第三十二話「和食店巡りと鬼ごっこ」
ヴォイドがサクヤとカエデの二人と別れてから、はや数時間。
現在のヴォイドは宿の部屋で読書をしながら、ゆったりした時間を過ごしている。つい先程まで付いていた監視の目は既に、平和な話し合いをして帰ってもらった。
どうやら突然耳元で少し殺気を放ちながら、「次はないと伝えろ」と言ったのが良かったらしい。一目散に駆け出していったので、あの様子なら心配は要らないだろう。
しかし、今日は気になることが幾つか出来てしまった。それも主に『能力』の事で。「サクヤ」と名乗った少女と過ごしていた時、何度か『クリフォト』のスキルが反応していたのだ。
そもそも「クリフォト」とは、ユダヤの神秘主義カバラに於いて「邪悪」の概念である。
そしてクリフォトは十個の外殻から成り、それぞれの悪徳に対応する悪魔が存在する。それを表すのが「クリフォトの樹」という存在だ。
クリフォトが内包する悪徳はそれぞれ「物質主義」「不安定」「貪欲」「色欲」「醜悪」「残酷」「無感動」「拒絶」「愚鈍」。
そして最後に「無神論」。
その中の「拒絶」が、少女に見つめられている時に不意に何度か反応していたのだ。
理由は恐らく、彼女が持っていた『深層接続』という固有能力が原因だと考えられる。効果はぱっと見た感じ、対象の心を覗く様なタイプのスキルだと思われる。
そのスキルを自らに対して合意なく使ったからこそ、『クリフォト』の「拒絶」が反応したのだと思われる。
でなければ基本的に『クリフォト』のスキルは、ただのパッシブスキルであるからだ。
ともあれ、彼女曰く近い内にもう一度会えるそうなので、その時にでも釘を刺せばいいかと、そう結論づけたヴォイドはバー爺とデイビットと共に夜の酒場へと繰り出していった。
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翌朝、ヴォイドが食堂で朝食を摂った後に部屋に戻ると、少し開けていた窓から伝書鳩(的なやつ)が入ってきていた。その伝書鳩によって届けられた手紙の差出人を確認しようとするも、差出人の名前はどこにも書かれていない。
故に手紙を開けてみると、手紙の最後に差出人が書いてあった(名前ではなかったが)。そして差出人の正体は、なんとこの国の現国王の立ち位置に居る人物からである。
しかもその内容は妙に達筆で読みづらく、貴族特有の言葉遣いなどもよく分からないものが多かった為、わざわざヴォイドがスキルで解読して要約した内容が、以下の通りだ。
・とあることを指名で依頼したい
・その為に城に来て欲しい
・依頼内容と報酬についてもそこで話す
との事だった。
ご覧の通りいつもの如く、面倒事であろうという事はヴォイドにも分かった。普通ならばここで直ぐにでも城の方に出向くものなのだろうが、正直言うと面倒くさい。
そういう訳で、「依頼の件、謹んでお断りします」とだけ書いた返答の手紙を伝書鳩に届けさせた。伝書鳩くんには悪いが、俺の為に犠牲になってもらう。
せっかく和の文化が根付いている国に観光をしに来たと言うのに、仕事の依頼とか正直、たまったもんじゃないとはヴォイドの言。
何よりも、何故Cランクの冒険者などに指名で依頼するのか。何故、昨日この都市に来たばかりの自らを知っているのか。
それらを考えれば、行き着く先はそれほど難しくない。しかしヴォイドは答えに辿り着いたところで、「だからなんだ」とばかりに思考を放棄した。
休日にこんな事ばかりを考えていれば、気が滅入ってしまうからだ。何よりも、これから観光に行くというのに、今の内から気分を落ち込ませるなど、馬鹿馬鹿しく思ったからだ。
因みに今日もパーティーメンバー全員に自由行動の許可を出してあるので、ヴォイドは早速一人で外出する。今日の午前中は昨日するつもりだった「和食店はしご」をするのである。
理由は米やら魚やらを使った日本料理がどれほどあるのかの確認と、新たな食材やレシピの確保が目的である。
そして早速いい匂いに釣られて、ヴォイドは目に入った最初のお店の暖簾をくぐって入店する。
そして入ってびっくり。そのお店はなんと、うなぎの様な魚を専門で取り扱っているお店だった。
故に堪らず、ヴォイドは店主へと聞く。
「この店、随分と珍しい魚を扱ってるんだな」
「“うなぎ”の事かい?確かにこの辺で他に扱ってる店は知らねぇな」
「それはともかく、いらっしゃい」と、店主が笑顔で迎え入れてくれた。促されるまま座るが、内心でヴォイドは「まさかの名前もうなぎそのままとは.....」と驚いていた。
更にメニューも見た限り、知っているうなぎ料理そのまんまだ。故に店主との会話もそこそこに、ヴォイドはひつまぶしと鰻巻きを注文する。勿論薬味はたっぷりで。
そして少しした後、出来立てのうなぎ料理が運ばれてくる。
「ほい、お待ちどお。ひつまぶしと鰻巻きのセットだ」
「どうも、いただきます」
箸を違和感なく使い、まずは鰻巻きを食べるヴォイド。その様子を見て、店主は最初に抱いていた疑問が更に大きくなった為、思わずと言った様子で口を開く。
「......しっかしおめぇさん、なんか随分と慣れてねぇか?」
ひつまぶしの楽しみ方や箸の使い方を見て、思い至ったのだろう。中々に鋭い。それと店主が言うには、最近になって始めたばかりのお店らしく、「うなぎ」の事もまだあまり知られていないとか。もしかしたら、他の異世界人に教えてもたったのかもと考えたが、実際はどうだろうか。
いや、間違いなくこれは異世界人の仕業だろうな。誰でもうまいものを食いたいのは、一緒ということだ(勇者だったら躊躇いなく殺すけど)。
しかしこのうなぎ、非常にうまい。
外はパリっと中はふっくら焼き上げられていて、上質な脂の旨みも感じる。タレも中々完成度が高いし、お茶漬け用の出汁なんかもある始末だ。教えた奴は非常に分かっている。
非常に完成度の高いうなぎ料理に舌鼓を打ちつつ、最後に出汁を注いでお茶漬けにして楽しんでいるところで、別のお客が何名か入店してくる。
それに対して店主のおっちゃんが「いらっしゃい!」と声を掛けた為、ヴォイドはちゃんと訂正する。
「すまんおっちゃん。多分あの人ら、俺の客だ」
「あ?坊主の?.....おめぇさん、一体何やらかしたんだ?」
「何かした覚えは――――あっ.....」
「おい、なんだ今の「あっ」は。明らかになんか思い出してんじゃねぇか」
とここで、集団の先頭に立っていた男から「速やかに同行して頂きたい」とヴォイドは急かされる。仕方がないので、最後の鰻巻きを口に放り込んで、迷惑料込みで金貨二枚を店主へと払う。店主は貰った金額が多すぎる気もしたが、同時に「どうなってんだ?」という感情が強すぎた為か、割と素直に受け取っていた。
ヴォイドはそんな中店を出て、そのまま人気のない近くの裏路地へと移動する。行き止まりまで進めば、あっという間に彼らに包囲された。
しかし、敵意や殺気の類は感じない。当然だろう、彼らはヴォイドを捕らえに来ただけなのだから。
ヴォイドはそんな彼らに降伏の意を示すように、両手を挙げながら質問を投げかける。
「それで、一体何用だ?まだ返事を返してから、一時間も経ってない筈だが」
「“これは王命である。故に断る事は許さない”。と、陛下は仰られておりました。更に連行する為なら、武力行使も構わないと命令されております」
「ふむ、なるほど。因みに動員されてる人数を聞いても?」
「およそ大隊規模の兵士が、現在貴殿を捕らえる為に動いている」
それを聞いたヴォイドは内心で同様を示す。
(おいおい、随分とまた大胆な。しかも結構な数だぞ、大隊規模って(500~600人)。たかだか一人の、それもCランクの冒険者を捕らえる為にちょっと本気出し過ぎじゃない?)
と少しだけ焦りながら、少しだけこの国の王様とやらは随分と「ノリがいい」と思ってしまうヴォイド。今回のこの騒動も恐らくは、国王による一種の遊びなのだろう。
付き合わされる方はたまったものじゃないが。
「出来ればそのまま、なるべく抵抗せずに同行を願いたい」
「この両手が見えねぇのか?それともまさか、無抵抗な相手に武力行使する様な連中じゃないよな?」
「貴殿が『幻術』を使える事は分かっている。それに貴殿は、抵抗する気しかないであろう?」
その言葉と共に、ヴォイドを包囲していた全員が得物をその手に握る。しかし悲しきかな、既にヴォイドは仕込みを済ませていた。そもそも、彼らの目の前に居るヴォイド自体が『幻術』で作り出された虚像であり、偽物だ。本体は既にその場から離れており、迎撃の体制は整っている。
「クククッ、いいねぇ。では、楽しい楽しい鬼ごっこの開始だ」
そう言ったヴォイドの姿は、路地裏で空気に溶け込むように消えていった。
内容を少し編集しました。 2022/05/25




