第48話 武研発足
学校に行く途中、いつものように竹下がやって来た。
「おっはよう、樹!」
「おはよう。今日も元気だね」
「そりゃあまあ、いろいろとうまくいきそうだからね。それで今日の放課後時間貰えるかな」
「いいけど、どこかに行くの?」
「とりあえず、うちのクラスに来て」
一体何の用だろう。
放課後、竹下のクラスに行くと風花もそこで待っていた。
「風花……さんも呼ばれたの?」
アブねー、呼び捨てにするところだったよ。
「うん。竹下君に待つように言われて」
「あー、もう! お前らいつものように呼び捨てにすりゃいいじゃん。みんなすでに公認カップルって認識だからさ」
知らなかった。どうしてそんなことになったんだろう。
「……普通、何でもない奴と毎朝一緒に川沿いを歩いたりしないよ。風花なんて家も離れているのにさ」
そっか、変装しているわけでもないし、誰かに見られていることもあるよね。
「そんなことより、早く行こうぜ。先生待っているから」
先生? どこへ?
竹下に連れていかれたのは、体育館横にある武道場だ。
……って、ことはまさか!
「そう、ご名答! 風花に護身術を教えてもらうために、同好会の設立をお願いしちゃいましたー」
ちょ、勝手に! ん?
「護身術なら僕は関係ないよね」
「樹ごめん。同好会設立に最低3人必要らしくてさ、頭数に入れちゃった」
入れちゃったって……
うーん、仕方がないな。竹下のためだ一肌脱ごう。
「風花はよかったの?」
「一応聞いてたから」
僕だけ事後承諾か。
「まあまあ、悪かったって、そんなに睨むなよ。先生が待ってるから入っちゃおうぜ」
竹下に促されて入った武道場の中には、
「あれ、由紀ちゃん」
「立花! 戸部先生って言え! っと、そうかこっちも立花か」
戸部由紀先生は数学の先生でご近所さんだ。小っちゃい頃はよく遊んでもらっていた。最近先生になったばかりで、去年からこの学校に赴任している。
そういえば由紀ちゃんの趣味って……
「立花風花さん、古武術やるんだってね、私と手合わせしてくれない」
そう、無類の武道オタクなのだ。
由紀ちゃんと風花が準備をしている間、竹下に事の経緯を問いただした。
「柔道部が無くなって武道場が空いているじゃん。そこが使えたらいいなって思ってたんだよね。それで、顧問の先生を探していたら戸部先生のこと思い出してさ、最初は断られたんだけど、風花が珍しい古武術をやるよって言ったら目の色変わって、私に勝ったら引き受けてあげるって」
なんか聞いたことある話だな。
「じゃあ、風花が負けたらダメってこと」
「まあ、そうなるかな」
確かにここなら武術の練習にはうってつけだ。着替えもできるしシャワー室もある。鍛錬にはもってこいの場所かもしれない。
「でも、勝敗って誰が決めるの」
「ほら」
竹下が指さした先には、道着をつけた教頭先生がいつの間にか立っていた。
教頭先生から選択科目で柔道を教えてもらっているけど、そういえば段持ちじゃなかったかな。
由紀ちゃんはジャージに、風花は体操服に着替え、開始線のところで試合開始の合図を待つ。
「始め!」
一瞬で風花に詰め寄る由紀ちゃん! そのまま踵落としを発動!
風花は事も無げにそれを避ける。
由紀ちゃんは振り下ろした足が畳に着くと同時に、逆の足で後ろ回し蹴りを披露!
風花は顔面にめがけて近づいてくる足を避けるわけではなく、軽く手で触れる。その途端、由紀ちゃんがくるっと回ってうつ伏せに寝かされた!
「動け……ない」
由紀ちゃんは、足と腕を極められているのか身動きが取れないようだ。
実戦ならそのまま首を落とすか腕を外すかして、相手の戦闘能力を奪ってしまうのだろう。
開始の合図から1分もたってないと思う。見たまんま風花の圧勝だ。
「止め!」
「す、すげえ!」「すごい、風花!」
その一言しかないと思う。
熱戦を繰り広げた二人に近寄ろうとしたら、
「まてまて、次はワシじゃ」
えー、教頭先生もやるの、もう年なんだから無理しなくていいのに。
「戸部先生は新任で、まだ顧問は出来んからの」
そうなんだ、じゃあなんで由紀ちゃんは出てきたの?
教頭先生との対戦の審判は由紀ちゃんがやるようだ。
「フフフ、ワシの一本背負いで瞬殺じゃ」
おー、教頭先生が悪役のような顔しているよ。
「教頭先生よろしくお願いします」
二人は礼をして、開始線で向かい合う。
「始め!」
教頭先生は風花の奥襟をつかみに行ったー!
あれ? 一本背負いって言ってなかったっけ……
風花は戸惑うかと思ったら危なげなく避ける。
そして、なぜか教頭先生がそのまま崩れ落ち、うつ伏せに寝転ぶ。風花は流れるような動きで腕と足を極めて抑え込んだ。
こっちもあっという間の出来事だった。文字通り瞬殺だ。
「止め!」
何があったんだろう。
「竹下わかった?」
「よくわからなかったけど、たぶんなんかやったんだと思う」
そりゃ、なんかやったに決まっているだろ。いくら教頭先生が年でも一応段持ちなんだから、簡単にはやられないよ。
「いやー、やられた、やられた。ワシを子ども扱いとはなかなかやりよる」
教頭先生も普通に立ち上がっている。ケガは無いようだ。
何をされたか聞いてみよう。
「隙だらけだったから、奥襟を取って大外でも内股でも行けると思ったんだが、ちょっとバランスを崩されてそのまま腹ばいにされた。柔道ならいいんじゃが、実戦なら殺されとるの」
「教頭、奥襟なんて取りに行くからですよ」
そうそう、由紀ちゃんの言う通り、僕も腕を取って一本背負いにいくと思っていた。
「一本背負いを警戒してくれるかと思ったんじゃがの」
「ねえ、風花。一本背負いってわかる?」
「聞いたことはあるけど、どんな技かまでは知らない」
「は! こりゃ、一本取られた。まあ仕方がない、ワシが約束通りこの同好会の顧問を引き受けよう」
「ありがとうございます!」
竹下は満足そうだ。
「顧問が教頭先生なら、由紀ちゃんは何で来たの」
「私はコーチだ。って、だから戸部先生と呼べって言っているだろう樹!」
というわけで、教頭先生顧問、由紀ちゃんもとい戸部先生コーチの武術研究会(通称武研)が発足した。なお、部長は言いだしっぺの竹下で、部員は僕と風花の計三人。なお、名前は戸部先生の趣味だそうだ。
正式な活動開始は、生徒会に設立届を出した後の来週からということになったので、今日の所はみんなで武道場を片付け解散となった。
帰り道に竹下が風花に聞いている。
「ねえ、風花。俺も1年たったらあんな感じになるの? 風花が何をしたかわからなかったんだけど」
「……したことが見えてなかったら難しいかも」
「えー、どうすんの。ファームさん待ってくれないよ」
「息の根を止めるわけじゃないから何とかなると思うよ」
何気に息の根って何か物騒なこと言っているけど、隊商をやっているってことはそういうこともあるのだろう。
「それにしても僕までやる羽目になるなんて」
「まあまあ、ソルもこれから危険な目に合うかもしれないから、身を守る術はあった方がいいよ」
「身を守る術か……。一応アラルクは、僕の護衛要員みたいなことも言われている」
「ほらね、それなら自分でも何かできた方がいいって。それに俺と風花だけで一緒にいたら樹も嫌でしょう」
確かにそれはそれでモヤモヤするけど。
そうだ、これを聞いておかないと。
「他に希望する生徒がいたらどうするの」
「俺は受け入れてもいいと思うけど、風花は」
「ボクは樹と一緒なら構わないよ」
「だって。樹は反対?」
「別にそういうわけではないけど、秘密が漏れることとかないのかな」
「俺ら三人でこそこそやってる方がおかしいって、それに戸部先生、古武術習うの結構楽しみにしてるみたいでさ、かなりの確率で来ると思うんだよね」
コーチなのに習う気満々なわけね。由紀ちゃんらしい。
あとがきです。
「樹です」
「戸部由紀です」
「「皆さんいつもお読みいただきありがとうございます」」
「戸部先生。竹下のわがままにつき合わせてごめんなさい」
「だから樹、戸部先生と呼べと……あれ、ちゃんと言ってたな。まああれだ、私も古武術には興味があってな」
「本当に風花すごかったね、あれほどまでとは思って無かった」
「私もびっくりしている。あれだけ実践的な武術が残っていたなんて驚きだ……というか、いまでも実践しているような感じだったんだが、樹は何か知らないか?」
「え、いや、風花は最近転校してきたばかりだから」
「まあ、そうだよな。ん、それにしたらお前たちあまりにも仲がいいように思えるんだが……」
「せ、先生。今後の活動方針はどんな感じでしょうか」
「風花とみんなのレベル差がありすぎるから、そこを埋めることからだな。いつまでかかるかわからんが」
「うわ、やっていけるかな」
「同好会だからな。試合とか無いから自分のペースでやるといいさ。私は絶対にあの武術をものにしてやるがな」
「由紀ちゃんが本気だ」
「だから樹!」
「先生、締めのあいさつの時間です」
「ちっ!」
「「皆さん次回もよろしくお願いします」」