第29話 コルカ出発前日
今日は午後からカイン村に戻る準備をするらしく、その前にパルフィに頼んでいる部品の代金を支払うことにした。
アラルクに声をかけると、今日もついて来てくれるそうだ。もう慣れたから1人でも大丈夫って言っても、危ないからと1人では行かせてはもらえない。
さらに支払い用の麦を馬に乗せようとすると、馬で行くほどでもないよっと言って全部を1袋にまとめて抱えてしまった。多分30キロくらいはあると思う。申し訳ないので少し持つと言ったのだけど、気にしないでと笑って歩き出してしまった。
ついて来てもらうだけでもありがたいのに、荷物持ちまでさせちゃってごめんね。私もテラで生まれ育っていて力はあるから半分くらいは平気だけど、男としてそういうわけにはいかないっていうのもわかるから、今は甘えておくね。
パルフィの工房の中は今日もすごい暑さだ。
「パルフィ、麦持ってきたよ」
「ああ、すまねぇ。今、手が離せねえんだ、そこの台の上に置いといてくれ」
「わかった。話すのは大丈夫?」
アラルクと一緒に、麦を台の上に置きながら聞いてみた。
「ああ、なんだい」
「出来た部品の内側を、できるだけツルツルにしてほしくて」
「ああ、わかったよ。そう仕上げとく。まあでもあたいも一緒に行くんだから、調整くらいはすぐできるけどな」
確かにそうだった。工房や炉ができるのはまだ先だけど、形の修正とか研磨とかはすぐにでもできるはずだ。
「ところでパルフィには、恋人とか許嫁とかいないんですか」
「急にどうしたんだい。そんなものはいないよ。これ一筋さ」
パルフィは、金づちをよく見えるように上に持ち上げながらそう言った。
「そうなんだ。カインに来てもらって、恋人さんと離れ離れになっても大丈夫なのかなって思って」
「そんな心配はいらないぜ。今は仕事ができれば十分だな」
「それじゃあ結婚はしないの?」
「どうだろうな、今は考えちゃあいないが、先は分かんねえな。まあ、あたいを惚れさせるような男がいたら考えてやるよ」
パルフィとアラルクがいい仲なのかと思ったらそうでもないみたいだ、アラルクもこの話聞いているけど平気な顔している。それならユーリルにも目があるかもしれない、頑張れ。でも、変な策を弄しそうだな、あいつ。
「それじゃあ、炉の材料は市場にありそうだから買って持っていきますね。1か月後パルフィと行けるの楽しみにしてます」
「おう、あたいも親父を絶対説得するからさ。ソルが来てくれるのを楽しみに待ってるぜ」
一度宿に戻り、アラルクにお礼を言って、午後あたらめてカインへ持ち帰る品を買いに市場まで行く。
隊商としての商品は昨日までのうちに集めているので、今日は各個人が必要な物を買いそろえるために時間がとってある。
セムトおじさんは、炉の素材の調達に付き合ってくれることもあり、私と父さんと一緒だ。
「おじさん、ごめんなさい。せっかくの時間を付き合ってもらって」
「ああ、構わないよ。うちの方は特別必要な物もなかったからね」
「兄さんと一緒に市場に行ってもらうと、目利きしてもらえるから助かりますよ」
「ははは、それが仕事だからね」
馬にできる限りの麦を乗せ、市場へと向かう。
家に必要な物資の他に、工房で使うものや、鍛冶工房を作る材料などを揃えていくことになっている。
「父さんごめんなさい。工房の物もたくさん借りることになってしまって」
「まだ、最初だからね、仕方がないさ。でも、頑張って返していくんだよ」
おじさんに連れられて、市場の中の必要な物資が置いてある場所を回っていく。
途中、思い出したことを聞いてみることにした。
「おじさん、銅ってありますか」
「ああ、銅ならだいたい誰かが持ってきているよ。鍛冶に必要だからね」
「高くなったり、安くなったりってありますか」
「銅の鉱山はあちらこちらにあるし、夏でも冬でも掘れるようだから、値段はあまり変わらないよ。必要なのかい」
「今はまだそこまでいりませんが、もう少ししたらお願いするかもしれません。それとその件で相談したいことがあるので、カインに戻ったらお時間頂けますか」
「帰り道でも構わないが、カインに戻ってからの方がいいのかい?」
「はい、できればユーリルも話に参加してもらいたくて」
「わかったよ。しばらくはカインにいるからその間においで。ふむ、ユーリルか、あの子とはここからカインまでの間一緒にいたけど、いい子だったよ。年齢も同じだし、ソルの結婚相手にいいかもと思って連れてきたんだけどね」
知らなかった。もしかしたら、なし崩し的にそういうことになっていたかもしれない。竹下と先に話ができていてよかった。もし逆だったらと思うとゾッとする。こちらでは結婚相手、あちらでは親友。これだけで物語ができてしましそうな気がするよ。
「おじさん、ユーリルも好みがあると思うよ。たぶん私じゃない方がいいと思う」
「そうですよ兄さん、ユーリルのソルを見る目は恋の相手に対するというより、友達や同志に対してって感じですからね。ソルもこんな感じだし、2人が一緒になるのは難しそうだとミサフィとも話してましたよ」
知らないところで話題に上っていた。竹下に言ったらどう反応するだろうか。
「そうなのかい、最終的には本人同士が納得していた方がいいからね」
「まあ兄さんそんなに急がなくても、ソルにはいい人を見つけますから」
竹下にも言われたけど、こちらの世界の人生も楽しまなくてはいけないから、いい人がいたら結婚したほうがいいだろうな。
夕方になる前に予定した荷物もすべて集めることができた。
そして、明日朝一番で出発することになっているので、今日の夕食は少しだけ豪勢にということらしく、それ用の食材も仕入れてきている。とはいえ、テラにそんなに料理の種類もあるわけではないし作るのは私なので、一品羊肉の串焼きが増えるだけなんだけどね。
この数日のいつものメンバーで食事が始まる。今日はコルトとアラルクが隣同士のようだ。
「なあ、アラルク、最近ソルと一緒に出掛けているけど大丈夫か。突っ込みがきつかったりしねえか」
あの、コルトさん。聞こえているんですけどー。
「そうですか。そんなことないと思いますよ」
「ほんとかー、あいつ中身男だから、ちょっとふざけた時とか容赦なく来るだろ」
もしもーしコルトさーん。
「確かにソルは女の子っぽくはないけど、優しいのは分かりますよ」
褒められてるのか微妙だ。ちなみに女の子っぽくってどんなのを言うんだろう。この前はコルトに気持ち悪いって言われたし。
「そりゃ、短い間だからネコ被ってるのさ。お前も気をつけろよ、今度カインに来るんだろ、ソルは男だと思っていた方が間違いないぜ」
そろそろ止めよう、私の尊厳に関わる気がする。
「ちょっと、コルト!」
「げ、ソル。聞こえてた」
聞こえているよ。父さんたちまで笑っているし。
「コルトさんは、今日はもうお腹いっぱいですか」
「いや、まだ食べたいから。ごめん。食べさせて」
今回受付ですごく頑張ってくれたし、実際女の子っぽくないのは事実なので、このあたりで許してやろう。
「ちょっと確認しただけ。好きなだけ食べていいからね」
コルトもほっとした顔するくらいなら最初から言わなければいいのに。ん、もしかしてこんなところがだめなのかな。
あとがきです。
「ソルです。いつもみんな読んでくれてありがとう」
「パルフィだぜ。いつもありがとな」
「ねえ、パルフィ。その口調っていつもそうなの?」
『あ、なんだって! 周りがうるさくて聞こえねえ!』
『その口調! いつもそうなの!』
「まあ、こんな感じで鍛冶工房の中はいつもうるさいからな。声を張り上げねえと相手に伝わらねえんだ。だから自然とこんな口調になっちまった」
「パルフィは女の子らしくとか思ったことないの? 私いま女の子らしいって何だろうって悩んでて……」
「なんでぇ、ソルには誰か気になる奴でもいるのかい」
「今はいないんだけど」
「それなら気にすることねえよ。自分らしくしてたら誰か見つけてくれるはずだぜ」
「そうかなあ」
「あたいはソルは十分可愛らしいと思うけどな。さあ、締めの挨拶だ」
「「みんなこれからも『おはようから始まる国づくり』よろしく頼むぜ」」
「お、あたいを真似してくれた。そう言うところも可愛いんだけどな」