第33話 ないしょ話はこっそりと
翌朝からコルカに行くための準備を始める。
まずは、井戸の所でユーリルを見かけたので、挨拶もそこそこにゲンコツを落としたら、一緒に来ていたテムスがびっくりしていた。ユーリルも驚いた顔しているけど、お前の場合は自業自得だからね。
「私はちゃんと女だからね」
そういうと、ユーリルはごめんごめんと謝る。
「ユーリル兄ちゃん。ソル姉のこと男だと思っていたの? 僕もたまに兄ちゃんって言いそうになるときもあるけど、姉ちゃんだからね」
痛恨の一撃!
テムスそれはフォローになってないよ。弟にまで男に思われることがあったとは、これはさすがにへこむ。いつも思うけど、女らしくってどうしたらいいんだろ。それにしてもユーリルは笑いすぎ、とりあえずもう一回頭叩いておいた。
朝食のあと、工房に人が集まる前に、テムスを連れて薬草畑に行ってみる。薬草畑も綿花畑も思っていた以上に手入れが行き届いている。
テムスに聞くと「僕とユティ姉ちゃん、ユーリル兄ちゃんとで、一生懸命に世話してたからね」と誇らしげに答えてくれた。
暑い中、草取りや虫取りは大変だったと思う。
「テムスありがとう。次も安心してコルカに行けそうだよ」
「ソル姉、またコルカに行っちゃうんだ……」
「ごめんね。半月ほど先になるけど、ジュト兄、ユティ姉、ユーリルと一緒にコルカに行くことになっているんだ。新しい人を迎えに行かないといけなくて。今度は2人、お兄さんとお姉さんが増えるよ」
「本当? 楽しみ! 僕待ってるね。でも、この畑は僕1人では無理だよ」
「母さんに頼むことになってるから、一緒に世話してもらえるかな?」
「母さんって、畑の世話できるの?」
そうか、もともと私がこの薬草畑の世話を任される前は、ジュト兄がやっていてその前は母さんがしていたのだけど、小さかったから覚えてないんだ。
「大丈夫だよ。今は私がここを任されているけど、昔は母さんがやっていたんだから、いろいろと教えてもらったらいいよ」
畑の様子も分かったので、急いで工房に戻ることにする。
工房にはすでにみんなが集まっていて作業をしていた。
「おはようございます。遅くなってごめんなさい」
みんなにお詫びをして、作業に加わる。とはいえ、木をまっすぐに切ることができない私ができるのは、やすりをかけたり、出来上がった物を組み立てることぐらいなので、実のところいてもいなくても関係ないのかもしれない。
でも、責任者としてみんなに任せっきりというのは気が引けるので、ここにいるときはできるだけ一緒に作業するようにしている。
今作っている糸車は、村には1世帯1台は配り終えているので、あとは2台目が欲しい人用と他の村に売るための物だ。1台目は工房建設に協力してもらったお礼で値引きしてあったので、これからの販売分が本当の工房の利益として残っていく。ここで出来るだけ多くの麦を貯めて、それで銅を買い集めることができたら、将来貨幣を作ることができるだろう。
夕方になり今日の作業を終えた後、工房に残ったユーリルに聞いてみた。
「お疲れさまでした。ところでユーリル、荷馬車はいつ作ってるの?」
ユーリルは今日1日糸車の部品を作っていて、荷馬車を作っているようには見えなかったのだ。
「夜寝る前と、工房が休みの時に作っているよ」
「え、いつ休んでいるの?」
「うーん、休みがあったって、ここじゃ何もすることもないからさ。たまに馬を借りて遠乗りしたりするけど、長い時間走らせるわけにも行けないからね。結局ここで作業をしちゃうってわけ」
確かにここにはテレビもゲームもないし、遊びに行くところもない。
普通の家の場合は、家の手伝いで遊ぶ暇とかは無いから気になることはないけど、ユーリルの場合は家の手伝いもしてもらっていても、元々この家は放牧をしてないし、人数が多いので一人当たりの仕事もそれほど多くない。だから暇を持て余して作業をしてしまうということだ。
せっかくなので荷馬車を見せてもらうことにした。
「今見てもわからないよ」
と言って見せられたものは、確かに荷馬車とはわからない。木を切った部品がいくつか並んでいるだけだった。
「これを組み立てたら荷馬車になるの?」
「まだまだだよ。記憶を頼りに作っているから時間がかかるんだ」
そういえば地球で荷馬車の模型を作っていたんだった。
「樹のとこに荷馬車の模型があるけどいる?」
「いる!」
「わかった明日持っていくね。お店の中に入ってもいいの?」
「立花のことは父さんたちも知っているし、お店の人にも言っとくから大丈夫」
いくらユーリルが私に興味がないと言っても、ふたりっきりで長くいることはできないので、家の戻ろうと振り向いたらコペルがいた。
「コペルいたの」
「うん、ずっといたよ。お店ってなあに?」
話聞かれていた。
「お店っていうのは、他の人が欲しいと思うものを売っている場所のことだよ」
ユーリルが答えてくれる。
「コルカの市場のようなところ?」
「市場は欲しいものがどこにあるか探さないといけないけど、お店は決まった物を売っていたりするかな。お花を売っているお店とか、食べ物を売っているお店とか、そのお店に行ったらそれが手に入れることができるような所だよ」
「それなら私、普段着る服を売るお店をしてみたい」
テラにも一応服を作る職人さんはいる。でもそれは結婚式のように特別な時のための服を作る職人さんたちで、普段着を作って売っている店はない。そのためこちらでは普段着は大体自分たちで作っている。稀に作れない人は作れる人に頼んでいるようだけど、ほとんどの家では家族の分は家族で賄う。もし、糸車や綿花が普及してみんなの生活に余裕ができたら、普段着にもおしゃれしようとする人たちも出てくるかもしれない。
そうしたらコペルの腕前で作った服なら、きっと欲しがる人も多いはずだ。
「コペルの服ならみんな喜ぶよ。いつかお店も作ろうね」
「うん」
こちらで話すときは気をつけないといけないな。聞かれても困ることはないけど説明ができないよ。