表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/204

第4話 立花樹とソル

 いつものように目が覚める。

 もうすぐ夜が明けるのだろう。カーテンの隙間から明かりが漏れている。

 時計の時刻は6時30分。


 ……昨日のジュト兄とユティ姉との結婚披露宴。みんな楽しそうでよかったなぁ。セムトおじさんも綿花を手に入れられそうだって言っていた。


 よし、僕もやれることをやっていこう。


 体を伸ばして周りを見渡す。

 机があって、テレビがあって、タタミが敷いてあり机の上にはパソコンと充電中のスマートフォン。本棚の中には漫画本に交じって、様々な地図帳や野草の本が並んでいる。


 いつも通りの部屋の風景。

 でもここには、かわいい弟はいない。僕一人だけの部屋。


 今日は春分の日で学校は休み。朝からお墓参りに行くけど、朝食まで少し時間があるので、習慣になっている散歩に行ってみる。


 僕の家は、九州のとある地方都市の繁華街近くの古い(たたず)まいを残した商店街の中で、内科医院をしている。自宅を兼ねている診療所を出て、近くを流れる川へと向かう。

 今日のように天気がいい日は、観光名所になっている橋を眺めながら、30分ほど川沿いの道を歩くことにしている。日の出とともに目が覚めるのが習慣になっていて、毎日、時間を持て余しちゃうんだよね。




 川の周りにはジョギングをしている人たちがいるけど、さすがに観光客はまだいないみたい。


 ……自分が普通ではないと気づいたのは、いつの頃だろう。生まれた時からそうだったのか、突然なのか、はっきりとは分からない。今思うと、他人と違うと感じたのは、幼稚園に通う前ぐらいだったと思う。


 朝、目が覚めると、寝る前とは違う家にいて違う家族がいる。翌朝、目が覚めると、元の家の元の家族のところにいる。毎日がその繰り返しで記憶もきちんとある。


 僕はこちらでは立花(たちばな)(いつき)としての日々を過ごし、あちらではソルという女の子として生活している。


 それが当たり前だと思っていたのに、あちらの言葉はこちらでは通じないし、こちらではあちらの言葉は通じない。うまく話すことができない頃は、それを確認することができなかったけど、話せるようになると、誰もこんな体験をしていないということがわかった。

 このことを話すと友達からはからかわれたし、病気じゃないかと親が心配して、その手の病院に連れていかれたこともあった。幸い病気と診断されることはなかったけど、それ以来、誰にもこの話をすることなく過ごしている。


 自分は病気ではないし、これを治そうとは思わない、()()()も自分で間違いないのだから。


 その頃からこちらの世界を地球、あちらの世界を()()と呼ぶようになっていた。




 いつものように、川沿いの遊歩道にある石造りの椅子で休憩する。ここは川の流れも見えて、ぼんやりするにはちょうどいいんだよね。


 僕である立花樹は、江戸時代から続く医者の家系の次男で今年14歳の中学生二年生だ。背は165センチほどあるのでクラスでも高い方だけど、髪の色も目の色も黒い、一般的な日本人だと思う。家族は父の啓介(けいすけ)(48)、母の真由美(まゆみ)(47)とほかに兄の(りく)(19)がいるが、陸兄は去年県外の大学の医学部に進学して、今は1人暮らしをしている。


 テラの世界での私であるソルは、3人兄弟の真ん中で長女。春の中日に14歳になった。身長は測ったことないけど、たぶん僕より10センチぐらい低そうで、少し濃い目の茶色の髪を長く伸ばして後ろで結んでいる。いわゆるポニーテイルというやつ。目の色は鏡がないのでよくわからないけど、聞いてみると茶色っぽいようだ。あ、肌の色は日本人と似ているかも。


 樹である僕とソルである私、性別は違うけど年齢は一緒、あちらには明確な暦もないし、誕生日を祝う習慣もないからはっきりわからないけど、多分誕生日も一緒だと思う。




 それにしても、今日は天気がいいなぁ。お墓参りも気持ちがよさそうだ。

 立ち上がって、さらに散歩を続ける。


 ……テラがどこなのか最初は分からなかったけど、セムトおじさんや旅人の人たちから聞いた情報で、ようやく最近になって大まかな場所の見当をつけることができた。そこは地球で言えば中央アジアのフェルガナ盆地。ソルが住むカイン村はその東の奥の山脈のふもと付近。

 どうしてわかったかって。実はテラでも地球と同じ月が見える。あのウサギさん模様も同じだ。だから地球のどこかだと思っていたんだけど、テラには地図がないから、おじさんたちに知っている地形を教えてもらって、それを地球の地図帳で調べてを繰り返して、やっとここにたどり着いた。


 ただ、地球で見たその場所の衛星写真には、カインには存在しないきれいな道路が整備され、車が通り、僕たちの知らない家が立ち並んでいた……


 もしかしたら時代が違うのかと思ったけど、地球の予報通りにテラでも流星群を見ることができるから、同じ時代じゃないかと思う。もしそうだとすると、おかしなことが多すぎる。衛星写真もそうだけど、あちらはあまりにも文化の水準が低い、歴史はそこまで詳しくないけど、たぶん中世まで行っていないと思う。テラにはあるべきものが無さすぎるのだ。


 それに、おじさんの話によると、テラにはあまり人が住んでいないらしい。そして理由は分からないけど、海には近づくことができないって言っていた。地球でそういうところを聞いたことが無い。


 そこで僕は仮説を立ててみた。テラは元々地球と同じ時間軸を進んでいたけど、何かの理由で分かれてしまって、その結果がこの文化水準の差なのではないかと。


 僕とソルが同じである理由。それは分からないけど、できることがあるならやっていきたい。そう思い、おじさんに綿花の種を頼んでいたのだ。




 さてと、そろそろ朝ごはんの時間になるな、戻ろうかな。

 いつもの散歩道を歩き、家へと向かう。


 さすがはセムトおじさん。綿花の種を手に入れてくれそうだ。それならお墓参りのあと、改めて栽培方法を調べてみよう。それにしても、おじさんが言っていた足止めって、何があったんだろう……。気になることもあるって言っていた。明日聞かせてくれるかな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ