第三十八話「守護者との戦闘と想定外」
――――東国ヤマト ダンジョン「水妖霊殿」にて
最下層のボス部屋、その一角で舞い上がった水飛沫の中から時間差で放たれる、4発の『水球』。その見た目に反して、当たれば岩をも容易く砕く威力を秘める水属性魔法の『ウォーターボール』。
その全てを何でもないように完璧に見切り、容易く斬り伏せ、続く正面からの高圧ブレスを『飛斬』によって叩き斬る一人の剣士、名をバート。
バートは自らが放った『飛斬』を冷静に躱し、再度水中へと潜っていった魔物に対し、少しだけその評価を上方修正する。
「ふぅむ、混ざりモノの鯉にしては、中々.....」
しかしそんなバートの言葉を遮るようにして、足元から竜鯉の大きく開かれた口が迫った。幾ら鯉とはいえ、魔物であるのは間違いない。であれば飲み込まれた後に体内に入った獲物を殺し切れる手札を持っていても不思議ではない。
故に、バートは敵の一手をたった一歩後方へとするり下がるだけで、完璧に紙一重の回避で躱してみせる。
そんな真下からの渾身の攻撃を紙一重で躱された竜鯉は勢いに乗った身体をその場で止める事も出来ず、そのまま水面を飛び出し空中高くまで飛び上がる事になる。
そしてその行動は、誰が見ても致命的なまでの隙。竜鯉はその事を即座に本能的にまずいと認識するも、残念ながらその隙を見逃すほど、対峙していた剣士は甘くなかった。
脳がそんな事を認識した頃には既に眼前へと迫った、自らに死を告げる必殺の一刀。
「老いぼれが相手とはいえ、ちと油断しすぎじゃな。ほれ、これで詰みじゃ」
バートは「取った」という確信と共に、竜鯉の首筋へ自らの『魂装』の刃を高速で振り抜いた。
しかし竜鯉はその刹那、死を直感したその瞬間から己の全身全霊を賭けて、ブレスを使用する事で強制的に身体を加速させ、更に空中で無理矢理身体を捻ってその一刀を、バートと同じように紙一重で躱しきってみせた。
だが、バートはその事に特に反応を見せぬまま、近くの岩場に移動し魂装を静かに納刀する。そしてあろう事かそのまま、他の面々の様子を見始める始末。
そんな様子を捉えていた竜鯉は、突然無防備を晒すバートに容赦なく飛び掛ろうと、気配を消しながら水中を移動し、射程に入った瞬間に湖を飛び出す。
確実に捉えたと確信し、喜色に溺れながらスローモーションの様に流れが徐々に遅くなっていく視界。その最中に、竜鯉のその視覚と聴覚は捉えてしまう。
目線だけを向けたバートが、再度彼に“死を告げる”その様を。
「見切りはとっくに済んでおる。言うたじゃろう、詰みじゃと」
そう、あの時バートが告げたのは今の一撃で「討ち取った」という事実報告に過ぎない。故に、紙一重でバートの一刀を竜鯉が躱した時には既に、斬られていたのだ。
そんなバートの二度目の宣言と同時に、竜鯉の首と胴は一刀両断される。
しかし先程の一撃、躱したはずなのに斬られていたというのは、些かおかしい。だが、バートという剣士はそういう初見殺しの様なやり方をいつも当たり前の様に行ってくるのだ。
それはバートの十八番である、『思力』という謎の力により引き起こされる“多重でありながら一刀の形を保つ”というあり得ざる事象。
確かにあの時バート自身が振るった様に見えるのは、たった一撃。しかし、その一撃を相手の眼前に、見える位置から迫らせる事で一時的に敵の視野と思考を狭め、その刹那の隙に完全な死角から放たれる、意識外からの必殺の刃。
この攻撃方法、というか引き起こされる事象についてヴォイドがバートへと尋ねた時、帰ってきたのは「刀を一度しか振っていないからといって、一撃が一刀である必要はない」という返答だった。
この返答を聞いた瞬間、ヴォイドが堪らずその顔を歪めたのをバートは今でも覚えており、その様子を思い出してついつい今も笑いそうになる。
何故ならヴォイドはバートの返答を聞いた時点で、バートは斬る為ならそもそも「刀を振るう必要さえない」と気付いてしまったから。対人戦に於いて、バートを完全初見で相手取った場合、「刀を抜いて戦う」というその行為自体が偽装として、対峙する者の思考を少なからず縛る。
強者であればあるほど、武器を振ることで攻撃が発生するというのが、当たり前に染み付いているから。
故に初見では一撃の内に潜む二刀目など、完全に意識の外。
だが、何より厄介なのは「初見殺し」でありながら、手の内を晒したところでその対処が容易に出来るものではないという点である。
そもそもバートが一撃の中に一体どれほどの斬撃を仕込めるのかすら分からないのだ。ならばその全容が分かった所で、殆ど対処のしようがない。
それらの可能性にすぐさま考え至ってしまった故に、ヴォイドは忌々しいものを見る顔でバートを見たのである。
そんな文字通りの「初見殺し」を知能の低い魔物では躱せるはずもなく、竜鯉は見事にその命を散らしていった。
※
「フフッ」
妖艶な嘲笑の声が静かに周囲に漏れる。その出処はメイド服で軽々と大鎌を振るう、リサであった。
妖しい微笑みを浮かべるその頬は僅かに紅潮しており、周囲に漂う仄かな血の匂いがリサの半吸血鬼としての何かを刺激していた。吸血衝動か、はたまたただの嗜虐心か、その真意は分からない。
そんなリサが佇む地底湖の一角。その周囲に満ちる水が、リサと対峙する魔物より流れ出た血により薄く朱色に染まってゆく。
その赤い水上で君臨するは、白い刃に紫の薔薇の装飾が施された大鎌を持った、一人のメイド。溢れ出る雰囲気は早々、女王と呼ばれる存在などが醸し出すソレである。
その瞳に宿るは強い嗜虐。どろりとした粘性を持つ殺気を振り撒きながら、対峙する相手をまるで玩具の様に弄ぶ。
水中の深くから次々と飛来する実体のない竜鯉の虚影を全て大鎌で刈り取りながら、その中に度々紛れ込む本体の攻撃はわざと躱し、追撃はせずにまた虚影を捌く。
次に本体が迫った時には、その大鎌を振るう様に見せかけ、本体がその対応の為に回避行動に移り始めた途端に大鎌の軌道を虚影へと変更し、相手を小馬鹿にするようなフェイントを行う。
そんな行為が繰り返されること、はや十数回。
一方的にリサが相手を虐めるだけの展開がしばらく続き、当の本人はその行為に飽き始めていた。
「流石に『分身』による攻撃だけでは飽きてきてしまいましたね。これ以上そちらに打つ手が無いようでしたら、本格的にお掃除を開始させて頂きます」
リサが竜鯉へとそう言い放った次の瞬間、リサを囲む様にして全方位から実体のある『分身』が津波の様に彼女に襲い始めた。圧倒的物量、大鎌という長柄の武器では一度懐に入り込まれてしまえば、終局へと向かうのは一瞬。
しかし、そんな時間を掛ければ確実に殺せる行動を取った竜鯉に対して、リサは一言言い放つ。
「それは、悪手と言わざるを得ませんね」
妖しい微笑みは、更に影を深める。本体がこの波の中に存在する事など、リサの勘はとっくに分かっている。感性が告げてくるのだ、「喰らえ」と。
その本能的な欲求に応え、リサは自身の嗅覚が捉えた特定の血の匂いに対して、その手に握る大鎌を軽く振るった。
振るわれた大鎌の刃は死神の振るった鎌の様に、実体のない何かを捉える。
『魂喰い』
リサが仕える闇の主より授かりし、特異な能力の一つが発動する。
その瞬間、全方位から迫っていた竜鯉の『分身』はまるで溶ける様に水面へと崩れ落ち、水飛沫を上げて完全に消え去った。
そして最後にその場に残ったのは、ペロリと舌舐めずりをする妖艶なメイドと、中身を喰われた竜鯉の亡骸であった。
※
鋼の刃が衝突し合い、削れ合うような甲高い擦過音が地底湖全体を震わせるように木霊する。
発生源は、白銀の鎧と光輝の刃による衝突。演奏者が奏でるは、身体の芯まで響く、鈍く重い戦闘音。
舞い散るは火花だけに在らず。僅かな血潮も火種を追うようにして、宙に舞う。
再度、彼我の距離が空いた白き鯉と勇者達。彼らは現在、激闘の末に白銀の鱗を持つ竜鯉を追い詰めつつあった。
白き鯉はその身体を浅い切り傷が無数に蝕み、その体力を奪い続ける。それでも未だ、単身にて6人と対峙しながら攻め切られていないのは、流石の強さ。しかしそれとて、生物である以上限界はある。
その活動限界が、活動停止へと誘われるかもしれない決死の攻撃が、白き鯉を今も刻一刻と死の淵へと追い立てる。
確かに白き鯉は、選ばれた個体ではあったのだろう。しかし、選ばれていたのは勇者達もまた同じ。
であれば、条件がある程度同じの者同士、人数差がある状態で対峙してしまった以上、その強みは時間が経つほど如実に、顕著に現れてくる。
距離を空けて攻め立てれば、大盾を持つ騎士がその全てを防ぎ、その背後から魔法による反撃が飛んでくる。逆に距離を詰めれば、自らの鎧である白銀の鱗をも容易く貫通する武器を持った二人の男女が追い立ててくる。更に質の悪いことに、それらに合わせて周囲にいつの間にか魔術による罠が仕掛けられている始末。
そしてそれらを食らうことを覚悟で攻めに行けば、今度は糸を使う人物が的確にこちらの妨害をしてくる為、結局何も出来ずに攻めあぐねるしかない。
故に白き鯉は無意識の内に今まで感じた事もない、「怒り」という名の感情を抱く。
(理不尽だッ!)
そう思うのも当然であろう。こちらは一匹に対して、相手は6人。糸使いの謎の人物さえ居なければ、もしかすれば勝てたかもしれない相手だというのに。謎の男と人数差が、その天秤を敗北へと大きく傾ける。
そんな敵の様子を見逃さぬように逐一観察し、適度に妨害してその行動を阻止し誘導しながら、デイビットは少しずつ様子が変わっていく純白の鯉の事を思考する。
(やっぱり、明らかにあの個体だけおかしい。色合いだけじゃない、纏う魔力の質や一瞬零れ出た雰囲気、更に他の二匹よりも知能が上と見える。明らかに変異体っスね。『鑑定』でも名前持ちなのが分かってるし、これは後々の為にも、もう少し情報を抜き出してみますかね)
と考え至り、どういう風にして相手の情報を抜き出そうかと更に思考に没頭しそうになったデイビットを強制的に現実に浮上させるようにして、誰かが叫ぶ。
「ブレスが来る!」
誰かが言ったその言葉に合わせ、その場の全員がタンクであるシゲルの後ろへと下がる。直後、シゲルの持つ大盾に加圧された水、即ち放たれた『ウォーターカッター』が撃ち付けられる。
そして打ち付ける衝撃はやはり、並ではない。
それでもシゲルはヴォイド戦でも見せた『鉄壁』を使用し、不動の構えにて見事ブレスを耐え切った。
そしてその直後には、ブレスを撃ち終えた直後で「まだ動けないだろう」と無意識に油断している隙が出来た竜鯉へ、デイビットが王手をかける。
『操糸術 “影糸操縛”』
実体化していない状態である霊体の『魔力糸』を相手の死角や遮蔽物の影、挙句には地中までをも利用して周囲に展開させていた不可視の糸を相手を絡め取る瞬間に実体化し、竜鯉を瞬く間に拘束する。
術者のデイビットが更に力一杯手元の糸を引けば、白銀の竜鯉は地面に縛りつけられる様にして、その身体が地面へと固定された。
縛られた対象である白い竜鯉は、暴れる事すら許されない。
その身を縛る糸を万力にて握るのは、腐ってもヴォイドが率いる者達の一員であるデイビットなのだ。であれば必然、こんな場所で、こんな相手になど、遅れを取る方が難しいというもの。
「今の内に止めをお願いしますっ!」
デイビットが素早く、ミツル達に指示を送る。
軽く叫ぶように告げられたデイビットの指示を聞いた各々が直後、それぞれが持ちうる現時点の最大火力の攻撃を竜鯉へと目掛けて放った。
限界を超えた速度と威力を持って放たれる、聖剣による『王龍閃』。頭上に形成される、一際大きな火球から際限なく放たれる火属性の魔法攻撃『ファイアボールバースト』。渾身の魔力を込めて投擲された、魔槍による『突震槍』。「踏鳴」により大地から得られた莫大な力を脚から腰、腰から胸、そして腕へと伝え、最後に闘気を用いて破壊の拳を打ち出す『発鬼拳』。最後に、あらゆる物理的硬度を完全に無視し、万物を切断する『斬鉄剣』。
誰がどう見ても、拘束された相手に対しては過剰と思うまでの馬鹿火力のオンパレード。下手をすればその死体すら残らぬのではと思ってしまうほど、放たれた攻撃は本気のもの。
しかしそれらが直撃する刹那、白銀の鱗を持つ幼体の竜鯉は彼らによって突きつけられた明確な「死」を激しく拒絶し、無意識に覚醒を果たす。
迫った死を目前にして、抱いた思いは――――
(もっと、もっと強くッ!!!)
貪欲に、強欲に、縋るは「奇跡」ではなく、己の力。なればその力強い意志は、魔物である者には『進化』という形でこの窮地に奇跡を齎す。
突然の眩い発光。光の発生源は言うまでもなく、竜鯉。その光はやがて、中型の竜種と思しき姿へと変わっていく。
そして光が収まった後、その場に君臨せしは“最強種”となった、守護者の姿。
その背中には大きな両翼としなやかな尻尾。瞳は金色、頭には竜の象徴である湾曲した四本の鋭い角。
そしてやはりその身を覆うのは、受け継がれた美しい白銀の鱗。そんな純白を誇る最強種を前にして、ミツル達は動けないでいた。
無理もない。放たれる威圧感が、先程までとはまるで比べ物にならないほどに強くなっているから。明らかに纏う強さの質が、伸びすぎているから。今の自分達では敵わないと、本能的に理解してしまうから、ミツル達は蛇に睨まれた蛙の如く、容易に動けず、力の差を理解し、その差に恐怖するしかない。
一方で、この地に残る伝説の通り「鯉」から「竜」へと至った事への嬉しさからか、歓喜の咆哮を上げる白銀竜。
しかしそんな状況下でも気配を殺し、冷静にデイビットは『鑑定』で得たステータス情報を解析していた。
――――――――――――――――
名前:ヴァイス・ソルス
種族:白銀竜
固有:竜の息吹/水流操作
加護:━━━
装備:━━━
「スキル一覧」
・威圧
・捕食
・肉体再生
・自己進化
・王の器
・魔力吸収
etc.....
――――――――――――――――
(名前持ちで尚且つ、『竜の息吹』持ち。更に再生能力なんかもある。けどバートさんと二人なら、余裕で倒せるレベルっすね)
即座に得た情報をバートとリサの二人に共有し、デイビットは対応出来そうな装備を脳内で幾つか選択、そのまま『ストレージ』でいつでも呼び出せるように待機させておく。
準備が終われば『念話』でバートとリサの二人に声を掛け、目の前の白銀竜を討伐する旨を伝える。
『こちらは準備終わりました。すぐ行けますか?』
『いつでもよいぞ』
『私はミツル様達の護衛、という事で宜しいですか?』
『お願いします。それでは』
ここまでの行動は全て、白銀竜が出現してから3秒も経っていない程の瞬時に行われていた。『念話』を使用する時などは、ヴォイドのスキルの特性として問答無用に思考が加速する為、周囲の時間経過が遅くなるのだ。
故に――――
「.....嘘、だろ?」
「あんなの、今の実力じゃ勝てる訳ないじゃないッ!」
「ここまで、であるな....」
「いえ、問題ないっス。皆さんは下がってて下さい。こっからは、俺らの仕事なんで」
ミツル達の言葉を遮るようにデイビットはそう言って、彼らに安全な場所まで下がるように伝える。カツカツと『魔力糸』を展開しながら白銀竜へと歩を進め、デイビットはバートの隣へ並び、二人で白銀竜と対峙する。
此度振るう武器は、身長を優に超える、特大剣。左手は糸を、右手は大剣を。重さを感じさせない動きで肩に担ぎ、告げる。
「二度目の竜種とはいえ、まだ自分一人じゃ不安要素が残りますんで、協力有難いっス」
「なあに、心配せずともせいぜい鯉が“滝登り”を覚えただけじゃ。ヴォイドからの指令で、なるべく竜は傷を付けずに倒して欲しいとも聞いておる。ならば解体作業は、儂に任せえ」
二人はそんな風に笑いながら軽口を交わし、その手にしっかりと得物を握る。
そして内心では二人共がルシアやヴォイド達に『いい土産(話)が出来た』と思っているとは露知らず、白銀竜はバートとデイビットの二人と戦闘を開始するのであった。
内容を少し編集しました。 2022/06/16




