第十五話「煉獄より出ずる怨刀」
ヴォイドが紡いだ詠唱により、彼を中心として世界の一部が上書きされる。世界の法則など容易く無視し、現実を空想で塗り潰す。
それは数秒前に別の世界の俺から授けられた、心象風景の一つ。
燃え盛る大地は血濡れの砂丘、周囲に響き渡るは姿見えぬ怨霊の咆哮。
そして遥か頭上より照りつける、禍々しい黒い太陽。枯れた大地と蝕の顕現。その光景はまさに、地獄そのもの。
この世界の中に捕らえた時点で、バートは既にこちらに対して刀を抜いている。ヴォイドを観察するその眼は彼の一挙手一投足を見逃すまいと意識しているのが見て取れる。
故に、ヴォイドはそんなバートの期待に応え、この世界を授けてくれた者からバート達に対抗するための武器をも借り受ける。
「――――魂装喚起」
呼び起こすは彼らの使用する、謎の武装。
星海の覇者である彼ら彼女らは、この謎の武装を「魂装」と呼称する。それらは文字通り、その人物の魂の在り方を体現する装備。
故にそのカタチは千差万別であり、個人によりその効果も異なる。
そもそも「魂装」とは、それは誰しもが持つ、しかし選ばれた者だけが扱う事を許された、己の魂を具現化した武装。
しかしその魂装を扱う為には本来、気が遠くなる程の「魂の研磨」と呼ばれる行為が必要とされる。
その上で、魂装の発現条件が「自身の信念を貫き通すと決意した時」と仮定されている。故にこの力は、自信が絶対に認められない事象を跳ね除ける力として彼ら彼女らは定義している。
とは言え、その「魂装」は彼ら彼女らにとってもオーパーツと言わざるを得ない様で、その力を完全に使いこなせる者は極々少ない。
そんな代物を、ヴォイドは殆どリスク無しに他の世界の自分から借り受ける、という事が出来る。いや、出来てしまう。
だからこそ、今のヴォイドの強さでもバートとギリギリ勝負になってしまう、という現象が起きる。
呪い呪われ、殺し殺され。敵を呪い、自身を呪い、世界を呪った怨嗟の果てに。とある「俺」が到達した、最果ての世界。
それがこの“煉獄”だ。
そんな地獄の奥底で、彼はすべてを呪いながらその肉体を、能力を鍛え続けた末に、辿り着いた。
『妖術』や『呪術』の全てを注ぎ、自らを“鬼神”と成して、その刃にその御魂を宿さんとした。
灼熱の業火に身を焦がしながら、「全テヲ呪イ殺ス」という自身の悲願を果たすべく、最愛すらその怨刀に捧げた、哀しき存在。
それが今再び、この世界を呪わんとカタチを成して顕現する。
「全てを呪え、怨獄刀・叫嗟」
「また面妖な.....」
顕れるは直刀型の剣。黒い鞘に黒い柄。
白鞘と呼ばれる状態の刀を滑るようにぬらりと抜刀すれば、その赫い刀身が晒される。深紅に染まるその刃は禍々しさと神々しさが同居し、血肉を求めて仄かに残光を残す。
これは別の世界のヴォイドの魂装であって、この世界のヴォイドの魂装ではない。だからこそ、ヴォイドはなんの問題もなく扱っている。
しかし本来であれば魂装を他人に貸し与えたところで、その力の1%も発揮できはしない。だがそれは、魂装を握るのがあくまでも他人であった場合だ。
その事に気付いてしまった他の世界のヴォイド達は、源流を同じとする存在であれば果たして魂装はどう認識するのか、という考えの下でその仮説を実践し、成功してしまった。
故にこの世界のヴォイドが扱おうが、その出力は決して落ちはしない。扱うリスクですら、精神と肉体の消耗が激しいという点を除けば、あって無いようなもの。
故にヴォイドは迷うことなく怨刀の柄を強く握り締め、ノーモーションから一気『縮地』により彼我の距離を詰める。バートはその場を動かず、ヴォイドの初太刀を待っている。
暫くの内は、観察に徹するという内心の表れであろう。であれば――――
(魂装使って初めての殺し合いだ。精々楽しませろや、糞爺!!)
最初の一手目から、全力で。
構えるバートと少しだけ距離が空いている場所にて、足が浮いている状態である空中で半身になり、突きの体制から瞬時に背後で引き絞った魂装の刃を射出する。
『葬刀之参 “-虚喰-”』
放たれるは必殺の剣技の一つ。本来であれば『創刀』として扱われるこれらの剣技は、ヴォイドが魂装を用いて使用した際はその「名称」と「効果」が変化する。
それは所謂、「隠し技」に近いもの。故に表現としては裏返ると言うような表現が近い。
そしてその効果は圧縮した『瘴気』と呼ばれる『仙気』を反転させたモノを使い、魂装を用いた突きと同時にその射線上に存在する空間ごと穿ち抜くという、至ってシンプルな刺突技。
しかし受け止めるのは言うまでもなく、悪手。
武器ごと喰らうつもりで鈍い音と共に放たれた黒い閃光は、しかしバートの姿を捉えることなく、直前までバートが立っていた空間に穴が空いたような消滅の痕跡を色濃く残すのみ。
しかしてここはヴォイドが全てを司る世界。故に空間に多少穴が空けられようが、歪められようが、即座に世界は元の姿へと修復される。
とはいえ捉えられなかったのは事実。
ヴォイドは技を放った直後の僅かな硬直の中、スキルを使用して硬直を強制的に解除し、バートが居る方角へと即座に視線を向ける。
だが、少し離れた距離に居る剣士を捉えたヴォイドの眼には、バートが放ったであろう数多の『飛斬』が空を舞い、自らに迫っている様子が視界に入った。
飛斬の数は軽く見ただけでも80はゆうに超えている。しかも既に第一波が当たる直前。故に動き出しは、間に合わない。
しかしその認識を軽く否定するように、飛斬がヴォイドの身体に届く前に、ヴォイドの右腕が不自然に一瞬、ブレる。
『葬刀之捌 “-惨牙衝-”』
繰り出されたのは、脳の伝達信号を無視し反射のみで放たれた予備動作なしの一太刀。
たった一刀。無造作に振るわれた横薙ぎの一閃。ただそれだけで、バートの放った飛斬は、その全てが大きな獣の爪に呑まれる様にして砕け散った。
しかしそれをまるで予知していたかの様に、バートは飛斬を放ってすぐヴォイドへと向かって高く跳躍していた。上空で刀を大上段に構えて、落下の勢いも使用した渾身の『兜割り』。
ヴォイドの立っているその大地すら割るのではないかという気迫を以て、バートは真上から迫る。
それに対し、ヴォイドは嗤いながら惜しみなく『創刀幻技』を放って対応する。
『幻技 “-魔劍倶利伽羅-”』
生み出されるは、赤黒い深淵の焔。並みの存在であればそれだけで燃やし尽くしてしまいそうな程の熱量を、迷うことなく魂装の刃へと注ぎ込む。
更に魂装を鞘へと仕舞い、その鞘内で更に力を圧縮し、螺旋を加えて収束させる。その上で、本来は使うことのない『居合創刀』というヴォイドが習得している『抜刀技能』を用いて放たれる、必殺の一撃。
『葬刀之弐 “-喰黎-”』
故にそれらを纏めて正しい名称で名付けるのなら――――
「葬刀居合、弐之太刀 “-喰黎-”!!!」
居合の体制から躊躇いなくバート目掛けて振り抜かれた魂装。鞘から解き放たれるは極細の線と見間違う程に細い、斬撃。
その斬撃を遅れて追いかける様にして、横に螺旋を描いた深淵の焔が津波のごとく押し寄せる。
その斬撃の余波は、放っただけで世界に亀裂が入ってしまう程に、凄まじい威力を誇っていた。
それをあろう事かバートは、準備していた兜割りを用いて受けた。その様子を見てヴォイドは嗤いながら思う、「ふざけろよ」と。
直後、凄まじい不協和音と衝撃を放った後、バートがなんともない様子で炎の海を抜けて来た。
しかし流石に無傷とはいかなかったようで、その身体の所々に小さな火傷の痕が見える。だが、本来であればあの程度の火傷では済まないはずなのだ。何せあの時魂装に纏わせていた炎には、『侵食』と『延焼』の効果があったはずなのだから。
しかし何故か食らったはずのバートはその顔をむしろ喜々として笑顔に歪め、その底知れなさを増してゆく。
「ククッ、堪んねぇなオイ......。ぜってぇぶっ殺す」
ヴォイドは決意を新たに、改めてその魂装を握り直す。対面に着地したバートはその表情を喜色に歪めて次を待つ。
まだまだ上から目線。それが更にヴォイドの昂ぶりを誘う。より熱く、血湧き肉躍る殺し合いをする為に。
互いに見せ合うは『技』巧。積み上げるは能『力』。そしてぶつけ合うは、己の『武』術。
「さあ、儂を楽しませいッ!!」
「ハハハッ、死ねェッ!」
そこからは互いに死力の限りを尽くしてひたすら斬り合い、斬り合い、嗤い合う。「戦い」という極上の魅惑に取り憑かれた醜い獣同士のぶつかり合い。
魂装同士が重なる度、枯れた大地に血潮が飛び散り、両者の魂装は不協和音を奏でながら火花を散らす。
「ハッハハハ!!もっと、もっと踊れェ!」
「クハハハハッ!!こんなに楽しいのは久方振りだ、笑いが止まらん!」
互いに上がりきった口角。最早、醜悪さまで滲み出るその笑み。既にこの世界にバートが囚われてから3時間以上、二人はこうして斬り合っている。
どれだけ生傷が増えようが、どれだけ醜く成り下がろうが、二人は更にギアを上げていく。その様子はこのエーテルという惑星に於いて、間違いなく頂点に近い戦い。
そもそも魂装というデタラメな代物を扱っている以上、そのレベルにすら達していない者達が入り込む余地など、ない。
故に二人はどこまでも、更に、もっと、と上がり続ける。それでも両者崩れず、均衡を保ち続ける。ヴォイドは有り余る手札の限りを尽くし、バートはその全てを丁寧に潰して、二人同時に狙ったかのようにしてその首を狙いに距離を詰める。
しかしまたしても、両者決めきれない。
故にバートは複数の追撃のパターンを即座に組み立てるが、ヴォイドがこの戦闘の中で高まり、研ぎ澄まされた五感でバートの思考を読み取り、相手が追撃に動き出す前に大きく後ろに跳ぶ事で距離を取る。
しっかりと空中でバートが放った複数の飛斬を捌きつつ、視線は外さない。
だがバートもここで逃がす気はない。故に着地を狙って踏み込み、自身を射出しようと力んだところで――――
「っ!?」
突如、身体が思うように動かず、地面に膝をつくことになる。その事に驚愕するのはバートだけではなく、ヴォイドも同様。
そしてその原因は言うまでもなく、バートの予想外の消耗によるもの。
(......くくっ、この儂が先に膝をつかされるか。楽しみすぎたとは言え、言い訳はすまい。見切りを誤ったのは.....存外久しぶりじゃな)
バートは苦笑を零しながら、どこか納得したような表情をする。本気で殺し合って、初めて実感を得たのだ。確かに目の前の彼は、特異点であり、その中でも更に特別なのだろうと。
そしてこの非常に楽しかった死合も、そろそろ閉幕の時間が来たのだと。
「立てよ爺、次で最後だ。死んだら許さん」
「くくっ、老人相手に酷いもんじゃ全く――――」
両者が冷静さを取り戻し、未だ燃えるような熱を持つ肉体とは裏腹に、冷え切った頭で思考をするが、全て無駄だと斬り捨てる。
これより先はただ、互いに全力の必殺を放つ場。故に思考は不要。必要なのはただ、身を焦がす闘争の熱のみ。
故に再度、両者はその全身へとその灼熱を灯す。
「幻創一刀流開祖、ヴォイド・トゥルース。今こそ我が『絶技』、お見せしよう」
「天蓋理心流、剣士バート。全身全霊を以て応えよう」
両者、全身に小さくない傷を付けながら、それでも尚その身体は、魂は、目の前の好敵手との闘争を求める。そんな両者が終わりのない闘争の果てに得た、互いの『無二の剣』。
それを今再び、この場にてぶつけ合う。
最早当初の目的など知ったことではない。いや、そんなものは初めから存在しないのかもしれない。
二人にとってこの場は、眼前の剣士に、戦士に、ただ勝ちたい。それだけの為に、互いに剣を構え、その時を待つ。
闘争の中に身を置き、頂点を目指す者達など、その殆どがこういう大馬鹿者達なのだ。故に戦いの場で彼らは、思考を捨てる。
二人の魂装はそんな状況に歓喜するように、その刃の煌きを増していた。
内容を少し編集しました。 2022/05/11




