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ノート:エーテル Side Persona  作者: 金欠のメセタン
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第四十一話「今は無き故郷の味と先見の明」

 ヴォイド達が東国ヤマトに旅行に訪れてから、今日で2週間と少しが経過した。思い返せば休暇らしい休暇が過ごせたのは初日と昨日の二日間くらいだろう。


 今朝のルシアとの出来事のおかげで次の訪問先が決まった様なものなので、流石にそろそろ観光旅行は終了だとパーティーの面々に告げた。



 そんな訳で、一応世話になったカグヤに別れの挨拶なんかをしに城に来た。今回は前回とは違い、謁見の間ではなく待合室の様な部屋に通された。そのまましばらく待っていると、カエデを連れてカグヤが入室。


 カエデの淹れたお茶を飲んで一息ついてから、カグヤとヴォイドは話し始める。



「それで、もう帰るのじゃったか?」


「次はアレストにでも行ってみようかと思ってな」


「ふむ、獣人国アレストか。あそこの【獣王】とは少々面識がある故、必要なら文を(したた)めるが.....」


「いや、それには及ばん。アレストにはただ、挨拶に伺うだけ(・・・・・・・)だしな」



 何でもない風にヴォイドは返答しながら、これから向かう国の王へ会いに行くのがまるで前提の様な話し方をするカグヤの思考を覗く。


 違和感に気付けたのはほぼ偶然。しかし思い返してみればそもそも、一言目からおかしかった。


 それはヴォイドがアレスト出身ではないのを知っていて、敢えて「行く」のではなく「帰る」と表現したこと。故に、二言目の違和感もヴォイドは捉えてしまう。まるでその国の王へ会いに行くのが当然である様な、その言い方を。


 それらの事から導き出されるのは、今の少ないやり取りでカグヤはあらかじめヴォイドの隣に座るルシアの身元をある程度把握していて、これからヴォイド達がアレストへ向かう理由についてもそれとなく察しが付いているという事。


 そして思考を覗いて得たのは、それらの情報源はカグヤお抱えの裏専門の諜報部隊と「加護」という繋がりを持っていた水神リヴァイアサンから得られたここ最近の記憶の断片。


 カグヤはそれらを前日に何通りかのパターンに繋げ合わせ、今この場でしれっと確認作業を行ってきたという事だ。


 それらのなんと巧妙なことか、とヴォイドは思う。幼く可愛げのある見た目に反し、その中身は間違いなく稀代の名君である。水神の加護と寵愛を授かり、不老長寿の肉体を持ち、更に頭脳明晰と来た。


 「挨拶とな?」と、至極自然な様子でとぼける今のカグヤを周囲にそう表現しても、きっと誰も信じてはくれまい。


 しかしそんなカグヤをよそに、早々にヴォイドは次の話題へと切り替える。



「そっちは気にするな。それでだ、先日の依頼の報酬に関してだが」



 ヴォイドにとってはこっちが本命。これ以上、こういう面倒な腹の探り合いは御免なのだ。故に、敢えて先ほどの事も指摘せずに流し、こちらに話題を移した。


 そんなヴォイドの様子を読む様にして一瞬だけ、表情が消えたカグヤはまるでその直後に思い出したように、少しオーバーなリアクションで言った。



「おー、そうじゃった!依頼時はお主一人にかなりの負担を掛けたからの、褒美に関してはこちらで出来る限り、お主が望むモノを提供させて貰うつもりじゃ」



 そう言い切った後、部屋の内部の空気が少し冷たくなった様な感覚と共に、王としての片鱗を漂わせながらカグヤは問う。



「してヴォイドよ、お主は一体、妾に何を望む?」



 そう告げると同時にカグヤの纏う雰囲気は明確なまでに切り替わる。先程までの親しみやすさや幼い見た目からくる愛らしさなど消し飛ぶように、一人の王がそこに居た。


 それはただ明確に、こちらを試す問い。返答一つでそれなりに大きな情報を取られるのが確定している、本来ヴォイドにとっては少し不利な状況。


 しかし、ヴォイドの答えはとうに決まっている。先も言った通り、この場でこれ以上面倒な腹の探り合いをする気はない。


 故に珍しく、本音だけを吐露する。



「俺が欲するのはこの国の特産品。それも食に関する物(・・・・・・)だ。幾つかの現物は勿論の事。品種改良に関する研究資料やそれぞれの製品への加工方法なんかの、出回っていない情報(・・)が欲しい」



 もっと詳しく言えば、米や醤油、味噌など、それぞれ日本由来とでも呼ぶべきこの国特有の物に関しての情報が欲しかったのだ。更に言えば「食」に関する物だけではなく、「鍛冶」などの秘匿された錬鉄の技術も欲しい所なのだが、ここで欲を掻き過ぎるのは良くないとヴォイドは判断した。


 そしてヴォイドが告げたその回答は――――



「.....ほう。その理由を聞いてもよいかな?」



 どうやら失敗ではなかった様子である。


 そんな少しだけ張り詰めた空気が緩和した中で、カグヤに対しヴォイドは「今の回答で少しでも緩むのは甘すぎる」と、ダメ出しする始末。


 しかし決してそれらを表に出すことはなく、淡々と話を続ける。



「今の俺は冒険者だ。そして俺の中で冒険者とは、誰よりも自由(・・)であるべきだ。なら、俺の行動を縛りそうな地位や名誉なんぞは要らん。だからその代わりとして、俺は俺の赴くままに、欲求に縛られ(したがっ)て、知的好奇心と食欲の両方を満たす事にした」



 今のカグヤを前にして、実に豪胆な発言。それを聞いて「ニィイ」と笑ったカグヤを見て、ヴォイドはここぞとばかりに追撃(・・)した。



「それにな、現状俺にとってこの国は、それくらいの旨みしか無いんだわ(笑)」



 その発言を聞いたカグヤの顔には、少し遅れて笑顔の上に「ピキピキ」と血管が浮かび上がっていた。何故なら今のヴォイドの発言は、この国はヴォイドにとって「食い物が美味しいくらいしか価値がない」と面と向かって言われたようなモノだからだ。


 しかも言葉にせずともヴォイドの発するその雰囲気は「俺の言ってる事、ちゃんと分かるよな?」とでも言いたげなモノでもあったから。


 そんな発言をこの国の国王相手に行ったのだ。本来ならそれだけで極刑モノだ。しかしヴォイドはフードの中でニヤニヤと嗤いながら、今にも爆発しそうなカグヤとそんなカグヤを(たしな)めるカエデを見ていた。


 その嫌な笑顔がフードに隠れていてもヴォイドの纏う雰囲気で幻視出来てしまうから、カグヤは今にも煽られた怒りが爆発しそうになっているのだが。



「ほ~う、随分と言ってくれるのう。ヴォイドや、ええ?」


「おいおい、図星だったからってそんなにキレんなよ」


「図星ではないわっ!逆に聞くが、お主はこの短期間で一体妾の国の何を見てきた?お主ほどの者であれば、しっかりとその辺りも調査しているのであろう?それとも何か、よく調べもせず、この妾を煽ったのか?」


「そんなの言うまでもないだろ。頭の弱いお嬢ちゃんだなオイ。まぁ、そんなに知りたきゃ教えてやる」



 その言葉を皮切りに、ヴォイドは自分一人で調べ上げた東国ヤマトの重要な物事が記されている独自の資料を思い出しながら、発言していく。



「まずはこの国の『魔法/魔術』に関する事だが、この国に居る“陰陽師”だったか?彼らの操る式神や護符などの魔術礼装や独自の術式技術、その他にもそれらの起源とされる『陰陽思想』に関する歴史、もっと深堀りするなら“十二神将”と呼ばれる秘匿されている特殊な式神なんかの事も――――」


「む、むぅ......」


「次は鍛冶に関してだな。まずはこの国特有の片刃の剣である“刀”に関してだが、これに関しては言うまでもない。俺がその錬鉄の技術を既に身を持って習得してるし、何より基本的に俺は自分で鍛えた刀を使って戦う。何なら現物を見るか?」


「こ、これは....!?」


「後は着物なんかの衣服や食器や箸などの日用品や、瓦を使った独自の建築技術に関する事も抜かりないぞ。何なら俺の考察も交えて、この国の成り立ちや歴史について話してもいい。それともこの地に跋扈する魔物達、いや、この場合は“魔物”ではなく“妖魔”と言った方が適切かな?これらに関するお前達が秘匿しているであろう情報もあるが――――」


「も、もう良いもう良い。お主がこの国をちょっと有り得んぐらいに調べてたのは十分わかった.....」


「ふむ、そうかい」



 最後まで話す事が出来なかったヴォイドは若干不満そうに切り上げたが、カグヤは襲い来る頭痛と胃痛でどうにかなりそうだった。大きく見誤っていたのだ、ヴォイドという存在の危険性とその有用性を。


 そして話を聞き、現物を見せられ、嫌でも理解させられてしまった。本当に今のヴォイドにとってこの国は、「食」に関する事しかもう殆ど価値がない。それ以外、既に興味がない。


 何故ならその他全て、もう調査も実験もその殆どを終えているから。


 一体いつ、どうやって、これほどの情報を得たのか、カグヤにはその一切が分からなかった。いくらか冷静さを欠いている今の頭でも、何通りかの予想はつく。だが、やはりその全てが「そんな馬鹿な」と言わざるを得ない物ばかり。


 もしそれが事実であったならば、今目の前にいるヴォイドという青年は限りなく「人」と言う括りから逸脱している。故に、カグヤは認めない。理解したくない。ヴォイドという人物のその本質を。


 だからこそ、強引にそれらの話を(しま)いとした。



「はぁ、揃いも揃って、欲が無い奴らよのう。立場的な意味も含めて色々な理由で報酬を断ったミツル殿達とは少し方向性は違えど、あれだけの働きをした者達に対しての報酬がその程度では、妾の器が知れる」



 ヴォイドがチラつかせたカグヤ達がなるべく秘匿したい情報に関する数々、それらが(もたら)した頭痛と胃痛を振り払いながら、カグヤはヴォイド達へと宣言する。



「よって、今ここにカグヤ・スズキの名に於いて、冒険者ヴォイドを“東国ヤマトの盟友(・・)”とする事を宣言する!」



 カグヤが告げた「盟友」という言葉。それは言うまでもなく、非常に大きな意味を持つ。それもカグヤという個人の盟友ではなく、東国ヤマトという国家の盟友として。


 それはヴォイドという人物が一国の王と同等、もしくはそれ以上としてカグヤは認識しているという事に他ならない。


 そうなれば早々、ヤマト国内だけでなく諸外国にもその情報は知れ渡る事となる。と言うか何なら、今しがた宣言した本人であるカグヤ自身がそれを広める気満々な為、そう遠くない内に「ヴォイド」という存在は世界に認知される事となる。


 それらの事柄を「ちゃんと理解したか?」とでも言うような表情で訴えかけてくるカグヤの事を、ヴォイドは内心で「やってくれたなこのクソガキが」と思いながらも、あくまで平然とした態度で対峙する。



「なるほど、つまりは天下のカグヤ姫様は俺が遠回しに面倒事を避けたいと言っていたにも関わらず、俺への嫌がらせの為に一番面倒事が起きそうな褒美を与えてきたと」


「なんじゃ、これほど貴重な妾の褒美が気に入らないと?」


「うーん、耳付いてるかな?あぁいや、この場合は頭の出来が残念なだけか。ちゃんと俺の言った事を理解出来ているのなら、そんな言葉が出るはずないよな(笑)」


「フハハ、やはり平民のお主にはこの褒美の有り難みと有用性が理解出来なかったかな?ヴォイドや、ええ?」


「ハハハッ、ご冗談を。やはり陛下には言葉は通じていても俺の話が微塵も通じていないと見える」


「カカッ、何を申すか。話が通じていないのはむしろ、お主の方であろう?」


「クククッ、いやはやこれでは文字通り、お話になりませんねぇ」



 態度は平然としていても、ヴォイドの口は相手を煽るようにして勝手に動いてしまったようで、両者はまたもや笑いながら煽り合う。


 本来であればカグヤに対してタメ口なだけでも、即座に処刑されてもおかしくない状況なのだが、ヴォイドの不敬のその全てをカグヤが直々に許容している為、傍から見れば身分の低いはずの一冒険者であるヴォイドと国王であるはずのカグヤが仲良さげに煽り合うという、おかしな状況が出来上がっていた。


 そんな二人の状況に半ば無理やり巻き込まれているルシアとカエデの二人にしてみれば、堪ったものではないのだが。


 そんな煽り合いを十分ほどかけてたっぷりねっとりと行ったヴォイドだったが、内心では慣れ親しんだ故郷の味を手に入れられる事に、少なからず歓喜するのであった。





 同時刻 獣人国アレスト 王城のとある一室にて。




「やはり、結果(・・)は変わらないですね」


「ふむ.....そうなると、ほぼ確定かな?」



 そう話す謎の二人は、片やこの世界に3人しか存在しない「占星術師」のジョブを持ったクベ・メギストスという名の犬の獣人。


 そしてもう一人は獣人国アレストの現国王であり、誇り高き【獣王】の称号を受け継ぐ猿獣人、ルフ・ハーフェン。


 彼らが今しがた話していた話題の詳細は、先日クベの『星詠(ほしよみ)』という占星術師の固有能力によって得られた「“これから起こり得るかも知れない未来”」の出来事についてである。


 『星詠』のスキルで占った事は大きく分けて二つ。


 ひとつは「この世界全体に迫る脅威」について。もうひとつは、「アレストに対して迫る脅威」について。


 この二つを占い、前者を占った結果浮上した「魔王」と「勇者」というワードと、後者を占った際に入れ替わるようにして浮上した、何かしら関係がありそうな「北西より」という方角を示す言葉。とは言え、双方とも明確な時期などは分からず、ルフ達は「北西」という方角と最近オレアム皇国が召喚したと言う「勇者」について調べていた。



「一つ目の勇者と魔王に関して、勇者達は現在視察という名目で世界の各地に散らばっているそうだ。そして二つ目の北西だけど、地図上ではこの国の北西方面にはあのレガー帝国が存在する。更にそれらを結びつける線が、帝国に視察に向かった勇者達数名が行方不明になったという機密情報」


「そこまで分かりやすく話すという事は、貴方は未だ姿が見えない魔王が、帝国に居るとお考えで?」


「まさか、推測に推測を重ねた結果得られた、ただの可能性の話だよ。ただ、今回の魔王出現はまだ大々的に発表はされてないし、何より出現する周期が早過ぎる気がするんだよね」



 そう、ルフが言葉にした通り、今回は明らかに魔王の出現が早過ぎる。更に近年、帝国と皇国がきな臭い動きを見せているのだ。であれば必然、それらを繋げてしまうのは仕方のない事だろう。



「オレアム皇国の勇者召喚に関する報告は、完全に事後報告で行われた。更にその直後に魔王復活の兆しが見受けられ、続け様にここ数年の帝国の黒い噂と勇者失踪が重なった」


「確かに、それらを偶然と言うには少し、ここ最近は事件が多すぎますね。勇者失踪に関しても情報はまだ出回っていませんし、更に魔王の居場所も未だ特定出来ていない。それに――――」



 占星術師クベが言葉にしなかった、その先。それは世界に迫る脅威を占って浮上してきた言葉が「魔王」だけではなく、「勇者」も同じように浮上したという事。邪推だと言われれば確かにその通りなのかもしれないが、もしかしたら、本当にもしかしたら、此度異世界より召喚されたという勇者達もまた、世界の破滅のきっかけではないのだろうかと、思い至ってしまったのだ。



「これはもしかしたら.....今度こそ本当に、この世界は滅んでしまうのかもしれないねぇ」



 最後にそう呟いたルフの表情はどこか、「諦め」に近いものが苦笑と共に浮かんでいたと言う。



...


....


.....




 東国ヤマトでの最後の滞在日の夕食時、一際豪華な夕食をパーティーメンバー達と囲む中、ヴォイドはふと別の事に思考を割く。


(視線.....どこからだ?視られているというよりは、“監られている”と言うべきか。だとすれば、何かしらの観測系のスキルか?)


 しかし視線の主を特定するまでには至らず、強制的にスキルで相手の視線を断絶させることで改めて食事に専念する。今夜の夕食は最終日なのもあって、リサとサラの二人が腕によりをかけて作った絶品料理の数々がテーブルに並べられているのだ。


 今は無粋な視線など、気にしている暇などない。


 ルシアなど、常に顔をほころばせて食べており、何というかふわふわしたピンク色の空気を纏っている様な状態になっている。バー爺はずっと無言でモリモリ食べ続けており、その横でデイビットは涙を流しながら料理を口に運んでいる。


 かく言うヴォイドも、それなりに驚愕しているのだ。確かに彼女達二人はメイドとしては完璧なステータスを目指して設計したが、これほどまでに料理に精通していただろうか、と。


 それとなく聞いたがリタとサラ曰く、「日々精進しております」とだけ告げた為に、彼女達の日々の努力はヴォイド自身には見せるつもりは無いらしいと判断した。



 テーブルに乗せられた「和」「洋」「中」様々なジャンルの料理が並べられている中で、リサが洋食、サラが和食、そしてヴォイドが中華を担当したのだが、そのクオリティに殆ど差がなく、どれも甲乙付け難い程の絶品となっている。


 故に、いつもは食事時はそれなりに会話がある筈なのだが、ほぼ全員が目の前の夕食のみに集中している。とは言え、テーブルの上には明らかに6人で食べるには多すぎる量の夕食が並べられている。だが、それが無くなるのも時間の問題だろう。


 何せヴォイドのパーティの面々は、全員がそれなりに大食いであるからだ。


 ルシア、リサ、サラの女性陣はさることながら、やはりバー爺とデイビットとヴォイドの三人組が少々おかしい。バー爺はとんでもない酒豪でもあり、大食らいで、デイビットは食べた物すべてが魔力へと変換されるスキルでほぼ無限に食べられるというヤバさ。


 そして極めつけは、文字通りヴォイドの無限胃袋(ブラックホール)だろう。今まで『体内世界』でも実験したりしたが、未だその胃袋は“満腹”という概念を知らない。故に、この世界でもチラホラ見かける大食いチャレンジをやらせようものなら、ヴォイドに“敗北”という二文字はない。



 そしてヴォイドの予想通り、3~40分ほどの時間ですべての料理が食べ尽くされた。その後にデザートも数品全員が綺麗に食べきり、今は各々が各々の時間を寛ぐ。


 そんな時間の中でヴォイドは一人、本を片手に思考に耽る。



(さっきの視線の正体は、結局分からず終いか。ただ不思議と、それほど焦りはないな。とは言え勘でしかないから最低限の調査はするつもりだが、どこの誰から観測されたのかすら分かっていない以上、結局あまり考えても仕方のないことではあるな)



 そう考え至ったが故に、ヴォイドは先程感じた視線のことは即座に切り捨て、意識の半分を手元の本へと移す。同時に幾つかの思考を並列にしながら、宿の部屋でひと時の静かな時間を過ごす。


 そのせいで、これから起こりうる予想外の数々を知らぬまま、彼はまた無意識に深淵へと一歩を踏み込む事になる。


 しかしその事をヴォイドが知る事は、ついぞなかった。

 内容を少し編集しました。 2022/07/09

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