第三十九話「宴の後にバカンスを」
夜の帳が降りた東国ヤマトの宮処に聳え立つ王城、通称「輝夜城」の遥かに高い屋根の上。この世界ではやはり珍しい瓦が積み重ねられたその一角で、月夜に照らされながら葡萄酒を片手に下の景色を眺め座り込む、黒い人影があった。
それは本来であれば、現在行われている宴の主役として参加しているはずの、ヴォイドの姿である。
珍しくフードを外し、普段見る事は出来ないその銀髪と褐色の肌を夜風に晒し、一人で静かに酒を嗜むヴォイド。
そんなヴォイドの眼下では現在、俗に言う“宴”というものが執り行われている。その理由はここ数日間に渡って行われた、凶暴化した魔物の一斉討伐が先日無事に終了を迎えたからだ。
しかもこちらが受けた被害は極々軽微でありながら、その戦果は最大級のものになった為でもある。
作戦開始の二日目から協力してくれたヤマトの兵士達は非常に練度が高く、ヴォイドから見ても彼らは皆優秀だった。更に今回の作戦で死者は誰ひとりとして出ず、重軽傷者含め、約20人という驚異的な数字をヴォイドは叩き出す事になった。
その理由の詳細が、ヤマトの兵士達のグループひとつひとつにヴォイド謹製の魔導ゴーレムを2体随伴させる事で、本来の盾役を肩代わりさせ、更に各種サポートも行った為だ。
その作業を行っていた際、傍で見ていたミツル達やカグヤからは揃って「魔力お化け」と称されたヴォイドだったが、あれでも初日に海中に放った数に比べれば半数にも満たない数である。
そして更にヴォイド自身がその場の流れで全体の指揮を執った事で、魔物相手の戦況が常に安定し、スキルによって齎される情報を精査しあらゆる状況を全て読みきった上で下されるヴォイドの命令一つで、誰もが間違いなく“勝利への一歩”を歩んだ感覚を覚えていた。
更に兵士達だけでは対処不可能な魔物への対処はヴォイドのパーティーメンバーやミツル達を素早くその場へ派遣するなど行い、その結果兵士達の安全性が飛躍的に上昇した上で、全体の流れをほぼ完全にヴォイドが支配する事が出来た。
更に物資運搬や大規模な人員移動の際にヴォイドが『狭間の回廊』を解禁し、更に本作戦に貢献した。それだけでなく、移動や討伐の際に人目に付かぬように認識阻害や人払いの結界の使用など、ヴォイドの活躍は挙げればキリがない程に膨れ上がっていた。
そんな全てのヴォイドの多大なる貢献により、大規模な魔物殲滅作戦は無事終わりを告げることになったのだ。
因みにデイビットとバー爺が初日に討伐してきた「白銀竜」については、素材や魔石はその全てをカグヤに売り払った。白銀竜の指定討伐ランクが進化直後の個体だと準Sランクとの事だったので、単純にヴォイドが必要ないと判断した為だ。
プラスで渡された鯉の死体で「鯉のぼり」も作りはしたが、やはりその場のノリで作った為、完成した後に冷静になって全員が「これ別に要らなくね?」となった為、こちらもカグヤに売却した。
それなりの被害を想定していた魔物の掃討作戦の大成功と、同時に幾つものダンジョンの守護者討伐が重なった為か、その報告を聞いた時のカグヤの顔は実に満足そうなホクホク顔だったという。その直後にヴォイドに言われた「これで大きい貸しが一つ出来たな」というセリフにより、若干顔を青くしていたが。
しかし、今回の掃討作戦に関しては「国民に要らぬ不安を与えぬ様に、内密にしておる」との事なので、今回は関係者のみでの宴会となった。とは言え「人の口に戸は立てられない」という言葉もある故に、いずれこの情報は漏れることになるだろう。
それが、今のヴォイドの眼下にある景色の詳細になる。では、何故その景色が“眼前”ではなく“眼下”なのか、こちらも分かりやすく説明しよう。
それはヴォイドが陰の者である為、催し物などは基本遠巻きに眺めている方が楽しめるからである(要するにただの陰キャだ)。
上から見下ろすことで愉悦を感じている訳でもないのだが、自分があの中に居るのは何というか、少し違う感じがするのだ。それほど単純に物事を楽しめないというのもあるし、大勢の人に囲まれるというのに慣れていないのもあるのだが、やはり本人が酒を楽しむのなら割と静かな方が好みというのもあるのだろう。
しかし何の因果か、こういう時に限ってなぜか誰かに目を付けられてしまうのが世の常である。
「宴の主役が見当たらぬと思えば.....ああいう場は苦手か?」
「正直、苦手と言わざるを得ないな。アンタ自身も、アンタのその『竜眼』と『深層共鳴』のスキルも含めて」
背後からヴォイドに話しかけてきたのは、カグヤだった。
ヴォイドが現在居る場所は城の最上階の屋根の上。それも『存在希薄』のスキルを使ってだ。本来なら誰も気付かないし、近付かないはずだが、こちらの居場所が分かったのは恐らく、バート辺りにでも聞いた為だろう。
どうやってここまで登って来たのかは謎ではあったが。
「はぁ.....やはりお主のその『眼』を誤魔化そうとするのは、あまり得策ではないのぅ」
「いい加減諦めろよ。俺からすれば、勝手に信用を下げる行為でしかないからな。それで?麗しきカグヤ姫様が、何故こんな場所にいらっしゃるのでしょうか?」
「なんじゃ、そういう言葉遣いも出来るのじゃな。まぁ、敢えて答えるなら気まぐれというやつじゃ。ただお主と二人で、盃を交わしてみたかっただけじゃよ」
「は?何言ってんだお前。仮にも一国の王様が、ただの気まぐれでこんなヤバイ奴と二人きりで酒飲む為にこんな所来る訳ないだろ。よくそれで誤魔化せると思ったな。だがまぁ俺はこう見えて優しいからな、その事について今はこれ以上触れないでやる」
「......やっぱりワシ、お主のそういうとこ嫌いじゃわ」
「それは褒め言葉として受け取っておこうか。で、アンタはどう思ってるんだ?水神様よォ」
問いかけと同時にスッと、少しだけヴォイドの金色の眼が細められる。しかし、返事はない。ただ、時間にして約2秒ほどカグヤとヴォイドの目線が交差した後、特に何か起きる訳でもなく、状況は再び動き出した。
ヴォイドが目を閉じ、フッと笑って告げる。
「まぁ、今回は見逃してやる。それで、お嬢さんはいつまでそうしてるつもりだ?せっかく国王直々に来たんだ、望むならこの俺が相応のもてなしってやつをしてやるが、どうする?」
ヴォイドがこの場に居ない誰かに問いかけてからずっと黙っていたカグヤに対して少しだけ挑発するような、「いつまでそうしているつもりだ?」とからかう様な雰囲気を醸し出しながら、ヴォイドは自身の『ストレージ』から酒のアテを幾つか取り出す。
それは各種チーズ盛り合わせに、数種の生ハム、更には自家製のミックスナッツまで。取り出されるその全てがなんと、ヴォイドの体内世界製である。
しかし驚く事なかれ。これらは全て、ヴォイドの『体内世界』で得られた、とある研究の副産物だ。そもそもヴォイドの『体内世界』では日々、それこそあらゆるジャンルの物事が常に研究されている。
この世界の文化学や、社会科学、環境学に、医療薬学など、生物科学、魔工学、情報学など、非常に様々だ。
そしてその中には当然、「食」というジャンルがあっても不思議ではない。取り出されたそれらは未だ発展途上の自家製食品だが、今は特に『体内世界』の時間加速を使用した発酵食品の研究に熱が入っている。
その研究の試作品、その中でもとりわけ上手くいった物が、たった今皿に盛られているつまみ達だ。
それらを一目見ただけで、カグヤはその出来栄えに目を奪われ、同時に魅了されかける。
「これはまた.....どれも品質が一級品じゃ。一体どうやってこれほどの物を......」
「その皿は変異種や特殊個体同士で交配させて産ませた魔物の、更に特殊な個体から取れる乳で作った各種チーズの盛り合わせと、数種の混合魔物型の家畜から取れる肉の希少部位で作った生ハム風。そんでこっちの皿は、寄生型植物を使って遊び半分であれこれ品種改良しまくってたら出来た箸休めの自家製ミックスナッツ。まぁ、全部美味いから好きに食ってくれ」
「所々で聞いてはいけない様な言葉が聞こえた気がするのじゃが.....いや、これ以上は無粋じゃな。うむ、そういうのは後にして、今は素直に頂くとしようかの」
ヴォイドの『魔術』によって空中にふわりと浮かぶ数枚の皿をそれぞれを軽く説明しながら、ヴォイドはナッツを幾つか口に放り込み、次いで手元の葡萄酒を呷る。その横では同じように、カグヤが一つのチーズを頬張り、香りと味を楽しみながらちびちびとお酒を飲む。
直後にまるで頬が溶けたようにその顔を綻ばせ、カグヤはその美味しさに一瞬にして心奪われた。ここに来た本来の目的など、本当にどうでもよくなるほどに。
その後は特に空気が悪くなることはなく、二人共が他愛ない会話をしつつ酒を飲み、いつの間にかヴォイドの傍に居たクロをカグヤが撫で回したりと、カグヤは完全に目的を忘れて純粋に楽しんでいた。
そんな時間が一時間ほど過ぎた頃、カグヤに少し酔いが回り始めたタイミングで二人での静かな宴は終わりを告げる。
「ふぅ。.....さて、そろそろワシは戻るとしようかの」
「そうかい。その様子だと、お姫様にご満足いただけたようで何よりだよ」
「うむ、大変満足じゃ。では、また後日会うとしよう」
「仰せのままに」
ヴォイドの返答を満足げに頷くことで応えたカグヤはその場からヒョイヒョイっと屋根から降りていった。その動きを見て、ヴォイドは彼女が一体どうやってこの場に登ってきたのかを知ったが、彼女に対しての戦力分析の思考は即座に切り捨てた。
(こういう時にまで余計な事を考えすぎるのは、昔からの悪い癖だな。まぁ、自由に切り替えられるようになっただけマシにはなった方か)
内心で先程、冷静にカグヤを分析し始めようとした自らの頭の事を思いながら、未だ屋根に残るヴォイドは一人、天上の高みで勝利の美酒を呷った。
そして今宵もまた、虚の住人は天を見上げて己に問う―――
「俺は、一体どこを目指す?」
自らが目指すべき到達点。しかし答えは未だ、でないままであった。
...
....
.....
そんな祝勝会から明けて翌日の昼頃。宿の食堂を借りて作った昼食を『ストレージ』に入れた後に、指定された場所までヴォイドは向かう。
向かう先は、現在ヴォイド達が滞在している都市から少し離れたところにある大きな湖。何故そんな場所に向かうのかという理由は至極単純。特に予定のなかった今日、せっかくだからということでミツル達に誘われ、東国ヤマトで雰囲気の良さそうな場所で海水浴&バーベキュー的なことをする事になった。
場所はカグヤからの提供ではあるが、その場の安全は前日からヴォイドの手により完璧に保証されている。
そんな場所にヴォイドが到着すると、それ以外の全員がその場に揃っていた。しかも、彼ら彼女らはヴォイドが宿の部屋の中に展開していた魔導具のテントの中で魔導具制作やら何やらをやっている間にいつの間にか購入していた水着などを準備しており、ヴォイドだけがいつもの格好で現れた事でその異質性がより強調されていた。
目の前には空を反射する鏡のような大きな湖があり、それらを取り囲む様にしてある森林の壁。そんな湖を前にして、色とりどりの水着姿で釣竿や網などを準備したりする面々。
そして突如森の中から現れた、謎の漆黒の人物。
やはり当人が客観的にどう考えても、この場に於いて「ヴォイド」という存在は異様だった。浮いている。いや、浮きすぎている。この場に合わなすぎて、その本人が若干「あ、帰ろうかな」と即座に思ったくらいに。
しかし、そんなヴォイドにも救いの手が差し伸べられる。
「あ、遅いよマスター!」
ヴォイドが待ち合わせ場所に到着してから数秒後にはこちらにそう声をかけ、元気よくその手を振りながらこちらに駆け寄ってくる“天使”が一人。純白でモフモフのケモ耳と尻尾を携え、水色のビキニの上にパーカーを羽織り、更にホットパンツ着用という暴力的なまでの属性と可愛さを誇ったルシアが現れる。
そしてその後ろでは、それぞれの特徴やイメージが存分に醸し出されている水着を身に付けるリサとサラの美人メイド二人組が待機していた。
とは言ったものの、三人の水着を最終的に仕上げたのは他でもない、ヴォイドなのである。それは今朝、宿の食堂にてヴォイドが遅めの朝食を取っていた所に『仮想掲示板』を使って齎された、ルシア達からのとある質問から始まったものだ。
最初に送られてきたのは紫や白を基調とした何枚かの水着の写真と、『どれがお好みでしょうか?』というリサからのメッセージだった。そのメッセージをヴォイドが見た瞬間、即座にヴォイドはリサへと『念話』を行った。
しかし伝えた内容はただシンプルに、「それぞれ似合うと思った物は全て買って来い」とだけ。
伝えられた内容はたったそれだけの事であったが、リサはヴォイドが直々に服装を作ってくれると察した為に、ルシアやサラにもその事を伝え、幾つかの水着だけでなく、ついでにルシアの夏服なども購入していた。
それらを宿の部屋で待機していたヴォイドにリサが届け、同時にヴォイドから魔導具のテントなどを湖で必要になりそうな物を受け取り、ヴォイドが来る前にある程度寛げる場所などを作っていたのだ。
そして水着やら夏服やらを渡されたヴォイドはテント内で分身を使用してそれぞれの女性用水着を弄り倒し、完成した頃には気付けばそれなりの時間が経っていたという事だ。
ヴォイド本人としてはやはり、キャラクリ勢の端くれとしてキャラメイクだけではなくキャラのファッションにこそ常に、存分に力を入れなければいけないと感じたのだ。三人中二人は自分が作り上げた存在ではあるが、彼女らの素材が最高峰なのは間違いないのだ。
であれば必然、キャラクリ勢の血が騒がぬ訳がない。
そういう経緯で、完全にヴォイドの独断と偏見により一番「これだ!」と思えるコーデになったのだ。
しかし諸君も幾つか言いたい事はあるだろう。故に異論は認めよう。だが、聞く耳を持っているかは別だ。
そして各々の体型や見た目についてだが、ここでは敢えて詳細な表記は行わないものとする。簡単に言えば、各自で楽園を想像してくれたまえという心遣いだ。感謝したまえ。
「いやぁ、眼福っスね~」
「否定はしない。が、あの主人公くんからは絶対目を離すなよ」
「勿論じゃわい。ルシアに指一本でも触れたら......まぁ、命の保証は出来ぬな」
「女の子同士のハプニングなら、大歓迎なんスけどね~」
と、約一名物騒な事を言っているヴォイド達三人。
彼らは現在、事前にアヤカ達から聞かされたミツルの「ラブコメ主人公体質」なるものを警戒しているのだ。あらゆる感知系スキルと『危機察知』、『未来予測』や『直感』スキルを総動員で。
それこそ、“そういう事”が起きようものなら、文字通りミツルを斬り捨てる覚悟で。
しかしその心配は杞憂に終わるのだが、それを知っていても彼らは尚、監視を続けるだろう。「あり得ない、なんてことはあり得ない」などと宣い、事前に芽を摘む意味で斬りかかる可能性すらある。
とは言え、デイビットが口にしたように目の前の景色が眼福であることは確かな為、ヴォイドも持ち前のスキルで存分に『撮影』を行う。折角何人もの美女、美少女が水着姿で“てぇてぇ空間”を作り上げているのだ。その目と記憶にしっかりと刻んで『記録』に残す事も当然と言えるだろう。
しかし、気付いた時には既にヴォイドの隣にはデイビットとバー爺の姿はなく、焦って見つけた時にはバー爺は岩場の方で釣りをしており、デイビットはミツルに絡みながらルシア達のところに混じっていた。
それらに対しヴォイドは若干イラついたが、それでも二人はしっかりとミツルを見張っているので特に何も言わなかった。
その後、一通り遊び疲れて戻ってきたルシア達と、海産物がメインのバーベキューで昼食をし、ルシアに誘われる事で美女達の楽園に参加したヴォイドもまた、バレないようにミツルの監視を続けながら、ひと時のバカンスを楽しんだのであった。
内容を少し編集しました。 2022/06/27




