第十八話「伝説の勇者の伝説(笑)」
バー爺が商人の護衛依頼を終えて帰って来てから早くも2週間が経過した。
帰って来てからバー爺は二日間ほどルシアに付きまとうようにして、常に一緒に居ようとして気持ち悪かった。しかもルシアと会話していたと思えば、いきなり首飾りに向かって聞く機会などないと思っていた「謙譲語」で話したり。
ヴォイドにとっては別の意味で背筋が凍った珍事だった。
そんな彼らが平和な日常を過ごす辺境都市ウロに四大国家が一つ、宗教国家として名高い「オレアム皇国」で欲望の限りを尽くす彼らが到来する。
それはオレアム皇国が半年前に異世界から召喚したと言う、【勇者】と呼ばれる者達の一行。
そんな特別な存在がほど近くまで来ているのを、この時ヴォイドは知らなかった。いや、正確には【勇者】と呼ばれる者達の数人がカイン王国に視察に来るという情報は持っていたが、まさか辺境都市にも視察に来ているとは、思いもしなかったのだ。
そして更にその日は珍しく、ヴォイド達三人は別々に行動していた。
ヴォイドはここ数日同じように朝からスミスのところへ工房を借りに。バー爺は朝から一人で魔物討伐の依頼を幾つか。
ルシアは夜の準備の為にナパリとコワーナと共に、商店街へ買い物に行っていた。
そしてこの別行動が、運の悪いことに彼らに目を付けられる原因になる。
ルシアにとっては自分と同年代の友達が出来たのが初めてであり、同時にこういった所謂「友達と遊びに行く」と言うような行為も初めてであった。その為、周りから見ればルシア達は本当に楽しそうに買い物をしている少女二人と荷物持ちの男の子(どちらかの弟と思われている)という風な印象なのだ。
しかし、ルシアやナパリ達が楽しそうにショッピングをしているその姿が、周りの大人達から見れば微笑ましく見えていたのに対し、【勇者】である彼らにはまるでコワーナが美少女二人を侍らせているように見えたのだろう。
何より久しぶりの馬車による長時間長距離の移動で、少々気が立っていたと言うのもある。
三人を見つけた瞬間は機嫌が悪そうに表情を歪めて舌打ちをしたが、その幼稚な頭でよくよく考えて「あの弱そうなチビをボコボコにしてしまえば、あの二人は手に入るのではないか?」と思い至り、隣で余所見をしながら口笛を吹いているもう一人の仲間に声を掛ける。
「おい、康一」
「おん?どした博之。美味そうな娘でも見つけたか?」
「あぁ。あそこに居る生意気なガキが侍らせてるあの二人、見えるか?」
「んん?.....おぉ、両方中々の上玉じゃんか!しかも片方亜人だし。なぁ、俺あっちのケモっ子貰っていいかな」
「後で俺にも回せよ?」
「へいへい。んじゃまあ、ちょっとクソガキ潰しますか」
とても元々が日本人だとは思えない程に、悪意に満ちている言動。それもその筈だろう。彼ら二人は召喚された勇者達約30人の中でもトップクラスに素行が悪い。
最近の世の中では珍しい、ヤンキーにほど近い者達。召喚される以前から、酒やタバコは当たり前。その上二人とも女癖が悪く、学校内でもそれなりに悪名が轟いていた。
それでも日本では周りの眼や植えつけられた常識という抑止力が少しとは言え働いていたのだ。だが、その全てがこの世界では無いに等しい。
それこそ、探せばその辺に奴隷が居たり、物語の中にしかないと思っていたスラム街がすぐ隣に存在している。
そして彼らを更に歪ませた原因は、この世界に召喚されるにあたって授けられたその強大な能力だ。期せずして、彼らは特に苦労もなくこの世界の「勝ち組」になってしまった。
何よりもオレアム皇国の上層部がそうなるようにかなりの権限を彼らに与えている為でもある。その結果として、文字通り彼らは力に溺れた。
故に自国では歯向かう民衆は平気で殺し、気に入った女は壊れるまで使い潰す。更に酒池肉林と言う他ない宴が毎日の様にされている。
そんな環境に一度でも身を置いてしまった彼らは、容易く常識を上書きする。
俺達は勝ち組なのだと、微塵も疑うことなく与えられる全てを享受し、半ば獣の様にその本能の赴くままに生活をする。することが許されてしまう。
だからこそ皇国から付けられた監視の目が離れた隙に、ヒロユキとコウイチの二人はこうして街へと繰り出し、見つけたルシア達へと歩み寄る。
強大な力を持ち、【勇者】という異名で恐れられている自分達に逆らう可能性などあるはずがないと思い込みながら。
「なあおい、ガキんちょが随分といいご身分じゃねぇの、えぇ?」
「怪我したくなけりゃ、俺らにもその子達貸してくれや。なぁ?」
高圧的な態度で見下しながらコワーナへと話しかける二人。即座にコワーナの後ろに隠れるようにして後ろに下がったナパリを庇うようにして一歩前に出たコワーナは、少しだけ焦りながら話し掛けて来た二人を威嚇する。
「いきなり誰だよ、お前ら」
本来であれはこのような出来事が起こる前に、周りの住民や冒険者が声を掛けるか止めに入ったりするのだが、周りの大人達はあの二人が皇国の勇者だと知っている者が多い為、その様子を見て見ぬフリをする。
非番の冒険者もここが辺境都市である為、それなりの強さを誇ってはいるがその事が仇となり、助けに入ってくれる者は居ない。下手に彼我の実力差が見抜けてしまう為に、誰も近付かないのだ。
そんな周りの様子を見て更に愉悦感に目を細めるコウイチとヒロユキだが、実際に彼らはオレアム皇国が召喚した【勇者】というだけあって、その辺の冒険者や騎士よりも強い。
召喚された理由は確かに戦争の道具、即ち使い捨ての出来る人間兵器の確保の為ではあっても、表向きは復活しつつある魔王の脅威に対しての対抗戦力である為、他国も強く介入出来ない。
皇国はその事を逆手にとって、今回の視察は「見聞を広げるため」という名目のもと、各国の持ちうる“表側の戦力”を彼らに見てきて貰うために、約30人の勇者がそれぞれ六つの班に分けられて、各国に派遣された。
そんな彼らの大半は皇国内で欲を貪る愚者だが、彼らが持つ特殊な力と「異世界の知識」は間違いなく、皇国の技術進歩に大いに貢献している。
そんな彼らに物を言うことが出来る者は現状、この場の周辺に居ないか、この事態に気付いていない。
そして勇者二人に絡まれる三人を見守る住民達も、自分は絡まれないようにと彼らを避けていく。理由は単純明快、面倒事は誰であれ避けたいものだからだ。
しかしそんな中、怯えるナパリとそれを庇うコワーナの二人を横目に、ルシアはただ一人、その思考を巡らせていた。
※
(う~ん、どうしようかな。面倒だから纏めてどうにかしてもいいけど、見た感じどこかの偉い人っぽいから下手に手を出すのもなぁ......。周りの人達は面倒事を避けるみたいに見て見ぬフリをしてるだけだし、こういう時にマスターかバー爺が居てくれれば良かったんだけど、仕方ないや)
考えをまとめ、なるべく穏便に、波風が立たぬようにルシアは最新の注意を払ってコウイチとヒロユキに告げる。
「あの、御用がないなら僕達急いでますので――――」
極めて簡潔に、しかし「私達は貴方達の様に暇ではない」という多少の皮肉も込めて、告げたつもりだったが。
「おっと、逃げようったってそうはいかないぜ?」
「君達、暇なんだろ?ならそんなガキより俺たちと一緒に――――」
という風に、そんなことでは彼ら相手にはまるで会話にならない。
(本当にどうしよう。コワーナ君はナパリちゃんを守って牽制してるけど、多分あの人達にはあんまり意味がなさそう。いっその事逃げる?いや、二人を連れてとなると多分無理。相手の能力も考慮しなきゃいけないし)
そんなルシアの思考通り、ナパリは二人を怖がってほんの少し怯えている。
ルシアはそんなナパリを心配し、どうにか現状を打破出来る手立てがないか思考を回す。しかしそんなルシアとナパリの様子に何を勘違いしたのか、二人にヒロユキとコウイチの手が迫った。
ルシアは思考に集中し過ぎてその腕を掴まれたが、触れられた瞬間に気付いてその手を振り払い距離を取る。コワーナも同じように、ナパリに触れようとしたコウイチの手を払い除けた。
「おい、お前ら下民が俺達【勇者】に逆らうのか?....図に乗るなよ」
「死ぬほど痛めつけた後に、たっぷり楽しんでやるから覚悟しろや坊主」
言うが早いか、二人はそんな事で自分の腰の剣を抜いた。いや、抜いてしまった。
本当に心底馬鹿な理由で、オレアム皇国の「勇者」という異名を背負う者達が。それも、とある二人の愛弟子という肩書きを持った一般市民に対して。これが普通の市民であれば良かったのだが、現実はそうもいかなかった。
そしてルシアは相手が剣を抜いたのを確認した瞬間、一つの事を不意に思い出す。
(あ、そう言えばマスターがこういう時の一番簡単な対処法を言ってたっけ?確か、こういう手合いは剣を抜いたのを確認したら――――迷わず殺せ、だったかな)
瞬く間に戦闘用にカチリと切り替わった思考の巡るままに、ルシアの右手が絶刀の柄に添えられる。
その時点で、ルシアの瞳からは「感情」という名の光が抜け落ちていた。
しかし、あくまでもルシアは冷静に対処しようと決める。己の『技』はなるべく使わず、使う場合は小出しに。
そして出来れば、ヴォイドかバートが来るまで耐えること。
その二つを念頭に置き、勇者の一人であるコウイチはコワーナとナパリの二人に任せ、自分はもう片方のヒロユキに専念する。
しかしヒロユキ達は三人が即座に武器を構えたのを見てとって、少し焦った様子を見せながら、それでも構わず向かってくる。
「チッ、後悔すんなよ!」
「どうなっても知らねぇからな!」
※
同時刻、山脈付近の森の一角にて。
「む?これは......ルシアに何かあったか」
彼女の師匠の一人、バー爺こと剣士バートはそう呟いて足早に街へと戻る事にする。
今しがた魔物討伐の依頼を終わらせたタイミングではあったが、バートは本能的に緊急事態だと判断し、討伐証明部位などの採取もそこそこに、森を疾駆する。
そう。彼は己の『勘』のみで、現在愛弟子の身に起きている危機を察知したのだ。驚異的なまでの精度でその危機を捉えた第六感は、彼が只者ではない確かな証左でもある。
バートは逸る気持ちを抑え、最悪の事態が起きていない事を願いならが、更に速度を上げる。
※
同じく同時刻、スミス工房にて。
「スミス、色々手を貸してくれて助かった。礼は後日になると思うけど、絶対にすると約束するよ。ただ今は少し緊急事態っぽくてな、今日はこれで失礼するよ」
「ん?まあお得意様からの依頼だ、気にすんな。また何かあったら来るといい」
「すまんな、助かる」
そう言ってバートと同じく、彼女の師匠の一人であるヴォイドもまた、騒動が起きている現場へと足を向ける。
二人は同じように感じ取った『勘』でルシアの緊急事態を察知し、行動する。しかし、どちらが早く現場に到着するかは目に見えている。
それでも、先に到着するのがヴォイドで良かったのかもしれない。
もしも先に現場に到着したのがバートであったのなら、彼ら勇者の命は文字通り風前の灯と同義であったから。
内容を少し編集しました。 2022/05/17




