第二十五話「竜帝を屠る斬魔の一太刀」
「好きに動け、なるべく合わせる」
「なるべくっすか、じゃあ遠慮なく!」
言うが早いか、デイビットはバハムートを前にしても決して臆することなく駆け出す。姿勢は低く、バハムートの初撃の噛み付きを紙一重で躱してその首にカウンターを一閃、そのまま止まることなくバハムートの懐に入り込む。
デイビットはそのまま流れるようにバハムートの脇腹へ斬撃を見舞い、バハムートの太ももや翼を足場にして上空へと駆け上がる。
しかしそれをみすみす逃すまいと、バハムートもデイビットを追って動き出す。
(ヴォイドさんが作ってくれた武器で斬りつけても全く効果なし、恐らく全ての鱗の強度が同じレベル。反応速度はやや遅めか?俺でも対処可能な速度なら、武器を切り替えながら戦えば勝てる、か)
(硬いな。.....あぁ、なるほど。魔力で肉体を、と言うより鱗のみに限定して強化してるのか。それなら恐らく斬魔刀で斬れるな。ただ、その行動は流石に咎めさせてもらう)
バハムートが空中に居るデイビット目掛けて飛び立つ瞬間、真横から突如として迫った雷撃がバハムートの下顎を寸分違わず射止める。
それはヴォイドによって自動追尾機能を施された『雷属性魔術』。しかし、その攻撃を受けたはずのバハムートはそれを全く意に返さず、デイビットを追う。
だがヴォイドがこの一撃だけで終わらせるはずがなく、次の一手が竜帝に襲いかかる。バハムートの首元からヴォイドの手にかけて、極細の糸が可視化される。
先の雷撃での一撃はこの『魔力糸』をバハムートに気取らせない為の布石であり、同時にバハムートにとってヴォイドが取るに足らない相手だと無意識に油断させる為のものだ。
そしてその行動に見事に嵌ったバハムート。その結果は人外の腕力で後方へとなぎ倒される形となって現れる。
『操糸術 “首糸絡倒”』
体勢を崩したその瞬間、その無防備なバハムートの肉体へ、落下の勢いを乗せたデイビットの斬撃が降り注ぐ。十数発の甲高い音を響かせた後、デイビットはその場からバックステップで素早く退避する。
その理由はバハムートの頭上。圧倒的な質量を持った御雷が、バハムート目掛けて今か今かと唸りを上げている。
『雷属性魔術 “雷神の鉄槌”』
それは大質量の落雷。凡そ先ほどの雷撃の数十倍はあろうかという威力の雷槌による一撃。直撃したバハムートは、その場に立ち込む煙で姿が見えない。
そして、ここで「やったか!?」などと言うバカは残念ながらこの場には居るはずもない(内心で思ったかどうかは別として)。
しかしデイビットとヴォイド両者が共に、本能的に「まだ終わっていない」と確信している。そしてそれに答えるように、未だ晴れぬ煙の奥から竜帝の立ち姿が映し出される事になる。
だがここで、ヴォイドは激しく警鐘を鳴らす自分の肉体の勘に従って、未だ晴れぬ煙の中に佇むバハムートのその顔面へ向けて、圧縮された純粋な魔力を放つ。
それは『魔力砲』、もしくは『魔力光線』とでも呼ぶべき代物であり、一定以上の魔力量を持つ者にしか使えない力技に近い攻撃法。込める属性や魔力量によってその威力が増減するが、今回は初めて使ったというのもあり、込められた魔力量はそこまで多くなく、属性も付与されていない。
しかし放たれた『魔力光線』が煙の中で佇むバハムートに直撃することはなく、なんとバハムートが視界の悪い煙の中から放たれた、高ランクの竜種が持つとされるユニークスキル『竜の息吹』と相殺される形となる。
双方の攻撃が衝突した瞬間に再度爆発が巻き起こるが、今度はヴォイドが『風属性魔法』を使って煙を即座にどかす。
(今の一撃、まるで俺の『魔力光線』と同じ様に圧縮された状態だった。しかも視界が悪いあの煙の中で、的確に俺の心臓付近を捉えに来ていたが.....)
ヴォイドが『竜の息吹』という手札を切ってでもバハムートに狙われた理由はやはり、先の『雷属性魔術』一撃によりバハムートにとっての驚異度がデイビットよりもヴォイドの方に天秤が傾いた証拠だった。
ヴォイドがそれを無意識的に感じ取り、内心で「これは楽しめそうだ」と思考した次の瞬間、こちらに対して威嚇していたバハムートの姿は掻き消える。それとほぼ同時に、ヴォイドが即座にデイビットへと視線を向けれて呼び掛ける。
「デイビット!躱せっ!」
その言葉がデイビットの耳に届いたかは分からない。だが、ヴォイドが警告を発したと同時に、バハムートはデイビットへ向けて、魔力ではなく闘気が纏われている拳を放っていた。
本来、魔物という存在は先天的に『魔力』か『闘気』の片方しか使用する才能を持つことは出来ない。しかし、いつの世も例外というのは存在する。
「上位種」「希少種」「突然変異」「進化個体」、理由は様々だ。
しかし、魔物の肉体内部には「魔石」と呼ばれる、体内の魔力を司る人間で言うところの「魔力回路」のようなものがある以上、当然扱える才は『魔力』に大きく偏る。
しかし幸か不幸か、現在ヴォイド達が対峙している【竜帝】は、かなりの特殊個体だった。ダンジョンによって生み出されてから僅か一年という時間で小さな自我を獲得し、最下層まで辿り着いた冒険者を片っ端から葬り、その戦い方を吸収。
数年間、地の底に在りながらたった一匹でより強さを求めて、バハムートは考え続けていた。
その成果が、今のバハムートが使った接近の仕方。まるでヴォイドが使う『縮地』を使ったかの様な動き。流石のデイビットもそれには驚き反応が多少遅れ、迫る竜帝の拳をギリギリで防ぎボス部屋の壁へと吹き飛ばされていった。
しかし、その隙をヴォイドは決して見逃さない。
技を放った直後の僅かな硬直。その刹那に、バハムートの懐へ『縮地』のスキルで潜り込んだヴォイドは、ここで更に驚愕することになる。
『仙法 玄武の型 “金剛掌・穿通”』
岩属性が付与され練り上げられた仙気により、強度をこれでもかと高めた拳による貫手。例えバハムートでも、これをまともに喰らえば動きに支障が出るような傷を与えるような、そんな一撃。
(こいつ武人かよっ!?加速しきる前の貫手に闘気を纏った自分の肘を当てて、俺の攻撃の軌道をずらしやがった!)
しかもバハムートはヴォイドの攻撃を逸らして防ぐどころか、空いたもう片方の手で先程と同じように、闘気を纏った拳をヴォイドの顔面へと繰り出す。対して、ヴォイドもバハムートと同じように空いた手を使って攻撃の軌道をずらしながらその攻撃の衝撃も利用して体を捻り、飛び上がってバハムートの顔面に回し蹴りを放つ。
だがバハムートはまるで仰け反るように背中から姿勢を低くする事で、ヴォイドの回し蹴りをスレスレで回避した後、後方へと距離を取る。追撃はしない。理由はバハムートの背後に、気配を消して潜んでいたデイビットが居るからだ。
デイビットはバスターソードと呼ばれる大剣を手に、未だ気付かぬバハムートの真後ろから大上段に、思い切りバスターソードを振り下ろした。
だが、バハムートはその攻撃の直前でデイビットの気配に気付き、即座に体をずらすことで、その頑丈な翼を使って攻撃を完全に受け流す。
それでもバスターソードが地面に触れるその寸前、デイビットが極限まで体を捻り、半ば無理やり軌道を変更し、横薙ぎの一閃へと繋げる。だがそれも予測していたのか、バハムートはあくまで冷静にデイビットから距離を取るようにして、その攻撃を躱す。
「チッ、今の躱すのは流石に反則っすよ」
「学習能力が高いみたいだ。もしかしたら自我もあると思っていい。手札はなるべく温存しておけ」
「.....了解っす」
二人は短く情報共有を済ませ、今度はデイビットとヴォイドが前衛と後衛の位置を入れ替える。入れ替わる瞬間にヴォイドはデイビットからバスターソードを受け取り、そのままバハムートの間合いへと無防備に歩みを進めていく。
そんなヴォイドの行動にあからさまに困惑の表情をするバハムート。
しかしヴォイドが前衛に回ったのが好都合と捉えたのか、ヴォイドが自らの間合いに入った途端に攻撃を仕掛けてくる。身体の隙間を滑らせるように突き出される、鋭利な尻尾。
しかし、ヴォイドを捉えることは出来ない。
ヴォイドはバハムートの目前で足先から脱力することで、まるで消えたように錯覚させる古武術の歩行術を使用し、バハムートが自らを視界から外したことを確認出来た瞬間、そのまま『隠密』のスキルでバハムートの前から完全に姿を消す。
そんな目の前から突然消えたヴォイドに再び困惑するバハムートだったが、それでも即座に思考を切り替えデイビットに『竜の息吹』で攻撃しようと、予備動作に入る。
しかし、ヴォイドは決して消えた訳ではない。
バハムートの懐で気配を消して潜んでいるだけだ。故に、バハムートは真下からの会心の一撃が直撃するまで、気付けなかった。『隠密』と共に『気配遮断』や『隠蔽』といった複数のスキルを使用した状態から、ヴォイドの人外の力を使った渾身の斬り上げ。
それはバハムートの下顎に見事にクリーンヒットし、その視界と脳を激しく揺さぶった。
ヴォイドは直撃したのを確認後、即座にその場から離脱しデイビットに追撃を任せる。『念話』のスキルで既に次の一手は伝えてある。
故にデイビットは迷うことなく『影操作』のスキルでボス部屋全体に広がる影を集め、影の槍を即座に作り出し、バハムートの心臓目掛けて射出する。
ヴォイドの放った渾身の斬り上げは完璧にバハムートの下顎にヒットさせた為、バハムートの意識は今しばらく暗闇の中だ。そんな相手の胸元、心臓目掛けて、デイビットの影の槍がその刃を突き立てる。
魔力で強化されていない鱗を喰うように破り、肉を、骨を抉られる痛みに意識が強制的に現実に戻されたバハムートは堪らずといった様子で激痛に顔を歪ませる。
しかし次の瞬間には、肉を抉られ続ける痛みで意識を強制的に保ち、未だ自由に動かぬ体に鞭打って、影の槍をその手で捕まえる。血反吐と共に悲鳴のような咆哮を上げながら、己の命を刈り取らんとする刃を粉砕せんと、その手に決死の力を込める。
そして生まれる数秒の力の拮抗。
しかし物理的な強度が低い影の槍に、次第に僅かだがヒビが入り始める。それを見たバハムートはまるで自分の勝利を確信したような表情を浮かべ、再度その顔を歪めてデイビットを嗤う。
だが同時に、目の前の一人に集中しすぎた【竜帝】は、急速に自らに迫る死を知覚することが出来なかった。
――――斬魔、一閃。
あらゆる魔を斬り裂く太刀を手にした黒衣の死神が振るう刃が、バハムートの首をいとも容易く両断した。バハムート自身が首を斬られたことすら知覚出来ない様な速度域で振るわれたその一刀。
そんなバハムートから少し離れた場所に、斬魔刀を納刀した状態で静かに着地したヴォイドは、最後にかの【竜帝】へと告げる。
「こちらに情報を与えすぎたな。次はもう少し考えながら戦うといい」
その一言を告げた直後、迷宮最奥の守護者として君臨していた竜帝バハムートの首がズレて頭部が床に転げ落ち、赤い徒花を咲かせてその生涯を終えることになる。
内容を少し編集しました。 2022/05/20




