第三十一話「偽りの存在と特別な存在」
ヴォイドとサクヤが喫茶店で沢山の種類の団子と幻術芝居を楽しみ、気付けば時刻は既に夕方。喫茶店での幻術芝居の後、彼女の要望でヴォイドはショッピングに付き合わされ、今は少し休憩中だ。
商店街を二人で歩きながら、気になるものがあってはその場で買っている。
現在彼女はクレープのような物を頬張りながら、視線で飲み物を売っている店を探している。しかし思いのほか人通りが多いためか、彼女の身長では見えづらく、中々発見できないでいた。
それを終始隣で見ていたヴォイドがスッとサクヤの手を引き、飲み物を売っている露店まで連れて行く。
「....すまぬな、助かった」
「その身長じゃ何かと不自由だろ、次からは俺に伝えてくれればいいから」
「うむ、苦しゅうない。お主は人をよく見ておるというか、面倒見が良いのう!」
「それは.....少し違うな」
飲み物を買い、再び歩き出したタイミングでヴォイドがそうサクヤに言われたが、ヴォイドはそれを否定する。
見えない何かに誘導されるように、知らずの内に本心を零すように。
「違うとは、どういうことじゃ?」
「不安で仕方ないんだ、俺が見張ってないとさ」
そう、怖くて怖くて仕方がないのだ。特に今、己の目の前に居るような“特別な存在”が近くに居る時は。何が起きても直ぐに対処出来るように、目の前の存在の機嫌を損ねないように、精神をすり減らしながら耐えている。
どれだけ備えたとて、不測の事態というのは起こり得る。どれだけ力を持っていようが、いずれ自らを超えるような存在が姿を現す。
そういう可能性を孕んだ存在が今、己のすぐ隣に居るという事実。怖くない訳がない。恐れない訳がない。警戒を解くなど、以ての外。
故にヴォイドは小さな少女と己の間で、決して越えられない壁を作る。少しでも超えれば、一歩でも踏み込めば、その時点で「死」が確定するラインギリギリで。
だからこそ、少女はヴォイドの瞳を覗くまで気付けなかった。その金色の瞳の奥底に揺蕩う、醜く歪んだその在り方を。
少女が覗き込むのは、紛れもない深淵。ならば覗き返すのもまた、深淵。
僅かに吹き出すのは、今までのヴォイドとは思えない様な、どろりとした冷たく暗い気配であり、その瞳は全てを見透かすような、呑み込むような何かを漂わせる。
その様子を見てとった時、目の前のヴォイドという男は、人の形をした別の何かではないのかと、彼女はそう思わずにはいられなかった。
しかしそれと時を同じくして、まるでこの時を見計らったかの様なタイミングで、とある人物が二人の前に姿を現す。
「まったく......ようやく見つけましたよ、サクヤ様」
「むっ!?その声は、カエデか。もう見つかってしもうたとは.....不覚じゃな」
どうやら姿を現した女性は、ヴォイドがサクヤと出くわした時に彼女を追いかけていた人物らしい。名前は「カエデ」と言うらしく、話を聞いている感じでは彼女の従者的な人物なのだろうと予想するのは難しくない。
服装は袴で、背中には布で包まれた忍者刀が一振り。髪型は高い位置で結ばれた茶髪のポニーテールで、結び目には楓の葉の形をした髪留めが使われている。
そしてなにより、その立ち居振る舞いから滲み出る、猛者の気配。
(和の国なら、まさか元忍びか?それか、大陸でいう「騎士の位」に付いていた可能性もあるな)
先程までの出来事などまるでなかったかの様に、どこか平和な雰囲気が流れる中、少女はカエデにこっぴどく叱られていたが、どうやらそれはいつもの事の様で「今後は気を付けて下さい」と締めくくられた。
そして件のカエデはようやくこちらに視線を向け、問う。
「それでサクヤ様、そちらの術師の方は?」
「今日知り合った冒険者で、ワシの友人のヴォイドじゃ」
「友人かどうかは置いといて、大体あってるよ」
そう答えると、カエデは「うちのサクヤ様が本当にすみません」と綺麗なお辞儀で謝罪してきた。そんな彼女の姿勢があまりに綺麗だった為か、その見た目も相まってヴォイドはカエデが日本人なのかと一瞬錯覚してしまう程だった。
しかしそんな雰囲気は一切表に出さず、ヴォイドは努めて冷静に返答する。
「こっちとしても中々楽しい観光になったし、構わないよ」
「そう言って頂けると、こちらとしても有難いです。それと、サクヤ様の面倒を見て頂いた事にも感謝を」
「.....なんかワシ、子供扱いされとる?これでも歴としたレディなんじゃが」
そんなサクヤの弁明も虚しく、華麗にスルーされた挙句に「帰ったら仕事の続きです」と渋々カエデに連行されていく。
しかし去り際に彼女は何かを思い出したようにこちらに振り向き、こう言った。
「ヴォイドや、また近いうちにのぅ!」
と、彼女はどこか意味深なセリフを残して、カエデと共に夕暮れに照らされる商店街の人ごみに消えていった。そんな人ごみの中に取り残されたヴォイドは一人、先程の彼女のセリフについて思案する。
「また近いうちに、か。まぁ、その内分かることではあるか」
“そうだろう?【水神の巫女】よ”
こちらもまた、誰に聴かせる訳でもない意味深な呟きを残し、それを最後にその場から姿を消した。まるで元々そこに存在しなかったかのように、影へと溶け込むように。
...
.....
......
※
東国ヤマト とある一室にて
「カエデや、ちと聞いてくれるか」
「何ですか?もしかして、もうお休みですか?」
そう言ってカエデが彼女の方に視線を向けると、彼女は部屋の窓から月夜に照らされる町並みを眺めていた。その背中は儚げでありながら、しかしその声色には少々の興奮や困惑が含まれている。
「今日知り合った、ヴォイドの事なんじゃがな?」
「.....あの不思議な術師の方ですか?」
「そうじゃ。今日一日、ずっと一緒じゃったから、つい興味本位でな。視ようと思っての。何度も試してみたんじゃが、一度も視えなんだ」
彼女の口から語られる予想外の出来事を聞き、カエデはヴォイドに対する警戒を即座に最大限まで引き上げた。
その理由は、本来なら有り得ない事が起きたからである。
極秘中の極秘ではあるが、月が照らす窓際で佇む少女は、この国に存在するとある竜と心を通わせる事が出来る。従って、その固有能力も『共鳴』に類するものだ。
そしてその能力は本来、防げないはずなのだ。何故ならその能力は、決して「攻撃」ではないから。しかし彼女がヴォイドを覗こうとした時、彼女が受け取ったのは明確なまでの『拒絶の意思』だったと言う。
相手の深層意識と繋がり、その人物の心を、本性を覗き見る。
この能力は本来であれば防げない。だが、その能力が効きづらかった相手というのは、何人か存在する。しかしその全てが、イレギュラー中のイレギュラー。まるでその為だけに存在するような能力を持った人物や、Sランクの冒険者など。
本来であれば、そういう規格外の存在に対してだけ、あの能力は効きづらい。しかしあくまでも効きづらいというだけで、まったく効かないわけではない。しかし、ヴォイドと言う人物には効きづらいどころか全く効かなかったという。
カエデも直接、ヴォイドと名乗る青年を目にしたものの、そういう特別な存在が放つような雰囲気は一切感じなかった。ああいう存在が放つ、独特の覇気のようなものが、ヴォイドからは感じられなかった。
しかしそこまで思い至り、ふとカエデはある事に気が付く。
(今思えばあの青年からは、魔力も闘気の流れも感じなかった気がするわね。もっと言えば......そう、気配すらも)
その答えに辿り着いたカエデが、ヴォイドに対しての正しい対応を導き出したのは、その僅か数秒後。
カエデは即座に最悪の事態を想定し、ヴォイドに対して“監視の目”を付けることを決意する。
そのしばらく後、ヴォイドに付けられた監視が軽いトラウマを抱える事になるのだが、それはまた別の話。
内容を少し編集しました。 2022/05/25




