第九話「贋物と本物の衝突」
両者互いに得物を握り締め、正眼に構えて向かい合う。
先に名乗りを上げたのは、冒険者風の青年。
「“我流”バート、手合わせ願おう」
そう青年は名乗った。「俺は此処までの高みに『我流』で至った」と。
そしてヴォイドは名乗りを返そうとして一瞬、喉元まで出かかった言葉に詰まる。自らには流派も技も、文字通り何も無い。
本来俺は、文字通り“存在しない者”だったからだ。
だがそこまで至り、ヴォイドは早々に思考を放棄した。
そんなものをいくら考えたとて、自らに何もないのは前世から変わらぬ事実なのだから。唯一在るのは前世の頃からずっと、決して満たされる事のなかったこの「欠けた心」だけ。
俺は最初、それが何かわからなかった。今だってそうだ、俺の心はぽっかりと黒く、暗く、深く、常に深淵が顔を覗かせている。
だが、此処に在るではないか。
この小さな穴が、「虚無」が、初めから俺には在ったではないか。
その事に気付いた時、「フッ」とヴォイドは嗤う。そんな弱い自らを嘲笑するように、少しだけ笑ってその身に宿す“今は小さき虚無”を見せ付ける。
「これが俺の進む道だ」と示すように、堂々と。
「“幻創一刀流”ヴォイド・トゥルース、推して参る」
故に目指すは、あの日自らを塵芥の様に葬ったかの「幻想」へと牙を剥く為の、魂を込めた刃。
しかしてその刃は未だ未熟も未熟、故にこの場も踏み越え、いつか“幻葬”の刃へと辿り着く。死力を尽くして「幻想」を葬る一刀へと至らんとするその在り方。
故にその名を「“幻創一刀流”」。
その復讐は正しく、「幻想生命体」を滅ぼす刃を創り出すであろう。
そんな「道/未知」への一歩を踏み出したヴォイドの前に立ちはだかる剣士が持つのは、紛れもない本物の『絶技』。
対して現状のヴォイドが持ちうるは、虚像に塗れた偽りの『幻技』。
そして当然、偽物と本物とではまず偽物が勝ることはない。故に、今回は勝つ必要はない。
本物を相手に勝ちに行くときは、今はまだ何も無い『幻創の刃』が彼らと同じように“本物”に昇華してからでいい。
だから、今回放つのは「一撃」だけ。
そしてこれは同時に今の俺の『幻技』がどこまで届くかの実験。相手は間違いなく天蓋に近い場所にいるであろう存在、故にこの場で己が虚無の力を少しだけ、試す。
※
違う世界線の同じ惑星で、共に日々を過ごした彼らと二度目の邂逅。
あの場から離れるのは当初、非常に残念ではあったが、今はもうそんな事どうでもいいくらいだ。
あの日彼らには何も言わずに来たし言うつもりもないが、目の前の此奴は恐らく、近い内に気付くのであろう。
そう確信出来る程に、この世界のヴォイドは異常な強さを醸し出している。
あの日、あの時、己と初めて会った時はこんなにも力強い圧はなかった。あの時はむしろ何かに怯えるような、隠れるような、そんな気配をしていた。
だが、この世界の此奴はどうだ。既に何かを掴み、手繰り寄せんとしている。
鍛え抜かれし己が五体と勘が告げる。彼の者から放たれるは一撃。
そしてその一撃は恐らく“試技”であり、強者同士の立ち会いに於いては決して褒められたものではない。
しかし、やはり見てみたい。
此奴に対しては年甲斐もなく、興味が尽きない。
(さぁ、儂に魅せてみろ!お主が辿り着かんとする、頂きの一片を!)
※
二人が息を整え脱力する。しかし次の瞬間には周囲に吹き荒れる程の殺気が二人を包む。
二人は互いに口元を三日月型に大きく歪め、嗤い合う。
「いざ尋常に――――」
「――――勝負っ!!」
その瞬間、両者の姿がその場から消失した。
否、両者共に真正面から踏み込んでいる。バートは上段からの圧倒的な質量を持った斬り下ろし。
それに対しヴォイドは地面を滑るように木刀の刃を左下から走らせる。
そして真剣と木刀が衝突する......かに思えたが、結果は違った。その刹那の間に起こった両者の攻防は、まさに『絶技』足り得るものだった。
刃が当たる瞬間、ヴォイドは『影抜き』という古武術の技法を使い、バートの放つ斬撃をすり抜けた。それは一瞬の軌道の切り替え。
だがバートもまた天蓋に近い者、その攻撃に見事に対応してみせる。
攻撃中であるにも関わらず、握られていない柄の部分を使いヴォイドの一刀を見事に止めてみせる。しかしヴォイドの放つ攻撃は、それでは終わらなかった。
ヴォイドは「それを待っていた」とばかりに木刀から肉体へと伝わる反動という名の衝撃を身体の中で収束させ、そのまま身を屈めながら回転。
そして同時に、試技の発動をこのタイミングで行う。
『幻技 影鵺之太刀』
そして回転により得られた遠心力も収束させた衝撃と共に、右手に握る黒刃へと乗せて、その首を取らんと振り抜いた。
『“夜鳴”』
バートはそんなヴォイドの向ける殺気に更なる高揚を感じつつも、あくまで冷静に、再度上段からの斬り下ろしを以て対応する。
そして今度はしっかりと衝突する事になる、両者の技。だが衝突と同時に甲高い、金属同士が擦れるような擦過音が響き渡る。
それは本来有り得ない、鳴りえない衝突音。
そしてその原因はヴォイドの木刀に纏わり付いている、黒いモヤ。その正体はなんと、“砂鉄”である。
砂鉄を木刀に纏わせ高速振動させる事でその切れ味を大幅に増幅させる、いわゆる『高周波ブレード』の原理だ。今回使用したのは木刀による『即席高周波ブレード』だが、その殺傷能力は言わずもがなであろう。
普通の武器なら火花を散らした後、持ち主ごとバッサリと切断してみせる。
しかし相対する青年が扱う刀はなんの変哲もない様に見えるだけで、普通の刀ではない。
その為、衝突した刃が火花と摩擦音のみを発生させたのだ。故に互いに一撃を止められ不発。
よって勝敗は――――
「引き分け、か」
とは言え両者共に満足のゆく結果を得られたのは確か。
しかしこれ以上やれば間違いなく周りに被害が出るのも明白。故に今回はここまで。
互いに数秒視線を交わし、「ふっ」と微笑を零しながら握手を交わす。その時の両者の眼は「楽しかった」と雄弁に物語っていたと言う。
そしてその後にルシアも交えて小さな宴会の様なモノをやるのだが、その事でヴォイドが驚かされるのはまた別の話。
内容を少し編集しました。 2022/03/13
「“幻創一刀流”とは」
この世界のヴォイドが創始した“縛り”の一つであり、同時に自らの力の出力を思うままにコントロールする為の技法。「幻創一刀流」とはその名の通り、“幻想を屠る為に至高の一刀を夢創する”という意味が込められたモノ。
故にその到達点、目指すべき場所は人の身で「幻葬」を成す事である。




