しと実験を兼ねたストレージの肥やし)の一つ。
素材には『神霊老樹』というこの世界には存在しない特殊な素材をヴォイドがわざわざ新しく創り出し、更に素材を何度も圧縮して密度を高めた後に時間を掛けて手作業で削り出し、仕上げにじっくりと研磨と付与を施すという果てしない手間が掛けられていそうで実はそうでもない、この世界にとっての『アーティファクト』に分類されていたりするこの木刀。
『鑑定』で見た時の武器のステータスはこんな感じである。
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名前:王刀・霊樹
種類:神木刀
固有:自己復元/衝撃緩和/霊体化/絶対浄化
付与:不壊/存在偽造/重量緩和
「概要」
ヴォイドが鍛錬用に造った木刀。
鍛錬で長時間使用するため、その耐久力は高い。
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ちなみにこの木刀、使われた素材から滲み出す神聖なオーラは創り出した張本人であるヴォイドですら「もう触りたくない」と言う程で、それこそ悪人が持てば強すぎる浄化の力の反動で廃人になる可能性すらあるという代物だ。
制作時はヴォイドが常に眉間にしわを寄せながら木材を削っている、という状況を目にしたバートに笑われたりもしたが、完成したその木刀を持ったルシアとヴォイドの二人とバートが打ち合ってからはそれ以降、特に何も言われなくなった。
そんな装備を携えたルシアとは対照的に、盗賊の様な軽装にナックルのみという厳つい装備をしたゼブルが開始はまだかと、拳同士をぶつけ合って火花を散らしている。
そしてその隣では静かに目を閉じ、後ろで手を組んだ状態で静かに開始の合図を待つ獣王ルフ。
ちなみに余談だが、この闘技場には現在数万人規模の一般客(ほぼ獣人)と実況/解説を行う者達が何故か集まっている。そんな開始直前の様な空気感の中でただ一人、ヴォイドは未だどんな装備で戦うかを決めあぐねていた。
内容を少し編集しました。 2022/07/24




