第四十三話「巡る思考と乱入者」
思考に耽るヴォイドの側頭部に迫った、見事に練り上げられた闘気を纏った右拳による渾身の打撃。
直撃すれば、たとえ歴戦の猛者であってもその顔を砕かれるほどの威力を誇った剛拳。しかしそれほどの攻撃であってもなお、齎された結果はヴォイド自身にはおろか、ヴォイドの着用しているコートの防御を突破することすら出来なかった。
それどころか――――
「なッ!?どういう反応速度してやがるテメェ!?」
「あ?挨拶代わりに拳打ち込んで来といて何言ってやがるクソ犬が、ぶっ殺すぞ?」
ゼブルの拳に完璧に合わせられた、ヴォイドの仙気を灯した裏拳。
『仙法 玄武の型“金剛掌・水破”』
ヴォイドが殆ど反射に近いレベルで相手に放った、迎撃の一撃。
それは『浸透勁』と呼ばれる技の一つであり、『玄武の型“鎧壊勁拳”』と同じように相手の体内で仙気が爆発し、内部から相手の肉体を破壊するという効果を持った、仙術である。
より正確に言えば、まともに食らった部分を水玉が弾けるようにして、内部から肉体を食い破る仙気が四方に飛び散る効果を持つ。
故に最大威力のものを鳩尾に食らえば、その者の上半身は文字通り“水玉が弾けるよう”に、内蔵や骨諸共に内部から弾け飛ぶこととなる。しかし『水破』はあくまで『鎧壊勁拳』の様な一撃必殺を狙う技ではなく、徐々に相手を削る為に使う技である為、込める威力はご覧の通り“そこそこ”だ。
そしてヴォイドに正確無比に先制攻撃を対処されたことで即座にバックステップで距離を取ったゼブルはそのタイミングでやっと、自身の右拳の違和感に気付く。
(なんだ?右手が痺れて力が入りずらい....さっきの打撃か?そこまでの威力はないと思ったが。ただの魔術師かと思って油断したな。まさか近接もこなせるタイプだったとはな)
戦闘になった途端、冷静に情報の処理を開始するゼブルの思考。先のヴォイドの打撃を受けたことで、ゼブルは多少冷静さを取り戻しはしたが、未知なる強者を前に再びゼブルの“悪い癖”が出てしまう事となる。
「おもしれぇ!お前、名前は?」
「“駄犬”相手に名乗る名前は、生憎と持ち合わせていない」
「ハッ、いいねェ!そうでなくちゃなッ!!」
ゼブルがそう吠えたとほぼ同時に、既にゼブルはヴォイドの懐へと入り込んでいる。今度は隙なく、魔術の類も警戒して己が導き出した、最も中庸の動き出しで。
先程のゼブルの初撃。あれを割合で示すならば、出力はせいぜい三割といったところ。しかし、目の前の男は三割と言えど、自らの拳を軽々と対処して見せた。ならば、様子見といえどこちらも相応にギアを上げねば、次の一手で逆に喰われかねない。
故に出力は五割。揺さぶり、崩し、誘い、相手が乗った瞬間に狙いを定めて仕留める。
凡そ武人としては素晴らしい速度での思考回転と実行能力。普通の相手であれば、これで問題なく仕留められただろう。しかし悲しきかな、今回ばかりは相手が悪かったとしか言い様がない。
間違いなく“特別”なのだ、目の前の黒い男は。
そして特別であるがゆえに、ゼブルの取った行動一つでその思考が手に取るように分かり、その上でそれを嘲笑うかの様に動き出す。
(流石は噂に名高い獣人種、思考も動きも中々速い。けどこれ以上絡まれるのは面倒だしな、捕縛してその辺で殺すか、衛兵にでも突き出すか.....)
ヴォイドがそんな黙考を終えた時、状況は大きく動き出す。
『透過』のスキルを使いながら、ヴォイドは既に懐に入っているゼブルに対して一歩、深く“踏み込んだ”。相手が既に動き出しているにも関わらず、至近距離からのまさかの前進に驚愕が隠せなかったゼブルだが、しかし構わずその拳を射出した。
しかしその拳はヴォイドの黒いロングコートを、その身体をすり抜け、何一つ感触も無いままに虚空を穿つ。拳はヴォイドの左胸、心臓の位置を寸分違わず捉えている。見方によっては貫通したようにも見えただろう。
そしてその虚像を打ち抜いた拳を放ったゼブルは初体験の感覚に完全に思考が停止しており、「え?」という困惑のみがその思考を支配していた。その為、咄嗟に体制を立て直すことも叶わず、そのままヴォイドとすれ違うようにヴォイドの身体を“すり抜けて”、気付けば見えざる何かに拘束されていた。
そしてその正体は、あらかじめゼブルの進行方向にヴォイドが張っておいた『魔力糸』であり、掛かったのを確認するや否や、ヴォイドは即座にゼブル捕縛する。
「『操糸術 “絡新婦”』、だったか?」
いつぞやにデイビットと共に作り上げた『操糸術』の技を全て習得していたヴォイドはその一つを試しに、といった感じでその場で使用した。
それは予め相手の進行方向に霊体化した状態で展開した魔力糸を相手が触れた瞬間に実体化させ、相手の行動から生じる勢いなどを利用して蜘蛛の巣に絡め取る様にして捕縛する、という誘い技。
それを知らずにまんまと食らってしまったゼブルはと言うと、口元まで完全に糸でぐるぐる巻きにされた状態のまま、ヴォイド達の足元に転がっている。
「ンン”~~~!!」
「で、ルシア。コイツ誰だ?」
「えぇっと.....一応、僕の“兄”です」
ヴォイドのその問い掛けに、ルシアは心底申し訳なさそうに、しかし嫌悪感MAXに、まるでゴミに向けるような視線で自らの兄を見据えながらそう言った。
「え?って事はこの人、一応この国の王族ってことっスか?」
「王子だから好き放題やってますってか?ご立派なこったな、えぇ?」
そう言いながら、不機嫌そうにブーツのつま先で足元に転がるゼブルを蹴飛ばすヴォイド。
そして蹴飛ばされる事で、若干の苦痛に少し顔を歪ませるゼブル。
しかし流石にその状況を見過ごす訳には行かなかったらしく、その後はルシアに宥められ、いきなり襲われて少々不機嫌だったヴォイドも落ち着き、ゼブルの事をどうするかが話題に挙がる。
「それでどうするっすか?これ。必要ないならその辺で“処分”して来るっスけど.....」
「ソレも一応王族なんだろ?だったら慰謝料とか迷惑料とか、この国からそれなりにぶん取れそうだが――――」
ヴォイドが悪知恵を働かせ始めたそのタイミングで、ヴォイド、バート、デイビットの三人がほぼ同時に、一つの場所へと視線を向けた。
視線を向けられた場所にて感じられる気配はない。しかし、ヴォイドとバートの二人が何かを感じたのなら、と即座に二人に反応し警戒を高めるデイビット達。
そして、視線を向けられた先でそれに勘付いた者はその事に予想外だと驚きながらも、ゆっくりとその姿を現す。
「(あれ、もうバレちゃったか).....それで、これは一体どういう状況かな?」
三人の視線が集まったのは、近くの家屋と家屋の間の空間に存在する“狭く薄暗い路地”。呟きと共にその姿を現したのは、猿の特徴が顕著な獣人の少年(?)が一人。
しかしヴォイドは油断せずに、『鑑定』でそのステータスを看破する。
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名前:ルフ・ハーフェン (Ruff Hafen)
種族:猿獣人
職業:獣王/模倣師/拳闘士/戦士
固有:猿真似/継承
加護:獣神の加護
装備:隠遁の衣/獣王の証
「スキル一覧」
・獣化
・思考高速化
・並列思考
・王たる器
・模倣術
・視稽古
・隠蔽
etc...
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『鑑定』のスキルでヴォイドの脳内に映し出された、目の前の少年に視える何かのステータス。流石に目の前の人物がかの【獣王】とは思ってもみなかった為、ステータスを覗き見たヴォイドとデイビットの二人は内心、少なからず動揺していた。
(なんでこのタイミングでこんな大物が出てきた?ヴォイドさんもバートさんも気付いたのはほぼ同時だったし、常に探知系能力を展開させておいた方が良さそうっスね)
(どうも現れるタイミングが良すぎるな。視られている様な違和感がまとわり付くこの感覚、もしかしたら『未来視』の類の能力を持った奴が近くに居るかもしれないな)
と二人が思考を展開させていく中、ルシアと獣王ルフはただ無言のまま見つめ合っていた。ルフは面白がるように「へぇ...」と零すのみで、ルシアは緊張してはいるものの怯える様子を見せずに真っ直ぐその瞳を見つめ返す。
しかし数秒後、獣王ルフは突然何かを思い出した様に顔を自らの足元に向けた。
そしてそこには糸で全身をぐるぐる巻きにされて放置されていたゼブルが、「早く助けてくれ」と言わんばかりにルフを凝視していた。
内容を少し編集しました。 2022/07/23




