第17話 出発式と食事当番
翌朝、用意していた荷物を栗毛のセトとミルに乗せ、ユーリル、コペルも含めた家族に見送られて、隊商との待ち合わせ場所の村の広場まで向かった。
荷物の準備や馬への括り付け方はユーリルが手伝ってくれた。元々隊商宿で働いていたということもあり、効率のいい荷物の乗せ方とかも知っているようだ。
私にとっての初めての遠出になるので、こういった気遣いが助かる。
村の広場にはすでに隊商のメンバーが集まっていて、各々出発の準備をしている。
「兄さんよろしくお願いします」
「おじさん、お世話になります」
「やあ、おはよう。出発までもう少しだから待っててね」
セムトおじさんはそういい、隊商の新人さんたちの様子を見に行った。
しばらくして準備ができたのだろう、おじさんはみんなの前に立ち、話し始めた。
「みんな準備は大丈夫なようだね。これからコルカまでの隊商に出発するわけだけど、初めて隊商に出る者は特に緊張していると思う。緊張のし過ぎはよくないが、適度な緊張は持っておかないと命に係わるから心しておいてね。慣れてる者も同じだよ。
そして、今回は薬師のタリュフとその娘のソルも同行することになっている。気を使わなくてもいいけど、間違っても私の姪のソルには手を出すことは許さん。それだけは肝に銘じてね」
おじさんは笑いながら言っているが、目が笑ってない気がする。
「隊長、大丈夫ですよ。ソルは女の子に見えるけど、中身はまんま男ですよ」
3つ上のコルトだ。昔はよく一緒に遊んでいたけどそう思われていたとは。
……うーん、なんか他にも賛同している人がいるな。
「コルト、私もそう思うが、一応タリュフもいるからな」
おじさんまで、あ、父さんも笑っている。
これまで女らしくする必要がなかったからしなかっただけで、やろうと思えばやれるはず。……たぶん。
「さあ、遅くなると今日中にバーシまで着かない。出発だ」
隊商は本日の目的地バーシ村に向けて出発した。
隊商の人たちは荷物を馬やラクダに乗せ、自分たちは歩いている。
私と父さんは帰りは荷物が多くなるので同じように歩きになるけど、行きの荷物は着替えに薬や薬草、それに診察する道具ぐらいなので移動中も馬に乗っていくことができる。
隊商と一緒に行動するときはその速さに合わせるため、一日に進める距離はたいして長くはない。大体30~40キロ程度のようだ。ただ、村や町もそれくらいの距離ごとにありその中には隊商宿があるので、ほとんどの場合野宿をしなくてもいいようになっている。
コルカまでは順調に行って7日の予定。馬に乗って移動する場合は3~4日でコルカに行けるので、倍の時間がかかることになる。
それでも隊商と一緒に行動するのは、安全性の面ともう一つ理由がある。
薬の追加の販売は隊商が行っている。どの患者にどの薬を渡すとかのデータベースがないここでは、顔を覚えておくことが一番間違いのない方法で、そのためには一緒に行動しておいた方が都合がいい。
カインからバーシまでの道はなだらかな丘陵地帯を、南西に向かって下っていく形になっている。道の周りは畑や牧草地が広がり、時折放牧している羊や馬が見える。
道を行き交う人も、カイン村に行く人や東の山からタルブクへ向かう人ぐらいしかいないので、ほとんど誰ともすれ違うこともない。道自体は整備されたものではなく、通りやすいところが踏み固められて道になっている状態。ただ、馬が普段でも通っているためかそこまで石が転がっているということもないので、荷馬車でも通りやすいのかもしれない。途中小さな川があったけど、橋がなくても荷馬車が通れるくらいのものだから問題ないと思う。
「なあ、ソルお前が今回ついてきたのは糸車に関係するのか」
さっき男扱いしていたコルトが話しかけてきた。
「はいそうです。コルト兄さん」
ちょっと女の子っぽく? 返事してみたけど、どういう反応するだろう。
「気持ち悪いからやめろ」
こいつ蹴り飛ばしてやろうか。
「うちの母ちゃんが糸車楽しみにしてんだよ。もし時間かかるのなら残念がるなって思って」
「それなら大丈夫。うちらが行ってる間には渡せるはず。ラーレとユーリルに頼んでるから」
「そうか、それならよかった。いつも夜遅くまでやってるの大変そうでさ。楽させてやりたいよね」
「うん、早く渡せるようにみんな頑張ってくれている」
「母ちゃんも喜ぶな。ところでコルカは初めてだって、無理はせずになんかあったらすぐ言えよ」
「ありがとうコルト。よろしくね」
そういうとコルトは持ち場に戻っていった。コルトは三男で家を継げないから、三年前に隊商に入っている。その前は一緒に遊ぶことが多かったけど、当時は女らしくとか考えたこともなかったし、地球では男だから性格も行動もそっちよりだったと思う。
夕方前にバーシ村に到着した。
バーシでの宿泊に限らず隊商と一緒に行動している間は、同じ隊商宿に泊まることになっている。隊商宿と言っても地球のホテルのように個室があってシャワーが使えるということはなく、馬やラクダの世話ができる場所があって、大部屋で雑魚寝というところがほとんどらしい。
予約をして泊まるというシステムがないから、満員の場合は村の外にテントを張らないといけなくなるが、今日は大丈夫のようだ。
また、食事はかまどは使っていいのでご自由に、というスタイルなので材料さえあれば作ることができる。
今回野菜と羊肉が手に入ったので全員分の食事を作ることにした。
誰が作らなければならないという決まりはないが、少しくらいは女らしいところを見せとかないとまずい気がして、作らせてもらうことにしたのだ。とはいえ、手の込んだ料理を作る暇はないので、羊肉と野菜を炒めたものと、羊肉と野菜のスープだ。パンは作る時間がないので野菜や肉と同じように村の人から分けてもらった。
正直これくらい誰でも出来る料理なので、女らしいと思われるか微妙だけどまあいいだろう。
隊商は私たちを入れて12人。
器はそれぞれが自分のものを持っているので、並んでもらいよそっていく。この隊商はほとんどが村の出身か住民なので、昔からの顔なじみが多い。みんながみんな、料理と私の顔を見て感心するのはやめてほしい。恥ずかしいというか、どれだけ男っぽく思われていたのか不安になってくる。
「今日はみんなご苦労だった。今のところ順調だ。コルカにはあと6日でつけると思う」
料理がみんなに行き渡り、おじさんが話し出した。
「そしてこの食事だが、ソルが作ってくれている。……万一の時はすまん。先に謝っておく」
みんなから笑いが起こる。
おじさん、ちゃんと味見しているから。
「隊長大丈夫ですよ。いい匂いしてますって。早くいただきましょう」
「そうだな、では、みんな食べてくれ」
「「いただきます」」
味見しているから大丈夫と言ったけど、不安になって食べてみる。
塩が貴重なので味は薄味だが、炒め物は肉のうまみも出ているし、スープも野菜の甘みも感じられる。自分でいうのもなんだけど美味しいと思う。
「普通にうまい。すげえソル」
向かいに座っているコルトが話しかけてきた。他の隊員からもおいしいと言われ嬉しくなってくる。
「まだありますので、お代わり欲しい方は来てくださいね」
そういうとコルトが真っ先に空になった器を持ってやってきた。隊商で一番若くて食べ盛りだからと思っていたら、他の人も次々に器を持ってやってくる。12人分ということで多めに作っていたつもりだったが、思いのほか早く料理はなくなってしまった。
喜んでもらえたかな、なんかこういうのもいいな。
実はミサフィ母さんが料理好きなので結構教えてもらっている。家ではたまに作っているので父さんは知っていたが、おじさんは食事が終わってから来ることが多いので食べたことがなかったんだと思う。
また機会があったら作らせてもらおうかな。と、思っていたら、今回の旅の間、申し訳ないが料理を作ってくれとおじさんに頼まれてしまった。いつも交代で作っていたようだけど、当然上手い下手があって、隊商のモチベーションの維持に苦労することもあったらしい。
いろいろとおじさんにはお願いしているので、役に立てるのならと、喜んでさせてもらおう。