第28話 綿花畑での出来事
「あ、来たよ。あの車」
僕と竹下は川の遊歩道の橋のたもとに立っていた。ここは少し車道が広くなっていて、待ち合わせにちょうどいい場所なのだ。
「お待たせー。今日はよろしくね」
今日の運転手は優紀さんのようで、紗知さんは助手席の窓を開けながら声かけてきた。
「お二人ともよろしくお願いします」
「紗知さんお久しぶりです。竹下剛です。今日はよろしくお願いします」
他の車の迷惑にならないように、僕たちは急いで車に乗り込みながら挨拶を済ませる。
「よろしく剛君」
「剛君は初めましてだね。山岡優紀です。今日はよろしくね。早速出発するけど大丈夫」
「はーい」「大丈夫です」
四人を乗せた車は綿花畑を目指して動き出した。
「ところでさ、最近中学生の間で綿花って流行ってんの?」
「いえ、流行っているわけではないです」
確かに男子中学生が二人も綿花の栽培に興味津々とか、不思議に思うよね。
「でも剛君も手伝ってくれるんでしょ、樹君と同じように謎な感じなのかな」
「はい、謎多き中学生、竹下剛とはこの私です。どうぞお見知りおきを」
竹下の方はなんだかよくわからないテンションなんだけど、今日は大丈夫なんだろうか……
「ははは、ウケる! さて、謎多き剛君は綿花は初めて?」
「いえ、とある場所で見たことがあります」
へえどこで? って顔をすると竹下は顔を近づけてきて
『お前の代わりに面倒見ているだろうが』
と耳打ちしてきた。
そうだった留守の間、世話をお願いしていたんだった。忘れていたごめんごめん。
「どこで見たの」
優紀さんは他の綿花畑が気になるのかな。でも、テラの畑のことを話すわけにもいかないよな……
「あ、友達の田舎に遊びに行ったときです。その時に少し世話を手伝って楽しかったので、今日お邪魔させてもらいました」
「私も興味あるから、その場所教えてもらえないかな」
おぉ、竹下教えるのかな。
「ごめんなさい、場所はまだ教えられませんが、いつか時期が来たらお知らせできるかも」
「そうなんだ、残念。楽しみにしてるね」
教えはしなかったけど、お知らせってどうするつもりなんだろう、手を繋いで寝るつもりなのかな。仮にそうできたとしても、誰とでもつながるとは思えないんだけどな。テラの人口がかなり少ないし。
車はもう綿花を植えた畑の近くまで来ていた。話しているとあっという間だ。
「今日は草取りと虫取りをお願いしようと思ってます。それで、いまさら聞くのもなんだけど、二人とも虫は大丈夫だよね」
「大丈夫です」「問題ありません」
虫が苦手とか言っていたら、テラでは生きていけないよ。
「草も雑草を全部抜くわけじゃないので、それは畑で教えるとして、畑の周りにはマムシがたくさんいるので注意すること。やたらと藪には入らないでね」
マムシがいるんだ……。確か嚙まれたら死んじゃうこともあるんだよね。注意しておこう。
畑に到着し、草取りの時の注意事項を言われた。
「この綿花はオーガニックコットンだから、決められた農薬以外は使っていません。そのため雑草も生え、虫もいるんですが、雑草は全部抜かないようにしています。綿花の生育に邪魔になるようなもの以外は、そのまましていていいからね」
どうしてだろう。綿花の栄養が足りなくならないのかな。
「優紀さん、雑草がそのままでは栄養が行き渡らないと思うんですが、残していていいんですか?」
さすが竹下。僕が聞きたいことを聞いてくれる。
「雑草があると栄養が行き渡らなくなるのは確かだけど、雑草がある分だけ虫が分散されて、結果的に綿花の生育を助けてくれるのよ。だから、必要以上に雑草は抜かないようにしておくことが大事なのよね」
なるほど、そういうことか。
テラの薬草畑では、忙しくて雑草を全部抜くことはできなかったからある程度放置していたけど、結果的によかったんだ。
「それじゃ、まずは草取りから始めましょうか。樹君と剛君はまずは私のやり方を見てもらえるかな」
優紀さんに草の抜き方を見せてもらい、理解したところで分かれて作業を行うことになった。
畑自体はそう広くはないが、綿花もかなり成長していて、倒さないように注意しながら、腰をかがめての作業はなかなか大変だ。ただ、全部の雑草を抜くわけではないので、作業自体はそう時間をかけずに終わった。
「それじゃあ、虫取りする前にお昼にしようか」
作業小屋の中はエアコンなんてついてない。窓という窓は明け、風通しを良くしてから食べることにした。時折山から吹き抜ける風は、真夏とはいえ少し涼しい気がする。
「うわ、すごい量」
紗知さんたちが作業小屋のテーブルの上に広げたお弁当の中身は、この前と変わらないけど量が倍ぐらいあるかもしれない。
「一人増えるって聞いて少し増やしたかな」
「急にお願いしてごめんなさい」
竹下は申し訳なさそうだ。
「何言っているの! 竹下君のおかげで作業が楽になって助かっているんだから、気にしなくていいのよ。それに、二人には期待しているからしっかり食べて午後も頑張って頂戴ね」
「はい!」「はい」
草取りの作業はそこまで大変ではなかったと思ったが、暑さのせいか塩がきいたおにぎりがものすごくおいしく感じる。
「すごくおいしいです! 作られたの紗知さんですか?」
「剛くんありがとう。二人で作ったんだ。おにぎり塩辛くなかった。優紀が暑いから辛い方がいいって言って、いつもより塩をきかせたんだけど……」
「いえ、汗をかいてたので、ちょうどいいです!」
「水分も忘れずに取ってね。熱中症になったら大変だから」
冷たいお茶もちゃんと準備してくれている。ソルはここまで気が付くだろうか、少し勉強しないといけないかも。
しかし、竹下は元気いっぱいだな。あまりのテンションの高さにこっちが驚いちゃうよ。
「お二人とも美人なのに、料理もおいしいし気遣いもあるしすごいです!」
ふぅー、止まりそうにない……
「ははは、剛くん、お世辞言っても何も出ないわよ」
「お世辞なんかじゃないです。ほんとに今日来てよかったー。今度からも是非お手伝いさせてください!」
「それはこちらからもお願いしたいよね。優紀」
「うん、手伝ってもらえたら助かる」
そういって、竹下は紗知さんたちと連絡先を交換している。
いやー、なんか入り込むの上手いなー。勉強になるわ。
食事のあとは虫取りだ。綿花の葉っぱの裏や茎の部分についている昆虫やその幼虫を探し駆除していく。綿花の花が咲く前に一度やっているらしいが、無農薬で作っているので、いつの間にか虫もついているのだ。
前回の虫取りの時は試験期間中で手伝うことができなかったので、今回は役に立とうと思っている。
……と思っていたが、一人すっごく張り切っているのがいて、思いのほか早く終わってしまった。
相変わらず『紗知さんたちの美味しいご飯のおかげでいくらでも頑張れます』とか言っているし、まあ、余計な水を差すのはやめておこう。
竹下は帰りの車の中でも、綿花の育て方や織物にするときの注意点、それに綿花で作る紙についても熱心に聞いてくれた。優紀さんは今度の綿花が取れたらコットンペーパーも作ってみるそうだ、作るときは二人で見学させてもらうことになった。
車から降りたあと家までの帰り道、上機嫌の竹下に聞いてみた。
「綿花についていろいろ聞いてくれて助かったよ。でもよかったの、もっとぐいぐい行くのかなって思ってたけど」
「ばか、最初から飛ばしたら引かれるに決まってんじゃん。まずは好感度上げるところから始めなきゃいけないんだよ」
ふーん、策士策に溺れるにならなければいいけどね。
「そういえばさ、パルフィが鍛冶屋するよね。鍛冶工房が必要だと思うんだけど、作ってもらっておくことってできる?」
パルフィの工房は火を使う、今ある工房は木や織物を使うので火は厳禁だ。当然別の場所で作業してもらわないといけない。
「工房は必要だけど、いきなり俺が作り始めたら何やってるかって思われるだけだよ」
そっか、パルフィがカインに行くことを知っているのは、カインには誰もいないはずなんだ。
それなのにユーリルが、いきなり鍛冶工房を作り出したらおかしいに決まっている。逆に僕がカインのことを知っているのもおかしいことになるので、テムスのこととかうっかり話さないようにしないといけないな。
「それよりもさ、この食べさせてもらったプロフってやつ、中央アジア料理だっただろ。でもテラで食べた記憶がないんだよな、あっちで作れないの?」
「多分米があまりなかったからだと思う。コルカに米があったから何回か作ってみたんだ。そしたらおじさんたちが気に入って、米も持ち帰るらしいからカインでも作ってあげれるよ」
「なるほど米か、あっちの米はそのまま炊いてもあまりおいしくなかったもんな。作り方が広まってなかったんだ。んじゃ、プロフはソルの創作料理ってことだな」
「自分で考えたわけではないけど、言ってみればそうなるのかな」
まあ、作った人間の名前とか広まることはないだろうけどね。
「でも、美味しかったから、テラで食べるのも楽しみにしとくよ。明後日立つんだよな、今から待ち遠しい」
カインにつくのは予定では9日後、早く帰ってユーリルと話がしたいけど、移動に時間がかかるのは何とかならないのかな。
読んでいただきありがとうございます。
近くの山にもマムシはたくさんいるようですが、イノシシが増えて少なくなったそうです。イノシシが結構マムシを食べているようですね。